第八話 旅人
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ブロウ村を出て数十分。
道中の敵を倒しながら進んでいくと、やがてノーズホワイト村の入り口が見えてきた。
”ようこそ ノーズホワイト村へ”
と書いてある少しおしゃれな看板の前を通り抜けてノーズホワイト村に入ると、物陰から誰かが飛び出してきて、私に縋りついた。
「わっ!?」
「かれえええええん!!」
そこにいたのは、大きな藤色の瞳から大粒の涙をこぼしている、メガネをかけた美少女、もといレイカだった。
「びっくりしたあ。どうしたの、レイカ。」
「ゆーとが、ゆーとがあ……。」
えぐ、えぐ、と赤子のように泣きじゃくるレイカをよしよしとあやしながら、私はたずねる。
「ユウトが、どうしたの?」
「ゆーとがね、さらわれちゃったの……。」
「えっ!?詳しく聞かせてくれる?」
それは緊急事態だが、情報がないからには捜索のしようがない。
私の質問に対してレイカはこくりとうなずくと、泣きながら状況を教えてくれた。
一通りレイカの話を聞いた後、私は自分なりに状況を整理する。
レイカの情報によると、こんな感じらしい。
二人が村に着いた時、親切なおじいさんが今この村で起きている事件を教えてくれて、それに巻き込まれるのを恐れたレイカがお昼寝をしている間にユウトに扉の見張りをしてもらうよう頼んだ。
しばらく眠った後、嫌な予感がしたレイカが目を覚ましてユウトの元へ向かうと、黒くてもやもやした何かが戦闘不能の状態になっているユウトをどこかに連れて行こうとしているところだった、と。
そして、ユウトを取り返そうと思ったレイカがユウトの名前を呼びながらそいつを追いかけたけど、見逃してしまった。
そして今に至るらしい。
レイカは、大きな瞳を涙で潤ませながらこう言う。
「ゆーとは、わたしのだいじなひとなの。ぜったい、ゆーととてんかいにかえるのよ。」
「そうだよね。でも、ユウトが負けるような相手に私達が勝てるかな?だからといってユウトを放置だなんて絶対にごめんだし、どうしようかなぁ……。」
どうするべきか判断に迷っていると、私のものでもレイカのものでもない声が響いた。
「あの……。」
声がした方に顔を向けると、長いベージュのローブに黒のだぼっとしたズボン、旅人用のブーツといった出で立ちの私達と同い年くらいの子がいた。顔は、ローブのフードと前髪で隠れていてよく見えない。首には何かを覆い隠すように長いスカーフがぐるぐると巻かれていた。
スカーフのひらひらした部分が、風に吹かれてそよそよとなびいた。
その人は告げる。
「私、旅の者なのですけれども、この村についてあまり知らなくて……。なにかトラブルがはっせいしているのでしょうか?」
高い中に低いものが混じったような、中性的で不思議な声。
私は、なんだかこの声を知っているような気がする。いや、知らないな。私の記憶にある限りでは、こんな不思議な声を持つ人はいないはずだ。
それはともかく。私はその人にこの村で起きていることを告げる。
「今、人がどんどん行方不明になっているらしいの。特に用事でもない限り、長居はしない方がいいと思うわ。」
「それなら、あなた方も長居はされない方がよろしいのでは?」
まあ当然の反応といえるだろう。だけど。
「私、大事な人がさらわれたの。彼と一緒に帰れるようになるまでは、てこでもこの村から出ないつもりよ。」
さっきまでの赤子のような状態から持ち直したレイカが、旅人さんに凛と告げる。
お互いに大事な人だと思っているユウトとレイカ。
うらやましいなあ。
私もいつか、そんな人と出会えるだろうか。昔はツバサがそうだったと信じているけど、今本人がどう思っているかはわからないしね。
「そうですか……。大事な人がさらわれるって、きっとすごく悲しいのでしょうね。私にもいました。自分のプライドも命も、全てを捨ててでも生きていてほしいくらい、大事な人。今、こうしてここにいるのも彼女が生きていることを優先した結果です。今、元気にしているかなあ。」
「きっと元気にしていると思うわ。」
私は笑って旅人さんにそう告げる。
すると、旅人さんは私の顔をしばらく見つめた後、ふっと笑った。
「そうですね。カレンさんが言うならきっとそうなんでしょう。それはともかく、今はそのメガネの人の大事な人の話ですね。」
「メガネの人って……。私はレイカよ。こっちはカレン……って、あなたどうしてカレンのこと知ってるの?」
確かに。私はこの人の前で自分の名を名乗った覚えはない。
「あ、えっと、それは、ですねぇ……。」
その人は明らかに口ごもる。言いにくいのだろうか。私は先を促した。
「何を言っても怒らないから、教えてくれる?」
「その……。先ほどレイカさんが泣きながらカレンさんの名前を叫んでいたのが聞こえてしまいまして……。」
「「なるほど……。」」
おそらく先ほどの、『かれえええええん!!』のことだろう。
「それで、レイカさんの大事な人の話なんですけど……。」
「うん。」
「どうしたの?」
「私も、同行させていただいてもよろしいでしょうか?」