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一目惚れ 悩み多き若人の一目惚れ

 精密検査やら自宅療養やらを経た週明け。

 後頭部のたんこぶの腫れも引かない内に登校だ。そんなに学生生活が恋しくて、勉強意欲に溢れていたのかというと……違う。真逆に心はどん底に落ちてしまっている。


「――なぁ、俺はどうすればいいんだ?」


 着席した状態で天板に上半身を預け、頭を抱えながらうなっていた。今の俺よりも、まな板の上で刺身にされる寸前の魚の方が活きがいいくらいだ。


「これから俺はどうするべきだと思う?」

「頭が痛いのなら帰って寝ろ。それとも保健室に連れていって欲しいのか?」

「頭は痛くないが、頭が痛いんだ」

「なるほどな。……先生っ! 青森の奴がヤバいです。保健室に連れて行きます」


 朝のホームルームを終えたばかりの担任を呼び戻すでない。大人の意見ではなく、フレッシュな同世代の意見を聞きたくて後頭部の鈍痛に耐えて登校したのである。


「まあ、聞けって。実は先週の水曜日、昼頃に一目惚れしてしまったんだ」

「まったく同じ時間に校舎から落下しなかったか、お前?」

「少し背の低い子で、少し生意気な顔付きの子で、落ちた俺を真っ先に救急通報してくれたんだ」

「お前のために救急車を呼んでくれたのは満五十歳、バツイチの現代社会の男性教諭、佐々木先生だったはず。……まあ、人の好みはそれぞれだ。否定はしない。多様性って言葉は神羅万象を解決する」

「……その子が通報してくれたかどうかは置いておくとして、横顔の可愛らしい女子生徒だったんだ」


 後頭部をぶつけても脳から飛び出さない程に焼けついて離れない彼女の顔。思い浮かべるだけで心が温かくなる。



「人を顔だけで好きになるなんて。俺って面食い野郎だ。こんな野郎にあの子は渡せない。鬱だ」



 瞬間的に氷点下まで心が冷えて固まりました。

 恋に落ちた理由が横顔を見ながられ違っただけ。自分が外見的な情報だけで他人を判断する人間だったのだと週末に気付き、絶望して以降、心の寒暖差は激しい。


「もっと内面を愛せよ、俺。何やってんだよ、俺」

「意味分からない自虐してんな。普通に怖ぇって、お前」


 隣席に座る柿崎があきれていた。やはりお前も面食い野郎にあの子は渡せないと思うよな。

 自分が嫌になっても自分を見捨てる事はできない。ゆえに、どうすれば悩みが解決できるのかを友情深い柿崎と共に考える。


「俺が悩み相談を受けなければならない理由が分からないが。まあ、隣席のよしみだ。詳細を聞こう。初恋相手の素性を教えてみろ」

「見かけた横顔から感じられる第一印象は小悪魔的で、間違いなく美人……やっぱり顔しか見ていないのか、俺。最悪だ、俺」

「ええぃ、面倒臭いっ。顔以外の情報を言え」


 一目惚れだと申告しているのに、柿崎の奴はしつこく彼女の顔以外の情報を聞き出そうとしてくる。


「惚れた女子生徒の名前は?」

「知らないんだ」

「どこの組だ?」

「分からないんだ」

「実在しているのか? 二階から自由落下する瞬間、生存のために高トルクでシナプスを働かせた脳みそが見せた幻想って線が濃厚だ」

「そんな酷い事をいうなよ」


 本当に顔しか分からない。

 この高校に通って一年と少し経過しているが、今まで見覚えのない顔なのは間違いない。A組からD組まで、およそ百人いる生徒の半分を全員覚えているかと言われると自信はないが、過去に擦れ違っていたのであればもう少し早く一目惚れしていたと思われる。


「青森の妄想の産物でなければ、新入生かもしれないな」


 季節は春うらら。暦は四月中旬。

 キラキラと目を輝かせた新入生がやってきてまだ半月も過ぎていない。知らない女子生徒が学校にいるのが自然な時期である。

 一年と二年では生息域が異なるため遭遇確率は低いものの、校舎のマッピングを済ませた冒険意欲ある一年生などは移動教室の近道として二階の廊下を通行して――っ。



「――あ、ああっ! あの子だ」



 廊下に気配を感じて視線を向けた瞬間に、心拍が跳ね上がった。

 ホームルームを終えて次の授業を受けるためなのだろう。廊下を数名の女子生徒が横切っている。その内の一人に俺は目を奪われ、首を固定したまま眼球の動きだけで彼女を追跡してしまう。


「実在したのか」

「したとも!」

「真ん中あたりにいるロブな髪型の子か」

泥棒(Rob)な髪型ってどんな職業指定だ?」

「ロングボブな子かって聞いたんだ」

「俺の意中の相手にボブってあだ名をつけてくれるなよ」


 ロングではなく背は低い方だと伝えると柿崎も理解してくれた。

 通過地点に過ぎない俺達の二年の教室から彼女は遠ざかっていき、壁に阻まれて姿は見えなくなる。


「行ってしまった。また、帰りには廊下を過ぎ去ってくれるだろうか」

「ボブちゃん。言うだけあって可愛い系ではあったな。……初恋ってみのらないというのが一般的だから、あんまり気を落とすな。今日の帰りにラーメン、チャーシューつきでおごってやるから」

「勝手に俺の恋を終わらせるなっ」


 評価10の美人の彼女に対して、俺はプラス3して四捨五入すれば評価10の男子である。多少であるが、柿崎の言う通り釣り合いが取れていないと客観視しよう。

 顔面偏差値の差は、内面の性格を評価してもらえればきっと埋める事ができるはずだ。年収や年齢、職業や家族関係なんて気にしなくて済む学生レギュレーションなら勝ち筋はきっとある。


「外見でマイナス、内面は甘く採点してゼロ点の青森とボブちゃんが釣り合ってしまうのか。つまり、ボブちゃんの内面は相当なマイナス――」

「黙れ、柿崎。お前に彼女の何が分かる!」

「そういう青森も知らねぇだろ」


 そう。知らないのだ、顔以外。

 今のままではお話にならない。


「もう色々面倒だから、次に廊下を横切った時に声をかけてさっさと振られろよ、青森」

「……駄目だ。そんな不審者みたいな真似をして彼女を怖がらせる事はできない」


 知らない上級生がいきなり声をかけてくるなんて俺だって怖い。人間の交友というものは京都の料亭みたく一見さんはお断りが基本である。


「不審に思われないシチュエーションが必要だ。たとえば、同じ部活に参加している、というのが代表例だ。学生らしくて疑われる要素がどこにもない」

「名前も分からない癖に、部活が分かる訳がないだろ」


 そもそも、帰宅部の俺と同じ部活に入っているという事は、活動場所がそれぞれの実家となるため出逢いがない。作戦は根本から崩れている。

 知り合っていない相手を一目惚れしてしまった場合、ど、どうやって知り合えばいいんだ?

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