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十二目惚れ 君が悪く言うたびに俺は良く言おう

 鍵のかかっていない窓を探すのに手間取った。開いてなかったら中にいる柿崎に開けてと頼まなければならず恰好がつかないところだ。


「美術室が一階で助かったぜ」


 美術室に入って気付く雰囲気の重さ。

 顔を伏せた有森と、表情を殺して腕組みしている柿崎。君達、もしかしてもう終わってしまった。それはマズい。


「ちょっと、待ったァぁぁッ!!」


 せっかく窓から侵入したのだから待って欲しい。

 何しにやってきたのかという視線で二人から出迎えられてしまい。少々以上に心がすくんだものの引き下がらずに立ち向かう。


「柿崎、待って欲しい」

「何を?」

「有森についてプレゼンさせて欲しい」

「もう結論を出した後なんだが?」

「俺は聞いていないからノーカンで」


 随分と不満気な表情の柿崎に友情をすり減らしつつ聞いてもらう。


「……他人が割り込んできて、何様です?」

「有森に言われた通り、有森が素晴らしい女だと推そうとしているんだ」

「だから他人がッ、どうして今ッ」


 有森の静かな怒気はもっともである。今、彼女は一番誰からも触れて欲しくない状況にあるのは分かる。

 ただし、俺をイイ人と言っておいて体裁の悪い状況になれば拒否るなんて、そんな都合のイイ事を言うなよ。



「……それで、青森。お前が有森について何をプレゼンするって? この状況で何か言えるなら言ってみろよ」

「柿崎は気付いていないかもしれないが……有森は美人だ」



 ……重いだけだった美術室が冷凍庫のように凍えた。四月でも日によっては冷えるな。


「今更、私の顔の事を言ってます?」

「俺は顔だけで人を判断しないんでな。美人を見たいなら有名アイドルで事足りる」


 話は終わった的に解散しようとするんじゃない、二人共。話はこれからだ。


「待て待て。有森は顔だけじゃない。性格を評価してくれ」

「冗談だろ?? ほぼ初対面のお前に対して有森はご高説を垂れたそうじゃないか。人間の内面を全否定する、とても褒められた性格ではなかったと聞いているが」


 今思い出しても窒息してしまいそうな有森の持論。あれは確かに鋭利に過ぎた言葉のナイフだった。

 ナイフを振り回す人間の性格はどう考えても悲惨だろう。弁護のしようなどないとさじを暴投したくなる。

 きっと、有森本人もだろう。


 なにせ有森は……自分の性格が大っ嫌いなのだ。


 推測でしかないが確信はしている。有森は自分の性格を含めた内面を嫌っている。

 外見については自信がある一方、内面についてはまったく自信を持てていない。顔に自信があるような言動は、裏を返せば顔を含めた外見以外については自信がないと風潮していたようなものだ。

 言動以外にもう一つ、確信した理由がある。

 有森が柿崎に対して焦って告白した事だ。彼女の内面を知られて幻滅されてしまう、その前に短期決戦で告白したかったのだ。他に急ぐ理由を思い付かない。

 柿崎にはもう嫌いな内面を知られてしまっていたために告白は不発に終わったようだが、俺がまだ終わらせない。我に秘策あり。柿崎から有森に対する評価をストップ高まで上昇させる出来事があったのだ。



「柿崎。実は、窓から落ちた俺を一番に発見して先生に教えたのは、この有森だ」

「ん? そうだった、のか??」



 柿崎の表情が目に見えてやわらいだ。友人を助けた相手を無碍むげにしない、性格もイケメン、それが柿崎である。


「窓から落ちた……?」

「先週、窓から落ちた俺を目撃しただろ?」

「あれって青森先輩だったんですか」


 有森の方は俺に一切気付いていなかった。まあ、そこはもう味わったにがい現実だ。やはり、一方的に相手を好きになる一目惚れなど傲慢や暴食と同じくらいの大罪である。


「そういう事は早く言えよ」

「すぐに告白を断ろうとする柿崎が悪い」

「あ、あー、クソ。俺が悪かった。俺の目が節穴(ふしあな)だった。有森、すまない」


 見直されていく有森の評価。

 いい事であるはずなのに、当の本人はただただ困惑の表情だ。


「そんなの、目の前で人が落ちたのだから当たり前じゃないですか。低いレベルの当然に対して評価されても困るっていうか」

「有森は顔だけじゃない。性格も良いんだ」

「そんなはず、ある訳ないじゃないですか! こんなに当たりのきつい女のどこがッ」


 有森が自分の性格を一つ悪く言えば、俺が有森の性格を一つ良く言おう。


「ボロクソ言ったのは確かだが、放課後に謝罪してくれただろ。反省できるのは良い事だ」

「顔の良い男以外は眼中になくて、避けてしまって最低なのに」

「俺とLIFEの連絡先交換しただろ。全然避けていない。それとも、俺の顔がイケメンに見えるのか? 見えるなら眼科に行くのをお勧めする」

「それはカンジ先輩に接近するために都合がよかっただけで」

「都合よく使うだけだと悪いと思ったから、するつもりのなかった清潔感アドバイスをしてくれたのだろ。配慮できているじゃないか」


 有森が自分を悪く言えば、俺が彼女を良く言おう。


「私はッ、私のこの最悪な性格が一番大っ嫌いなのにッ!」


 俺も自分を褒めるのは難しいたちであるが、一目惚れという誤った恋を否定するために有森の内面の良いところを誰よりも理解しようとした。この点については有森にさえ負けるつもりはない。



「有森は俺にメロンソーダをおごってくれた。だから性格は悪くない!」

「その程度?! そんな普通の事しか褒めるところがないのかッ!?」



 ……すまない。理解しようとしただけであって理解度が高い訳ではないので。有森は俺にとって特別であっても、特別な何かがある女子高校生ではないため良いところ探しが難しかった。


「そう、普通なんだよ! 有森。イケメンにかれるのも、悪い部分だけに注目して自己嫌悪してしまうのも。普通の高校生の普通の青春なんだよ」


 イケメンに惚れる女子高校生なんて普遍的だ。それを悪い事のように考える必要はない。

 自分の悪いところばかり凝視してしまって自分をあきらめ始めるなんて陳腐ちんぷだ。大人に向かおうとする高校生が必ず通る道である。


「有森は有森が思っているよりも普通なんだ。だから深刻に考えず、少しだけ、自分の性格が最悪だなんて思わずに、良いところもあるんだって信じてみないか」

「私の事は私が知ってる。この性格の悪さは矯正できないッ」

「有森が有森の良い所を知らないだけなんだ!」


 青春の諸問題の解決策はそんなに多くない。

 自己解決するか、諦めるか、または、一緒に悩んでくれる都合のイイ人と出逢うかだ。



「有森が有森を良いところを知るまでは、俺が、有森が良いと言い続けるから!」



 少し静かになった。有森が黙り込んだためである。

 俺も深呼吸して多少の冷静さを取り戻していく。すると頭上に浮かび上がる大きな疑問符。有森の良いところをプレゼンしているはずだというのに、どうして彼女と二人で言い合いになっていたのだろうか。

 そういえば、美術室には何故か二人だけだ。

 乱入しただけの俺よりもよっぽど当事者な柿崎の姿がない。



「後は若い二人だけで続けてくれ。告白よりもこっずかしい事を聞かされ続けて限界だ。下手な告白よりも熱烈で、聞いていて背中がかゆくなる」



 ドアの鍵を開けた柿崎が一抜けしてしまった。

 残されたのは言い合いで息を切らした若い男女が二人だけだ。


「か、帰るっ!」


 先に状況に耐えられなくなった有森が帰宅宣言した。

 柿崎が帰ってしまった以上、俺のプレゼンは大失敗。有森が顔を見せないくらいに怒ってしまうのは当然だろう。

 余計な事をしてしまったのではないか、という後悔が津波のように押し寄せる。

 ドアに向かって歩き始めた有森に謝罪するべく追いかけようとしたのだが、言葉で押し止められてしまって近付けない。



「追いかけてこないでっ。い、今は顔がきっと良くないから、み、見せたくない」



 少しだけ振り向いた有森の耳と頬は真っ赤に見えた。まだ夕方には遠い時間帯なのだが。


「ま、また明日! 青森先輩」

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