第二十八話 日記帳
一通りお屋敷を案内してもらった後、私たちはいくつかのペアに分かれてお屋敷を調べることにした。
それじゃあペアを決めようかという時、アサヒくんが一ついいですか、と私たちに尋ねた。
「どうしたの、アサヒくん。」
「あの、ですね。僕はツバサ兄様の部屋が一番手掛かりが多いと思うのですが、ツバサ兄様の部屋には兄様の結界が張ってあるんです。許可されたものしか入れないような。頑なにお部屋に他人を入れたくないみたいで……。」
「そうなの?じゃあツバサの部屋は諦めるしかないわね。」
「違うんです。」
「えっ?」
「ツバサ兄様は、自分しか通れない結界を張ることも可能です。だから、許可されたものしか入れない結界、である必要はないんです。消費する魔力的にも自分しか通れない結界を張る方が簡単ですし。だから、どうしてわざわざ魔力がたくさん必要な結界にしたのかずっと前から気になってて……。」
「それは、いつか友達ができた時に遊びにきてもらうため、とか?」
「それだったら30分ほどかかりますが自分で事前に結界を解消すればいいだけの話です。そっちの方が消費魔力を抑えられますし、兄様の性格なら友達が遊びに来る時は事前に約束を取り付けてくると思われるからです。」
「確かに。」
「ですから兄様は、いつ来るかわからないけどいつかは来て、自分が部屋に通す可能性が十分にあり、30分も待たせたり、次の機会にと先延ばしもしたくない人物のためにその結界を張ったと思われます。つまり兄様は、カレンさん、あなたのために認められたものしか入れない結界を張ったんだと思います。」
「私の、ため……?」
「はい。これは僕の憶測なので絶対にそうだとは言えませんが、とりあえず兄様の部屋に向かって見たらどうでしょう?」
「それじゃあ俺たちは別のところを調査してくるから、カレンはアサヒと一緒にツバサの部屋に向かってくれ。さっきの件もあるから少し不安かも入れないが、誤解が解けたアサヒは基本的に無害だからな。」
「本当にすみません……。」
「わかってくれたなら全然いいよ。それじゃあ、ツバサの部屋にいこっか。」
「はい。」
アサヒくんと共にツバサの部屋に向かう。
不思議なオーラを放つツバサの部屋のものと思われる扉の前に立って、アサヒくんはこう言う。
「この先は結界が張ってあって僕でも入ったことがありません。結界の中では外側の音が聞こえないので、僕から何か言うこともできません。カレンさんがお一人で兄様の部屋を調べることになりますが、大丈夫ですよね?」
「ええ、問題ないわ。ありがとう。」
そうアサヒくんにお礼を言いながら、私は部屋のドアノブにそっと手をかけ、ゆっくりと扉を押した。
すると、キィ、と音を立てて扉が開く。
おそるおそる足を踏み入れると、特に何にも拒まれることなく部屋に踏み入ることができた。
勝手に部屋に入ってごめん、と届くわけもない謝罪を部屋の持ち主にしてから、その中を調べる。
少年漫画の単行本、アイドルの雑誌、ゲームのカセットに筆記用具。
どれもツバサくらいの年齢の子なら当たり前のように持っていそうな品々だ。
古びた魔導書はちょっとめずらしいかもしれないけど、禍々しいオーラも感じない。
特にヒントはないかな、と思っていると、学習机につけられてる引き出しが目についた。
一応、と思いながら引き出しを開けると、見覚えのあるノートが入っていた。
「これって……。」
そう呟きながらノートを手に取り、表紙をなでると、私とツバサの幼いころの写真が浮かび上がった。
当時流行っていた、持ち主が表紙をなでると指定された写真が浮かび上がる日記帳だ。
「交換日記か。なつかしいなあ。」
ぺらぺらとページをめくると、幼い自分とツバサの文字で書かれたその日の記録が記されていた。
『ねえツバサ、しってる?おかの上にある大きな木には、まほうの力があるんだよ。その木にお友だちをくださいっておねがいしたら、つぎの日にツバサがうちの村にきたんだ。すごくない?』
『そーなの?その木にはかみさまがすんでいるのかな。まかいにもあったよ、そんな木。にんげんかいにいってみたいっておねがいしたらつぎの日にカレンの村でまいごになっちゃったんだよね。』
対面で話せば一瞬で終わるような、そんな他愛もない会話が律儀に一日ごとに書かれている。
交換日記というにはあまりにも短い、たった数行の文字の羅列。
一日当たりの文章量が少なすぎない? とひとり呟きながらページをめくっていると、急に字がきれいになって、手紙に書いてあったものよりもずっと大人びたツバサの字でこう書いてあった。
『掃除をしていたら懐かしいものが出てきてびっくり。そういえば村から出ていくときに持って行ったんだっけ。この日記帳は昔カレンと交換日記をするために買ったものだけど、昔の俺たちの文章量が少なすぎてページが余りまくってる。このままにしておくのももったいないし、これから暇なときは日記でもつけようかな。文章量は相変わらずそこまで多くないけど、まあいつかは使い切るでしょ。』
字が変わったページの日付は、丁度一年前だ。
そこから二、三か月は同じような何の変哲もない普通の記録が残されていた。
文章の様子が変わり始めたのは、日記を再開して半年がたったくらいのページだった。
『最近、変な声が聞こえる。自分のしもべになれってうるさい。もしかしたら疲れているのかもしれない。しばらく休みを取ろう。』
『有給休暇を使って一週間もゆっくり過ごしたのに、変な声は収まるどころか鮮明になるばかり。どうやら女の声みたいだ。病院に行った方がいいかな……。』
『病院に行ってちゃんと受診したのに、結果は体にも精神にも異常なしだった。それでも声は収まらない。本当に何なんだよ……。』
『声がどんどん大きくなってきた。洗脳魔法の一種かもしれない。このまま洗脳されでもしたら大変なことになりそうだから、今度決着をつけに行こう。』
『魔法を研究してみたところ、俺の魔法で何とか完全洗脳は免れられそうだ。でも相手をつぶした方が確実だからもうちょっとこの魔法を調べてから戦おう。』
『魔法の研究は完了した。明日俺に洗脳魔法をかけた奴をつぶしに行く。』
そこで日記は途切れていた。
日付を見てみると、アサヒくんが言ってた時期としっかり重なっている。
この日記は、失踪直前に書かれたものとみて間違いないだろう。
日記を見る限り、この時のツバサは私が知っている彼とあまり変わらない。
強いて言うなら、一人称が僕から俺に変わっていることだけど、私も昔一人称をあたしから私に変えたし、大した問題ではない。
ということは、ツバサの豹変はやっぱり失踪と同時に発生したという線が有力だろう。
失踪の数か月前からツバサに聞こえていたという謎の女性の声も何かに関係しているかもしれない。
交換日記そのものをみんなに見せるのはツバサにも悪いし私も少し恥ずかしいので、その辺にあった紙に要点だけメモをしてその紙をみんなの元に持っていくことにした。
要点のメモを終えた後、私はそのメモを片手に部屋を後にした。
「カレンさん、何か兄様の失踪と関係がありそうなものは見つかりましたか?」
「ええ。ツバサの日記を見つけて、失踪に関係がありそうなところをこの紙にまとめておいたから、みんなに見せるタイミングでアサヒくんにも見せるね。」
「わかりました。兄様の部屋にはあなたしか入れないので、何か重要な手掛かりがありそうでも調べられなかったんです。ありがとうございます。」
「いえいえ。」
アサヒくんの感謝にそう返事をして、私はツバサの部屋で発見したものをみんなに報告するべくアサヒくんと共に応接室に戻った。