二目惚れ 顔良き女学生の悩み
放課後の雰囲気の緩くなった一年の教室に、生徒達がまだ居残っている。
彼等彼女等は将来的に定時退社できない社会を批判する立場に立つというのに、担任の早く帰れという言葉に反抗して居残りしている訳だ。今から将来の残業の予行演習を始める新高校生は意識が高い。
「私って、勉強もできないし体力もないし、顔だけはいいじゃない」
「……何の前触れもなく自分語りを始めてどしたの、アリサ? 何か悩み事?」
「この私の能力を活かせる部活動って何って話」
席を挟んで女子生徒二人が駄弁っている。どちらか片方の席にやってきたもう一人が、他人の椅子を借りて座っているのだろう。
「部活に入りたいんだ」
「花の高校生活が始まったからには、何かしたいと考える訳ですよ。何もせずにいたらあっという間に終わるじゃないですか」
「おー、真っ当なご意見」
どこぞの同級生の椅子を借りた女子生徒が、安楽椅子でもないのに椅子を傾斜させてシーソーのように動かしている。見た目通りバランスが悪いので落ちかけて赤面しているが、自己申告通りの美顔が照れていて魅力的だ。
話を聞かされている側の女子生徒とは親しげであるが、実際のところは友人となってまだ二週間弱。入学してからの付き合いである。
中学も異なり、苗字も遠くて席は遠方。それでクラスで一番話をしているのだから馬が合ったのだろう。接点を持てたのは偶然であるが、人間関係の大半が偶然の産物。グジグジと知り合っていない事を悩むのは間違いというものだ。
「私に似合う部活ってどこだと思う?」
「知り合ってたった二週間の友人に聞かれても知らんがな。中学は入っていなかったの?」
「幽霊部員している内に除霊されちゃってた。高校生から転生スタート」
「ちなみにどこの部活?」
「……たぶん、料理部」
記憶の片隅にもない部活風景は思い出せなかったが、部活名だけはどうにか思い出せたらしい。
「へー、料理部。興味あるし行ってみようかな」
「ミキの入りたい部活じゃなくて、私の部活をもっと真剣に考えて! 料理部の厨房は私の才能を活かせる場所ではなかった。もっといい候補はない?」
「アリサに似合う部活ねぇ。女子相撲部?」
「……ちょっと待て。私のどこに相撲取りの素質を見た?」
一年B組、有森有紗は椅子から立ち上がるとクルりと体を回転してみせる。
贅肉どころか筋肉もなさそうな薄っぺらい体を見せられた山畳美樹は「ちゃんこでも食って肉を付けたら?」と感想を述べた。
「肉体改造したいんじゃなくて、青春を謳歌したいんだって」
「そうなると体育会系は全滅。あ、マネージャーという線もあるか」
「誰かを助けるって素晴らしいと思う。でも、今はその時じゃないとも思う」
基本的に自分本位な有森にマネージャーが務まるとは山畳も本気で思っていない。そもそも、この女、洗濯機すらまともに操作できない可能性がある。
「手芸部は?」
「服なんて買えばいいじゃん。買えるかは別にして」
「科学部は?」
「科学って授業で十分かな。アインシュタインもそう言ってる」
「茶道部は?」
「カフェモカが飲めるなら。無料で」
ずぶの素人が吹奏楽部や演劇部の門を叩くのも厳しいだろう。才能を活かしたいという有森の要望をインスタントに叶えるのは難しい。
有森にはサブカルチャー的な趣味さえもないため、漫画部やコンピューター部を勧める事も難しい。
「もう荒川マグネットフィッシング部か、米花市サバイバル部か、真冬の八甲田山登山部くらいしか残ってないけど」
「ま、待って。そんな限定的な活動目的の部活があるの、ここの学校??」
案を出すたび難癖つけて却下する友人が面倒臭くなったのだろう。山畳はカバンに教科書やノートを仕舞って撤収作業に入った。
「青春は部活だけじゃないから。恋愛の方向で頑張ったら?」
「恋愛って外見がすべてじゃん。私の色眼鏡に適う男はこの高校にいなさそうだし」
「この女は……。少しは内面を見てあげなさいよ」
「内面なんて腹を掻っ捌いても確認のしようがない不確かなものを当てにはできません。それなら、内面が滲み出るって言われる顔を判断材料にして何が悪い」
堂々と人は外見と宣う友人を眺めて、あれ、どうしてこの女と友人関係になったのだろうと山畳は不思議がる。高校七不思議の一つと入学早々に遭遇してしまったのだろうか。
内面の残念な美人、有森の部活探しも性格補正も諦めた美樹は椅子から立ち上がった。家族ならばもう少し付き合っただろうが、山畳は有森の母親ではないのでさっさと見切りをつける。
「美樹、諦めないでよっ」
「有森有紗様のご活躍を期待しております。私は料理部の見学に行くから、じゃっ」
「帰らないで! 私の才能を活かせるのは美樹だけだから!」
一切、足を止めずに山畳は教室後方の引き戸から出て行ってしまう。
有森が荷造りしてから教室の外に跳び出した時にはもう姿を見失っていた。
「――おっと、危な……うぉッ?!」
「ごめん、急いでた」
跳び出した際の前方不注意で、有森は廊下で見知らぬ男子生徒と軽く接触事故を起こしてしまう。
そんなに激しくぶつかった訳でもないのに男子生徒はオーバーリアクションに壁まで跳ねていき、あやゆく開いていた窓から落ちかけている。一階なので落ちたとしても大事にはならないだろうが。
「そこの人、ごめんついでに。料理部ってどこにあるか知っていたら教えて欲しいな」
見失った山畳は料理部に行くと言っていた。追いかけるのであれば料理部である。
「りょ、料理部?? 調理室にあるんじゃないのかな」
「その調理室を教えてよ」
「校舎一階の突き当り」
「ありがとねっ」
友人に追いつくべく有森は一階の廊下を駆けた。……調理室がある方向とは真反対に。
「料理部? なるほど、料理部か」
場所を教えた男子生徒は自分の世界に入っていたため、有森が道を間違えた事に気付いていない。