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エピローグ

 先週に窓から落ちて以降、日々の流れを酷く遅く感じる。それだけ濃密な一週間を過ごしている。


「有森に嫌われた。もうおしまいだ」

「いや、青森。それ本気で言っているのか?」


 美術室で有森に拒絶されてからが特に長い。後悔と反省がグルグルと脳内を無限ループしており、疲れて時計を見ても針が一秒しか進んでいないホラー現象が起きている。

 俺だけ高校二年の四月にとらわれて、同級生に追い抜かれていくのではないかという恐れさえある。そうしたら留年して有森と同学年に……ちょっと嬉しく思ってしまって鬱だ。


「うだうだ言っていないで、次の授業の準備でもしていろ」


 朝からずっとなので柿崎に面倒がられた。

 気持ちは分かるので無理やり前向きになって、英和辞典でも机の中から発掘するとしようか。次の授業は古典なのでしっかり準備しておかないと。



「青森せーんぱい」



 教室の外から声をかけられた。

 女子生徒の声だった。どうせ山畳さんじょうか何かだろうとぞんざいに「おー」と相手の顔を見ずに挨拶する。


「何をしているんです? 青森先輩」

「傷心って言葉を英和辞典で調べているんだ」

「へー」


 まったく興味のなさそうな声がそばからした。教室の中に入ってきたらしい。

 移動教室へ向かう途中の挨拶にしては近い。何か用事があるのだろうか、と考えて相手の顔を見たのだが……息を飲むくらいに可愛い。息を吐き忘れて肺が破裂してしまいそうだ。


「有、森」

「はい、青森先輩」


 可愛くも挑発的な視線を有する一年後輩の女子生徒が、目算六十センチまで近づいている。椅子に座ったままの俺の横に立って、じぃーと俺を見ている。


「俺の顔に、何か?」

「……大目に見て、ミドル級に殴られたアイドルよりはマシな顔かな」

「ん?」

「何でもありません。はい、プレゼントです。用事はこれだけです」


 昨日の出来事があったというのに有森からプレゼントか。不幸の手紙か時限式爆弾の二択だろう。

 即行で隣の柿崎に渡して逃げようと決意してから手を出す。

 すると、有森から受け取る……というより手に貼られたのは、ただのシールだ。

 春になると開催されるパンを食べるだけの祭りで配布される点数シールである。有森の今日の昼食はパンだったらしい。


「……三点?」


 妙だな。三点はかなりの高得点だ。食パン五枚入りとかの点数であり、女学生が昼食用に買うパンの点数ではない。


「細かい事に気付かない。貰っといてください」

「何の点数?」

かないでください」


 有森の赤くなった耳を見て何故か察した。これってもしかして採点システムの点数か。

 どうして? こう問うよりも早く有森は去ってしまう。廊下で待っていた山畳と合流してそのまま移動教室へと向かってしまった。

 三点シールが貼られた手を軽く握っては閉じ、握っては閉じ、シールの意味を考える。



「有森は……あの異様に丈夫で長持ちする皿が欲しいのかっ!」

「ちげーよ、馬鹿」



 柿崎に即時訂正されてしまった。

 皿でなければ何だというのだ。



「加点されたのなら、嫌われていないってあかしだろ。喜べよ」

「そうだよな。そう考えても、いいんだよな」



 有森採点システムは通算三点。

 皿も交換できないたった三点に、俺の心は温められていく。




 恋に落ちた。

 すってんころりんとすべり落ちた。

 落ちるという表現はネガティブなイメージを含むが、一目惚れの罪過を知った今ならば分かる表現だ。

 けれども、良くない事ばかりではなかったのかもしれない。

 新入生が入学して三週間も経過していない四月。人と人とが交流して新しい内面を知っていく。その走り出しに三点を貰えた俺はあまりにも幸福なのだろう。何せ、週で割れば一週間で一点。一年もあれば五二.一四点にもなるではないか。


「――あ、赤点じゃねぇか」


これにて、本作は完了しました。

いやー、普通の高校生の王道青春物語でしたね。

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― 新着の感想 ―
面白かったです 何とも言えない心地よい雰囲気で読んでいて心が温まりました もうちょっとこの話を堪能したいのでいつか番外編やおまけのような形でこの話をもう少し見れたらいいなぁという淡い期待を抱いておきま…
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