第2話:甘口カレーとマーヤの魔法練習
テレーゼ姉妹の家で夕食をご馳走になり、その後、魔法の要諦をテレーゼより教わるマーヤ。
マーヤはテレーゼと一緒に過ごす中で、彼女に対して強い信頼を抱いていたようです。
夕食は、アリーナが頑張って作ってくれた甘口カレーである。
セフィロトでは、薬用として使われている香辛料を料理として用いること自体、病気になった人の症状軽減と食欲増進を目的として、食材を奮発した料理に用いられることを除くと本当に稀である。そのため、アリーナやアンナが、一緒に暮らすようになった日の夜に出て来たテレーゼお手製の甘口カレーをいたく気に入り、特にアリーナは彼女に作り方を熱心に教わったのである。
甘口カレーの料理の腕前に関しては、テレーゼや料理上手のカトリナに引けを取らないものである。また、アンナも近い将来作り方を覚えたいと、熱心にアリーナのそばで見ていることもしばしばである。
因みに、テレーゼは普通に辛口カレーも食べられる、というよりは、むしろやや辛いカレーが元々の好みであるが、セフィロトに来て以降、ずっと甘口である。妹たちと楽しく食べられるカレーということで、この1年ほどで好みが変わったことを自覚する。
「それでは、みんな、いただきます」 「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」テレーゼの声掛けに全員唱和する。マーヤはテレーゼ姉妹が食前食後に行う挨拶の意味(第4章第1話参照)を知っていることから、挨拶も一緒である。
「このカレーという食べ物は、ほんの少し辛いですけど凄く美味しいです。この料理には何種類の薬草が使われているのですか?」
「スパイスは最低3種類で、カレーは妹たちにも大人気だから、農場で育てているの。これに塩があれば、一応カレーは作れるわ。あとは果物を摺りおろしたものや蜂蜜を入れたり、農場で採れた野菜、市場で買ってきた肉を切って入れたりするんだけど、このままではとろみが付かないから、材料を煮て柔らかくした後で小麦粉を水で溶いてルーにして入れるのよ。但し、熱々の鍋に入れてしまうと、小麦粉が「だま」になってしまって上手くとろみが付かないから、火を止めて、少し冷ましてから入れること。ここは要注意ね」
「そうなんですね。テレーゼさんって、料理まで得意なんですね・・・流石です・・・」
「そんなことないわよ。13歳くらいの時に、同じ年齢の人たちと一緒にカレーを作ったんだけど、作り方を教えてくれた先生からとろみが足りないのでは?と言われて、他のメンバーが煮立った鍋に慌ててルーを多く入れ過ぎて、見事に「だま」になってしまったカレーをみんなで食べたことを今でも思い出すわ・・・」
(作者注釈:テレーゼの回想は、要するに中学校の家庭科の授業で、市販のカレールーを使わないカレーを作る調理実習があったとき、同じ班のメンバーの1人が熱いままのカレー鍋に小麦粉のルーを入れすぎて、その結果小麦粉が「だま」になったカレーが出来上がったという話である。テレビなどで日々日本文化に触れる機会のある妹たちはともかく、マーヤには学校や授業と言っても意味が通じないため、そこは割愛している)
「姉さんは、その失敗も活かす形で必ず次に繋げている。私たちが何かを失敗したとき、姉さんはいつも私たちに「失敗したんじゃなく、次に成功するための練習だったのよ」と言ってくれる。それは、失敗を無駄にしなければ成功と同じくらいの価値があるんだ、という意味だと私は思ってる。そんな前向きで優しい姉さんを私も強く見習いたい」と、ヘレナが会話に加わってきた。マーヤには、その話が食後にテレーゼに魔法を教えてもらう自分へのアドバイスのように思えた。
「そういえばマーヤは、綺麗だしギルドでばりばり仕事をこなす上に魔法まで上手いんだから、ギルドの窓口では人気者なんじゃないか?」と、マーヤのギルドの窓口での様子を口にするアデリナ。
「ばりばり仕事をこなす人気者かどうかは知りませんけど、近頃の私は、ほぼテレーゼさんやそのパーティー専属担当で、それ以外は窓口業務以外の仕事が多いんですよ。それに、私では比較にならないくらい仕事が凄い上に容姿端麗なテレーゼ代理がいますから。
ついこの間も、窓口業務担当者の1人が喉風邪で声がきちんと出せずに休んだ日(職員全員に事前に配布済みの、テレーゼが伝送魔法(第12章第3話を参照のこと)を付与した連絡用紙で当日の休暇申請が行われた)に、テレーゼ代理が代わりを引き受けて下さったんですけど、全く窓口業務をされたことがないのに当たり前のように仕事を的確にこなしているのには、本当にびっくりしましたよ。
加えて、冒険者でありながらギルドマスター代理を務めていることは、マルクトの冒険者で知らない人はまずいませんから、その日はテレーゼ代理に対応してもらいたいという冒険者たちが本当に多かったんですよ。必然的に、他の窓口業務の担当者たちはその日の仕事が楽になったんですけど、率先して業務をこなすテレーゼ代理に本当に申し訳なさそうにしていました。そんな担当者たちに「気にしないで」と言って下さるテレーゼ代理の優しさに、涙すら浮かべる人もいましたからね」
「そんなことがあったんですね・・・話を聞いているだけでもテレーゼお姉さんの凄さがよく解る気がしますが、身体は大丈夫なんですか?」
「流石姉さまです♡でも、無理だけはしないで下さいね・・・」
(あの日のあなたの仕事ぶりは、一緒にいる私もびっくりしました・・・カトリナやペルレの言うように無理だけは気をつけて下さいね)
「ギルドマスター代理就任前日と初日にマーヤに丁寧に教えてもらったことと、窓口でマーヤにしてもらったことを思い出しながら対応したから、何とかなったわ。あと、上に立つ者が率先して仕事をするのは当たり前のことよ。でもカトリナ、ペルレ、ティアナ。親身に私を心配してくれるのは素直に嬉しいわ。本当にありがとう」
マーヤの話を聞き、カトリナ、ペルレ、ティアナが、姉の仕事ぶりに対しての感想と心配を口にする。テレーゼとしては、本当に激務だった前職の総合職に比べると、まだその日で終わるのが有り難いと思えるのだが、そもそも激務の比較対象があまりにも極端すぎることを含めて、自分自身の感覚が、妹たちを心配させてしまうくらいには麻痺しているようだ。今後は妹たちにあまり心配を掛けないようにしたいと思うテレーゼである。
「ごちそうさまでした」 「「「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」」」食後の挨拶を全員で行ったあと、テレーゼとマーヤは庭に出た。最初にテレーゼがライトの魔法の光で辺りを灯してから、魔法の説明と練習を開始する。
「マーヤ、最初に確認したいんだけど、魔法を使うために一番大切なのは何だと思う?」
「魔法の力を込めるための詠唱の言葉でしょうか?」
(ギルドに勤務して職業柄魔法にも詳しいはずのマーヤもだけど、セフィロトの人にとって魔法の要諦は詠唱の文言だという認識のようね・・・まずその認識を変えてもらうことが必要ね・・・)「マーヤ、無詠唱で魔法を使う人は、詠唱の言葉を声に出していないわよね。だから、極論すると詠唱の言葉を声に出すことは、魔法の発動に必須ではないのよ」
「確かに・・・言われてみればその通りですね」
「魔法で一番肝要なのはイメージよ。魔法を発動するとき、どういう結果になって欲しいのかをきちんと思い浮かべることができれば、無詠唱は無理かも知れないけど、詠唱短縮は十分可能だと思うわ。あと回復魔法は、怪我や病気を治す治癒魔法、体力や魔力を回復させる体力回復魔法と魔力回復魔法、物理や魔法の防御魔法に使う場合にそれぞれ使い分けが必要だから、尚のこと魔法を使うときに自分のイメージをしっかり固める必要があるわね」
「イメージですか・・・例えばどういうものですか?」
「今日マーヤが覚える予定の魔法で言えば・・・例えば怪我をした後に、傷が治っていく経験をしたことがあると思うけど、具体的には、傷口から血が出てきて傷口を塞ぎ、それがかさぶたになって、かさぶたが剥げるときには怪我が治って綺麗な皮膚になっている、という感じよね。だから、治癒魔法のイメージとしては、それを詳しく思い浮かべたら良いと思うわ。
体力回復魔法は、自分が疲れて体力が落ちたとき、水とか食べ物を口にするでしょ。その代わりを魔法がすると考えてみたら?魔力回復魔法は、基本的には体力回復魔法に近いけど、上手く行かない内は回復した魔力よりも消費した魔力の方が多くなるから、失敗しても良いように寝る前とかに練習した方が良いわね。
身体強化魔法は、自分の身体が強くなって多少の無理にも耐えられるようになる感じで良いと思うわ。
攻撃や魔法防御の魔法は、防御魔法許容量以上の敵の攻撃に対するダメージを、瞬時に回復させる形で防御が行われるという術理だけど、(イーナが以前相当努力して覚えたことを考えると)流石に少し練習を行っただけで出来る魔法じゃないから、これは別の機会にしましょう。
あと、これはあくまでも私のイメージだから、マーヤがもっと納得できるイメージがあればそれを思い浮かべるのが良いわね。最後に、魔法使いにとって想像力は、魔法を発動させるための無限の武器だから、物事を注意深く観察することは覚えようとする魔法を今後練習する上で必ず役に立つと思うわ」
「詠唱ではなくイメージ・・・以前から疑問には思っていたんですけど、テレーゼさんが何故無詠唱で魔法を発動できるのか疑問に思っていました。ですが、イメージをしっかり思い浮かべれば魔法が発動するというのなら、確かに納得です。イメージは、テレーゼさんのイメージでやってみます。でも、こんな魔法発動における最大の秘密と言っても過言でないことを私に惜しげもなく教えて下さるテレーゼさんって、凄く優しいです・・・」
「そう思ってくれてありがとう。もっとも妹たちは全員知っていることだから、あまり気にしないで良いわよ。早速、練習をしてみましょうか?」
「わかりました。治癒魔法からやってみます。先日のギルドの仕事で手に擦り傷を負ってしまったところが治るようなイメージで・・・傷がだんだん治っていきます。今まで使えたことはなかったのに・・・」
「上手く出来たみたいね。手の怪我とかは治るイメージがしやすいと思うけど、体力回復魔法は自分が疲れていないと効果を自覚できないと思うから、先に身体強化魔法から覚えましょうか?」
「わかりました・・・やってみます」
先程の治癒魔法とは違って、四肢を強化するイメージが漠然としているためなのか、数十回のやり直しを経てようやく魔法の発動に成功するマーヤ。
そして、多少疲労した状態で体力回復魔法を発動するマーヤ。飲食物の代わりに魔力を摂取するというイメージがしやすかったためか、5回ほどのやり直しで成功する。マーヤは補助系魔法に比べると回復系魔法に強い適性があるようだ。
「テレーゼさん、今まで使えなかった魔法を3つも覚えられました。本当にありがとうございました・・・」
「魔法が上手く行ったのは、マーヤの魔法イメージがしっかり固まっていたのと、あなたの努力の成果よ。練習を重ねていけば、効果が強くなったり、回復魔法を今日練習した以外の用途への使用や、他の人に魔法を掛けてあげることも出来るようになるから頑張ってね」
「わかりました、テレーゼお姉さん・・・すみません。つい嬉しくて・・・」
嬉しさのあまり、本人も気付かないうちに他の妹たちと同じように、テレーゼのことを姉呼びにするマーヤ。
「私のことをそう呼びたいのなら別に構わないわよ。実際のところ妹たちは、私がギルドマスターのジークリットに復命を行ったキラーグリズリーの調査依頼の頃から、私のことを姉と呼んでくれるようになったのよ。マーヤがそのくらい私を親しく思ってくれているということなんだし、私はむしろ嬉しいわ」
「あの頃からなんですね・・・あと、ありがとうございます。プライベートの時はぜひお姉さんと呼ばせて下さいね。私には兄弟姉妹がいなかったので、テレーゼさんがお姉さんになってくれるのは凄く嬉しいです・・・ところで、テレーゼお姉さんは私よりも年上だというのは何となく解るんですが、今おいくつなんですか?」
「私も一人っ子だったからその気持ちは解る気がするわ。あと、私の年齢なんだけど、51歳よ」
「えっ!?とてもそんな年齢に見えないんですけど・・・テレーゼお姉さんのお父さんとお母さんも、お姉さんの年齢以上のご両親と言うには物凄く若いですし、もしかして妖精族との混血なんですか?」
「妹たちにも言われたことがあるけど、両親を含めて混血じゃなく普通の人間よ。正確には多分魔法の力だと思うけど、両親を含めて気付かないうちに若返っていたのよ。他の妹たちや両親はこのことを知っているけど、他所で知られると大騒ぎになりかねないからここだけの秘密にしておいてね」
「そんな凄いことを私を信用して教えてもらえるなんて、凄く嬉しいです・・・先程教えてもらった魔法発動の秘密も含めて、他所で決して口にはしませんから・・・」
「ありがとう、マーヤ。もっともこんなことを他の人に知られたら、騒ぎよりも先に怖がられるかも知れないわね・・・」
「私は、こんなにも自分に親切で優しくしてくれるテレーゼお姉さんを、絶対に怖がったりしませんから。それどころか、もし今後どんな凄いことをお姉さんから聞かされたとしても、それでお姉さんをより強く好きだと思うことはあっても、怖がる気持ちなんて全然ないと自分の心に懸けて言い切れます。もし許されるのなら、これからもアリーナたちみたいに、ずっとお姉さんのそばにいさせて欲しいです・・・」
マーヤは薄々ながらテレーゼが自分とは違う存在で、何かのきっかけで自分の前から突然いなくなるかも知れないことを察しているようだ。
言うまでもなく、セフィロトにこれまで存在しなかったいろいろな物品や仕組みを持ち込んでいるのだから当然かも知れないが、マーヤが意を決してここまで言ってくれているのに臆病にも黙っているのは、自分を心底信じて慕ってくれているマーヤの矜恃への裏切りのように感じた。
「解ったわ・・・私自身のことで少し長く重い話になるんだけど、聞いてもらえるかな?」
そこで、自分のことを覚悟を決めてマーヤに打ち明けることにした。
「そうだったんですね・・・話し辛いことを私に話して下さって本当にありがとうございます・・・魔法のない世界でこれまで魔法を使えなかったことはともかくとして、違う世界でテレーゼお姉さんがごく普通の人だったとはとても思えません・・・お姉さんとかなり長く一緒の時間を過ごしてきたからこそ言えることですけど、向こうでも間違いなく一廉の人物だったであろう事は想像するまでもありませんから・・・それと、本来知り合うことのなかった筈のお姉さんと出逢えて私は本当に嬉しく幸せだと思います・・・もし良ければ、今度向こうの世界に私も連れて行って下さいね」
「マーヤ、我ながら重い話なのに、最後まで聞いてくれて本当にありがとう。日本にはまた妹たちと一緒に行く機会があると思うから、その時は声を掛けるわね。あと、これからもよろしくね」
「はい!こちらこそこれからもずっとよろしくお願いします・・・」
魔法の練習をして、2人でいろいろな話をしているうちにすっかり遅くなったため、マーヤに家に泊まるように伝えるテレーゼ。それに応えてマーヤが今日は泊まっていくことになった。
明日はテレーゼとマーヤの2人ともギルド勤務はないのが幸いである。そのため、魔法練習終了後、2人や他の妹たちでちょっとした懇親会を行った。マーヤがテレーゼのことを姉と呼ぶようになって、他の妹たちも嬉しそうだ。思いがけない形ではあるが、「姉」または「妹」が増えた(年齢的には、アデリナとヘレナの間である)ことに幸せを感じるテレーゼ姉妹である。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
テレーゼ姉妹が作る甘口カレーは、マーヤにも気に入ってもらえたようで何よりです。
カレーのエピソードは、作者の中学2年の家庭科の調理実習だったと思うのですが、そのときのことを思い出しながら綴りました。とろみを水で溶いた小麦粉でつけるのは(今であればインターネットなどで容易に知ることが出来るのですが)、家庭科の授業で初めて覚えました。
あと、テレーゼのコーチにより、マーヤは無事に魔法を覚えることができました。そして友人のアリーナ母娘と同じくテレーゼが自分の姉と呼べる存在になったことは、魔法の習得と同等以上に嬉しいことだったようです。良かったですね。
次話は、庭鳥の雛鳥が成長しますが、テレーゼがある魔法を使ったことで、農場に雛鳥を迎えた当初は想像もしていなかったことが発生します。




