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恋文屋-蓮次郎-  作者: 行雲流水
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青い火傷

3月15日。

今日はやることが無かったので、裁縫の練習でもしようと縁側で裁縫箱を広げて、家から持ってきた端切れを使って運針の練習をしていた。

お母さんなんかは手元を見なくても針の動きが染み付いているから、すっすっと縫物をしていけるけれど、私はちょっとまだそうしたことはできなかった。

気を抜くとすぐに指先を突いてしまいそうになり、私はたびたびひやりとした。


「危なっかしいな」


後ろからした声に私は思わずぎょっとした。

居間の方に惣佐さんがいた。

彼は人並み外れて大きい癖に、妙に仕草が大人しいというのか、物音を立てずに動くところがある。

それに私も裁縫の練習に集中していたせいで、いつ彼が居間に来たのかまるで気付かなかった。

惣佐さんは紬の和服を着たまま、近寄ってくると私の手元を見て、端切れの様子に首を傾けながら頭をかいていた。


「波縫いとはいうけどな、そんな波打たせて縫ったらつっぱるぞ。 もっと細かく縫えよ」

「……裁縫、わかるんですか?」

「まあな、ちょっと貸してみろ」


私が手にしていた縫物の道具を手渡すと、惣佐さんは岩のように大きな手で器用にすいすいと針を動かした。

こんな大きな手をしているのによくもまあ針を握りつぶさないものだと、そんな感心すら湧いてしまうけれど、私の激しく波打った縫い目の横に、まるで機械で縫ったように均等な縫い目が並んで、私は思わず縁側に手をつきながら、惣佐さんの手元を見るために身を乗り出した。


「女は縫物と料理はできないと結婚できないとか言われるからな、練習しといて損はないだろ」

「紺屋さんは、なんで裁縫できるんです?」

「……実家が針仕事をしてる家だったんだ」

「へえ、職人さん?」

「そういうんじゃねえさ、ただ家業だからな、男でも子供んときにいくらか教えられた」


そういうと惣佐さんは私に端切れと針を返してくれた。

実家が針仕事をしていたと言われると仕立て屋か呉服屋のようなものなのだろうか、と少し気になった。

私がこの家で暮らし始めてもう二週間ほどになるけれど、惣佐さんはほとんど自分のことを話さないので、私にとっては初めて親しみが持てる情報を出してくれたのだ。

こんなに厳つくて恐ろし気な人にもちゃんと人の子だった時期があるのだな、と思うと私は不思議なような気持になった。


「紺屋さん、なんで叔父さんと一緒に暮らしてるんです?」

「はあ?」


なんとなく、気になっていたことを聞いただけだが、惣佐さんから低い呻くような声が聞こえて、思わず息をのんだ。

惣佐さんの方も威圧する気はなかったのか、少し気まずそうに顔を背けてから、自分の顎に手を当てて考えるようにしていた。

私は悪いことを聞いただろうか、と考え、亀のように首をひっこめた。


「……どこまで話すか、いや、どう言ったらいいか」


やはり叔父さんは借金をしていて、家に住み込まれているのだろうか……。

そういう事ならば、まだ子供の私に大人の惣佐さんが話したくない、という気持ちも分からなくはないと思うのだけれど、惣佐さんはしばらく考えてから口を開いた。


「まず……7年前だ。 俺とあいつが知り合ったのは」

「そんな長い付き合いなんですね」

「それで、俺は家を出て、あいつと暮らしてる。 以上だ」

「いや、なんも分からへんのですけど」

「仲がいいんだよ、俺とあいつは」

「全然友達に見えへんのに?」


私が友達に見えない、というと惣佐さんは少し苦々しい表情を浮かべた。

私は聞いてはいけない事だったろうか、とも思ったものの、この鬼瓦のような惣佐とチャップリンみたいな叔父さんがどこで何があれば仲良くなるのか、ということに興味があった。


「……俺は、蓮次郎の代書の客だった」

「え?」


惣佐さんは自分の額に手を当てて、遠い目をしながら庭の方を見つめていた。


「当時の俺は、馬鹿だったんだよ。 カフェーの女給に入れあげてた。 こんなだからな、女に優しくされるなんて初めてで、少し微笑まれただけでころっと惚れたんだ」


私は話を聞きながら、それが本当なのかと聞きたくなった。

目の前の彼は見るからに雄々しくて、恐ろしくて、とてもじゃないけど叔父さんに恋文を頼むような繊細な感性を持っているようには到底思えない。

寧ろ、どちらかといえば女性を肩に担いで連れ去っていく方が似合いそうだ。

けれど、惣佐さんの横顔からその話が嘘ではないのだろう、ということだけははっきりと分かった。

彼はいたって真面目な顔をしながら、昔の自分がいかに馬鹿だったかを語っていた。


「まだケツの青いガキの分際で、俺は彼女と連れ添うつもりだった。 それで、駆け落ちしようって言ったんだ。 京橋の地蔵堂で待ち合わせる予定で。 けど、その女は来なかった……なのに、俺は諦められずに馬鹿みたいに待った」


まさか駆け落ちをしようとするほど惚れこんでいたのに、裏切られたのかと、私は同情するような気持とともに、好奇心が湧いていた。

叔父さんに恋文を頼んだ相手、というのはその女給のことだろうか。

なら、叔父さんとはこの前に代筆を頼んでいたのだろうか、と私が考えていると惣佐さんは予想外のことを言いだした。


「待つこと、10日、俺は意識を失くした」

「10日!?」

「その俺を拾ったのが蓮次郎だった」

「拾った!?」


犬や猫を拾うならばまだわかるけれど、こんな仁王像を拾ってくるなんて、叔父さんは何を考えていたのか。

倒れていた人を保護した、というのは分かるのだけれど私は余計に叔父さんと惣佐さんの関係が分からなくなっていった。


「それで、蓮次郎に頼んで女に恋文を書いてもらって、最後に渡したんだ」

「その手紙……読んでもらえた?」

「ああ、そんで……こんな具合に、捨てられた」


惣佐さんは紙くずをひねるように手を動かして、はっと自嘲気味に笑った。

駆け落ちの約束を裏切られて、恋文を目の前で捨てられて、その時彼はどんな気持ちだったかを想像すると私は自然と眉が下がった。

惣佐さんは私のそんな様子を見ながら、けらけらと声を上げて笑った。


「言っただろ、馬鹿だったって」

「でも、辛かったでしょう……」

「さあてな、若い頃の火傷みたいなもんだ。 誰だって多かれ少なかれあるもんだ」


そういうと惣佐さんは私に気にするなと言ってくれた。

私は、このどう見ても鬼にしか見えないこの大男が悪い人にはどうも思えなかった。

一体何者なのか、何も分からないけれど、少なくとも叔父さんの友達、ということには変わらないのだ。

例え、極道者であろうとも親切にしよう、そう私は心に決めた。

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