第四十四話 彼の居場所
私がツバサの衣服を携えて、数日前にツバサと会話した中庭を歩いていると、程なくしてユウトと彼のそばにいる子供のライガーを見つけることができた。
彼らに声をかけようと私が口を開いた時、その子ライガーがわんわんと鳴き始める。
「ん?ライどうした?何か変なことでもあったのか?」
「わんわんわん、わんっ!!」
「近くからパパのにおいがする、って?別に近くにツバサはいないと思うが……。」
そう言ってキョロキョロと辺りを見回し始めたユウトに、私は声をかけた。
「ねえユウト、ちょっといい?」
「お、カレンか。もう動いても大丈夫なのか?」
「うん、スッキリ目が覚めて眠る前と体の状態はあんまり変わらないよ。」
しばらくユウトと他愛のない世間話をしていると、足元にあたたかい体温を持つ子ライガーがやってきて、私の足にすりすりとすりつき、スンスンと何かを確かめるようににおいを嗅ぎはじめる。
子ライガーの好きなようにさせながら目線はユウトに向けて彼と話すこと数分、子ライガーがくぅーん、と親に甘えるような鳴き声で私に話しかけてきた。
「……え」
子ライガーが言っている言葉もわかるのであろうユウトが少し驚いたような顔をしたので、私は疑問に思って彼に子ライガーの鳴き声の意味を尋ねる。
「ユウト、この子なんて言ってるの?」
「どうやらお前のことを『ママ』って呼んでるようだが……。ライ、どうしてカレンをママだと思うのか?」
「わんわんわん、わんわんっ!!」
「ママからパパの匂いがするから、?カレンからツバサの匂いがするってことか?」
「あ、それは多分私からツバサの匂いがするんじゃなくて……これからツバサの匂いがするんじゃない?」
そんな予想を口にしながら私がツバサの部屋から持ってきた彼の衣服をライくんのそばに寄せてあげると、ライくんはくんくんとそのにおいを確認して嬉しそうにその服をふみふみし始めた。
「やっぱり、ライの父親はツバサで間違いなさそうだな」
「父親、って、飼い主ってこと?でも、今のツバサは洗脳されているんだから動物を大事にしたりはしないんじゃない?私が今この子を見た感じの予想だけど、すごくたくさん愛情を注がれてそうな子だし……。」
「……お前、眠っている間どこで何をしてたか説明してもらえるか?」
「もちろん。眠ってる間はずっと、ツバサが作った複製の世界に閉じ込められてたよ。その中にはユウトとかレイカの複製なんかもいて、そっくりすぎてびっくりしちゃった」
「誰かの複製っていうのは、その人の本質を深く反映するんだよな。ツバサレベルの魔力なら、多少は不自然でも本人と同じような言動をする複製が作れる。お前がいたその複製の世界にツバサはいた?」
「いたよ。口調とかしゃべり方、言い回しなんかも私が知ってるツバサとほとんど同じで驚いた。」
「お前が知ってるツバサ、っていうのは、村を去る前とか日記に書いてあったようなツバサのこと?」
「そうだよ。私が大好きなツバサのこと。」
私の答えに対してユウトはしばらく考え込む様子を見せた後、「確実ではないし、まだ疑問点が残る部分もあるんだけど」と前置いて、彼なりのツバサの現状に関する考察を教えてくれた。
「俺、実は最近ツバサって本当は狂ってないんじゃないかって考えてるんだよな」
「え、それは……どういうこと?」
「お前さ、一番最初の森でクロトが言った言葉を覚えているか?」
「クロトが言った言葉、?多少は覚えているけど……。確か、『こいつ、アレだ!!あの方が探していたヤツだぞ!!』だとかそんな感じの言葉だったよね。」
「そうだな、俺もそう記憶している。あの時のクロトが指す“こいつ”っていうのは間違いなくカレンのことだったし、“あの方“という存在がこの一連の出来事だと仮定して置き換えると、どうなる?」
「『私は、この一連の出来事の黒幕が探している人物』って、なるけど……。」
「もしもお前の知っているツバサがその事実を知ったら、あいつはどう動くと思う?」
「私が知ってるツバサなら……私を守ろうとするか、意図的に遠ざけるか、だよね?」
そこまで自分の言葉で整理して口にして、私ははっと息をのむ。
「もしユウトのその仮説が成立するなら、ツバサの行動全部納得いくかも。ミヤビさんから軽く状況を聞かせてもらったけど、ツバサは私を眠らせた後結界と毛布で私のことを守ってくれていたんだよね?さっきミヤビさんから聞いた時は全然納得できなかったけど、そう考えるとツバサがやりそうなことかも。」
「だろ?でも、やっぱりアサヒが言っていた事件で黒幕に負けたはずのツバサが全く狂ってないってのもおかしな話だし、その疑問を解決できるような新しい仮説も思いつかなんだよな。だからこの仮説が正しいとは思ってない。あくまである程度辻褄があう一つの可能性ってだけで。」
「なるほどね、教えてくれてありがとう。その可能性があるんだとしたら、なおさらツバサを助けなきゃいけないわけだけど……。」
ユウトと2人で今後の方針について話し合っていると、先ほどまでツバサの服をふみふみして遊んでいたライくんが私の服の裾をぐいっと引っ張った。
「ライくん、どうしたの?」
「わんわんわんわん、わんっ?」
「『ママはパパにあいたいの?』ってライが聞いてる。」
「えーっと、この子が指すママは私のことで、パパはツバサのことなんだよね?」
「そうだけど……お前なんでツバサと両親扱いされてるのにそんな平然としてるんだよ」
「村でもよく言われてたから慣れちゃって。」
なるほど、と呟いたユウトから視線をライくんに戻して、私はツバサの服をぎゅっと掴んでいる可愛らしい子ライガーに声をかける。
「そうだよ、私はツバサに会いたいんだけど……あなたは何かわかる?」
「わんわんわんわんわん!!わんわんわんっ?」
「『いまパパのおうちでいっぱいパパのまりょくにふれたから、なんとなくパパのいるところわかるよ!!あんないしたほうがいい?』ってお前に尋ねてる。」
「それは……ここからどれくらい遠いところなの?」
「わんわんわん、わんわん!!」
「人間の足なら歩いて二日くらいだとさ。ライ曰く、そこは相当ツバサの魔力が染みついているらしいから、もしかしたら今のツバサが生活してるところかもしれないな。」
「そっか……。これ、勝手に行ってもいいのかな?」
「確かにツバサも多少はびっくりするだろうけど……。聞いたところであいつは絶対断るし、行かないと何も始まらないだろ」
「まあ、それもそっか。じゃあ、この後レイカたちにも事情を話してみんなで行く?」
「だな。ミヤビ兄と姉貴はここに残ると思うけど。まあ出かける前にアサヒに声をかけるくらいはしたほうがいいか」
「じゃあそうしよっか。」
そのあと、私はなんだか私になついてしまったライくんを連れてユウトと屋敷の中に戻り、残りの三人に事情を説明した。
「と、いうわけなんだけど……。私の体調が万全になったらツバサの魔力が染みついてるっていうその場所をライくんに案内してもらおうかなって思って。みんなはどう思う?」
「そうね、悪くないと思うわ。実際、今のツバサってどうもちょっと前より魔力が弱くなってるみたいだし、もしかしたら彼自身に何かがあったって可能性も捨てきれないしね。」
「あたしも異論はないかなあ。まあ、魔法特化のあいつにあたしとアユムの物理攻撃がどれくらい通用するかはわかんないけどね。」
「私とお嬢様の攻撃は対象に近づかないとなかなか威力を発揮しませんからね……。それはともかく、次の目的地はそれでいいのではないかなと私も思います。とはいえカレンさんにはしっかり休んでいただきたいので、出発は三日後といったところですかね?」
「もうちょっと早くてもいいんだけど」
「それはやめとけ」
三日なんて長すぎると文句を言えばユウトに怒られてしまったので、私はあきらめて「はぁーい」と返事をする。
確かに私だってツバサと話すのは自分が万全の時のほうがいいし、大人しくちゃんと休んで当日に備えよう。
「じゃあ、出発は三日後ってことでいいわね?私はミヤビお兄様とトモエお姉様とアサヒくんに話してくるわ。ユウトも一緒に来てくれる?」
「了解」
「じゃあカレンの看病はあたしがしてあげる!!」
「お嬢様は人に看病をなさるのがあまりお得意ではないので何もなさらないほうがよろしいかと」
「ちょっとアユム、ひどくない!?」
サヤカの悲痛な叫び声にみんなが笑い、なんだかほっこりしてると、ライくんが私の足元にすり寄ってきたので、私はよしよしとその美しい毛並みを撫でてあげる。
なめらかで柔らかい白銀の毛はきれいに整えられていて、一目で愛を込められてるのがわかる。
「ライくんは……ツバサに大事にされてるんだね」
人間の言葉がわからないライくんは私の言葉を聞いても不思議そうな顔で首を傾げて私を見上げる。
その表情が、仕草が、なんともあの頃のツバサにそっくりでちょっぴり笑ってしまった。
「ねえツバサ……大丈夫なんだよね?」
大きな不安と、小さな期待という複雑な心境のままに思わずこぼしてしまったその言葉は、きっと誰にも聞こえないまま大理石の床に零れ落ちて消えていった。
みなさんお久しぶりです、羽畑空我です。
リアルで忙しくしているうちにあっという間に九か月経ってしまいました。すみません。
ここまで期間が開いても見に来てくださった読者の皆さんには、感謝してもしきれません。
ありがとうございます。
自分としてはここからの一年が一番忙しくなると思うのでまた次のお話まで大きな期間が開いてしまうと思いますが、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。




