第三十九話 花園の子ライガー
つぶらな瞳で俺たちを見上げている子ライガーの鳴き声は、「クゥーン」と繰り返す父親に謝罪する鳴き声から、同族にじゃれつく子犬のような愛らしい鳴き声に変わった。
『たすけてくれてありがとう。おにーさんたちはだーれ?』
会話の内容を他の人たちに伝えつつ、俺は子ライガーに返事をする。
「俺はユウト。こっちの黒髪ロングがレイカで、茶髪の女子がサヤカ、金髪の男子はアユムだ。この丸いのはぷるりん。俺たちはとある事情で、この山にある植物やらなんやらを集めに来ているんだが……。お前の名前は?」
『僕のなまえ?』
子ライガーは、しばらくうんうんと考えるそぶりを見せていたが、やがて何かを思い出したような仕草をすると、こう名乗った。
『僕はライだよ。パパがいつも僕のことをライ、ってよぶからたぶんそれであってるとおもう!!』
「そうか、ライって名前なんだな。」
『うんっ!僕ね、パパにライ、ってよばれるのすきなんだ。僕のパパはとってもやさしいんだよ!!たまにしかあいにきてくれないんだけどね。ちょっとまえになんで、ってきいたらライにやさしくしたいからだよ、っていってたんだけど、どーゆーことかなあ?』
「うーん、それは俺にはわからないな。お前の父親は人間なのか?」
『ニンゲン? ニンゲンがなにかはよくわからないけど、からだのおおきさとかかたちはおにーさんたちにそっくりだよ!!』
「そうなんだな。」
体の大きさや形が俺たちとそっくりということは、大方ライの父親は人間なのだろう。
人間界にほとんど天族はいないし、魔族差別が根強く残っている人間界において魔族に霊峰に入ってまで定期的にライに会いにくる余裕があるとは思えない。
人間界で魔物の言葉はとっくのとうに廃れていると思っていたが、少しはその言葉を理解できる人間もいるらしい。
魔物の言葉を理解できる人間がたまたま霊峰でライと出会い、少し世話をしたら懐かれたため仕事の合間に彼の様子を見にきていると言うところだろうか。
ライから聞いた父親の言葉の意味はよくわからないが、まあ気にするほどのことでもないだろう。
白いライガーであるライの首には、その父親が与えてやったのであろう首輪が付けられていた。
それは至ってシンプルな紫色の首輪で、真ん中にこれもまた控えめな小さな赤色の宝石が垂れ下がっていた。
ミヤビ兄くらいの魔力解析の練度の高さでないと、この小さな石に込められている少量の魔力だけでその解析をすることなど不可能だが、魔力が安定しているのはわかる。
ここまで魔力が安定しているということは、ある程度は魔法が使えるやつみたいだ。
おそらく、ライにお守り代わりとして自分の魔力を込めた石を与えたのだろう。
この子は相当父親に愛されているようだ。
「ところで、どうしてお前はここに留まり続けたんだ? ライガーは足が速い動物だし、あの魔物の軍勢から逃げることだって造作もないはずだが……。」
これは俺がずっと気になっているところだ。
ライガーは肉食の魔物であるため、獲物を狩る能力に特化している。
もちろん走るスピードも非常に早く、羽のついた魔物数十匹程度なら問題なく逃げ切れるはずだ。
『パパがいったんだ。「この赤い花を探しているお兄さんお姉さんと小さな白い魔物がここに来るまで、最後の花畑を守ってくれる?」って。とってもとってもやさしいおかおで、僕のことをなでなでしながらいってたの。僕、はじめてパパにおつかいたのまれたのがうれしくて、うんっていったの。そしたらパパは、「ありがとう。本当に危ない時はちゃんと逃げるんだよ。また来るね。」っていっておうちにかえっちゃった。きのうのきのうだったかなあ? そのあとパパはまだ僕にあいにきてないよ。』
「えっ……。お前の父親が、そんなことを頼んだのか?」
『うん。そういえば、おにーさんたちはパパがいっていたおはなをさがしているひとたちにみためがとってもそっくりだね。ふたりのおにーさんと、ふたりのおねーさんと、しろいまものちゃん。』
いったいどういうことだ。
このライとかいうライガーの父親が、あらかじめ俺たちがここに来ることを知っていて、この子に花畑の見張りを頼んだだと?
俺たちがここに来ることを知っている奴なんて、本当に少ししかいない。
その男は預言者だとでも言うのか?
案の定、他のみんなも困惑の表情を浮かべている。
こんなことができるやつ、この子の父親が預言者だということを考えないならば、ほんの数人しか思い当たらない。
ミヤビ兄?
いや、ミヤビ兄はトモエとカレンにつきっきりだし、おとといだって俺らが出発するまで俺たちと一緒にいた。
それに、彼が霊峰に来る理由がない。カレンの解呪方法も知らなかったみたいだし。
アサヒだろうか?
おととい、彼はツバサが所持していたというブローム様が書いた魔導書をさがしていたはずだ。
朝方にようやく見つけたという連絡をミヤビ兄を通して受け取ったし、彼にはアリバイがある。
俺とアユムは男であり事情を知っているが、もちろん俺ではないし、アユムもずっと俺たちと一緒にいた。
そもそも、俺たちは魔法が不得手である。
と、なると?
こんな小さな石に込めた魔力を安定させることができるほどの魔法の実力。
俺たちがカレンの昏睡魔法を解くだろうと予測でき、かつその条件に関する知識。
俺たちの姿を、ぷるりんの姿すらも知っている者。
最初の二つの条件から、この子の父親はツバサだろうかと一瞬考えたが、だとしたらぷるりんの姿を知っているのはおかしい。
やっぱりこの子の父親は預言者なんだろうか。
預言など信じない派の俺だが、こればかりは信じるしかないようだ。
『おにーさんたちはこのおはながほしいの? ほしいならあげるよ。パパは「悪い人にはこの花を渡しちゃダメ」っていってたけど、おにーさんたちはいいひとだし、たぶんパパがいってたひとたちだから!!』
そう言うとライは、立ち上がってひょこひょこと花畑から退き、俺たちに『どーぞ』と言いながら花畑を指し示す。
するとレイカが手前から一本覚醒の聖花を手折って、「ありがとう」とライにお礼を言った。
『みんなはほかになにをさがしているの? よければ僕があんないしてあげるよ!! 「困っている人には優しくしてあげるんだよ」ってパパいっつもいってるし!! ねーねー、なにさがしてるの?』
「うーん、残った素材はライくんに案内を頼む? 解呪の魔草は見つけにくいし……。」
サヤカの提案に対して、アユムは少し考えたあとこういう。
「そうですね。見た感じこの子は悪い子ではなさそうですし……。それに。」
アユムはチラッとライに目をやり、「少し失礼します」と言って、その目に鋭い眼光を宿した。
『わっ!?』
アユムの目線を受けて、ライはピシッと姿勢を正す。
『おにーさん、どーしたの? 僕、ひとをたべちゃったり、おやつをよるにたべたり、よふかししたりしないよ……?』
なんか最後の二つがかわいいななどと思いながらライの言葉を聞いていると、アユムがそれに返事をした。
「すみません、ちゃんと飼われている魔物なのか確認いたしました。魔族が睨みつけた際に、ビクッと震えて急に態度を変えるのが野生の魔物。何か悪いことをしてしまったのかと自分の行動を振り返るのが飼われている魔物です。睨んだ際の態度といい怒られている内容といい、あなたは間違いなく飼われている魔物のようですね。」
そういえば、上級魔族は上級天族と同じく気配と眼光で魔物を怯ませることができるんだったな。
あれ、アユムの羽はサヤカのものより一回り小さいから、低級魔族のはずでは……?
でも、それが使えるということは……。
最近何度も頭をよぎっているアユムの出自に関する仮説を考察している俺の足元で、ライが安心したような声をあげる。
『あっ、そーゆーことかあ。おこっているときのパパみたいなかおしてたから、僕がなんかわるいことしちゃったのかとおもった……。でもひとはたべてないよ!? パパとはじめてあったときは僕、まだミルクしかのめなかったし……。』
「はい、怖がらせてしまってすいません。それではライさん、案内をお願いしてもいいですか?」
『わかった!! なにがほしいの?』
「解呪の魔草というやつだ。わかるか?」
『わかるよ!! あのすっごくにがいおくすりのはっぱね!! 僕についてきて!!』
パパが言ってた「優しくする」ができる!! と張り切ってふんふんしながら上機嫌で道案内する可愛らしい子ライガーについて、俺たちは鮮やかな赤い花の絨毯がある広場を後にした。




