プロローグ
わがままばかり言っていて、友達ができなかった私。
そんな私を正しい方向に導いてくれた彼。
親友になった私達。
初恋の男の人に少しでも近づこうと頑張る私。
それを応援する彼。
その人にお嫁さんができて悲しむ私。
それを慰める彼。
どんどん想い出があふれてくる。
彼とよく遊んだ広場。
彼とおそろいのきれいな石を拾った川辺。
探検隊ごっこをした小さな洞窟。
出会ってからすごく幸せだった。
でも、その幸せは急に崩れ去った。
私は知った。彼は魔族なんだと。
ある日、彼の義母と義姉が何者かに殺されてしまった。その時彼は魔力の暴発を起こしてしまった。それは、精神が不安定な時に起こる魔族特有の発作みたいなもの。そして彼はその暴発で家を壊してしまい、その罪で投獄された。そのうえ魔族だという偏見から殺人犯に仕立て上げられ、火あぶりの刑となった。この村で最も重い罰。
違う。二人が殺されてしまった時、彼は私達村の子供と広場で遊んでいたのだ。だから彼は犯人じゃない。魔力の暴発だって、誰かが二人を殺したから起きたんだと村長である父に言っても、まるで話を聞いてくれなかった。何度も村の大人達を説得しようとしたけど、子供がそんなことできる訳もなく。ついに、執行の日を迎えてしまった。
私達は最後の悪あがきを実行しようとしていた。村の子供達全員の協力を得て大人たちの目を盗み、彼を牢屋から逃すというものだ。そしてその悪あがきは割とうまくいき、今私は彼が入れられている独房の前にいた。
「ツバサ」
私は彼の名前を呼ぶ。今まで何度も呼んできた、私が大好きな親友の名前。
「カレン?」
彼は私の名前を呼ぶ。今まで何度も呼ばれてきた、彼のおかげで幸せになれた私の名前。
「こんなところに、何しに来たの?おじさん達に怒られちゃうよ。」
「いいのよ。私、ツバサを牢屋から出しに来たの。鍵だって持ってるのよ。」
「だめだよ。それだとカレンも共犯者になっちゃう。」
「共犯者じゃないわ。だってツバサは悪いことなんてなーんもしてないのよ?」
「家を壊したよ。」
「それは誰かがおばさん達を殺したせいでしょ?」
「皆を怖がらせた。」
「大人たちが勝手に言ってるだけよ。私達は全然怖がってないわ。ちょっとびっくりしたけど。」
「カレン、君は優しいね。でも……。」
ツバサは何かを言いたそうだ。声が震えている。
「どうしたの、ツバサ。」
「カレン、だめだよ。これ以上、僕に関わっちゃダメ。他の子も君に協力してるんでしょう?そうじゃなかったら、カレンがここに来れる訳ないもん。」
「でも……。」
「カレン、僕たち魔族はね、カレンや皆が思っているよりもずっと厳しくてつらい扱いを受けているんだ。立派な大人の魔族ですらつらくなるくらいなんだよ。昔、僕の本当のお母さんが言ってた。もう、顔も覚えてないけど。カレンや皆には、そんなつらい思いしてほしくないよ。」
「でも、ツバサ死んじゃう。」
ずっと下を向いていたツバサが、こちらを向いた。ツバサは、泣いていた。つらそうだった。でも、私の顔を見て少し笑った。
「カレン、僕は魔族なんだよ?火あぶりの刑くらいじゃ死なないんだよ。きっと、またどこかで会えるよ。だから、泣かないで。」
びっくりして自分のほっぺたに触れると、確かにぬれていた。
「ツバサだって、泣いてるじゃない。」
ちょっと悔しくて言い返す。
「あはは、そうだね。じゃあ同点。」
ほんの少しだけ、笑えた。
「カレン、僕の生活が落ち着いたら、みう、って名前で手紙を送るよ。ね?約束。」
「うん!!」
「おい、時間だ!!出てこい!!」
もうお別れの時間らしい。また会えるかもしれないと思っても、やっぱり別れはつらかった。そんな私を振り向くとツバサは、最後にこう告げた。
「川辺で拾った桃色の石と赤色の石があるでしょ?二人でペンダントにしたやつ。君は桃色で僕は赤色。僕は今後もこのペンダントを大事に持ってるから、カレンもそれを持っていれば離れ離れじゃないよ。だから、大丈夫。」
「うん……。」
数分後、彼は炎の海に消えていった。涙があふれてくる。怒りとやるせなさでどうにかなりそうだ。大きく上がった炎を呆然と見つめた後、協力してくれた子供達のもとへいく。その子達に慰めてもらいながら、私はツバサが言っていたことをそのまま皆に伝えた。一通り大泣きした後、私達はいつかツバサから連絡が来ることを信じて、その日は解散した。
*****
あの日から五年。
二人を殺した真犯人はこの前捕まって処刑されたけど、ツバサからの手紙はいまだに来ていない。もしかしたらあの日、本当に死んでしまったかもしれない。そんな嫌な考えが頭をよぎるけど、すぐに打ち消す。
私もツバサももう17歳だ。手紙なんか馬鹿馬鹿しいと思って書いていないだけかもしれない。ツバサとおそろいのあのペンダントをそっと握る。ペンダントは少し淡く桃色に光ると、あたたかい光を放って私の心を落ち着けてくれた。ツバサはきっと生きている。そう信じて手紙を待つ日々。ツバサの存在を信じるだけでも、私の心はすごく救われる。たとえそれが、真実ではなかったとしても。
そしてその日の夜、私は聞いてしまった。父と母の会話を。