カバーストーリー
どうして有巣先輩が石膏を割ったのか。
義憤により親友を裏切った男の像が許せなくなった可能性が高いが、タイミングが二千年以上遅い。
タイミングで言えば俺が絵を破った翌朝。何かしらの関係性が疑われる。
「先輩は俺の絵を見たのか?」
破かれた絵を目撃した有巣先輩は何を思ったか、石膏を破壊した。やはり彼女も奇行に走るタイプの美術部員だったらしい。モアイをプレゼントされた時から、この人は自分の脳波をプレゼントする系の美術家と同列だと思っていた。
「動機は分からないが、証拠を残しておくのはマズい」
ともかく証拠隠滅だ。部員はあまり寄り付かない美術室であっても授業で使用する事はある。散乱した石膏をそのままにしておく事はできない。
破片は箒でどうとでもなるが、問題は左ブルータスと右ブルータスだ。半分になっていても無駄に大きいためカバンに入れられるのは一つまでである。
隠蔽するにはもう一つカバンがいる。とはいえ、早朝の旧校舎にそんな都合良くカバンが歩いているなど――、
「あれ、柿崎がいる。やけに早いな」
――マジか、都合良くカバンが歩いて現れたぞ。
「青森なのか。……よし、つっ立っていないで手伝え。お前は右ブルータス担当だ」
「なんだかよく分からないな。バラバラ殺人事件に加担させられていないか、俺?」
「大丈夫だ。お前は何も見ていない。いいな」
青森が美術室に現れたので隠蔽を手伝わせる。それぞれ割れた石膏をカバンに詰め混んで足早に犯行現場を後にした。
青森のお陰で誰かに見つかる前に石膏を隠す事ができた。
「お前、良い奴だな、青森」
「勝手に手伝わされただけだよな、俺? 感謝して完全に共犯にしようとしていない?」
青森はつご……ごほん、良い奴だ。まあ、生徒が早朝の旧校舎にワザワザ現れたくらいなので、脛に傷の一つや二つあるのだろう。文句一つ言わないで俺と行動を共にしている。
美術部から退避した俺と青森は旧校舎のさる空き教室で机を挟んで向かい合う。軽く開いたカバンの中から視線を向けてくる左ブルータスの視線が恨めしい。
「柿崎がやったのか?」
「違う。違うが――」
有巣先輩の名前は出せない。青森は進んで隠蔽工作に協力してくれる奴であるが、だからこそ知らせないままの方がいい。
有巣先輩の立場を守りたい。が、どうして石膏を割ったのかが分からない所為で動き方が分からない。
「石膏を割りたくなる時ってどんな時だ、青森?」
「やけに限定された破壊衝動だな。石膏の顔が気に入らなかったとか」
顔が気に入らないだけで破壊されていては、青森にとって世界は生き辛くないか。
「顔面チョップの練習か。あるいは瓦割の練習か」
「前提条件を言いそびれていた。絵のモチーフになった石膏を、絵と同じように裂く理由は何だと思う?」
「オペラ座の怪人の劇を演じている役者を、劇と同じように始末していく猟奇殺人みたいな話か?」
青森もやはり分からないか。聞くだけ聞いてみただけなので期待はしていなかった。
「そうだな。もしかすると……絵が破かれていた事実を無かった事にしたかった、とかじゃないかな」
……期待していなかったのに、ドキりとする答えを言ってきやがった。
「どういう、事だ?」
「破れた絵は元に戻せない。だったら、絵の元となった石膏を壊して、結果として絵が破れていても正しい事にしたかったとか。ちょっとサイコパスな考え方だけどな」
常人離れした思考である。
突拍子が無さ過ぎて笑い飛ばすのみ……なのだが、我が校の美術部ならば十分にありえそうである。有巣先輩は奇人染みた部分は少ないものの、何かの衝動でやってしまった可能性は否定できない。
たとえば、破れた絵の作者を知っていて、作者がショックを受けないように絵をどうにかしたかった。こうであれば嬉しいなどと思ってしまう己がいる。
だから、説の真偽性や真実はともかく、青森の妄想は何故だか受け入れられる。
そして、決心した。
「なあ、青森。どうしたら石膏を壊した事実を隠せる」
何が何でも、有巣先輩を守ろう。
「これだけ派手に割れていたら無理だろ。接着剤を丁度持っているが、これは直せない。いつまでもカバンに入れていられないし、下手に隠して後から発覚する方が大問題になる」
「そこをどうにか庇いたい。大事な時期なんだ」
素直に報告するべきだと青森は言うが、それでは有巣先輩を守れない。
「壊した事実を隠せないなら、せめて、顧問には俺が壊したと報告したい」
「身代わり、か。石膏を壊したのが誰か、柿崎は知っているのか」
「まあ、そういう事だ」
青森は少しの間、思案していた。
真犯人の有巣先輩を庇うために俺が犯人であると嘘をつく。
「……それらしい動機が必要になる」
嘘を本物らしく見せるためには、更なる嘘が必要だと青森は判断した。
「柿崎が石膏を壊すだけの動機、というか、衝動が必要になる。ただ壊しましたでは説得力が薄い」
「確かにな」
「そこで、カバーストーリーを用意するのはどうだろう。顧問を納得させられて、多少の違和感は青臭さで紛らわす。そんなストーリーだ」
青森が考えついた嘘は、青春物語のごとく青臭いものだった。
「柿崎が先輩美術部員を憧れていた事にしよう」
「……背中が痒くなる作り話だな」
「先輩美術部員は卒業してしまうというのに、柿崎は勇気が持てず告白しない。そのうじうじした態度を俺が指摘した事にしよう」
「……耳を塞ぎたくなる作り話だな」
「恥ずかしさを隠そうとした柿崎は怒って、俺と喧嘩になる。喧嘩中に誤って絵を破いたり石膏を落として割ってしまった。こんな感じでどうだろう?」
「…………まぁ、悪くないんじゃねぇのか」
真実を混ぜ込んだ作り話は、百パーセント不純物なしの嘘よりも暴かれ難い。
青森の創作したカバーストーリーはそのまま採用され、朝の内に俺の口から顧問へと報告した。
やってもいない喧嘩で互いに謝罪する羽目になり、石膏が割れたのは思惑通り、俺と青森の二人の責任となった。
「……青森、お前の言われるままにしたが。もしかして謀ったか? お前まで責任を取って、罪を折半しやがっただろう」
「喧嘩をした事にするなら喧嘩相手が必要だろう、柿崎」
青森に俺は嵌められた。
なお、石膏破損により他の石膏の現状把握が行われた結果、石膏の損壊が発覚する。俺が入部する以前から壊れていたのを、倉庫の奥底にしまって隠蔽されていたらしい。
石膏を片付ける際にうっかり落とした容疑で、有巣先輩は結局捕まった。




