第1話:友人宅への訪問と治療
テレーゼの故郷での観光を満喫してセフィロトに戻ってきた6姉妹。
姉妹全員でギルドに立ち寄ったあとでアンナちゃんの家を訪問しますが、母娘にとって相当深刻な問題が発生しているようです。
テレーゼの故郷にて2泊3日の旅行を満喫した6姉妹は、当初の予定通り、旅行から帰宅した次の日を丸1日完全休養に充てた。それと、髪の色を変える魔法を解除して、全員元の色に戻した。
日本での旅行は、非日常的ないわゆる「ハレ」の日であり、全員の気持ちが高揚していた。この気持ちをクールダウンして、セフィロトでの日常である「ケ」の日に戻した方が良いと考えたからである。
「ハレ」と「ケ」は、日本の有名な民俗学者が提唱した概念であるが、冒険者稼業という魔物や動物たちとの生命のやりとりを生業とするテレーゼたちには、地に足を付けた日常に根ざした行動や気持ちの持ちようが、自分たちの生命を護るためにとても大切なことだと強く確信しており、妹たちにもそのことを説明して得心してもらった。
あと、旅行に行ったときにイーナが食べ残したうどんは、そのままいざというときのパーティーの(というよりイーナの)食料としてテレーゼの空間魔法で保存しておくことになった。イーナが「形の残った楽しかった思い出」を食べることを躊躇ったため、その気持ちを尊重したかったからである。同じ理由で、イーナが温泉宿でもらった爪楊枝の日の丸の旗も、彼女に頼まれてテレーゼが空間魔法で大切に保管している。
空間魔法は保存している品物の時間が停止するため、いつまでも温かい元のままの状態で保存ができるうえ、テレーゼ自身が消費魔法の多さ故に、やや不得手としている空間魔法の練習にもなるため、一石二鳥である。空間魔法の練習としては、他に、日本で購入したリヤカーを組み立てたあと、そのまま空間魔法で収納することにしたので、今後の各種運搬作業が楽になるだろう。
完全休養日の次の日の朝のこと。
「今日は、ギルドに行って、マーヤにギルドへのお土産を渡したあと、アンナちゃん一家の予定を確認して、一家の都合が良ければそのままアンナちゃんの家を訪問することにしましょう」と、テレーゼ。
「アンナちゃんのお家に遊びに行くの?イーナ、楽しみ♪」
「テレーゼお姉さんは、旅行のときギルドへのお土産も買っていましたけど、こういう細かい気配りは、つい先日リーダーになったばかりだとは思えません。流石です」と、イーナとカトリナ。
「そんな大層なことじゃないわよ。私たちが旅行を一杯楽しめたのは、調査の報酬を増額してくれたマーヤやジークリットたちギルドのお陰でもあるんだから、そのお返しというかお裾分けよ」と、テレーゼ。
「人間関係をいつも意識して大切にする姉さんのそばって、いつだって暖かくて居心地が良い。やっぱり姉さん、凄く優しい」
「確かに・・・以前他所の冒険者パーティーで、人付き合いがギスギスして解散したところがあったけど、アタシたちはテレーゼ姉さんがいつもいろいろ考えてくれて、アタシたちをより良い方向に引っ張ってくれるからホント幸せだよ。というか、アタシ、他所のパーティーなんて絶対嫌だし考えたくもないよ・・・」
(テレーゼさんって本当に人格者ですね。だから娘や妹たちが自然と仲良くまとまっていくんだと思いますよ)と、ヘレナ、アデリナ、ティアナ。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。もっとも私の場合は、いい人とはとことん仲良くしたいし、そんな人との縁を大切にしたいというだけよ。当たり前のことしかしていないわ」
「その「当たり前」をサラッとできるテレーゼ姉さんはホント凄いと思うし、アタシたちは、そんな心優しい姉さんが大好きなんだよ」と、テレーゼの言葉に、アデリナが妹たち全員の気持ちを代弁するように言葉を返す。
「私は、いつまでも姉妹全員が仲良くあり続けたいと、心から思っているの。だから、みんなも私に力を貸してくれると嬉しいわ。そろそろギルドに行きましょうか?」と、話をまとめて妹たちを促すテレーゼ。
マルクトの街の門番に姉妹全員が身分証を提示して街中に入り、そのままギルドへ。受付にはマーヤがいたため、彼女の所へ。
「テレーゼさん、みなさん、おはようございます。今日はどうされましたか?」と、マーヤ。
「この前みんなで私の故郷に旅行に行ったんですけど、そこのお土産です。良かったらギルドの皆さんで食べて下さい」と、マーヤにお土産である軽羹の詰め合わせと元祖プレミアム芋焼酎2本を渡すテレーゼ。
「こんなにたくさん、ありがとうございます。今日の仕事の休憩時間に、職員みんなでいただきますね。お酒はギルドマスターが1人で飲まないように、今度の飲み会でみんなで飲ませていただきますね」と、マーヤが笑顔でお土産を受け取る。
「やあ、テレーゼ。職員に差し入れしてくれてありがとう。あと、マーヤ、人聞きが悪いじゃないか。まるで私が珍しいお酒を独り占めしているみたいじゃないか」と、マーヤのそばにいたジークリットが、テレーゼへの謝意とマーヤへの抗議を口にする。
「独り占めしているみたいじゃなく、今年の新年会で実際にマルクト領主からギルドに差し入れがあった良いお酒を、ほぼ独りで飲み干してしまったじゃないですか。おまけにその日ギルドに泊まったギルドマスターは、翌日見事に二日酔いで午後に職員が回復魔法を掛けるまで、まともに仕事ができませんでしたよね。それはともかく、せっかくテレーゼさんが珍しいお酒を持ってきて下さったんですから、良い物に決まってます。ギルドマスターに独り占めはさせません!」と、マーヤが即座に反論する。放っておくと話が長引きそうだったので、テレーゼは、もう1つの要件をマーヤに尋ねることにした。
「これから全員でアンナちゃんの家に遊びに行こうと思うんですけど、今日の予定は大丈夫でしょうか?」
「アリーナさんから話は聞いてます。アリーナってアンナちゃんのお母さんなんですけど、今日は2人とも出掛ける用事がないそうなので、今から行かれても大丈夫だと思いますよ。家の場所はメモを用意しましたので、もし良ければ使って下さい」
「マーヤさん、いろいろ教えてくれてありがとうございます。早速行ってみます。次はパーティーで依頼を受けに来ると思いますので、よろしくお願いします」
「テレーゼさん、こちらこそ、お土産ありがとうございました。依頼を受けに来られるのをお待ちしていますね」
「テレーゼ、土産をありがとう。君たちのパーティーには今後も期待しているよ」
と、マーヤとジークリット。アリーナとアンナの母娘の都合と、自宅の場所を確認してギルドを後にする。
(ギルドから歩いて10分ほどの、北地区というところに住んでるのね。向こうに見える住宅地がそうみたい・・・十字路から5軒目・・・ここね)と、テレーゼ。庭の奥で、母娘が薪割りをしている様子が見える。アンナがこちらに気付く。
「あっ!テレーゼお姉ちゃんたちだ!わーい、イーナちゃんもいる!」
「先生、ようこそ。すみません、すぐこっちを片付けますね」と、アンナとアリーナ。
「アリーナさん、お言葉に甘えて遊びに来ました。ところで、もし良ければ、薪割りをお手伝いしましょうか?」
「先生、良いんですか?」
「任せて下さい」
テレーゼは薪割りを申し出る。庭に積んである木を、風魔法で薪として使えるくらいの大きさに割っていく。程なくして薪割りは全て終わった。
「テレーゼお姉ちゃん、ありがとう!」
「先生、すみません・・・」
「この薪はどこに片付ければ良いんですか?」と、アンナ、アリーナ、テレーゼ。
「そこの倉庫の中に積んでいるので、同じように隣に積んでもらえれば・・・」
「イーナ、倉庫まで持って行くの!」
「イーナちゃんと一緒にアンナも運ぶの!」
「アタシも手伝うよ!」
「私も」
「みんなでやればすぐ終わりますよ」
「みんな、手に木の棘を刺さないように両手に防御魔法を掛けるわね」
アリーナの言葉に、イーナ、アンナ、アデリナ、ヘレナ、カトリナが、快く薪の倉庫への収納を申し出る。テレーゼは全員が手を怪我しないように、革製の作業用手袋代わりの防御魔法を使い、手に木の棘を刺す心配を解消して作業に入る。こちらも程なくして薪の片付けは終わった。
「先生、みなさん、本当にありがとうございました」
「テレーゼお姉ちゃん、イーナちゃん、お姉ちゃんたち、ありがとう!」
アリーナとアンナからお礼を言われ、6姉妹は2人の家に案内される。
「アリーナさん、これをどうぞ。この前、私の故郷に里帰りしたんですけど、そこのお菓子ですので良ければ食べて下さい」
テレーゼは、アリーナ母娘に旅行で買った軽羹の詰め合わせを渡した。
「テレーゼお姉ちゃん、ありがとう!」
「先生、私たちが家に招待したのに、逆にこんな良い物をいただいて、本当にありがとうございます」
「ところで、お忙しそうですけど、本当に今日は良かったんですか?」
「明日は日雇いの仕事に出るつもりでしたけど、今日は外に出る予定はありませんから(ゴホッ)・・・」
「失礼ですが、日雇いは何の仕事を?」
「マルクトの街の領主様が斡旋して下さるゴミ処理の作業です(ゴホッ、ゴホッ・・・)すみません・・・」
「お母さん、大丈夫?しっかりして!」
「アンナ、大丈夫よ・・・」
「お母さん、お父さんが死んでしまってから無理ばっかりしてるんだもん!お母さん・・・」
会話の途中で酷く苦しそうに咳き込み胸を押さえるアリーナと、そんな母親を今にも泣きそうな顔で心配するアンナ。アリーナは旦那さんを喪ってから、イーナを養うために無理な労働を重ねているようだ。
(もしかして、アリーナさんの身体って慢性的な呼吸器系の病気にかかってるんじゃ・・・喘息発作のような咳や息づかいが気になるわね・・・あと、呼吸時の胸部疼痛もあるようだわ・・・多分、ゴミ処理の仕事で、空気中の不純物をたくさん吸い込んでしまったことが原因じゃないかしら?)
テレーゼが学んだ専門学校では、同じ市内にある総合病院の院長より、「一般臨床医学」という一般的な病気全般の症状についての授業を受けており、アリーナの症状には心当たりがあった。
確認のため、普段から有事に備えて極力持ち歩くようにしている電子体温計、前腕式(手首で測定する)血圧計、パルスオキシメーター(血中酸素濃度を測定する機器)、折り畳み式聴診器を取り出す。これから診察を行う旨をアリーナに伝えて、まず体温を確認すると、平熱にしては若干高いようだ。顔色は少し赤み(熱感と発赤を確認)があり、頚部が少し腫れぼったく(腫脹を確認)見える。
その他の血中酸素濃度や血圧や脈拍といったバイタルは、血中酸素濃度がやや低く、唇や爪が青紫色っぽいのに加えて指先が冷たい感じがする。何らかの原因で呼吸が妨げられチアノーゼ(身体の末梢に酸素が行き渡らず不足している状態で、酸素が少ない血液が通る血管は青紫色に見える)を起こしているようだ。
あとは収縮期/拡張期血圧(最高/最低血圧のこと)がやや高いのと、頻脈に近いレベルで脈拍が速いのが気になる。おそらく発作のストレスで血圧が上昇し、血中酸素濃度の不足を補うために血液の循環の速度、つまり脈拍が速くなっていると考えられる。念のため、普段ポケットに入れているナースウォッチを使い、自分の母指(親指)でも直接アリーナの手首から脈拍を測定するが、血圧計やパルスオキシメーター(これらの機器には脈拍測定機能が付いている)による機械測定と同様に脈拍が速いようだ。
次に聴診と打診を行う。まず聴診器を使って聴診を行う。その際に大きく深呼吸をしてもらう。最後に打診である。通常は打診の後で聴診を行うとされているが、打診の順番を一番最後にしたのは、現状で胸痛があると思われるアリーナの負担を考慮したためである。
(アリーナさんの息づかいは、やはり喘鳴だわ・・・あと、肺の打診で澄んだ音でなくやや濁音が確認できるのは、病気で気道が狭くなったことで正常な肺に比べて中の空気が少ないことが原因では・・・アリーナさんのバイタル測定結果、仕事内容、症状や五診の結果を考えれば、一番疑わしいのは気管支喘息ね・・・あまり日雇いのゴミ処理の仕事は望ましくないわね・・・)と、テレーゼはアリーナの容態を基に、病名を推測していく。前述の「喘鳴」とは、狭くなった気管支や気管を空気が通るときに聞こえる異常な呼吸音のことである。テレーゼが三診(問診、視診、触診のこと)に加えて聴診と打診(三診+聴診&打診で五診という。ブロローグ2を参照のこと)を行ったことで、彼女の症状がよりはっきりと確認できた。
「先生、どうでしょうか?」
「はっきりと断言はできないんですけど、アリーナさんは、喉の奥の気管や気管支、その奥の肺という臓器が、主にゴミ処理の仕事が原因で病気になっているんだと思います。ゴミ処理の仕事って、埃っぽい場所じゃないんですか?」
「ええ・・・でも、この子を養うためにはお金が必要ですから・・・」
「お母さん、無理しちゃやだ!テレーゼお姉ちゃん、お願い!お母さんを助けて!」と、アンナがテレーゼに訴えかける。心情的に到底放置などできるはずもない。早速回復魔法を使うことにした。
テレーゼは、肺から気管支、気管・・・と、身体に入り込んだ異物を丁寧に取り除くイメージで、アリーナに回復魔法を使う。最後は鼻や口まで回復魔法の効果を行き渡らせるようにした。
「ゴホッ・・・」アリーナが、回復魔法の治療効果により口の中にたまった痰を、たまらずテーブルの皿に吐き出す。一目見て明らかに解るほどに黒く汚れていて、呼吸器に溜まった異物が回復魔法により排出されたことは明らかである。
テレーゼはアリーナに十分にうがいをしてもらい落ち着いたところで、もう一度聴診と打診を行う。加えてバイタルの確認も行う。先程の聴診で確認できた喘鳴の症状が消失しており、打診の音からも症状の消失は確認できた。合わせて熱感、発赤、疼痛、腫脹、チアノーゼの諸症状も消失して、バイタルの値も正常になっていることから、治療が上手く行ったことが確認できた。
「現時点でアリーナさんの病気は、回復魔法で完治できたと思います」
「先生、アンナばかりでなく、私まで・・・治療費は必ずお支払いしますから・・・」
「アリーナさん、治療費は要りません。お友達のお母さんなのに、お金なんてもらう気にはなれませんから」
「テレーゼお姉ちゃん、本当にありがとう・・・お母さん・・・」
そしてアンナはアリーナの胸にすがって激しく泣き出した。それを見ていて、テレーゼは母娘にある提案をすることにした。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
アリーナの病気が完治して本当に良かったですね。
テレーゼの診察の描写を綴っていて感じたのですが、コロナが大流行する以前は、病院ですらパルスオキシメーターが使われること自体ほぼありませんでしたので、バイタル確認1つだけでも、この数年で変化が著しいと感じます。
次話は、アリーナの病気以外にも母娘に差し迫った問題があることを知ったテレーゼたちが、それを解決します。




