九目惚れ 不本意ながらナコード
昼休憩。
何故か美術部に連れられた俺は弁当箱を持参した。
「青森、お前の所為で状況が分からなくなってきた。一度、整理するぞ」
さすがは美術部。調書もイラスト付きになるようだ。
画用紙ではなく柿崎私物のリングノートに俺をデフォルメしたキャラが描かれていく。……俺ってこんなにブサイクじゃないだろ。もう少しリアルに寄せろ。
「青森からは有森に矢印が向くよな」
「ああ。一目惚れに訂正線を引いて、羨望とか憧れとか、そんな感じで」
「注文するな」
中央の俺の右隣に、デフォルメしても挑発的で可愛らしい顔の有森が追加された。短い時間で更に柿崎と山畳も追加。山畳は何故かエッグベネディクトになっており人ではない――柿崎は山畳を知らないからな。
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●青森 → 有森 :面倒臭い一目惚れ
●有森 → 青森 :都合のイイ路傍の石
●有森 → 柿崎 :好きとかいうな、面倒臭い
●柿崎 → 有森 :旧ボブ・モアイ
●柿崎 → 青森 :面倒臭い友人
●青森 → 柿崎 :隣席の友人
●青森 → 山畳 :ただの後輩
●有森 → 山畳 :ただの友人。青森の意中の相手(勘違い)
●柿崎 → 山畳 :誰?
●山畳 → 青森 :ただの先輩
●山畳 → 有森 :ただの友人
●山畳 → 柿崎 :誰?
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「……山畳って一年、いらなくないか?」
「いらないな。消しておこう」
エッグベネディクトが消されてシンプルになった関係図。
俺から有森、有森から柿崎へと矢印が続いて柿崎で頓挫するシンプルな関係性となった。三角関係にすらなっていない。
「柿崎にとって有森は?」
「お土産よりも凹凸のあるデッサン人形」
「酷いな、柿崎。見損なったぞ。でも、ありがとう。お前は心の友だ。富士樹海に埋めずに済んだ」
「青森。本音をもう少し隠せよな」
柿崎は完全に有森に興味がないようだ。正直、同じ男性としては信じられない気持ちであるが美術家は変人が多いから仕方がない。フランスパンをリーゼントと言い張って頭に乗せる感じの職業だし。
フランスパンではなく弁当箱の卵焼きを食しながら、柿崎に念のために再度問う。
「でも、本当に有森に欠片も好意はないのか?」
「性格がダメだ、ありゃ」
柿崎は有森の普段の言動に拒否感を覚えているらしい。
まあ、顔が良い、と有森は自分で言っちゃうような子なので。
弁当箱のからあげを勧めると、磯辺揚げの方を柿崎は取っていった。
「顔が良いって言うから?」
性格が良いと自己申告する人間ほどに信用できない人間はいない。性格の良い人間はそんな自己顕示しないためである。
一方、顔が良いと自己申告する人間はどうなのだろう。正直者の可能性もあるがワザワザ言葉にする必要性はあるのか、ないのか。
歌が上手い。絵が上手い。飯が美味い。
そういった特技は肯定的に受け入れられるというのに、どうして顔が良いという長所だけは槍玉みたいに挙げられなければならないのか。歌や絵や飯よりも簡単に、見て分かる特徴だというのに妙な話である。
「いや、顔が良いって自己申告は否定していない。描く分にはいいデザインしている。ただし……有森自身も自分の性格が良いって一言も言っていないだろ」
柿崎の言う通りだ。ファミレスでようやく会話ができただけの間柄であるが、有森は自分の性格が良いとは一言も言っていない。
「――少し違う。有森は自分の事を、顔だけ良い私、と言っていた」
「そう言っていた気もするな。よく覚えているな、青森」
自分でも不思議に思う。
自信と希望に満ちたピカピカの一年そのものな有森だから、何気なく発せられたネガティブな一言が印象的だったのだろう。俺は惚れた女の言葉を一字一句記憶している系の狂人ではないので。
「ともかく、俺の好みの性格とはかけ離れる。告白されたところで返事はノーだ」
「俺を気にして遠慮とかなら別に」
「ないない。それはない」
きっぱりと言い切られた。柿崎から有森への矢印の注釈も、謎の旧ボブ・モアイからNOの文字に書き直される。
俺の矮小で汚い感情は放置するとして、有森の気持ちを考えると結果は最悪だ。
こんなのどう報告すればいいというのか。
放課後になり、階段を上り下りして一階と二階を行き来して悩んでいると、会いたいのに遭遇したくない有森とエンカウントした。
他の学生の往来がある階段で話す内容ではない。一番人が来ない屋上へと通じる踊り場まで移動した。こんな心境でも二人っきりでドキドキしてしまう男の子って馬鹿なんだと思う。
「あの、山畳は?」
「友達だからっていつでも一緒ってなくないです? 密会で他の女の話はマイナス一点」
……そういえば有森には採点マシーン機能が搭載されていたっけ。総合得点がゼロに戻ってしまった。
「それで、カンジ先輩にいい感じに私を売り込んでくれましたよね。いかがでした?」
「あー、うん。顔の良い後輩がいると宣伝しておいた」
「ほうほう、それで?」
「顔は良いよなって話で盛り上がった」
「おおー、さすがは私の顔」
間違った事は言っていない。柿崎も描いていて楽しいと言っていた気がする。
踊り場だからか小躍りしそうな雰囲気の有森。森の木陰にいたなら妖精と間違えてしまいそうでクラっとしてしまうな。
「となれば、善は急げで美術部に行って告白ですね」
「絶対にやめろッ!」
「えっ?!」
しまった。
つい、本音や助言が入り混じり強い口調になってしまった。有森は驚いた顔のまま凍結してしまっている。
ごほん、と咳払いしてから言葉を選ぶ。
「柿崎はまだ釣り糸の先にある針に食いつく前の魚だ。焦ってリールを巻いては逃がしてしまう」
「カンジ先輩って何魚なんです?」
「魚だとすれば、あいつはカワハギだな」
「ハゲてないですよ、カンジ先輩はッ!?」
瀬戸内海とかの方言なのだが。別に髪の話はしていない。
「慎重に、冷静に。いきなり告白しても柿崎を困らせる。まだやり直せる。考え直そう」
今のままでは柿崎が有森と付き合う確率はゼロだ。
考えを変えさせるためには、有森の性格の良いところを探して伝えるといった地道な営業活動が必要である。それまで性急な行動は慎んでくれと必死にお願いする。
「いつまで待てばいいんですか」
有森は実に不満気だった。出合って数日だから友達として友好を深めてはどうかと諭しても聞き入れてもらえない。
「考えるから。もう少し時間が欲しい」
「……そこまで言うなら今日は待ちますけど」
それでも今日の放課後にいきなり突撃、という破滅ルートは回避させた。
やる気をすっかり失ったらしく、不貞腐れた顔を作る有森。美術室に寄らずどこかに遊びに行くといってそのまま去ってしまう。
一人、追い込まれてしまった俺はそのまま踊り場で呆然としてしまう。
周囲が暗くなるまで無意味に過ごしてしまった。