第三十一話 幸せな世界
目が覚めると、そこは見慣れた自宅の天井だった。
「え……?」
目覚めた場所が意外すぎて、私は思わず困惑の声を漏らす。
「カレン、朝ご飯よ?」
下から聞こえてきたのは、聞き慣れた母親の声だった。
嘘、どうして私はブロウ村にいるの?
確か私は、ライクファイト王国のツバサの家で、黒幕に操られたツバサに遭遇して何らかの術をかけられた結果意識を手放したはずだ。
「カレン、遅刻するわよ!!」
「あっ、はーい!!」
何が起きたか確認するためにも、私は母の言うとおり見慣れた自宅の階段を駆け降りて居間に向かった。
居間の扉を開けると、そこには3人分の朝ご飯を運び終えたお母さんと、村の収支報告書と睨めっこしているお父さんがいた。
「あ、ごめんお母さん。全部運ばせちゃって。」
「いいのよ。それよりもカレン、早く準備しないと。今日はツバサくんたちと約束しているんでしょう?」
「え、ツバサ……?」
身長もそっくりそのまま意識を手放す前の自分なのだから、時が戻っているわけではない。
それなら、ツバサはこの村にはいないはずだ。
「ツバサくんよ。いっつも一緒にいるじゃない。」
「ツバサって、茶髪で、左右で目の色が違って、魔族の男子のあのツバサ?」
「その人以外に誰がツバサくんなのよ。この村でツバサって名前なのはあの子だけでしょう?」
「だってツバサって私たちが12歳の時に処刑されたはずじゃ……?」
「いったい何を言っているの?一時期そんな話もあったけど、結局あなたたちが冤罪を晴らしたじゃない。カレン、熱でもあるの?ツバサくんには私から今日は体調が悪いって言っておくわよ?」
「いや、大丈夫!!」
「そう?」
とりあえず今は情報がほしい。
お母さんが用意してくれた朝ご飯を大急ぎで食べて、準備をする。
どこに行くのかは、例の交換日記から情報を得た。
その日記に書かれたツバサの字は、黒幕さんと戦う旨が書いてあった字と字面が全く同じだった。
日記によると今日は広場で遊ぶそうなので、それに合わせて着替える。
村の広場に向かうと、そこにはすでに村のみんなと、ブロウ村の村人服を着たツバサがいた。
「カレン、遅いじゃん。もしかして寝坊した?」
そういたずらっぽく聞いてくるツバサの姿は、私の記憶の中のツバサと何ら変わりはない。
17歳の姿に成長してはいるけど。
「遅れてごめん。あのね、ツバサ。」
「どうしたの?」
「いくつか、聞きたいことがあるの。」
「ふうん?」
そう相槌を打つと、ツバサは向こうのほうで遊んでた村の子供達に呼びかける。
「俺とカレン、忘れ物したから取ってくるー!!」
「何だよ。デートか?」
「ちげーよバーカ!!」
あはは、と笑い合うみんなの様子におかしいところは見当たらなかった。
ツバサとの仲の良さをからかわれるのはよくあることだったし。
何ならツバサが村を離れた後も定期的にからかわれていた気がする。
「それじゃあカレン、」
そう言ってツバサがこちらを振り向く。
「話を聞くよ。大きな木がある丘の上に行こうか。」
その場所は、いつも私たちが大事な話をする時に使う場所だった。
丘の上に着くと、ツバサは大きな木の木陰に座る。
それに合わせて私も隣に腰を下ろすと、ツバサが口を開く。
「この木の下でよくおままごとをして遊んだね。懐かしいなあ。それでカレン、聞きたいことって?」
「単刀直入に言うけど……。ここは、現実の世界ではないでしょう?」
「……そうだね。現実世界ではない。ここは、俺が作ったカレンの夢の世界だよ。カレンの欲しいもの、やりたかったこと、全部がここにある。」
「ツバサがこの村にいるのも、私の理想の世界だから?」
「その通り。カレンが俺にはこの村にいて欲しかったと思っているから俺はここにいる。君の仲間もこの村にいるよ。ほら、さっき俺たちのことをからかった男子は君の仲間にそっくりだったでしょう?」
確かに、さっきの少年はユウトにそっくりだった。
「でも、私はユウトに村にいて欲しいなんて思ってないはずよ。」
「俺の魔力も何でもできるわけじゃないからね。せいぜい複製できるのはブロウ村が限界だった。だから、カレンが村を出ようとしたら転移魔法で自分の部屋に戻されるよ。それは、俺がこの世界の端っこにかけてる転移魔法を解かなければ変わらない。俺は魔法を解く気がないから、絶対に出れないと言ってもいいね。」
「この村が世界の全てだから、私がそばにいて欲しいと思っている人は全員この村にいるって言うことなのね。」
「そういうこと。だから、すでに亡くなっているはずの人もこの世界には存在している。例えば、俺の義姉さんと義母さんとか。」
「それなら、過去のツバサの冤罪は何になってるの?」
「大量虐殺の未遂かな。カレンたちが潔白を証明してくれたことにしてるよ。」
「そうなのね。それで、ツバサはこんなところに私を閉じ込めて何がしたいの?私が知っている今のツバサの性格からしたら、今私の目の前で話しているあなたは本物のツバサだとは思えないのだけど……。」
「確かに本物ではないね。今ここにいる俺は俺が作った俺の複製。君の仲間も俺が作ったその人の複製だ。俺が姿を見たことある人しか複製にはできないから、何人か足りない人はいるけど。」
確かに、アユムにそっくりな住民は見当たらなかった。
それは、ツバサが直接アユムと会ったことがないからだろう。
「何をしたいのか、ねえ。足止めと言ったところかな。今現実世界のカレンは意識がない状態で寝たきりだから、カレンが目を覚ますまで他の仲間はこれ以上先に進むことができない。きっとカレンの目を覚まさせるのを最優先にするだろうからね。」
ずっと寝たきり、という言葉にゾッとする。
私の意識は、永遠にこの私の夢の世界に縛り付けられたままなのだろうか。
それじゃあ、現実世界に残してきた仲間たちや今も洗脳されたまま暗躍しているツバサはどうなってしまうのだろう。
そんな私の不安を察知したのか、ツバサは私の記憶通りの優しい笑顔でいった。
「大丈夫だよ。カレンの目を覚まさせる方法はある。君の仲間たちはそれを実践するだろうから、君の意識はずっとここにあるわけではない。俺が夢の世界にカレンを閉じ込めた目的はあくまで君たちをしばらく足止めすることであって、君の意識をずっとここに縛りつけることじゃない。もちろん現実の君にかけた魔法だって、彼らがそれなりに時間をかければ解ける程度のものだよ。彼らが君を救うまで、ちょっと幸せな夢を見ているだけ。」
自分で言うのも何だけど、ツバサが私に自分のことを調べて欲しくないなら、私を殺して仕舞えばいいだけだ。
でも、彼はそれをしようとしない。
「ツバサの目的は、一体……?」
そんな私の言葉を聞いたツバサは、困ったように眉をハの字にして微笑んだ。
やっぱり、教えてくれないよね。
そういえば、今私の目の前にいるツバサは現実世界の洗脳されたツバサの複製なのだから、普通に考えたら彼と同じような言動をするはずなのに、目の前の彼は私の知っているあの頃のツバサとほとんど変わらない。
そもそも、あの狂気に陥ったツバサが私の理想の世界を作っているのも謎だ。
ツバサの行動の意味がわからなくて軽く混乱しながら、私は彼らが助けてくれるのを待つことにした。
次回から、しばらくユウト目線になります。
たまに他の仲間の目線にもなるかもしれません。




