第四十三話 彼からのヒント
「カレンおはよ、今日は何して遊ぶ?」
ツバサが生み出した私の理想の世界に閉じ込められてから数日、私は村の広場で彼と会話をしていた。
「何して遊ぶ、って言われても……。」
「あははっ、小さい頃にやってた遊び全部やっちゃったもんね」
そう言って無邪気に笑っているツバサの様子にやはりおかしいところは見当たらず、大きな木の下でこの夢の世界について話された後も目の前にいる彼の複製の行動は私が知っている本来のツバサそのものだ。
「それもそうだけど、現実世界のことがすごく心配で……。」
「せっかく理想の世界にいるってのにカレンは真面目だね、仲間のことを心配する気持ちはわからなくもないけど、そんなに俺のこと心配?」
「だって、私が知っているツバサとは何もかも違うし、それが誰かに操られてるってことなら本来のツバサはどうなっちゃったんだろう、とか考えちゃって」
「……カレンは優しいなあ」
ツバサはそう私のことを褒めると、まあ、と言って視線を遠くの方に投げる。
その色違いの双眸にも特に狂気が宿っている様子はなく、やはり私が知っているツバサと変わらなかった。
目の前のこの人は、本当にツバサの複製なのだろうか。
「カレンの知っている俺なら大丈夫だよ、いなくなってるってことはないしそれなりに上手くやってる。もう少し時間はかかりそうだけどね。」
その言葉の意味するところがわからず私が混乱していると、彼はそんな私を見ながら優しく微笑んだ。
大事なところをいつもぼかして教えてくれないのはもう慣れたし問い詰めたところでうまく避けられるのはわかっているので、私はその意味を知ることを諦めてみんなが笑いながら鬼ごっこをしている広場を眺める。
と、その時、広場にいた村人のうち1人がふっと消えた。
「あれ、」
私が声を上げると、ツバサもそれに気がついたのか目を丸くして、数秒後に呟いた。
「意外と、早かったね。」
その言葉が私の鼓膜を震わせたのを皮切りに、見慣れた村の景色がどんどん消えていって、気がついた時にはこの世界に残されているのは私とツバサだけになっていた。
「ツバサ、これ何が起こってるの!?」
私がそう尋ねると、ツバサはこちらを見てにこりと笑った後、続けた。
「君の仲間が、俺の昏睡魔法を解いたみたい。もうすぐ俺も消えるし、カレンは現実世界に戻れるよ。」
「えっ、」
目が覚めてホッとする自分と、自分の知るツバサがまたいなくなってしまうことを寂しいと思っている自分の二つの自分が私の中にいることをわかっているであろう大好きな幼馴染は、私の瞳をじいっと見ながら続ける。
「カレン、君は俺のことを助けたいんだったよね。」
「そ、そうだけど……」
「それなら、今現実世界の君のそばに俺が可愛がっている子ライガーがいるから、その子に俺の部屋にあるものを何でもいいから一つ持っていってあげて。きっと次どこに行くべきか教えてくれるから。」
私に今後のヒントを残して、彼は少しずつ透き通って消えていく。
「ねぇ、最後に一つだけいい?」
「……どうしたの?」
半透明になっているツバサの複製は、大事なものを見つめるかのように私をあたたかい眼差しで見つめて、こう続けた。
「君が心配しなくても、現実世界の俺もカレンのことをすごく大事にしているよ。君が俺を大事にしてくれている以上に。もうしばらく君を悲しませちゃうかもしれないけどね。ごめん。」
「それはどういう、」
私が言葉の意味を尋ねる前に、目の前の複製は消えてなくなる。
彼の姿が見えなくなったのと同時に、仲間達の声が脳みそに響いてきた。
『これで霊薬はセットできたな。あと少し待つか……。』
『カレン、起きれる?もうすぐ朝よ!!』
『いやレイカ、今夕方でしょ?朝ではないと思うんだけど……。』
『まあ、人を起こす時にもう朝ですよ、と言いたくなる気持ちはわかりますけどね』
聞き慣れた仲間達のテンポのいい会話に、1人でふふっと笑ってしまう。
ずっとふわふわしていた頭がスッキリしてきて、脳裏にとある言葉が浮かんできた。
もう起きよう、頼れる仲間達と会話をするために。
そして、誰よりも大切な幼馴染を助けに行くために。
その言葉が頭の中に走ったと同時に、何かに体を引き上げられたかのような心地がして、私はそれにおとなしく身を委ねる。
どこかで、ツバサの優しい笑い声が聞こえた気がした。
*****
ふっと意識が浮上して私が目を開けると、自宅のものでも泊まっているホテルのものでもない天井が目に入る。
「あっ、カレン!!起きた!?」
ここはどこだろう、と思いながら記憶の糸を手繰り寄せていると、サヤカのよく通る明るい声がした。
体をゆっくりと起こしてあたりを見回すと、置いてあるのはアンティーク調のオシャレな家具達。
そこまで確認して、そういえば今自分はツバサの家にいるんだ、と思い出した。
「うん、起きたよ。ツバサの左目が赤くなったところまでしか覚えてないんだけど、あれからどれくらい経ったわかる?」
私が疑問をそのまま口にすると、返事をしてくれたのは相変わらず丁寧な口調を貫いているアユムだった。
「大体4、5日ほどですね。ツバサさんがあなたに昏睡魔法をおかけになったようで、その間あなたはずっと眠っていらっしゃったとミヤビ様より伺っております。」
「そうなんだ、結構眠ってたんだね。ツバサは意外と早かったって言ってたけど……。」
「え、どういうこと?カレン、ツバサと話したの?」
私の言葉に疑問を示したのは、私のために消化にいい食事を用意してくれたレイカだ。
私は彼女にありがとう、と感謝の言葉を告げて、その疑問に答える。
「ツバサ、っていうか、ツバサの複製、?」
「ツバサの複製?なおさら意味がわからないのだけど……。」
「私も理解してない……。」
レイカにどう説明するべきか悩んでいると、私のつたない説明でツバサのしたことを理解してくださった様子のミヤビさんが、ボソリという。
「ツバサのやつ、複製を作ってたのか?これはまたなかなか手の込んだことを……。お前、相当あいつに大事にされてるんだな。」
「目が覚める時も、その複製さんにそんなことを言われましたけど……。実際のところどうなんですかね?」
「そもそも複製を作るってこと自体がかなり集中力を消費するからな。あいつ、どれくらい複製作ってたんだ?」
「えーっと、小さな村ひとつとそこに住む住人プラス数人、って感じでした」
それを聞いたミヤビさんは、かすかに目を丸くした。
あまり表情を変えない彼にしては少し珍しい。
「嘘だろ、そんなに?どんだけ大切にされてたらあいつにそんなことをさせられるんだか……。」
「ですが、本来のツバサが私のことを大切にしてくれていたとしても、複製を作ったのは今のツバサなんですからいろいろと納得できなかったり矛盾してたりすることが多くて……。」
「……まあ、今のあいつが本当に洗脳されているならおかしな話だよな。」
何やら含みのある言い方をしているミヤビさんに私が首を傾げていると、彼はすっと立ち上がって部屋から出て行こうとする。
「カレンの目は完全に覚めているみたいだし、もう大丈夫そうだな。俺はトモエの様子を見るために一応ここから離れるが、何かおかしなことがあったら呼んでもらえるとありがたい。」
「わかったわ、ミヤビ兄様!!」
元気に返事をしたレイカにミヤビさんは少しだけあたたかい眼差しを灯して、トモエさんのもとへ向かうために部屋を後にする。
可愛らしい妹を見るようなそのあたたかい眼差しに、私は最後にツバサがくれたヒントを思い出した。
「あ、そういえばみんな。」
私が部屋にいる3人に声をかけると、仲間達は私の方を見て言葉の続きを促す。
「近くに子ライガーがいる、ってツバサの複製が言ってたんだけど、何か知ってる?」
「子ライガー、ですか?ライくんのことですかね?」
「心当たりがあるのはライくんだけだけど……レイカ、今ライくんがどこにいるかわかる?」
「ライくんなら今カレンが起きたのを確認したあとユウトがお散歩でこのお屋敷のお庭に連れて行ってたけど……あの子がどうかしたのかしら?」
「なんか、ツバサがその子に会ってみろ、って。」
「そうなの?よくわからないけど、とりあえず会ってみたら?」
「うん、そうする。」
その後、ベッドから出た私はツバサの部屋から彼の服と思わしきものを一着お借りして、ライくん、という子ライガーとユウトがいるというお庭に向かって歩き出した。




