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テレーゼ院長のセフィロト見聞録  作者: 西風の剣
第14章:初めての遠出と出逢い
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第3話:指名依頼と出逢い

 イェソドにて指名依頼を達成するために行動を開始したテレーゼ姉妹は、そこで群れのリーダーと遭遇します。


 毎度のことになりますが、格闘の描写に関しては、作者自身が技を繰り出す動作に大幅に肉付けしています。筆力が足りないことについては平にご容赦下さい。

 馬宿で旅の疲れを癒やしたテレーゼ姉妹のパーティーは、翌朝イェソドの街を出て、ボアの群れの目撃情報の中で一番近い街道そばの森林に向かった。歩くこと1時間ほどで現地に到着した。到着してすぐにテレーゼが視力向上の魔法をパーティー全員に掛ける。その上でティアナが群れのリーダーの気配を捜すものの、どうも近くにはいなかったようだ。次の出没地点に向かう。


 ボアの群れの目撃情報は、イェソドの街から徒歩1時間ほどの距離にほぼ円状に点在していて、3つ目の地点の確認が終わったのが正午を少し過ぎたくらいだったので、ここで昼食にすることにした。マルクトの街を出発する前に妹たちに用意してもらったお弁当を空間収納から取り出して全員でそれを口にする。空間収納は収納した品物の時間経過が停止するため、出来たての状態の料理を口にすることができることがとても有り難い。お腹が一杯になって少し休んでから4つ目の地点に向かう。


 4つ目の地点もイェソドの街からおよそ1時間ほど離れていて、そこは街道そばの比較的見通しが良い林である。イェソドのギルドからの情報によると、ここは以前テレーゼが深く関与した初心者向けポーションの薬草採取が良く行われる場所とのことで、確かに虫コブが付着した件の薬草が辺り一面に生えているため、ボアがこの周辺にいることは確実であろう。早速気配を捜すティアナである。


 程なくして、キラーグリズリーだったティアナの気配を察知したのだろう。リーダーと思しき大きなボアが警戒しながら近くまで寄ってきた。近くには、猪の子供である「うり坊」によく似た3頭の子供たちもいる。どうやらリーダーはお母さんのようで、一時的に群れとは離れているようだ。もっとも彼女はいきなり襲いかかるような雰囲気でもないようなので、テレーゼは意を決して「お願い、私と友達になって!」と、強い想いを込めて彼女に従魔魔法を掛けた。魔法に抵抗する気配もなく彼女に従魔魔法の効果が発動して、テレーゼは彼女と心が繋がったような感覚があった。


 (なにゆえ、けだかさすらただようつわもののけはいを、にんげんからかんじるのだ?)と、テレーゼの中にいるティアナの気配に戸惑っているようだ。同時に、流石に群れを率いるリーダーだけあって、頭の中での会話で確かな知性を感じる。


 「私はテレーゼよ、よろしくね。あと、私の心と身体の中には、キラーグリズリーのティアナが一緒にいるの」


 「初めまして。今テレーゼさんが話したように、元々私は、あなたが感じているキラーグリズリーという大きな熊でティアナと言います。縁があってテレーゼさんに生き返らせてもらって、今は2人で一緒に生きているんです」と、テレーゼとティアナは、他の妹たちにも会話の内容が伝わるようにボアに話しかけた。


 (そうなのか。めずらしいこともあるものだな。ところで、われになにかようがあるのか?)と、ボアのリーダー。


 テレーゼは、マルクトの街周辺からボアがいなくなり、イェソドの街周辺にボアが移動したことと、その影響であちこちで人的・物的被害が多発しており、ボアの群れが討伐される可能性があること、その上で、テレーゼたちはボアの群れと事を構えるつもりはなく、できれば大規模な討伐部隊がやってくる前に、群れにもっと安全な他の場所へ移動して欲しいということを伝えた。


 (すこしまえにわれらのなわばりにはいってきたあいつらが、にんげんのいるそばであばれまわっているようだな・・・われらはにんげんにおくれをとるつもりはないが、テレーゼにはわれでもかてそうにないな・・・さっきのはなしだが、もうすぐあいつらがやってくるはずだから、そこでテレーゼがちからをみせるのがよいだろうな。われらはつよくけだかいものにしたがう。それがあのつよいクマをみにやどしたにんげんならなおさらだな)


 「わかったわ。ところで、今日友達になってくれたあなたに名前をプレゼントしたいのだけど・・・(ドイツ語の「イーヴァ」(猪、または豚という意味)よりも、発音が近いドイツ系女性の名前の「エーファ」かしら・・・綴りが同じで英語的な読みの「エヴァ」は「生命」という意味の言葉が語源だから、大きな群れのリーダーとしてその生命を護っている彼女に相応しいかも知れないわね・・・)「エーファ」はどうかしら?あと、これをあなたにあげるわね」そう言って、テレーゼが収納魔法で保管していた男女兼用で使用可能な青いチェックのお洒落なスカーフ(従魔としての目印。テレーゼ的には魔物扱いする目印をつけるのは正直好みではないので、せめて人間が身に着けても恥ずかしくないように自分が使っていた良質なロングスカーフを用意した)を首に着けてあげるテレーゼである。


 (エーファ・・・われのなまえか。あと、こんなものをにんげんはからだにつけているのだな。これからよろしくたのむ・・・)と、テレーゼのエーファという名付けに対して彼女が同意する。尻尾が感情を表すように動いている。名前やスカーフを気に入ってくれたようで嬉しそうだ。あと、そばにいた彼女の子供たちが母親が身に着けたスカーフに興味を持ったようで、滑らかなスカーフの感触を確かめるように鼻や身体で触れていた。そのあと、子供たちはテレーゼに近寄ってきてくれた。子供たちの身体を優しく撫でるテレーゼ。その際に子供たちの身体を確認したが、幸いエーファを含めて身体に寄生虫はおらず、駆虫の必要がなく何よりである。


 「こちらこそ、これからよろしくね」


 「エーファ、今後テレーゼさん共々よろしくお願いします」


 「私はアデリナだよ。よろしくな。エーファ・・・良い名前じゃん。流石テレーゼ姉さん」


 「ヘレナ。よろしく。アデリナに同意。姉さんは本当に名付けが上手」


 「ペルレにもエーファ姉さまの声が聞こえてきます。姉さまが名前を付けたことでより心の繋がりが強くなったからでしょうね。私はペルレです。これからよろしくお願いします」


 「エーファさん、良い名前ですね。マーヤです。よろしくお願いしますね」と、テレーゼ、ティアナ、アデリナ、ヘレナ、ペルレ、マーヤ。ボアの年齢はよく解らないのだが、ティアナより年下で、カトリナやアリーナよりは年上のようだ。それはともかく、従魔魔法発動後は、テレーゼの耳で聞き取れる会話は魔法の効果により従魔も理解できるようになるのだが、ここまではエーファと友好的に話が進んで何よりである。






 エーファ母子とテレーゼ姉妹が異種族交流で和んでいる間に、マルクトの街周辺の地域からやってきた群れのリーダーと思しき大きなボアが大小合わせて100頭ほどの群れを率いてエーファの所にやってきて、彼女と話をする。また、元々彼女が率いていたと思しき200頭ほどが、次第に彼女のそばに集まってきた。


 そして、エーファが先程話していたように、100頭ほどのボアのリーダーとテレーゼが力比べをすることになった。そのことに対して否はない。テレーゼは妹たちに手出しは無用と伝え、少し開けた場所でボアのリーダーとの力比べとなった。人間の都合での無理なお願いに真正面から応じてくれるのだから、種族に関係なくそれを強く意気に感じたテレーゼは、全攻撃への防御、身体強化、相手の軽量化といった魔法を使う気になれなかった。そのため、今まで彼女が培ってきた力や技術といった、ほぼ純粋な現状の能力のみで力比べに臨んだ。


 勝負は、顔面をめがけて飛びかかってきたボアの突進を、動体視力向上の魔法のみ発動して体捌きで受け流したテレーゼが、柔道技によりボアを後方に投げ飛ばした


 この技の詳細について、現在進行形でボアのリーダーと力比べを行っているテレーゼに代わり作者が解説する。


 1:ボアの突進を半身で躱す。攻撃防御がない状態で、破壊力に定評のあるボアの突進を真正面から受けることは流石に危険である。


 2:1の動作の流れで、飛びかかって空中にいる状態のボアの、半身で躱した側に近い前脚の足首をしっかり把持するとともに、もう片方の手をボアの身体に相撲の「ハズ押し」のように宛てがい密着させる。


 3:そのまま少し後退しながら腰を落とす。演武であれば片膝を接地させるくらいのほうが身体が安定するが、実戦では後述の4の動作をやりやすくするため無理のない範囲で腰を落とす。


 4:少し腰を落とした自分の肩の上(耳の横)を相手の身体が通過するようなイメージ(当然ながら、腰高だと技を掛けるのが難しくなる)で、相手の突進力を利用して右(または左)後方に引くように投げる。


 (作者補足:体捌きや崩しで相手の重心を不安定にする一方で、自分が腰を落として重心を安定させることは、特に柔道における投技なげわざの場合は、自分が相手の身体を投げるという技の性質上、より楽に技を成功させる事に直結するため特に重要である)


 今回テレーゼがボアのリーダー相手に繰り出した技は、柔道技の「浮落うきおとし」に近い投技(手技てわざにも分類される)である。


 因みにこの技は、柔道初段の昇段試験における「演武」(習得した技の形を実演すること)で「受け」(相手から技を受けること。当然適切な受身が必須である)と「取り」(相手に技を掛けること)の両方がほぼ確実にセットで出題される技ということもあり、当然ながら彼女自身の練習量も豊富で、得意技の大外刈とほぼ同等レベルで彼女の身に染み付いた技であるが、何も服を着ていないボア相手に前述の技を使うため、今回は「ハズ押し」や「引き技」といった相撲技の要素を加えたアレンジを行っている。


 相手が突進する力を利用してその進行方向に沿って技を繰り出すため、技のイメージとしては、シーソーの片側に載せられている重い物体が、物体が載せられていない片側(A)に加えられる比較的小さな力で、物体が載せられた場所(B)から勢い余って飛んで行く状況に近い。


 参考までに、支点(シーソーを支えている部分のこと)、力点(Aの部分のこと)、作用点(Bの部分のこと)は小学校高学年の理科で習う「てこ」で頻出する事柄である。運動学で言えば「第1のてこ(安定性のてこ)」のような効率的な身体や力の使い方であり、相手の力を利用して技を仕掛ける基本に忠実なテレーゼの柔道は、まさに「柔よく剛を制す」を体現しているといえる。


 テレーゼが前述の変形浮落を決める状況がリプレイのように数回繰り返され、流石にボアのリーダーはテレーゼとの力の差を認めて降参することを決めたようだ。ボアに全く後れを取らなかった身体のパワーとスピードを考えると、謎の若返り効果の恩恵は本当に大きいとテレーゼは改めて感じるが、それを差し引いても、特に後半は、テレーゼに投げられたボアが四足で着地するくらいにお互いの呼吸が合っており、まるで演武のように感じたテレーゼである。


 力比べの直後に、その違和感に関してエーファに確認したところ、最初に彼女と話をしたボアのリーダーはその時点でテレーゼに従うことをほぼ決めていたようだが、率いる群れの手前、テレーゼの力量が群れ全体に伝わるよう立ち回ったとのことだった。何にせよ、ボアのリーダーに怪我をさせなくて何よりである。


 その後、大人しくなったボアのリーダーに念のため回復魔法を掛けるテレーゼ。ここまでの状況を振り返り、三国志で蜀の地に入った君主の丞相が軍を率いて南征を行い、その際に南蛮の王が彼に7回戦いを挑んで7回捕らえられて釈放された後に心服したという、いわゆる「七縦七擒しちしょうしちきん」の故事をテレーゼはふと思い出した。


 「テレーゼ姉さん、さっきの技、大外刈とは違う技だよな・・・あのボアを何度も投げ飛ばすなんて本当に凄いよ・・・」


 「浮落という柔道の技よ。相手が同じように何度も突っ込んできたから割と動きが読みやすかったし、後からはこちらに動きを合わせてくれていたみたい」


 「それでも、普通の人にはあんな大きなボアのリーダーを投げるなんて絶対にできない。姉さんの体術には、大外刈もだけど一つ一つの動きにちゃんと理由がある。見ていて凄く勉強になる」


 「姉さま♡半ば演武とはいえ、きちんと修練していないとあそこまで綺麗な手技は出せませんから。ボアのリーダーと対峙していた凛々しい姉さまの姿は本当に素敵です♡」


 「ジークリンデとの模擬戦で使った技と全然違う体術を、しかもそれを強力な魔物であるボア相手に、こんなにも簡単に使うことができるテレーゼお姉さんに、改めてびっくりしました・・・」


 (テレーゼさんの柔道技は、その時の状況に応じて最適な技を使い分けているんですね。流石です)と、アデリナ、テレーゼ、ヘレナ、ペルレ、マーヤ、ティアナ。切れ味鋭く理に適ったテレーゼの柔道技に、改めて感嘆の言葉を口にする妹たちである。






 力比べの後、エーファがボアのリーダーのところに行く。そして、群れ全体がテレーゼに従うよう再度促してリーダーもそれに従ったことが、エーファと心の繋がりのあるテレーゼには感じられた。


 因みに、この2頭は夫婦らしく、エーファが年上で「姉さん女房」とのこと。以前ティアナが見た年老いて死んでしまったボアのリーダーの息子が、群れを引き継いでイェソドにやってきたようだ。そして2頭が夫婦になった後、これまでそれぞれが率いていた群れのリーダーを一緒に務めていたとのことで、もう1頭のリーダーはエーファの説得に応じ、元々のエーファが率いている200頭ほどの群れを含めてイェソド周辺から移動してくれることになった。


 もちろん彼女たちの群れが全てではないだろうが、これだけのボアが一度に移動してくれれば劇的に人的・物的被害は減少するだろう。あとは当初の予定通りマルクト南部の人里離れた森林地帯に群れが移動してくれれば、依頼は何とか達成できそうだ。


 群れの移動のためにテレーゼたちが迎えに来るまでの間、エーファ経由でしばらく群れには森林地帯から出ないように伝え、次に大人しくなったボアたちが冒険者たちに討伐されないよう群れの全体に隠蔽魔法を掛け、テレーゼたちはエーファを連れて(彼女の子供たちには、まだイェソドへの道のりは遠いので父親たちと一緒に待ってもらうことにした)はイェソドのギルドに向かうことにした。






 (ボアの討伐を行わない形で、依頼を達成できそうで本当に良かったわ・・・)と、先程までのエーファの伴侶との力比べで相応の疲労感を感じつつも、自分の隣を歩くスカーフを首に巻いたエーファを見ながら心から安堵するテレーゼである。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


 テレーゼたちとエーファやその群れとの出逢いが、その後の力比べも含めて平穏に行われて何よりです。話を綴っていて感じたのですが、一応柔道の心得がある作者が愛娘であるテレーゼから作中の変形浮落を受けたら、正直な話、受身は多分大丈夫だと思うのですが、技自体は支えきれないかも知れません。


 参考までに、浮落の演武での受身は「飛び込み前転」をイメージしてもらえば良いと思います。但し、油断していると肋骨周辺を強打して非常に痛い思いをする羽目になる(肋骨の周辺は主に、肋間神経痛や帯状疱疹で激痛を起こさせる肋間神経の支配領域です)だけでなく、悪ければ肋骨骨折などになりかねませんので、この技に限りませんが受身の技術の習得は本当に大切です。


 次話は、テレーゼ姉妹が今回の指名依頼の復命を行い、マルクトの街に帰還する話です。

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