本当にほしいモノ
「あー終わったー!今日も疲れたー!」
戦闘を終え、変身を解くと、紫月音緒は思い切り伸びをした。
「音緒、さっき、危なかった。お礼、は?」
「は?いや別に、助けてくれとか言ってないし!」
「嘘。音緒、こっち、見た。」
「それはたまたま・・・」
「まあまあ、いいじゃない。音緒ちゃんとエイミーちゃんの連携が今日もバッチリだったっていうことで!そう、まるでお空の雲さんと太陽さんのように・・・」
「いや、意味わかんないから!」
幼馴染の音緒と藍沢影美が言い争い、それを茶渡地穂が制する。いつもの仲よさげな光景だ。
そんな3人のやりとりを無言で見つめていた灰堂煙慈は、短く溜息をつくと、そのままその場を立ち去ろうとした。
「あ!あんたまたいつの間にか帰ろうとして・・・!」
「え?だってもう戦闘終わったっしょ?長居する必要性ある?」
「まあ、それは、そうだけど・・・」
「じゃ、アタシはこれで」
「あ!ちょっと・・・!」
何か言いたげな音緒をよそに、煙慈はさっさと歩いて行った。
…引き留めたそうにしてたわりに、追いかけてくる気配はない。所詮アイツらとは、たまたま戦士に選ばれた者同士っていう関係性。それ以上でも、それ以下でも、ないんだ…。
「随分つまんなそうな顔してるねえ。まるで空っぽ。どう、ボクと遊ばない?」
ボーっと歩いていると、男に声をかけられ、足を止める。よくあること。大抵の場合はそのまま話に乗るが、今回はいつもと違うものを感じていた。
「…何?魔物が何の用?」
そう、妖気。声をかけてきたモノは人間ではなく、魔物だった。
「さっすが戦士サマ。見破るの早いねえ」
「アンタが妖気隠す気ないからだろ。で?アタシに浄化されたいって?」
「いやいや。…ボクなら、キミの心の空白を埋めてあげられるんじゃないかなーって思ってさ」
「は?何言って…」
怪訝そうな顔をする煙慈に構わず、魔物は彼女の手を取って引き寄せ、口付けをする。
そのとき、煙慈の身体は異変を感じた。心臓がドクンと脈打ち、まるで、力が吸い取られるような…。煙慈は自身の身体を支えきれず、地面に膝をついた。
「…今、何し…」
「はい、これで契約完了」
「…契約…?」
状況をまるで呑み込めていない煙慈に、魔物はニコニコと手を差し伸べて彼女を立ち上がらせた。
「そう、契約。ボクは特定の存在から唇を媒介に生命力を分けてもらわないと生きていけないんだけど…。その『特定の存在』をキミに決めたってこと」
「何勝手に…!」
「つ・ま・り。…ボクにはキミが必要、ってこと」
「!……アタシが、必要…?」
「ああ、そうさ。今日からボクは、キミなしじゃ生きられなくなった」
「…なんで、アタシを選んだ?」
「なんで?そうだなあ…キミなら助けてくれると思ったから?」
「…」
相変わらず笑顔の魔物の返答に、煙慈は答えなかった。
「ま、そういうわけで。定期的に助けてもらいに来るから!ボクの名前はフォール。よろしくね、煙慈!」
魔物…フォールはそう言い残し、姿を消した。
ーーー
あれ以来、フォールは何度か煙慈に会いにきては、生命力の供給を受けるようになった。
「いやあ、今日もありがとう、煙慈。助かったよ!」
「別に」
「相変わらずそっけないなあ。まあいいけど。何だかんだボクのこと助けてくれるしね!お仲間にも喋ってないみたいだし」
「…仲間?」
「そう、同じ戦士の。…あれ、もしかして違った?」
「…そうだな。別にアイツらは…そんなんじゃ…」
「ふーーん。そっかあ」
淡々と話す煙慈に対し、フォールはにやにやと笑った。
「やっぱり、煙慈を運命共同体に選んでよかったなあ」
「え?」
「信じられるのはお互いだけ!唯一無二の存在!って感じじゃん?」
「いやアタシはアンタに巻き込まれただけなんだけど…」
「またまたそんなこと言ってー。まあ、そういう素直じゃないとこも好きだけどね!じゃあまた!」
そうして、今日も笑顔で去って行った。
互いを信じられる、唯一無二の、存在。…確かに、そうかもしれない。アイツはアタシから生命力を分け与えられないと死んじゃうし、アタシは…。この「契約」があるから、アイツが裏切らない、って信じられる。アイツは、アタシをずっと必要としてくれるんだ……。
ーーー
「スモーク!前!」
「…へっ?」
魔物との戦闘中に、身体がふらつき、前かがみになっていた煙慈ーーピーカスモーク。そんな彼女めがけて放たれた気弾を、音緒ーーピーカサウンドの技が弾いた。
そんなこともあったが、どうにか今回も、無事魔物の浄化に成功した。
「ちょっと!」
「…何」
「あんた今日危なかったじゃん!フォローしてあげたんだから、お礼くらい言ってくれてもいいんじゃない?」
「…別に、助けてくれとか言ってないし」
「はあ?!」
「音緒も、同じ。私に、お礼、言わない」
「!いやそれは…」
「まあまあ」
3人のいつものやり取りが始まりそうになったため、煙慈はそっと抜け出そうとする。すると、
「あ、待って!」
音緒が、煙慈の肩をがっと掴んだ。
「だから、もうアタシここにいる必要な…」
「あんた、最近おかしくない?!」
「…何が?」
「何が、って…。今日みたいに、戦闘中にふらふらすること、何か増えてない…?」
「だから何?足手まといは来るなって?」
「はあ?なんでそうなるの?そんなこと言ってないし!」
「じゃあ何」
「だーかーらー!」
「音緒は、煙慈、心配。ただ、それだけ」
2人の会話に、影美が割って入る。
「…アンタがアタシを心配、ねえ」
「なっ…何よ。私だって人並みに他人の心配くらいするわよ。悪い?!」
「…別に。けど…アンタに関係ない」
「ちょっと、関係ないって…」
「そうよ煙慈ちゃん。音緒ちゃんだけじゃなく、私やエイミーちゃんも心配してるわ。私達チームですもの。何か力になれることがあったら言って。ね?」
「…別に、何でも、ない!」
煙慈は能力で煙幕を発生させると、それを目くらましにし、その場を立ち去った。
「よかったの?心配してくれてるみたいだったのに」
「!…なんだ、見てたのか…」
煙慈が走り去った先でフォールが待ち構えていた。
「いいよ。別に…」
「そっかあ。じゃあ、今日もよろしく」
そうして、2人は口付けをする。唇を離すと、煙慈は地面に両手と両膝をつき、苦しげに息を吐いた。
「大丈夫?辛そうだねえ。じゃあ、今日のところはもう帰るよ。煙慈にお客さんみたいだし」
「…え?」
地面に座り込んだまま煙慈が振り返ると、そこには音緒達3人がいた。フォールはもう姿を消している。
「…アンタら。追いかけてきてたのか…」
「煙慈の、影、つなげた。私の、影と。それで、追跡」
「…あっそ」
煙慈は短く答えると、壁にたよりながら立ち上がり、そのまま立ち去ろうとする。
「いやいや何、何もなかったかのように帰ろうとしてるわけ?今の何?」
「煙慈ちゃん。今の、魔物よね?もしかして、最近体調が悪そうなのは、さっきの魔物のせいなの?」
「魔物に、力、あげてる。それも、ずっと。違う?」
「はあ?!魔物見つけて浄化もせず自分の力あげてるって、あんたバ…」
「うっさい!!」
煙慈が叫ぶと、3人はぴたりと声と動きを止めた。
「アタシが好きでやってるんだ。アンタらには関係ない…。口出しされる覚えはない!」
「関係ないってあんたねえ…。相手は魔物よ?浄化しなきゃでしょ?」
「アイツには、アタシが必要なんだ…!」
煙慈は吐き捨てるようにそう言うと、3人をキッと睨んだ。
「もう追いかけてくんなよ。今度追いかけてきたら、ぶっつぶす…!」
フラフラと歩いていく煙慈を、3人は止められなかった。
ーーー
翌日。煙慈は歩いていると妖気を察知したが、その方へ向かわなかった。
「あれ?行って来なくていいの?」
「…いい。今のアタシが行ったって、足手まといになるだけだ。アイツらだけで十分だろ」
突然現れるフォールに、煙慈はもはや驚かなくなっていた。
「ふーん…。じゃあ、煙慈はもう魔物退治やめるつもり?」
「…。それもアリ、かな…。元々こんな正義のミカタみたいなの、性に合わないし。アタシは不良だから」
…それが口癖のあのヒトは、ガンガン正義面で人助けとかするようになってるみたいだけど。
「…さ、今日の分、とっとと来いよ」
「うーん…。いや、もういっかな」
「え?何、昨日あげたばっかだから?」
「いや、煙慈からもらうのは、もういっかなーって」
「…どういう意味だよ」
フォールはふっと空に舞い上がると、クルクルと回転しながら話し続けた。
「だって煙慈だいぶフラフラで生命力落ちちゃってるし。もう戦士続ける気力も体力もないみたいだから、ここらで終わりにしてちょうどいいかなーと思って」
「…アンタ、アタシと契約結んで、アタシからしか生命力もらえないんじゃなかったのか…?」
「今は、ね。でも、もう終わり」
フォールは空中から煙慈に近づき口付けをする。いつものように煙慈の心臓はドクンと脈打つが…何かが、違う気がした。
「はい、これで契約解除!今までありがとうね、煙慈」
「え…?ちょっと待…」
「さーてと、次は誰と契約しよっかなー」
「おい待てよ!!」
煙慈の叫びも虚しく、フォールは空の彼方へ消えていった。
…なんだ。契約って、こんな簡単に破棄できるものなのか。アタシは、アイツに利用されてただけだったのか。やっぱ、そうだよな…。
結局、誰もアタシなんか求めてくれない。苛められるし、助けてくれた人にも置いて行かれるし、近寄ってくる奴は一瞬の快楽が欲しいだけの連中だし。
今回のことも、ホントは分かってた。「契約」とか「必要」とかいう言葉に踊らされて…アタシはバカだ…。
煙慈はその場から動く気力もなく、うなだれて座り込んだままだった。すると、
「煙慈、見つけた。あそこ、倒れてる?」
「え?あら大変、本当だわ!」
「ちょっと、影美、速…。ってかえ、倒れてんの?!」
耳馴染みのある声が聞こえたかと思うと、3人の戦士が煙慈の元へやってきた。
「ちょっと大丈夫?!あの魔物にやられたの?!」
「どうしましょう、私達治癒魔法は使えないし…。ひとまずどこか休める場所へ行きましょうか?」
「……アンタら、なんで…。魔物は…」
「倒した。けど、煙慈、来なかった。だから、探しに、きた」
「…あっそ。…やっぱ、アタシがいなくても関係ないじゃん…」
煙慈は小さく呟いた。
「…アタシ、もう、戦士やめるわ…」
「は?!いやいきなり何言ってんの?!」
「この状態だと戦力にならなそうだし、そもそもアンタらだけでなんとかなりそうだし」
「…何それ、逃げるつもり?今の状態なんて、あの魔物倒せば何となるんじゃないの?何も戦士やめる必要なくない?」
「うるさいな!もう放っといてくれよ!大体、昨日追いかけてくんなって言っただろ!」
「あんたこそうるさいわよ!何、私らよりあの魔物が大事なわけ?!」
「アンタにアタシの何が分かる!」
「何も分かんないわよ!あんたが何も話さないから!だから…!」
激しく言い合う音緒と煙慈。音緒は1度言葉を詰まらせるが、再び話し出す。
「だから、あんたのこと、分かんないことだらけだから、知りたいの。ちゃんと話してよ。そんなに、私らと一緒にいるの嫌なの?」
「……。…アンタら、3人だけで上手くやってそうだから…。アタシの居場所、ないんじゃないかって…」
「え?」
「つまり、似てる。音緒と、煙慈」
「…え?」
「あ、ちょっと影美!何余計な…」
「音緒、煙慈に、話させたい。じゃあ、音緒も、話すべき。違う?」
「いや、それは…」
「じゃあ、代わりに、話す。音緒、戦闘、苦手。だから、いつも、不安。自分、戦士で、いること」
「……そうなのか?」
「そうよ!悪かったわね!私は、得意なこととか何もなくて、ホントつまんない奴で…。そんな私が、戦士に選ばれたとか、正直めちゃくちゃ嬉しかった!でも、上手く戦えなくて、いつかやめさせられるんじゃないかって内心ビクビクしてて…。それでも、私が選ばれた意味があるって信じたい!自分からやめたいとか言わない!だからあんたも…居場所とかそんな小難しいこと考えずに、やればいんじゃないの?」
「そうよ煙慈ちゃん!私は魔法の力で地球さんを守る手助けができて嬉しいから戦士として戦っているわ。それに、3人のことは神様が巡り合わせてくれた大事な仲間だと思ってる。まだまだ知らないことが多いから、これから知っていって、4人の居場所を作りたいわ。それじゃあダメかしら?」
「…アンタら…」
ああ、そうか。アタシは、誰かに必要とされたいと思いながら、ずっと、自分の殻に閉じこもってたんだ。手を引いてくれないから、呼びかけてくれないから、自分はやっぱりいらない存在。そう決めつけて、勝手に悲観的になって…。きっと、追いかけて、突き放されるのが怖かったんだ。けど、
「そう、だよな。アタシも、選ばれたんだよな。だったら、すぐ逃げるとか、もったいないよな…」
「そうよそうよ!ああ、音緒ちゃん。今がチャンスなんじゃないかしら?きっと煙慈ちゃん受け入れてくれるわ!」
「え?何?」
「いや、えっと…」
「そんなに、もったいぶる、ことじゃ、ない。早く、言えば?」
「分かってるわよ!えっと、あの…」
「…何だよ」
「…連絡先」
「…へ?」
「連絡先!交換しない?!」
「…もしかして、いっつも何か言いたげだったのって…それ?」
「そうよ!別に私はあんたのこと嫌いじゃないし、だからその、魔物が出たとき以外でも話せたら…とか?でも、あんた学校もしょっちゅうさぼってるみたいだし…だから…」
「…ふっ。あははっ。いっつも偉そうな口利いてるくせに…とんだコミュ障だな…」
こうして、4人は互いの連絡先を交換し合った。
「さて…と。じゃあ行こう…かな」
「は?!結局交換して終わり?ってか動けんの?」
「あー…だから、まともに動けるように。アイツと決着つけないとな」
「場所分かんの?」
「アイツの妖気追えば何となく」
「え?妖気全く感じないけど?」
「アンタ妖気掴むの苦手だもんな」
「うっさいわね!」
「まあまあ。でも私達にもよく分からないわ。案内してもらえるかしら?移動は私に任せてちょうだい。魔法の力で、快適にお連れするわ」
「…どーも」
煙慈は集中し、フォールの妖気を探る。そして、ピーカアース…変身した地穂の能力で地面を動かしてもらい、辿り着いた。
「あっれー?煙慈じゃん!こんなとこまで追ってきて、もうボクが恋しくなったの?それとも…」
「悪いけど、浄化させてもらう」
「…ふーん、そっかあ。けど、その身体でできるかな?」
「やってやるよ。コイツらが、いるからな!」
煙慈は、懐からグレーのボールペンを取り出す。
「チェンジ!スモークグレー!!」
グレーの光に包まれると、煙慈は戦士の姿に変身した。
「自由にたなびくグレーの煙!ピーカスモーク!!」
音緒たちも変身し、4人でフォールに立ち向かう。空を飛べる魔物に対し、アースが地面を盛り上げ、サウンドが音撃を放ち、スモークが煙技でサウンドを援護し、シャドウが影で動きを封じる…と見事な連携を見せた。そして、スモークはゆっくりとフォールに近づき、武器である巨大煙管を突きつけた。
「…何だよ。仲間じゃないとか言ってたくせに」
「ホント、何なんだろうな。変に考えてただけかもしんない。…じゃあ、魔界で他人に迷惑かけないように、上手く生きろよ」
こうして、スモークの能力によりフォールは浄化された。煙慈の生命力もだいぶ回復したようだ。
「…で?アンタは何がしたいんだ?音緒?」
「え?!えっと…具体的に何したいとかどうしたらいいとかは…よくわかんない…」
「…」
「しょうがないでしょ!友達とかほぼいないんだから!えっと、影美…が知ってるはずないし、地穂…」
「え?そうねえ…それならお散歩しましょうか!太陽の光を浴びて地球さんの神秘を感じながら歩くの!ほら、あそこに魔法使いさんも見えるわ!ホントにすごいわよねえ…!」
「…まったく、やばいヤツらばっかかよ…」
まあでも、戦士に選ばれた仲間同士。これから打ち解けていける…はず。
煙慈は穏やかに微笑んだ。