第4話:農場全体の護りと同居
テレーゼがヘナフとの会話をきっかけとして、妹たちと農場内の護りの強化に着手します。
また、テレーゼがマルクトの街のために行った土木工事を経て、マーヤはある決断を行います。
ヘナフに従魔魔法を使い、彼女と意思疎通が図れるようになって少し経ったある日の、良く晴れた穏やかな午後のことである。農作業に勤しむテレーゼのそばにヘナフがやってきて、テレーゼの頭の中に話し掛けてきた。
(テレーゼおねえちゃん、いつもごはんたべているところからみえるちかくのもりに、おおきなこわいどうぶつがいたの・・・)
「ヘナフたち大丈夫だった?(野犬か狼かしら?流石に農場内に入って来られたら拙いわね・・・)わかったわ。教えてくれてありがとう」と、ヘナフ&テレーゼの会話である。
農場周辺には、元々テレーゼの隠蔽魔法や防御魔法を施しているのだが、ヘナフから見た庭鳥目線では、まだ護りが不十分なところがあるらしい。人間目線では気付きにくい護りの綻びがあるのは大きな問題なので、テレーゼ姉妹は早速抜本的な対策を講じることにした。
テレーゼはまず、マルクトのギルドの解体場から大きめの魔石を大量に購入した。「いつも本当にお世話になっているギルドマスター代理直々の発注なのですから、何なら無料でも全然構いません」と、解体部署の職員たちが申し出てくれたものの、流石にそれでは申し訳ないからと正当な対価を支払っての購入に落ち着いた。ともあれ今回の取り組みに十分な量の魔石を手に入れることができた。
なお、今回手に入れた魔石のうち、一番大きな2つの魔石はカトリナが紛失物を見つける魔法を付与した上で、父母である剛史とテレージアにメインで使ってもらうため、いつでも身に着けられるようにとテレーゼが手作りした、2つの魔石を入れることが可能なお守り袋に入れてプレゼントした(以前2人に魔石を渡した経緯に関しては第10章第4話を参照)。以前渡したものよりも大きな魔石なので、2つ合わせた魔力の貯蔵量はかなり大きく、今後2人が特に日本で魔法を行使する上で大きな助けになるだろう。
「テレーゼお姉さん、農場で何か新しいことを始めるんですか?もし良ければ私にもお手伝いさせて下さい」と、マーヤが申し出てくれたので、彼女に無属性魔法に属する隠蔽魔法と、回復魔法に属する防御魔法と、それらの魔法を物体に付与する方法を教えた上で、それらの魔法を施した魔石を農場の周囲に設置することで、農場の護りを向上させるという今回の取り組みを説明して有り難く彼女の協力を得ることにした。
特に防御魔法は習得に時間が掛かるからという理由で、ヘナフたちを農場にお迎えした日の夜にマーヤが行った魔法練習では練習メニューから外していたのだが、今回テレーゼが思っていたよりも速く魔法の習得が出来たので何よりである。
「セフィロトで使い手が少ない貴重な魔法や魔法付与の方法まで快く教えて下さって、むしろ申し訳ないです・・・」と、マーヤはテレーゼから直伝で魔法を教えてもらって逆に申し訳なさそうにしていたが、妹たちが力を付けてくれるのは姉であるテレーゼ的にとても嬉しいことなので、気にしないように伝えた。
魔石を使った魔法的な隠蔽や防御の増強以外にも、物理的な障壁をこれまで作っていなかったので、この機会に合わせて作成することにした。基本的には土魔法で農場と自宅の敷地を丸ごと覆う壁を作り、盛り上げた壁の内側は空堀を設置(壁の外側に設置すると、隠蔽魔法の効果により下手をすると訪問者や妹たちが空堀に落下するという人身事故が起こりかねないため)するというものである。
空堀には有事に備えて柵付き(歩行者が堀に落下しないように)で、軽量化や堅牢化の魔法を施して容易に架設や撤去が可能な可動橋を設置した。橋の先にある門扉は日本で製造された品物をホームセンターで購入して、更にテレーゼが永続的な防御魔法を施して設置した。土壁にはテレーゼ、カトリナ、マーヤ、ペルレが永続的な魔力を込めた魔石を埋め込んでいるので常時隠蔽と防御の魔法が発動しており、土壁と空堀そのものの護りも相まって野獣などはまず突破できないため、農場でのどかに餌をついばむヘナフたちも安心である。
土壁と空堀の作成には半月ほどを要したが、普通は少なく見積もっても年単位の土木工事が必須であるため、改めて強力無比なテレーゼの操る魔法の有用さが示された形となった。
ところで、テレーゼの自宅周辺の土地は、一応マルクトの街を治める領主の領地ではあるが、街の外で強力な魔物(特に最強の魔物であるキラーグリズリーや、危険度はやや落ちるがボアなど。もっとも、その最強の母娘がテレーゼと姉妹として強固な心の繋がりを持って仲良く一緒に生活しているとは、誰も想像すら出来ないだろう)や野獣が出没することもあって、冒険者や街の住民のために将来の開発も視野に入れて行われた、街から森の手前までの街道設置やごく小規模な開墾以外には、これまで全く開発されていなかった(領主によるマルクトの街周辺の開発は、現在に至るまで街を挟んでテレーゼの自宅とは反対側にあるイェソド側の街道周辺にほぼ集中していた)ため、今更ではあるが自由に開墾しても何の問題もないらしい。
それどころかマーヤ曰く、「マルクトの街の南側にある未開の地を、ギルドマスター代理という街の名士で、かつこれまでも街やギルドに数々の貢献をしてくれたテレーゼお姉さんを筆頭とした面々が直々に農場の規模拡大に勤しむことは、マルクトの街や周辺の村々の食糧事情改善にも大きく寄与するうえ、テレーゼお姉さんの清廉かつ豪胆な性格は、先日の初心者向けポーション改良の顛末をはじめとして、これまでの数多の功績がマルクトの街や周辺の村々の住民にも既に広く知られているため、マルクトの街の領主としては大いに歓迎します」とのこと。自分たちがこれまで取り組んできたことをここまで信用してもらえて、本当に有り難い話である。
土壁と空堀に関しては、前述のように農場拡張に対してマルクト領主からのお墨付きが得られていることから、将来的な農場拡張を見越して現在の農場の範囲よりもかなり広範囲に設置している。
なお、テレーゼの魔法を活用した卓越した土木技術を伝え聞いたマルクトの街の領主が、テレーゼに街の防御壁普請工事の単独指名依頼をギルドに行い(依頼を受託する際に、ギルドマスターのジークリットが同行する形で初めてマルクトの街の領主と面会した。何でも彼女は、ジークリットの幼馴染みかつ良きライバル的な関係であるとのこと)、それに応えてテレーゼが短期間で普請を終えたのは余談である。
「テレーゼお姉さん、もし良ければ、ぜひ私もお姉さんと一緒に生活させて下さい」
マルクトの街の防御壁普請工事の単独指名依頼が終わった直後に、テレーゼはマーヤから同居に関しての懇願を受けていた。
「あなたが一緒に暮らすのは全然構わないんだけど、何かあったの?」
「何かあったというよりも、お姉さんとなるべく一緒にいて、お姉さんからたくさん学ばせて欲しいです。つい先日の防御壁普請工事にしても、あんな手法で人々のやる気を起こさせるなんて想像すらできませんでした」
防御壁の普請は、破損箇所に集めた補修用の石材をはめ込み、それをテレーゼが魔法で強化するという手法で行ったのだが、彼女が労働者たちにやる気を起こさせるべく行った方法は、中学の日本史の副読本などに出てくる、ある天下人が足軽の時に行ったとされる有名な「城の割普請」である。
割普請とは、簡単に言うと普請工事の区画を分割して、それぞれのグループに分担させることであるが、ある天下人の場合は、一向に進まない城の普請工事の有様を見て、早く工事が終わったグループには褒賞を与えるというアレンジを加えて労働者の士気を向上させている。テレーゼは工事を実施するにあたり、その故事に倣ったというわけである。
成果が著しかった上位チームはもちろんのこと、今回普請に参加した労働者全員には、テレーゼが今回の指名依頼で得る予定の報酬をその褒賞に充てている。つまり、テレーゼはほぼ無償で街のために今回の普請工事を行ったのだが、そのことがテレーゼの令名を更に高める結果となったことに、マーヤは深く感銘を受けたようだ。
「あの工事はみんなが頑張ってくれたから上手く行っただけであって、私がしたことはきっかけ作りでしかないわ。でもそう言ってくれるのは素直に嬉しいわ。ありがとう、マーヤ。ところでギルドへの通勤は大丈夫なの?ここはギルドからかなり遠いわよ。それと、一緒に住むようになったら部屋はアリーナやアンナと相部屋になるけどそこは問題ない?」
「お姉さんに教えてもらった身体強化魔法の練習を毎日やっているのですが、それがなくても歩いて通える距離なので大丈夫です。それと、アリーナさんたちと一緒の部屋ならむしろ大歓迎です。彼女たちも歓迎してくれると思いますから」
「わかったわ、マーヤ。あなたを姉として歓迎するわ。ティアナ、イーナ、ペルレ、ヘナフ。今の話は聞いていたと思うけど、念のため近くにいる他の子たち全員に話をしてくれるかな?そう・・・それはよかったわ。みんなありがとう。たった今、庭鳥のヘナフたちを含めた妹たち全員に確認したんだけど、あなたを歓迎するそうよ。マーヤ、これからよろしくね」
「お姉さん、みなさん、本当にありがとうございます。そう言えば、庭鳥のヘナフと言っていましたけど、庭鳥とも意思疎通ができるんですか?」
「先日、庭鳥のリーダーが何かを言いたそうにしていることに気がついて従魔魔法を使ったんだけど、そのときに彼女に名前をプレゼントしたのよ。それ以来、頭の中で会話ができるようになったわ。今回の農場周辺の護りを強化するきっかけもヘナフが教えてくれたのよ」
「お姉さん、従魔魔法まで使えるんですか!?本当に凄いです・・・」
「マーヤが前に農家を紹介してくれたから、あの子たちが私たちと一緒にいてくれるのよ。本当にありがとう」
「そう言ってもらえると私も嬉しいです。早速自宅に帰って荷物を取りに行きたいんですけど、良いでしょうか?」
「それなら私も行くわ。私の空間魔法や魔法で保管しているリヤカーで、家1軒分くらいの荷物なら運べるから」
「お姉さんの魔法の凄さは、今更ですが驚きしかありません・・・お姉さんはおそらく「導師」(全属性持ちの魔法使いのこと。第10章第4話を参照)の適性を持っているんですよね。そう言われても全く不思議はないですから」
「ええ、その通りよ。ただ、広く知られると色々面倒なことになりそうだから、口外しないでもらえると助かるわ」
「もちろんです、お姉さん。ギルドマスターもこのことは気付いていますが、他所に話すようなことはしないはずですよ。「彼女はマルクトギルド、いやマルクトの街や周辺の村々を含めた我々全員にとっての宝だから、間違っても我々がそれを喪わないためにも2人の秘密にする」と、以前本人が言っていましたから」
「本当に有り難い話だわ・・・彼女には今度会ったときに、感謝の気持ちだけでも伝えたいわね。以前日本で購入してギルドに差し入れした芋焼酎とか持って行こうかしら?」
「きっとギルドマスターは大喜びすると思いますよ。前にお姉さんも参加した懇親会でも美味しそうに飲んでいましたから」
「それなら良かったわ。マーヤ、荷物を取りに行きましょうか。日が暮れるまでに引っ越しを終わらせましょう」
「お姉さん、よろしくお願いします」
テレーゼはマーヤの案内で彼女の家(実家)に向かう。他の妹たちも引っ越しの手伝いに駆けつけてくれた。引っ越しは以前アリーナとアンナの家で行っていたこともあって、荷造り作業が早く終わったのは幸いである。
荷造りと言えば、以前アリーナとアンナの荷物をリアカーに積み込むときに、テレーゼが積んだ荷物が崩れないように使った「もやい結び」(因みにテレーゼは、狩猟免許や船舶免許の実技試験に備えて行われた講習会でその都度習得する機会があり、それらの免許取得後も何かと使用する機会の多いロープワークである)を、帰宅後に妹たち全員が自発的に覚えてくれたのだが、今回それが役に立つ機会を得て妹たちは嬉しそうだ。
荷物の搬出が終わり、テレーゼは実家にいたマーヤの両親に挨拶を行う。既にマーヤが話をしていたらしく、彼女のことを頼まれた。縁あって一緒に暮らすのだから、楽しく生活していきたいとテレーゼは強く思う。
帰宅後、荷物をアリーナ&アンナの部屋に入れたあと、早速マーヤの歓迎会が行われた。庭鳥のヘナフも一緒にいたのだが、彼女は自分たちがテレーゼに連れられて家に来た日に一緒に居たマーヤのことを覚えていて、早速懐いていた。マーヤもとても嬉しそうである。
(農場にヘナフたちを迎え入れた当初は、マーヤとも一緒に暮らすようになるとは思ってもいなかったけど、嬉しいことだわ・・・)と、自分を慕ってくれるマーヤや他の妹たちとの新生活を改めて楽しみに思うテレーゼである。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
人間目線では気付きにくい農場内の護りについて根本的に強化したことで、ヘナフたちを含めてテレーゼ姉妹が更に安全に生活できるようになりました。また、農場の外壁を現状の農場よりも広範囲に設置したことは、姉妹にとって近い将来必ず役に立つことでしょう。
そして、マーヤが姉であり魔法の師匠とも言えるテレーゼと同居することになりました。テレーゼ姉妹全員(末妹のヘナフを含めて)にとって、気心の知れた彼女との同居は、とても嬉しいことだったようです。
次章は、テレーゼがある単独指名依頼のため、セフィロトに来てから初めてマルクトの街以外の場所に出掛けます(次章の目的地は、第12章第2話に大きなヒントがあります)。ここまで読んで下さった読者様であれば、次章もきっと楽しんでいただけるのではと思っています。
次章も一生懸命頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。




