第二十一話 決断
最後の一輪である黄色のヴィオリアを大事そうに抱えながら笑顔を浮かべるサヤカを宿の個室に送り届けてから、私たちは自分たちの部屋に戻った。
いつの間にかだいぶ時間が経っていたらしく、日は傾き始め、時計はもう午後の6時を回っている。
プディン様は町の図書館に行っている。何か気になることがあるらしい。
夕飯の買い出しに行ってくるというユウトとレイカを見送った後、私はぼーっと窓際に佇んでいた。
頭に浮かぶのはもちろん、ツバサのあの狂気を孕んだ笑顔と切れ味の鋭いナイフのような言葉。
私とツバサは、どこで分かり合えなくなってしまったのだろう。
この五年間で、彼には一体何があったの。
いつか、私が大好きな昔のツバサに戻ってくれる?
昔のツバサの無邪気な笑顔と、今のツバサの狂気を孕んだ笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
思考が堂々巡りをして、頭が痛くなってきた頃に、ユウトとレイカが帰ってきた。
「カレン、ただいま……って、カレン!?大丈夫!?顔が青ざめているけど……。」
「体調が悪いのか?それなら今からでも医者に診てもらったほうが……。」
そんな二人の言葉に驚く。
どうやら私は、ツバサのことを考えすぎて顔が青ざめていたらしい。
「大丈夫だよ。ちょっとツバサのことを考えていただけ。」
私がそう答えると、二人はああ、という顔をして納得した。
その表情は、決して穏やかなものではなかったが。
「そういえば、ツバサはほとんど俺たちに目を向けずに最後の方以外はカレンとばかり話していたな。」
「そうね。どんな形かは知らないけど、確実にカレンに執着していたわ。」
「え、そうなの?自分の周りをうろつくな、っていうはっきりとした拒絶の言葉を伝えられたのだけど……。」
「ああ。執着はしているが、カレンがいると自分の目的に支障が出る。何が言いたいのか全くわからないが、向こうとしては俺たちを混乱させるのも一つの手なのかもしれない。」
「ツバサが何を企んでいるのかはわからないけど、用心しておくに越したことはないわね。今のツバサを見るに、目的のためなら本当になんでもしそうだし。」
「ツバサが悪事を働いているなんて信じたくないけど、今のツバサを信用するなんてできるわけがないし、とりあえず今は周囲に警戒しながら過ごそうかな。」
私がそう口にした途端、部屋の扉が開いてプディン様が現れた。
「そなたら、ツバサがこの五年間で大きく変わってしまった原因がいくつか絞り込めたのだが、聞くか?」
「え……。」
ツバサが変わってしまった理由を知りたくてたまらない私と、変わってしまったとはいえ大事なツバサがそう言ったんだから深掘りしないほうがいいんじゃないかと思う私が顔を出す。
私が迷ってしまっていることを察したプディン様が、私にこういった。
「聞きたくないのなら無理をせずとも良い。我は少々気になることがあるため彼の身辺調査をやめはしないが、カレンが知りたくないのなら情報を共有しなくても我としては問題ない。どうするのだ?」
決断をためらう私の脳裏に、片時も忘れることがなかったツバサの無邪気な笑顔が浮かぶ。
あの笑顔を取り戻したい。
本来のツバサとまた言葉を交わして、一緒に笑い合いたい。
元々私の中に、選択肢なんて一つしかなかったのだ。
私はずっとうつむいていた顔を前に向けて、プディン様の目を見つめてこう宣言した。
「プディン様、ツバサが変わってしまった原因について教えてください。私は、ツバサと一緒に過ごせる可能性を絶対に捨てません。」
「うむ、よかろう。それでは、我が得た情報を話すとしよう。」
プディン様はそういうと、ツバサが豹変した理由として考えられることを話し始めた。
*****
「なるほど、そのような三つの要因が考えられるのですね。」
「そういうことだ。わかったか?」
「はい。」
プディン様によると、このような要因が考えられるらしい。
一つ目の要因は、誰かの呪い。
ツバサは少し前まで普通に私が把握していた本来の性格だったけど、隙をついて誰かに呪いをかけられ、その人の手駒となった。この線はかなり確率が高くて、プディン様曰く呪いをかけた人物としては魔王明良あたりが怪しいと睨んでいるらしい。
これなら、ツバサの性格が信じられないほど変わってしまっているのにも納得がいく。
二つ目の要因は、魔族の本能に目覚めたから。
大抵の魔族は誰かに危害を加えたり、むやみに自然を破壊したりしないのだが、一部の民族にはそういう欲求があるそう。もしツバサがその民族の血を引いているのだとしたら、この説もあり得る。
しかし、レイカ曰くツバサはそのような民族の血を引いていないとのことなので、これはかなり確率が低い。
三つ目の要因は、単純に何かのきっかけで狂ってしまった。
大切な人との死別とか、周りからの圧力で心を病んでしまったとか、そのようなきっかけで狂ってしまったのでは、という説だ。こればっかりは私たちではどうにもできないので、彼が元に戻るのを待つしかない。
だから、これは一番あり得てほしくない線だ。
私の脳内整理が完了したところで、ユウトが口を開く。
「とりあえずどの線が一番近いか割り出すためにも、ツバサの周囲に探りを入れるのは必須だな。」
「そうね。まずは最初の予定通りライクファイト王国に向かって、カレンと会っていない間のツバサについて調べてみるのはどうかしら。」
「それでいこうと思う。今すぐライクファイト王国に行きたいのもやまやまなんだけど、サヤカがちゃんとアユムさんにありがとうを伝えるところを見届けてから出発するのでいい?」
「もちろん!」
「我も気になるから問題ない。」
「俺は別にどっちでもいいけど、まあお前らが見たいっていうなら見ればいいんじゃないか?どっちにしろ俺がこっちに来た目的は確実に達成に近づけるわけだし。」
「ありがとう!それじゃあ、大体一週間後にこの町を出るのでいい?」
「了解!」
「ああ。」
「うむ。」
時計を見るともう私たちのいつもの就寝時間を過ぎていたので、私は、絶対にツバサと一緒に笑える可能性を諦めないぞ、と固く心に決めた。
こうして今日も、夜は更けていく。




