第二十話 過去への後悔
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「お前、また俺の体を乗っ取りやがったな!?」
いつの間にか白に戻った光に向かって、ツバサはそう怒鳴る。
光は知らんぷり、とでも言うようにツバサの怒号を無視しているが、それが更に彼の怒りを大きくさせた。
「俺とあの女が鉢合わせる度に俺の体を乗っ取って、あの方の目的の実行を妨げやがって……。」
光はまだツバサを無視している。
「このままじゃ俺がクロト達に怒られる……。たっく、忌々しくて仕方がないが、むやみにお前を消すわけにもいかない。どうしたものかな。」
そうぶつぶつ呟きながら、ツバサは目的地に向かって転移魔法を唱えた。
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ツバサが見えなくなってしばらく経った後、私達は気を取り直した。
「ツバサとかのことは後で考えるとして、サヤカ、黄色のヴィオリアを摘まなくていいの?」
「ですが、これ、最後の一輪ですし……。」
「確かに、最後の一輪を自分のために摘むのは本当にいいのかな、って考えちゃうな。」
私とサヤカがそう言ったのを聞いたユウトが、レイカに声をかける。
「レイカ、植物に詳しいお前ならこの花が生えてから何年目か分かるんじゃないか?」
「古ければ良いってわけじゃないけどね。でもまあ、黄色のヴィオリアは見分け方が分かりやすいから調べるのは簡単よ。古いか普通か新しいかくらいしかわからないけど。」
「それでも少しの気休めにはなるだろ。それに俺も個人的に気になるんだ。見分けてもらってもいいか?」
「わかったわ!!」
なぜだかいつになくウキウキした様子でそう答えたレイカが、黄色のヴィオリアの前にかがんで、観察を始める。
数十秒後、レイカはこう言った。
「この子、見分け方だと新しくも古くもないけど、もうすぐ種を周りに飛ばすわね。それが終わってから回収すれば、ある程度罪悪感は拭えるんじゃない?」
「えっ、もうすぐって何日後?」
「本当にもうすぐよ。今から30秒後と言ったところじゃないかしら。」
「そんなにすぐ!?」
「ええ。しばらくあの花を見てて。きっと種が周りに弾けとぶわ。」
レイカの言う通りしばらくその花を眺めて待つと、徐々にその花の真ん中にあった緑色の球体が膨らんでいく。
やがてそれが花と同じくらいの大きさになると、ぽん、っと音がして茶色くて小さい沢山の種が周りに弾けとんだ。
「種がたくさん飛んでますね。」
「ええ。この調子ならきっと100年後には元の花畑に戻っていると思うわ。」
「100年……。そんなに時間がかかるんですね。本当に私欲でこの最後の花を摘んでしまっていいのでしょうか。」
「ツバサ……。やってくれたわね。」
「カレンがツバサに対してマイナスの気持ちを持っているの初めて見た。」
確かにそうかも。
そんなことを考えていると、プディン様がその場に屈んでこういった。
「今この瞬間に新たな命が継がれ、やがてまた新しい花が咲くだろう。我は、この最後の花は摘んでも良いのではないかと思っている。もしここでこの花を摘んでも、この花は押し花として生まれ変わりあの少年に愛でられる。最後の一輪は、消えてしまうわけではない。サヤカ、アユムとやらは物を粗末に扱うような者なのか?」
プディン様の質問に、サヤカはぶんぶんと大きく頭を横に振って答える。
彼女の艶やかなポニーテールがバサバサと揺れた。
「アユムは絶対にそんなことしない!!小さい頃にもらったものをまだ大事に使っているような奴なのよ!?物を粗末に扱うなんて、するわけがないと言い切れるわ!!」
「そうか。それなら最後の一輪をその者に贈ってもいいのではないか?それに……。」
そう言いながらプディン様は、いつもの自信と威厳を感じる堂々とした笑みとは違う、寂しげで儚い笑みを浮かべた。
「こんなことなど言いたくはないが、そなたが今後後悔などしないように言わせてもらう。大切な者との別れとは、唐突にその身に降ってかかるものだ。後悔のないように過ごした方がいい。今そなたは、黄色のヴィオリアの押し花のしおりはまた次の機会に作って渡せばいいと思ったのであろう。もしかしたら、感謝を伝えるのはまた今度でいいとも思ったのかもしれない。しかし、人の命とはいつ終わるかわからないし、いつその者が変わってしまうかもわからない。我だってあの頃は、明日は当たり前のようにやって来て、大切な者は明日も変わらないまま隣にいると信じていたのだ。しかし、そうではなかった。サヤカ、そなたは今、黄色のヴィオリアの押し花のしおりを作り、今、アユムに感謝を伝えるべきだ。」
「プディン様……。」
プディン様の過去への後悔が見え隠れする、なぜか強い説得力のある言葉。
私もそうだった。
五年前のあの時まで、ツバサはいつまでも変わらないまま私の隣に居続けてくれるのだろうと信じて疑わなかった。
でも、そうじゃなかった。
ツバサはもう私の隣からいなくなり、今では性格も考え方も変わってしまって、ずっと遠いところに行ってしまっている。
「そう、ですね。私はまた同じ過ちを犯してしまうところでした。大事な人は、ずっと変わらないままそばにいてくれるとは限らない。明日急に遠いところに行ってしまう可能性だってゼロじゃない。あの時、思い知ったのに……。」
何か思うところがあったのであろうサヤカはそうつぶやいた後、私たちに向き直ってはっきり告げた。
「私、この花への感謝を忘れずに最後の一輪を摘んで、しおりにしてアユムに渡すわ。いつもありがとう、っていう言葉と一緒にね。」
「うむ、それがいい。」
プディン様のその言葉を聞いた後、大きく頷いてにっこりと微笑んだサヤカを、木漏れ日が優しく照らしていた。
諸事情により、次話投稿の頻度が大幅に下がります。
続きを楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、お付き合いしていただければ幸いです。




