腐女子転生、薄い本の知識で無双します!〜初夜によく見るアノ発言をしてきた獣耳皇帝に壁ドンしたらチョロかった〜
「お前を愛することはない」
「え?」
新婚初夜に、夫となった男が無表情で放った言葉に、私は思わず目を見開いて固まった。
無言で見上げてくる私がショックを受けていると思い込んだのだろう。
荒削りな美貌を持つ背の高い男は、寝台に腰掛けたままの私を見下ろして嘲った。
「人間族の怠惰で浅ましい女よ。まさかお前、人間の分際で狼たる私に愛されるとでも思っていたのか?」
「……陛下」
私は胸が詰まって言葉が出てこない。
けれどそれは悲しみや悔しさではない。断じて違う。私の脳内ではまさにファンファーレが鳴り響いていたのだ。
これ知ってる!
前世で親の顔より見たセリフ!
異世界転生の王道キタコレーッ!!
「……陛下……ッ」
どうもありがとうございますテンプレ大好きです。
筆舌尽くしがたいオタクの感動で、私の豊かな胸は埋まっていた。
お察しの通り私は前世日本人のオタクだった転生者で、ここは人間と獣人が仲悪く暮らす世界だ。
私は人間王国の王女で、目の前の獣耳は獣人帝国の皇帝。
我々は政略結婚で今夜は初夜である。
さて。
「なんだその目は。何か言いたいことがあるのか」
目の前で私を睥睨してくる筋骨隆々な美男子は、私より二歳年下の十六歳。しかし弱冠十六歳で数多の敵対者を容赦なく屠り地に沈め、闇狼族の長となった最強の戦士であり、昨今では闇皇帝の二つ名で、人族にも獣人族にも恐れられている。
顔も体も血筋も実力も最高なのに、闇皇帝ってネーミングセンスだけはダサくて、私はひそかにめちゃウケていた。十六歳で厨二病かよ。
「えっと、……陛下のお顔をよく見せて頂きたくて」
「は?」
何か言いたいことがあるのかと聞いて頂けたので、思わず素でお願いしてしまった。だってだって、顔が良いんだもの!獣耳つきの美形とかオタクみんな大好きなやつでしょ!?
「お顔が見たいのです」
「……今見ているだろう?」
案の定、唐突かつ雑すぎて理解されなかったようで、男はきょとんと首を傾げた。あ、可愛い。不意にあどけなさ見せてくるとかずるい。そういや私より年下なんだし、幼くて当たり前なんだけども。
「おすわり」
「は?」
しまった。つい可愛くて仔犬扱いしてしまった。私ドジっ子なのよね。王家の者のくせに詰めが甘すぎるとよく叱られた。
「じゃなくて!私は人間で夜目がききませんの。じっくり陛下のお顔を拝見したいので、少し身を屈めて頂けません?」
「……何をするつもりだ」
些細なお願いに、陛下は眉を顰めて胡散臭そうにこちらを見ている。
「いやだわ、私はか弱い人間の女ですのよ?何もできませんわ。こんなひらひらの薄い下着一枚で武器も隠せませんし。もちろん毒も持参してませんわよ?当然じゃないですかなんで結婚して早々に人殺し犯にならなきゃいけないんですかアホらしい」
「……」
信用して欲しくて無駄にペラペラ喋ってしまった。余計怪しいな、これじゃあ。
己の迂闊さと詰めの甘さに内心で反省しながらも、鍛え上げられた王女の仮面の下に隠して顔には出さず、私はニッコリと可愛いワンワンのお耳がついた陛下を見上げた。
「と言うわけで、ちょっと屈んでくださいません?」
「お前、王国の姫のくせに砕けすぎじゃないか?偽物じゃなかろうな?」
本気で怪しむ眼差しで私をギランと見据えてくる。やーん、青灰色の瞳がクールで素敵。銀色のお耳と相まってナイスだわ。神様さすがの神作画よ。
「こんな金髪紫目で父国王にそっくりの顔してるのに?替え玉じゃありませんわよ、ご心配なら魔力鑑定でもなんでもしてくださいませ」
中央神殿に依頼して行う血縁鑑定の最高峰検査を己から提案すれば、私と同じく詰めが甘いタイプなのか、「いや、そこまでは」と遠慮してきた。良い仔だな。
「我が王家はわりとフリーダムでTPOを弁えれば何してもオッケーだったので、そのせいでこんな感じに仕上がったんですの。お気になさらないで?」
「てぃーぴおー?」
「まぁそれは置いておいて」
つい前世のワード出しちゃったよ。こういうことを頻繁にやらかす天然で抜けてる性格、まぁ要はアホさゆえに、王国でも割と浮いていた私だ。相手のクエスチョンマークを受け流すのはお手のものである。
「とりあえず座ってくださいませ。妻となった女と初夜の代わりに、それくらいのお願い聞いてくださってもよらしいでしょ?」
「……背後を取られたくない、怪しいから行きたくない、お前がこっちに来い」
「警戒心マックスじゃん」
まぁこっちの世界の女性や雌って、慎ましく清楚でナンボって感じだし、女からアクション起こすことがほぼ皆無だから、警戒するのも無理はないか。
私は大人しく寝台から立ち上がり、入り口の扉を背にして毛を逆立てながらこちらを睨みつけてくる皇帝のところに向かった。別に急ぎもせずテクテク歩きで。
「陛下、お名前でお呼びしてもよろしくて?」
「嫌だ」
「ありがとうございます、ルーク様」
「嫌だと言ったが?」
「イヤヨイヤヨもスキのうちという言葉が我が祖国にはありまして」
「なんでだ!人間達はやはり頭がおかしい!」
「否定しませんわ。でもご安心なさいませ!セクハラに悪用されまくりでしたので、その文化は廃れつつあります」
でも私は採用いたします。
だってこれからルーク様に、セクハラするつもりなのですもの!
「ふぅん……やっぱり綺麗なお顔ですのね」
胡散臭そうな顔をしつつも、おとなしく屈んでくれたルーク様に顔を寄せ、じっくりと拝見する。日に焼けているのに肌のキメは私より細かいくらいで、不精な髭はなく、どこを触れてもツルツルしそうな綺麗なお顔。お目目は切れ長で冬の空のような色。唇はすこし色素が薄くて、全体的に冷たい印象の絶世の美形だ。
「……でも」
「は?……ぅぎゃあっ」
私は呟いて、にっこりと満面の笑顔でズバッと手を伸ばした。ただうっとりと顔を見ていた私に油断していたルーク様の、側頭部。
「ふふ、お耳チョー可愛いっ」
「うわぁああ!?や、やめろ!?」
慌てて逃げようとするルーク様だが、中腰姿勢で頭に抱きつかれてしまったので、動くと私の豊満なお胸に激突してしまうと躊躇したらしい。その躊躇いの間に、私はガシッと両耳の下の頭を押さえ込み、お耳の後ろコショコショとくすぐった。
「うにゃっ、や、やめろぉおおお」
コショコショコショコショ……前世でわんわんカフェにハマっていた時の要領で、ひたすらくすぐり撫でまくった。次第に抵抗が弱くなってきたので、私は調子に乗ってルーク様に顔を寄せる。そして。
「ひっ、お!おまえ!なにする!」
「あら、べつに?」
真っ赤な顔で激昂してきたが、私は別に大したことはしていない。獣耳に接近して囁きながら息を吹き込んだだけだ。耳が敏感なのか、意外と効くらしい。ルーク様は林檎のようなお顔で硬直している。
「ん〜、本当にお可愛らしいお耳……モフモフですのねぇ〜」
「ほ、んとに……や、やめろ……ぶれいだぞ……」
耳をさわさわと撫でると口では拒否しながらも抵抗はしない。お目目はとろとろだ。気持ちいいらしい。やっぱりワンコだな。……ってことは?
「んっ、そ、そこはやめろ!ほんとやめろ!」
「えー?」
お尻をさわさわ。正確には尻尾の付け根をモミモミ。
「やめんか!この変態!貴様王女じゃなくて痴女だろ!?」
ふんっ、変態痴女と呼びたきゃ呼べ。
やはりワンコのしつけは最初が肝心。私もわりと命懸けなのだ。
命知らずな真似を最初に繰り出すことで、どっちが優位に立っているかを分からせ……。
「んんんっ、や、やめろと言うのに!ってかお前、めちゃくちゃ楽しそうだな!?」
「え?あ、バレましたか」
嘘です興味に負けただけです。ただ楽しんでます。んー、テンション上がっちゃったなぁ〜!
トン
「へ?」
初夜ハイとでも言うべきハイテンションの勢いを借りて、私は更なる大胆な行動に出た。
「え?」
ルーク様の顔の横に右手をついて壁ドン。
左手でお耳をこちょこちょ。
「んぎゃっ」
ふぅー、とかわゆいお耳の中に吐息を吹き込み。
「うわぁ!」
ぺろっはむっ、とそのままお耳をハムハム。
「ひっ、やめんか!ばかもの!」
そのまま右手で、こしょこしょこしょと尻尾の付け根を撫で撫ですれば、魅惑の三点攻めにルーク様はうっとりと蕩けてしまった。
「ふにゃぁ……や、やめろって、言ってるのにぃ……」
とろとろじゃん。尻尾の付け根、本当に敏感なんだなぁ。
なんか楽しくなってきたー!
完全に調子に乗り切った私は、とん、と前に顔を突き出して。
「うわぁおおおん!?」
ちゅっと、唇も奪ってみた。
「な!?は!?な!?」
「あれ?どうなさいました?」
動揺している隙に、もう一度素早くチュッとセカンドキスを奪う。
「おおおおお前ッ!ななななななにするんだ!?」
「ふふふふっ何を怒ってらっしゃるんですぅー?」
「うぎゃあー!貴様ぁー!」
クスクスと笑いながらほっぺをツンツンする私に、ルーク様は絶叫しながら飛びのいて、ビシッとこちらに指を突きつけた。
「貴様!ふ、ふふふ、不敬だぞ!?」
「不敬?」
不敬ときたか。なるほど、斬新だな。
「えー?私たちは先ほど神殿で誓い、平等な夫婦となったはずなのですけど?夫婦が口付けするのは普通のことですよ?それなのに不敬罪?ではルーク様は世間に向けて公表するのですか?『夫婦の誓いをしたけれどキスなんかするつもりなかった!それなのに奥さんに無理やりチューされちゃってショックだったから不敬罪にするぅー!』って」
「ばばば馬鹿にするな!」
私が面白おかしく三歳児の駄々めいたアテレコをしたものだから、ルーク様はますますカンカンだ。頭から湯気でも立ち上りそうな真っ赤な顔をしている。このワンコ本当に可愛いな。
「とりあえずもう一度チューしときません?」
「やめろやめろやめろ!」
私が満面の笑みで誘うと、ルーク様は失礼にも泣きそうな顔で飛び退いて、涙目で文句を言ってきた。
「クソッ、ファーストキスだったのに!」
「ピュアッ」
思わず心の声が漏れてしまった。純情のピュアピュアじゃん。え、もしや初キッスに夢があるタイプだったのか!ごめんね夢を壊して!
「おまえ、許さないからな!覚えておけ!」
捨て台詞を吐いて半泣きで夫婦の寝室から逃げ出していく年下の狼くんに、私は笑顔で手を振った。
「はーい、また明日もお待ちしておりますね!ルーク様っ♡」
「待つな!来ないからな!」
遠くから叫び返す声が返ってくるが、まぁ明日も来るだろう。あのタイプの受けは必ず「今度こそ俺が上に立つ!勝つぞ!」て毎晩攻めのところにやってきてはコテンパンのトロントロンにされる運命なのよ。まぁ、受けって言ってるけど、ルーク様は私の旦那様なんだけどね。精神的には私×ルーク様のカップリングで良いと思うのよ。
「いやぁ、天下の闇狼皇帝が、人間の女から攻められるなんて思ってもなかったんだろうなぁーしどろもどろになっちゃって可愛いのぉ」
ニヤニヤしながら一人で巨大な寝台に大の字になり、私はさっきまでのルーク様の様子を思い返して声を出して笑った。
「ファーストキスの夢を壊しちゃったのは悪かったかなぁ?でも『あ、可愛いなぁ』と、ついテンション上がっちゃったんだもん、仕方ないよねぇ!あれこそ煽ったお前が悪いってやつよ!」
勝手すぎるとかコンプラだとかで、令和の時代には廃れていた攻め様発言を引っ張り出して、私は一人ウンウンと頷く。
「なんにせよ明日からも楽しみだわ〜。やはりこれも、獣耳系BLを前世でよく嗜んでいたおかげだわ!BLは身を助くってやつね!」
前世では周りに引かれていたけれど、やはりBLは素晴らしい。世界を超えても大丈夫なように、生きる術を教えてくれるのだ。
「ルーク様はねぇ、やっぱり狼とは言えワンちゃんだから、やはり根がMだと思うのよ。ご主人様がいた方が安らげると思うわけ。そう、私みたいな優しいご主人がねっ」
図々しく自分で言い切り、私は我ながら良い考えだなと頷く。これくらい図太く生きていくのが、転生しても幸せに生きるコツなのだ。
「さて、明日はどうやってルーク様と遊ぼうかなぁ〜。犬ってお尻の匂い嗅いでどっちが上か決めるんだっけ?これもいつかやってみたいなー。狼獣人でも使えるんかな?」
私が前世の半端な知識を引っ張り出してきて、とんでもないことを思いついているなんて露とも知らず、その夜ルーク様は城の鍛錬場で泣きながら一晩中剣を振るっていたらしい。
人間の女にいいように扱われた屈辱を剣を振りまくって忘れようとしたんだとか。
後にそれを聞いて、私は床を叩いて爆笑した。
「あははははっ、そりゃ無駄でしたねー」
「そうだな、翌日の方が酷い目に遭ったからな。そしてその翌日の方が更に悲惨な目に遭ったしな」
尻の匂いを嗅がれて屈辱のあまり獣化したり、人間の女に押し倒されて獣化したり、いろいろあった日々を思い出したのだろう。
初夜の日より少し大人になったルーク様は、達観したように苦笑した。
「お前と結婚してしまった時点で、俺の負けは決まっていたんだろうなぁ……」
「父上、止まっちゃだめ!」
「はいはい」
「ふふふふっ」
我が子のお馬さんとして床を這っている愛しの旦那様を見下ろして、私はコロコロと笑い飛ばした。
「あら、負けても良いじゃないですか。幸せでしょう?」
「相変わらずすごい自信だな、お前は」
「当然ですわ、母は強しと申しますからね」
ため息まじりに感嘆するルーク様も、目尻に笑いが滲んでいる。私はまんまるに膨らんだ臨月の腹を撫でながら、少しお疲れのルーク様と元気一杯な息子に向かってパチンとウインクをした。
「ご安心なさいな。私がルーク様に今後毎日幸せを更新させてあげますから」
ワンちゃんを幸せにするのは、ご主人様の務めだからね!
ひたすら勢いで書いたお話でした。
アホエロ思考な元腐女子な転生王女にとっては天国のような異世界ライフスタートですね。