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テレーゼ院長のセフィロト見聞録  作者: 西風の剣
第10章:新しいお風呂と初めての新年
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第1話:浴槽の作成

 テレーゼは、妹たちと以前約束していた新しいお風呂の作成を開始します。

 そして、浴槽の作成は、テレーゼ姉妹にとって思いがけない結果をもたらします。

 テレーゼの両親の訪問を受けた翌日のこと、テレーゼは、以前の旅行で妹たちから熱望されていた、全員が一緒に入れる大きさの浴槽作りを実行に移すことにした。




 「テレーゼ姉さん、その絵は今度作る風呂なのか?流石姉さん。絵も上手なんだな」


 「イーナは、お風呂の真ん中でアンナと一緒なの?イーナ、お風呂ができるのが楽しみなの♪」


 「姉さま♡この浴槽の一番上の段は、ペルレのためなんですね!姉さまがペルレのことをそこまで考えて下さって凄く嬉しいです♡」と、アデリナ、イーナ、ペルレが、作成中の設計図を覗いてきた。


 まず、簡単ではあるが、方眼紙に、インターネットで調べた浴槽を参考に、それよりも大きな浴槽の設計図を描いた。土魔法と火魔法を使う以上、イメージをしっかり固めることはとても重要である。設計図に関しては大学で若干学んだことを除けばほぼテレーゼの自己流であるが、接骨院を開業する前の室内改装に先立ち、業者との打ち合わせで自分の希望を伝えるために齟齬があってはいけないと、専門書を購入して独学で覚えたのである。


 このため、彼女は自分の接骨院の改装を経て、設置されている上下水道やガスの配管、電線や光ケーブルの配線といったライフラインの位置に関して完全に把握できている。今回新設するお風呂の配管と既設の施術室の配管を接続できれば、大量のお湯が必要となる浴槽への給湯以外は、何とか給排水を賄うことが可能だと考えたのである。どんな経験でも決して疎かにするべきではなく、いつか必ず役に立つだろうと常々思っている彼女は、まさにその通りの状況になっていることに安堵を感じていた。


 浴槽の設計に関しては、掃除などのメンテナンスを考慮して、なるべくシンプルな浴槽を選んだ。


 但し、身体の小さいイーナ、アンナ、ペルレがいることを考慮し、具体的には浴槽を手すり付きかつ浴槽底部に滑り止めを施した3段の階段状にして、最上段にはペルレ(姉たちの移動などで発生する水流で彼女が溺れないように、この区画はほぼ独立した構造である)、2段目にはイーナとアンナ、最下段には残りの姉たちが入浴できるように設計した。イーナやアンナが成長したら、浴槽の改造を施す予定である。設置は、「落とし込み浴槽」(浴槽を一部床下に埋める設置方法で、浴槽の縁が低いため出入りがしやすい)の予定である。


 あと、追い炊き機能に関しては、作成の煩雑さを考慮して付けないことにしたが、これは姉妹の全員が火魔法を使えるため、いざとなれば冷めたお湯に、火魔法で小さい火球を打ち込めば十分代替可能であり、そもそも全員一緒に入浴するためのお風呂の新設であるため、姉妹の入浴直前に適温の温水を浴槽に用意できれば、基本的に追い炊きは不要であろう。


 浴槽の設計図が完成したので、次は土魔法と火魔法を用いての浴槽試作である。まず、1/10スケールの浴槽を作成する。浴槽の排水口には、マルクトの街の雑貨屋で売られていたコルク片を購入して、これで排水口の大きさのコルク栓を作成して用い、浴槽の模型に水を貯める。そのまま10日間放置して、時には火魔法で水を加熱するなどの耐久実験も行い、模型の劣化や漏水の有無などを日々確認した。作成した模型は、テレーゼの想像以上に堅牢で、劣化や漏水などが一切発生しなかった。




 「テレーゼお姉ちゃん、このお風呂でワーちゃんと一緒に遊びたいの!ワーちゃんはイーナと一緒にお風呂に入れないから、お風呂のおままごとをするの♪」


 「テレーゼお姉ちゃんが作ってくれたお風呂で、イーナちゃんやワーちゃんと仲良く遊べたらきっと楽しいの!」


 「このお風呂を使ってくれるのは私も嬉しいわ。2人ともワーちゃんと仲良く遊んであげてね」と、イーナ、アンナ、テレーゼ。


 模型を使った実験を行った結果、実用性に問題がないことが確認できたため、次は浴槽を設置する建屋の作成と、それが終わればいよいよ本番の浴槽の作成である。なお、実験に使った模型は、イーナとアンナが、ジンベエザメのぬいぐるみのワーちゃん(第7章第4話参照)とのおままごとに欲しがったので、綺麗に洗って改めて防汚や軽量化や堅牢化といった魔法を掛けたあと2人にプレゼントした。




 「テレーゼお姉さんが、姉妹全員で一緒に入浴できるように作成中の新しいお風呂を設置するために、建物を用意する必要があると聞きました。それでしたら、ぜひ、あの人が残してくれた倉庫をお風呂の建物に使ってもらえないでしょうか?」


 「アリーナ、今は亡き旦那さんとの思い出なんでしょう?無理しなくても良いわよ」


 「アンナ、お父さんとの思い出を、みんなで大事に使ってくれた方が、お父さんも喜ぶと思うの!」


 「アンナの言う通りです。何も問題がなければぜひ使って下さい」


 「アリーナ、アンナ、本当にありがとう・・・その気持ち、絶対に無駄にしないから・・・」と、アリーナ、テレーゼ、アンナ。


 当初の計画では、浴室と脱衣所を設置するための建屋を先に作ろうと思っていたのだが、アリーナとアンナの母娘が、ぜひ移築した倉庫を使って欲しいと申し出てくれた。母娘を含めた姉妹全員との話し合いを行い、テレーゼは申し出のあった倉庫を有り難く使わせてもらうことにした。早速、姉妹全員で倉庫の中に収納された物資を一度全て屋外に出し、大きい倉庫の隅々まで綺麗に掃除を行った。


 次にテレーゼは、倉庫に設置されている棚を外し、倉庫本体の内外に入念に永続的な効果のある防御魔法を施す。母娘より託された倉庫は、あくまでも必要最低限の改造に留めるつもりである。倉庫に収納されていた薪などの物資は、倉庫地下2階分ほどの深さに土魔法で周辺を硬化した地下室を作成して、取り外した棚をそこに設置して、物資を姉妹全員でそこに片付けた。地下1階部分は、浴槽と埋設する配管の設置スペースである。なお、間違っても地下室や倉庫の土台部分が崩落しないように、こちらにもテレーゼは永続的な効果のある防御魔法を使用した。


 浴槽を設置する建屋を確保した後で、テレーゼは浴槽の作成を開始した。普通に作成すると模型と同じく茶色の浴槽になるが、それではせっかく思い出の倉庫を提供してくれたアリーナとアンナに申し訳ないと思い、実験的な試みを行うことにした。


 まず、市内のホームセンターでボールチェーン付きの大型のゴム栓(浴槽の水を貯めるときに使用)、業務用発泡スチロール板(切断して浴槽の蓋として使用する。加工が容易く軽量で平滑性もあるため選択した)、スチロールカッター(発泡スチロール板の切断用)、面取り用工具(発泡スチロール板の切断面を綺麗にするために使用。呼称はまちまちであるが、使い捨てではないものが市販されている)を購入後、浴槽本体の作成作業を開始した。


 マルクトの街にあるギルドの解体場で、近隣の農家が肥料にする以外には需要がなく廃棄処理に困っている魔物の骨を、ギルドマスターのジークリットや受付のマーヤに掛け合って大量に確保してきたのである。廃棄処理に困っていた骨を引き取ってくれることを、2人はとても歓迎してくれた。もっとも、2人とも粉砕して農場で肥料として用いると思っていたようだが、テレーゼの思惑は別の所にあり、2人にはある実験を行うためだと伝えていた。


 (作者補足:専門的な話であるが、熱処理を加えて砕いた牛などの骨は「骨粉こっぷん」という有機肥料として流通しており、特にリン(酸)化合物を多く含む(製品によってバラツキがあるが重量の約1/5)ため、主に「実肥」(第8章第4話参照)として用いられる。セフィロトでも前述の通り、魔物の骨は肥料として用いられる)


 姉妹全員で魔物の骨から肉片などを綺麗に取り除いたあと、骨を火魔法で焼いて粉々に砕くところまでは肥料作成と同じであるが、テレーゼはそれを浴槽作成用の粘土と均一に混ぜ、そのまま土魔法で浴槽に整形して、火魔法でムラなく焼成したのである。




 「テレーゼ姉さん、紙に描かれていた設計図という絵が、まさかこんな凄い風呂になるなんて思わなかったよ!しかもみんなで一緒に入れる大きな白い風呂って姉さん最高だよ!」


 「テレーゼお姉さん、こんな大きくて真っ白なお風呂、誰も持っていないですよ。本当に素敵です・・・」


 「あとは、上下水道の配管や、洗い場の作成などが残っているけど、まずは一山越えたわね・・・」、と、アデリナ、カトリナ、テレーゼ。


 テレーゼの知識と技術により、王族ですら所有していないであろう、姉妹全員が楽に入浴可能な、白磁の浴槽が完成した。これには妹たちも大喜びであった。


 これは、いわゆる骨灰磁器ボーンチャイナである。具体例としては、世界的に有名なドイツの高級磁器ブランドの名前をご存知の方も多いかも知れない。あるドイツの著明な錬金術師が中国磁器に強い憧憬を抱いたことが、今から300年以上前に、ヨーロッパ初の白磁器を生み出した原動力とされている。


 セフィロト全土で採れる陶磁器に使える粘土の殆どは、白磁を作る上で邪魔な鉄分こそほぼ含まれないものの、残念ながら白磁にはならないものである。そこでテレーゼは、中学校の社会科で学んだ故事に倣い、浴槽の作成に、牛の骨ならぬ魔物の骨を使うことにしたのだが、魔物の骨は牛の骨に比べて魔力が多く残留しており、そのことが今回、ぶっつけ本番で白磁の浴槽を作ることにあえてチャレンジした、テレーゼの大きな助けとなったのは幸いであった。




 「焼いて砕いた魔物の骨を粘土に混ぜて焼いたら、こんなに真っ白になるのか・・・テレーゼ、お願いだ!ぜひギルドで取り扱わせてくれ!」


 「テレーゼさんって、調査復命やイチゴや甘い焼き芋もですけど、人が今までやったこともないようなことを、サラッと完成させるんですね・・・テレーゼさんたちの専属担当をさせていただいて、次は何を私たちに見せてくれるんだろうかと、仕事なのにいつもわくわくで、期待しかありません・・・」と、テレーゼが白磁の浴槽を完成させたあと、我に返ったジークリットとマーヤが、どちらも目の色が変わるくらいに興奮していた。


 魔物の骨をテレーゼに引き渡したあと、興味深そうに彼女の作業を見学していたジークリットとマーヤは、目の前で作成されたばかりの白磁の大型浴槽に心底驚嘆し、是非白磁製品をギルドで取り扱わせて欲しいと彼女に懇願してきた。


 テレーゼはほぼ即断即決で、自分たち姉妹が今後使用するために作成する分は除き、製造法そのものを、今後の総売上の10%というセフィロト的には格安な条件でギルドに譲渡することを2人に申し出たため、ジークリットとマーヤは、物凄く感謝してくれた。


 何しろ、テレーゼが2人に話を提案した30分後には、息を切らせたマーヤが契約書類一式を揃えて、その場で浴槽を傍らに契約を締結したほどである。なお、契約締結のため頑張ってくれたマーヤには、テレーゼ作成の自家製ポーションをプレゼントしたが、ポーションに含まれたテレーゼの強力な回復魔法のおかげで完全に回復し、契約そのものも含めて改めてマーヤに強く感謝された。


 因みに、テレーゼが魔力を込める前の自家製ポーションの原料は、テレーゼ謹製のイチゴを使った、果汁100%ジュースで、原料由来のビタミンCが豊富で滋養強壮に優れ、何よりとても美味しい。以前試しに口にした、ギルドで販売されている体力回復ポーション(飲まないと効果がない)は雑味が多く、「良薬口に苦し」どころではない想像を絶する不味さに、「こんな不味いものを、妹たちに飲ませられないわ!」とばかりに、日頃とても温厚なテレーゼが、つい衝動的に自作したものである。


 味と効果を実感したマーヤに、骨灰磁器に続いてこのポーションのギルド納入の契約も持ち掛けられたが、あくまでもパーティーだけで使っている試作品だからと、テレーゼが固持したのは余談である。


 閑話休題。貴族などの上流階級を中心に根強い需要が見込め、ギルドマルクト支部の新たな収入源として非常に有望な骨灰磁器の権利譲渡は、テレーゼ姉妹が現在ギルドに出荷している高級野菜と並ぶギルドのドル箱になることは確実で、快く権利を譲ってくれたテレーゼには、ジークリット以下ギルドの関係者一同にとって、本当に感謝しかなかった。


 テレーゼとしては、自分たちだけで作って売るには人手が全然足りないため、自分たち姉妹で無理に製造法を独占して製品を作成するよりは、ギルドからライセンス料をもらい、かつギルドに貸しを作った方が、長い目で見ればずっと良いと思ったからである。というよりも、知己の2人を相手に、酷い取引はしたくなかった・・・という理由のほうが大きいかも知れない。




 「姉さん、あんな誰も見たこともないような白いお風呂を作れるのに、その権利を簡単にギルドに譲るなんて、ホント豪胆すぎ。でも、そんな気前の良い姉さんが私は大好き」


 「テレーゼさんがどうして誰からもこんなに慕われるのか、改めて解った気がします・・・」と、ヘレナとティアナ。


 何にせよ、テレーゼとギルドは、まさにウィンウィンの関係であり、誰も知らない新技術を快く知己に譲渡した、そんな姉の気風の良さを目の当たりにした妹たち全員も、テレーゼの判断に強く賛同してくれた。






 (思いがけない形で、安定的な収入が確保できそうで本当に良かったわ・・・それはともかく、いろいろ心配していたお風呂の新設が、思っていた以上に順調に進んたのが有り難いわ・・・)と、テレーゼは新たな収入源の確保と、お風呂の建屋の問題が解決した後の、一番のネックであった浴槽の作成について、自分の知りうる知識で、何とか結果を出せたことに安堵していた。

 最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


 浴槽を骨灰磁器で作成したことが、ギルドのジークリットやマーヤに対するこの上ないプレゼンテーションとなり、テレーゼ姉妹にとって新たな経済的な助けとなったのは何よりです。


 今でこそ中学校の社会科の教科書にも載っている骨灰磁器ですが、これを最初に考えたドイツの錬金術師は相当に凄いと思います(但し、製造法開発中の境遇は相当過酷だったようですが・・・)。本文では触れていませんが、テレーゼが製造や販売をギルドに完全に委託したのは、もし権力者にテレーゼが骨灰磁器製造法の発案者であることを知られた場合、前述の錬金術師の二の舞になりかねないと危惧したことも理由の一つです。テレーゼの願いは、あくまでも姉妹全員で平穏に暮らすことなのですから。


 あと、ギルドで売られている体力回復ポーションに関しては、雑味は多いものの薬効の高い薬草を主成分としているため、「不味い」というキャッチフレーズの青汁が更に数段階不味くなっているというイメージです(但し、マーヤ曰く「味はともかく、比較的安価で効き目も確かなギルドのロングセラー商品です」とのこと)。

 これを主に購入する駆け出しの冒険者たちからは、味の改善要求が度々上がるほどで、マーヤがとある薬屋に住んでいるワーウルフの少女のように、ポーションに美味を求めるのも納得ですが、テレーゼの試作ポーションは、強力な回復魔法の魔力をテレーゼ自身がポーションに込める必要があるため量産ができず、やむを得ずギルドの委託販売を固持しています。採算度外視の試作品を量産化に落とし込むのは、多忙なテレーゼにはなかなか難事のようです。


 次話では、セフィロト的にはかなりのオーバーテクノロジーである設備を備えたお風呂が完成します。

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