第四十二話 体力勝負の軍配は
レイカが作る光のヴェールに人形が放つ無数の矢がぶつかって、エネルギーを生み出しながら消えていく。
人形が先に魔力不足になるか、レイカが生み出すプロテクティアを人形が打ち壊すか。
そのどちらかの瞬間に、勝敗はつく。
自分の残りの魔力を把握しているであろう本人たちでも引く様子が見えないあたり、おそらく2人にもどちらの方が長く持つかわかっていない。
しばらくその攻防を続けていると、人形の方にもレイカの方にも疲れが見え始めた。
この様子だと少々レイカの方が不利かもしれない。
そう思った時、急に人形が魔法を使うのをやめた。
「え、」
いきなり攻撃が止んで少しびっくりしつつも警戒の色が解けないレイカが戸惑いの声を上げると、人形からうめくような声が上がった。
『なん、で急に……さっきまで、はも、少し持ちそ、だった、のに……。まさか』
そこまで言って人形は音もなくはらはらと崩れ去っていく。
攻撃をしなくてもその形が崩れていっているということは、魔力を使い果たしたと考えるのが妥当であろう。
先ほどは若干レイカの方が不利なように見えたというのに、どうしてだろうか。
そんな疑問が頭をよぎるも、当の本人はもう跡形もなく消えてしまったので聞くことは不可能であるし答えてくれる確率もあまり高くないだろう。
こいつが急に倒れた理由に関して考察することを諦めた時、先ほどの低い声がこの場に響き渡った。
【ほう、例の人形を打ち倒したのだな。少々外部からの干渉が入ったようだが、まあこの人形の性質上仕方あるまい。汝らは確か解呪の魔草を欲していたのだな?】
俺たちが頷いたと同時に、広場の様子が少し変わって解呪の魔草が現れる。
「ビューティー様は解呪の魔草は一本あれば十分、と言ってたわよね。念の為2本くらい持って帰る?」
「そうだな。あまり持っていきすぎるのもどうかと思うし、2本くらいが妥当だろうな。」
「2本ですね、了解です。」
そう言いながらアユムは解呪の魔草を丁寧に手折り、レイカが広げた材料を運ぶための袋の中にそれらを入れる。
魔草を回収したので俺達が広場を後にすると、先ほど目をまんまるにしていたライが話しかけてきた。
『ねーねーおにーさん、さっきパパがきてたの?』
ライは可愛らしいつぶらな瞳をクリクリさせながらそう聞いてくるが、俺はその質問の意味するところを理解しかねる。
「どうしてそう思ったんだ?俺達は特に誰とも会ってないが……。」
『だってさっき、パパのこえがしたから……。』
「お前の父親の声?俺達以外に話してたやつって……」
いたっけ、と続こうとした言葉は、喉まで出かかったものの言葉になることはなく、俺の中に戻っていく。
「もしかしてお前の父親って……ツバサなのか?」
『パパのおなまえはいっかいきいてわすれちゃったけど、そんなかんじだったかも、?』
そう言って小首を傾げるライに、俺は混乱する。
彼の反応を見るに父親の声がしたというのは嘘ではないのだろうし、ツバサだとしたら納得できる点もいくつかはある。
だが、彼がぷるりんのことを知っている、ということがどうにも腑に落ちなかった。
だってあいつは、プディン様の姿を見たことはあってもぷるりんの姿を見たことはないのだから。
ツバサ周りの情報が入ってくれば入ってくるほど、納得できる点も増えるが腑に落ちない点も増えていく。
一体あいつは何者なんだろう、なんて考えていると、少しキレ気味のサヤカに急かされた。
「ちょっとユウト、さっさと来ないと置いてくからね!?」
「お嬢様、なぜそんなにお怒りなのですか……?」
「それはやっぱり自分が大好きな子が取られそうで心配とか……。」
「違うしっ!!」
真っ赤になりながらそう言うわかりやすい魔族の王女と自分の婚約者の妄想にやれやれと思いながら俺はスピードを上げて3人とぷるりんに追いつこうとしたが、一瞬チラリと陰ったレイカの表情が気になった。
……あいつ、何をそんなに不安そうにしているんだ?
俺にできることなら力になってやりたいけど、やっぱりどうすればいいのかわからなかった。
*****
俺が今までにないくらいレイカのことを考えながらぼーっと他の奴らについていくと、いつの間にかアリアル神殿に辿り着いていた。
プディン様はすでにぷるりんから元の姿に戻っており、ライはもうちょっと俺達と一緒にいたいとのことで霊峰から出て俺達についてきている。
父親が心配するんじゃないかと聞いてみたが、どうやらお守りとしてもらった首輪で場所がわかるとのことなのでライとしてはあまり問題はないようだ。
もし父親が本当にツバサなら、俺たちのそばにいるライに会いにくるかどうかは微妙なところであるが。
俺たちが帰ってくる時のためにとあらかじめ周りの仕掛けの一部を天魔石に反応するようにビューティー様が調整してくださったらしく、前回神殿に来た時のように頭がぼーっとした状態で歌う、ということはなかった。
プディン様に従って神殿の中を歩いていくと、少し前にもみた大広間の手前の大きな壁に到着し、ビューティー様の声が俺たちの鼓膜を振るわす。
前回はここでレイカが倒れてしまったので俺は心配になって彼女の様子をチラリと盗み見るが、少し違和感のある笑顔以外は大丈夫そうだったので少しだけ安心した。
「あら、意外と早かったのね……。1人増えている子がいるみたいだけど、危害を加える気のない魔物の子供みたい……。今から壁を開けるわ、ちょっと待ってて……。」
しばらくすると音を立てて壁が開き、見覚えのある神殿の大広間とその中心で座っているビューティー様が目に入る。
彼女の姿を見るとなぜか心の奥の方がざわざわとするのは、変わらなかった。
「ビューティー様、先日あなたがおっしゃっていた材料は全て回収してまいりました。これらで大丈夫ですか?」
レイカがそう言いながら三つの材料が入った袋を手渡すと、ビューティー様はそうっと袋を開けて中身を確認し、にこりと微笑んでこう言った。
「ええ、これで大丈夫よ……。品質も問題ないわ、今からめざめの霊薬を作るから数時間ほど待ってもらえる……?」
「わかりました。」
薬の調合のため、と言って神殿の更に奥の方に向かったビューティー様を待つ間、俺たちは大広間の中で思い思いに待ち時間を消費していく。
美しい神殿の内装に目を輝かせているサヤカの話をアユムが楽しそうに聞いていて、ライは日光の降り注ぐ窓の近くでひなたぼっこ、プディン様は懐かしい日々を慈しむかのような慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、大広間の一角で柔らかくまぶたを閉じてうたた寝をしていらっしゃる。
レイカは大広間の奥にある壁画を興味深そうに眺めているので、俺は彼女に声をかけることにした。
「その壁画が気になるのか?」
「ええ、なんか心がふわふわして落ち着くのよ」
へぇ、と彼女の言葉に相槌を打ちながらじっくりと壁画を鑑賞していると、何やら神話のようなものを描いているらしいということがわかった。
古代の言語は俺もそこまで詳しくはないので何について書いてあるのかはわからないが、描かれた絵から察するに四天王伝説の一部、と言ったところであろうか。
この壁画を見ていると、確かに心がないでいくような気がした。
話術が上手い人などであればここでレイカの様子が少しおかしい原因について探りを入れたり、相手には気づかれないようにそれとなく遠回しに聞いたりすることができるのであろうが、あいにく俺は物事はなんでも率直に言ってしまうタイプであるし、そもそもそのレイカの悩みが俺が首を突っ込めることであるのかもわからない。
人には誰しもいくら親しい人とはいえども言いたくないことだってあるし、自分の中で自己完結したい部分だって持ち合わせている。
俺が普通の人と比べても個人主義寄りの感覚を持っているというのもあって、やっぱりレイカの心に踏み込んでしまうのはためらってしまった。
「ユウト、どうしてそんな複雑そうな表情してるのよ」
レイカが少し怪訝そうに尋ねてきたその質問の答えはこいつのことが心配であるからに他ならないが、俺がそれを素直に言えるわけもなく、適当に誤魔化す。
「いや、別に。気のせいじゃね?」
「そう?ならいいのだけど……。」
そう言いながら目を伏せるレイカはやっぱり普段と違って、俺でよければ話を聞くよ、という言葉がのどから出かかったが、その言葉は神殿の奥からビューティー様が戻ってきたため俺の声に乗って紡がれることはなかった。
まあ、レイカと一緒にいる時間なんてこれから無限にあるんだし、下手に突っ込みすぎて嫌われても困るからやっぱりいいや、と俺はその言葉を喉の奥にしまった。
この時の自分の判断を、後ほど後悔することになるなんて知らずに。
霊薬の調合を終えたらしきビューティー様は、小瓶に入ったオレンジ色の液体を指差しながらその使い方と効能について説明をしてくださった。
「めざめの霊薬、調合終わったわよ……。これを昏睡魔法にかけられちゃった子のそばに置いて小瓶のふたを開ければ、きっとその子は目を覚ますと思うわ……。」
「ビューティー様、ありがとうございます!!」
「ふふ、気にしないでいいのよ……。薬の材料を取ってきたのはあなた達なんだし……。大切なお友達のこと、助けてあげてね……。」
「何から何までありがとう、ビューティー。それでは我らはカレンの元に戻るとするか。」
「はい、プディン様。」
プディン様について神殿を後にしようと俺たちがビューティー様に背を向けた時、ビューティー様がプディン、と彼女に呼びかける。
「……どうした?ビューティー。」
「あなた、彼の件本当に大丈夫なの……?」
「……もう、過去のことだ。5000年も経っているし、今更……。」
「でも今のあなた、とても悲しそうな顔をしているわよ……?あの頃のあなたが毎日幸せそうだったから、尚更……。」
「我がどう思っていようと、あいつはきっと我のことを覚えてなどいないだろう。」
「そうかしら……?」
そうつぶやくビューティー様に、プディン様は、ふっと悲しげな微笑みを浮かべる。
「きっとそうだ。だがビューティー、気にかけてくれて有難う。」
「……いいのよ、私はあなたの親友であるのだし……。」
ビューティー様に感謝の言葉を告げたプディン様は、いつも通りの表情に戻って俺達に向き直る。
「4人とも、カレンの目を覚ますために戻るぞ。おそらく現代の赤の四天王もお主らの帰りを待っているだろう。」
「あ、はい。そうですね。」
レイカの返事を聞いてプディン様はビューティー様にまた遊びに来る、と言った後、ツバサの家に戻るべく大広間から出る大きな扉に向かって歩き出した。




