第十話 時間稼ぎ
レイカの声が響いた直後、壁が完全に開いて広い空間が現れる。
そこには、イバラにつるされてぐったりしている様子の女性たちがいた。ユウトは、捕まったばかりだからなのかぐるぐる巻きにされて床に放置されている。
あまりの光景に言葉を失っていると、黒い霧が告げた。
「ゴミ虫三匹と魔物が一匹か。ゴミ虫の中には先ほどのムチ野郎より強いやつもいるようだが、オレ様の力の前では取るに足りない。全員まとめてムチ野郎と同じ目に遭わせてやろう。」
「ムチ野郎ですって?」
「ゴミ虫?あなた今鏡でものぞき込んでいらっしゃるんですか?」
ユウトを馬鹿にされてものすごく怒っているレイカと割と辛辣な言葉を放つソヨさんにサンドイッチにされて、私は対応に困った。まあ、ゴミ虫って言われたのは確かに気に食わない。
ユウトを戦闘不能にしてさらうまでしたんだから、この黒い霧も弱くはないと思うけど。ソヨさんはゴミ虫だと思っているんだろうか。
「むむむむむーーっ!!」
「『なんだとー!!馬鹿にしてると痛い目見るぞーっ!!』だそうです。ほら、ぷるりんさんだって怒ってるではないですか。」
「ぷるりん強いの?」
「むむむむ……。」
「『本気を出せば強いはずなんだけど、本気を出すのを邪悪な力で抑えつけられてるみたい……。』ですって。大変ですね。この男はそんなに強いんですか……?」
「そっかあ。じゃあ今回ぷるりんはお休みだね。」
「おい、そこのフードのクソガキ、今オレ様のこと馬鹿にしたよな?まあ、オレ様は寛大だから許してやるが。」
「とてもそうは見えませんが……。」
ソヨさんがぼそりとつぶやく。
……なんだろう。さっきから彼女の黒い霧への当たりが強い気がする。
「ふふふ……。貴様らをムチ野郎と同じ目に遭わせてやろう!!!」
急にイバラが伸びてくる。
ソヨさんはひらりと難なくイバラをかわし、私も何とかよける。レイカも、よけることはできていたけど、体勢を崩して転んでしまった。
「きゃあっ!!」
「レイカ、大丈夫!?」
「お前も油断するな、カレン!!」
「えっ!?」
次の瞬間、私はソヨさんに抱き上げられた。いわゆるお姫様抱っこというやつなのだが、状況が呑み込めてない私は目を白黒させて何も言うことができなかった。
その間も、ソヨさんは軽やかな動作でイバラをよける。
やがて男の方の動きが鈍くなってイバラ攻撃が落ち着いてくると、ソヨさんは私をおろした。
「油断は禁物ですよ、カレンさん。」
「あ、ありがとう……。」
というか。
「さっき私に油断するな、って言ったの、誰だろう……?」
レイカの声でもない。ソヨさんの声でもない。もちろん私の声でもない。
かといってイバラ男の声であるはずもないし、ユウトは気絶中だ。
ぷるりんはじまんのぷるぷるボディーでイバラを器用に跳ね返しながら体勢を立て直している途中のレイカを守っていたから、私の方に気を配る余裕はない。それに、もし何か言っていたとしても、ぷるりんはむーむーとしか言えない。
でも、私は確かにあの声を知っている。残念ながら、誰だとは思い当たらないけど。
「さあ、誰が言ったのでしょうか。私はカレンさんを助けるのに夢中で誰かの声がしたことすらも気がつきませんでしたが……。しかしカレンさん!!今はそれどころではありません!!」
「そ、それもそうね!!」
そういいながら私は、腰にぶら下げた護身用の剣を引き抜き、イバラをひたすら切っていく。よけてばかりいると体力が持たないからだ。
それにしても、これではらちが明かない。
相手に近づけないから直接攻撃をくらわせることはできないし、よけまくるのではなく剣を振ってイバラを切り続けたとしても、よけるよりはマシとはいえいずれ体力の限界は来てしまう。体力は無限ではない。
どうしようか、と思っていると、ソヨさんが声を上げた。
「カレンさん、私がイバラを発生させにくくしますから、その男を切りつけてください!!」
「霧って、剣で切れるものなの?」
「一発とまではいきませんが、確実に効果はあるはずです!!」
そしてソヨさんはこちらに走ってきて、私にこっそりと告げた。
「レイカさんがとある上級魔法を使う準備をしています。それの詠唱が完了すればこちらは確実に勝てますので、それまで二人で時間稼ぎをしましょう。レイカさんが準備している間はぷるりんさんが彼女を守っていますので、ご安心を。イバラ男の方も体力が切れてきているようで、邪悪な力が収まってきたようです。ぷるりんさんもレイカさんを守る術は使えるほどまでに覚醒しているので、あとは私とあなたでひたすら時間を稼げばいいだけです。」
「わかったわ。じゃあソヨさん、よろしく!!」
「おまかせを!!」
ソヨさんと一緒に、イバラ男に向かって一直線にかけていく。
「血迷ったか。」
そういってイバラ男は、彼が扱えるほとんどのイバラを私達に向かって放った。目の前がイバラに埋め尽くされ始めたその時。
「デスファイヤー!!」
ソヨさんがそう叫ぶと、紅蓮色の炎が私の視界を埋め尽くす。
視界から炎が消えたそのとき、眼前に大量にあったイバラは、全て灰と化していた。
「何……!?」
「すいません、イバラ男さん。過剰攻撃でしたね。」
「な、な……。」
ソヨさんの強力な魔法に戸惑うイバラ男。
ソヨさんがこちらを見やり、口パクで私に向かってこういう。
い、ま、だ……。
ソヨさんの合図を受けた私は、イバラ男の頭上から剣を振り下ろした。