第2話:魔法を使う
「知らない場所」というのは、未知の力を得るチャンスでもあるようです。
テレーゼが魔法の力に目覚めます。
6月7日 同日に第1章とプロローグの構成を一部変更したことから、関連する記述を修正しました。
テレーゼは、3人組のパーティーから国名、近くにある街の名前、通貨の単位、冒険者ギルドのことなど、文字通り「知らない場所」の「いろは」どころか「一から十まで」教えてもらった。
3人とも凄く面倒見が良い人だというのが十分すぎるくらい理解できて、話していてとても楽しさを感じた。
「ところでテレーゼ、これ酒なのかい?」
アデリナが施術室に置いてあった無水エタノール(ほぼ純度100%の、美味しさを度外視すれば、一応飲用可能なアルコール。消毒には概ね無水エタノール4に水1の割合で希釈して用いる)を見つけて物欲しそうにしていた。
「アデリナ、それほぼ全部酒精だからすぐに酔っ払うわよ」
「良いねぇ、テレーゼ。ご馳走しておくれよ」
「別のお酒持ってくるから、そっちは元に戻して」
そういって、スコッチウイスキー(テレーゼの父が大好物で晩酌に付き合って好きになった。因みにスモーキーなスコッチの中でもシングルモルトのアイラウイスキーが好みである)を差し出す。
「テレーゼ、こっちのほうが強いんだろ?一杯もらうよ」
無水エタノールをグラスに注ぐアデリナだったが、彼女は酒に弱いらしく、匂いを嗅いだだけで椅子に座り込んでそのまま寝てしまった。アデリナに毛布を掛け自室に戻る。
「テレーゼ、アデリナ大丈夫?」様子を見に来たヘレナが自室に戻り、ウイスキーをグラスに注いでいる。
「まあ匂いを嗅いだだけだから大丈夫でしょ」
「それなら、良いんですが・・・アデリナって酒に弱いのに飲むのが好きなんだから・・・ただ、心底心を許せるような人の前じゃないと、こんなに無防備にはなりませんけどね」と、カトリナ。
「そう言ってもらえると嬉しいな・・・そういえばカトリナ、魔法ってどんなことが出来るの?」
「でしたら、この杖を手に持って念じてみて下さい。火を出したいときは火を付けて物を燃やすイメージで、傷を治したいときは身体を暖かい光が癒やすイメージでやると良いですよ。イメージがしっかりしていれば基本的に呪文の言葉は何でも構わないと思います。と言っても、私のようなイメージを重視する魔法使いは本当に少数派で、詠唱の文言の工夫が大切だという魔法使いが大半ですね。あと、攻撃魔法は家の外でやって下さいね」
「カトリナはいろいろな魔法を使えるの?」
「私は攻撃魔法は使えるんですが、防御魔法や回復魔法は使えなくて・・・例えば、「ライト」という、不死の魔物への攻撃と、明かりにも使える魔法を使ってみますね。暗闇を照らせ、ライト!」カトリナは魔法を唱える。
「カトリナ、魔法失敗した?」ヘレナが不思議そうにつぶやく。
「あれ?少し時間を空けて魔法を使ってみますね。そういえば、テレーゼさんがアデリナを治療した部屋に、今アデリナは寝てますね。アデリナの骨折に回復魔法を使ってみてはどうでしょう?」
3人が部屋を移動してアデリナのそばに行き、テレーゼが詠唱を開始する。
「じゃ、やってみるわね。(呪文はイメージを大事にして・・・)お願い、アデリナの傷を癒やして!」
暖かく力強い光がアデリナの左腕を包み込む。
(え?うそ・・・)自分の身体の中から、アデリナに暖かい力が広がっていく感覚に、テレーゼは驚きを感じた。
「今の感じで良いの?魔法なんて今まで使ったことがないのに・・・」
「テレーゼ、さっきの魔法、回復魔法と同じ力を感じた。凄い!」
「基本的にお医者さんは回復魔法が使えません。逆に教会では回復魔法が使えますが、骨折はお医者さんのようには上手く治療できないらしいんですよ」と、ヘレナとカトリナが説明する。
(要するに骨折は、先に整復しないと回復魔法を使っても無駄、という事ね・・・)
「私、医者じゃないんだけど・・・ともかく、明日の朝、アデリナのシーネを切り開いて患部を確認してみるわ」
「ところで、他の属性の魔法も試してみたらどうでしょう?」
「杖使わないで魔法を使うのもやってみるべき」
「わかったわ。外に出て試してみるわ」寝ているアデリナ以外の3人が家の外に出る。
「テレーゼさん、杖を貸して下さいね。炎よ、木の葉を燃やせ!」杖の先から炎が放たれた。
「カトリナ、今度は魔法成功した」
「さっきの失敗は何だったんでしょう?今は使えたから、たまたま調子が悪かっただけかも知れないですね。それではテレーゼさん、この杖をどうぞ。呪文はさっきので良いですから」
「(杖を使って)炎よ、木の葉を燃やせ!」杖の先から炎が放たれた。
「(次は杖を使わないで)炎よ、木の葉を燃やせ!」同じくらいの炎が掌から放たれた。
「次は無詠唱やってみてもらっていいですか?頭の中で炎をイメージするように」
「うん。できた・・・」(以下、無詠唱かつ杖を使わずに全属性の魔法を連発するテレーゼ)
「さっきから魔法連発していますけど、身体がだるくなったりしませんか?」
「大丈夫みたい」
「・・・テレーゼ、ホント何者?」
「普通に考えて王都の宮廷魔導師と互角以上の力があるのは確実ですね。全属性の魔法が使える人って聞いたことがないですし、本当に力がなければ杖を使わないで、おまけに無詠唱で魔法使えませんから。というか、うちのパーティーに凄く来て欲しいです」
「私、知らない間にここに建物ごと飛ばされてきたけど、前にいたところでは魔法ってなかったし、使ったことなかったわ」
「そうだったんですね。とりあえず、明日ギルドに一緒に行きましょう。テレーゼさんは他所の国の人?みたいですから、冒険者登録をして身分証を手に入れたほうが良いと思います」カトリナが提案してくれる。
「でも街に入るにはお金がいるんでしょう?私、お金持ってないわ」
「それくらいパーティーで出す。アデリナを治してくれたし、家に泊めて歓迎してくれた。そのくらい大したことない」テレーゼとカトリナの会話に食い気味にヘレナが入ってくる。
「本当にありがとう。言葉に甘えるわね」
「それはお互い様ですよ。もう遅いですから寝ましょうか?」
「それなら院内にあるベッドと毛布使って」
「何から何までありがとうございます。ヘレナ、椅子で寝ているアデリナはどうしよう?」
「毛布掛けてあるから大丈夫。アデリナは体力バカだから、何なら毛布なしでも風邪を引かない」
何気にアデリナに対して失礼なヘレナである。
「みんな、お休みなさい。ゆっくり休んでね」
そう言って、テレーゼは自室に戻るが、自室で覚えたばかりの「ライト」を使おうとしても使うことが出来なかった。
やはり自分が「知らない場所」にいないと魔法は使えないようだ。さっきカトリナが自室で魔法を失敗したのは、ここが魔法のない日本の中だからに違いない。
パーティーの3人は別にしても、もし「知らない場所」の人たちに攻撃の意思があった場合、日本で魔法が使えなくなることは、強力な抑止力にはなるだろうと思う。
あと、自分が魔法を使えるようになったのは、どう考えても「自分を若返らせた謎の力」が原因としか思えない、ほぼそう確信している。
これだけあり得ないレベルの力なら、日本で全く魔法の素養がなかった自分が全属性の魔法に目覚める程度のことは、十分あり得ると思ったからである。
何はともあれ、テレーゼは「知らない場所」での2日目に、彼女自身が全く予期しない形で、魔法という強力な力を得たのであった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
プロローグで、文字通り苦しみ抜いたテレーゼが報われて、作者も凄く嬉しいです。