第3話:島周辺の観光と水族館と猫神様
テレーゼ姉妹の観光旅行2日目。
火山活動の猛威を体感したり、市内の歴史に触れたりと、妹たちは違う世界の観光を満喫します。
1月20日 後書きを一部加筆しました。
観光の2日目である。6姉妹で親睦を深めた翌朝、温泉宿で朝食を済ませて宿を出立した。
テレーゼたちは、車に乗って島と半島がくっついている場所までやってきた。ここは2つの国道がT字状に交わる交通の要衝である。具体的には、通称溶岩道路と呼ばれる国道はこの地点で終わりであり、その先は直進しても右折しても同じ国道である。
T字路を直進して2キロほど走ると、15年ほど前に完成した、バランスドアーチと呼ばれる構造のものとしては全国3番目の長さである、白色の大きな橋が見える。これができる前は、大雨の度に崖の下を通る国道が、崖崩れが発生する恐れがあるため度々通行止めになっていたことを考えると、本当に便利になったものである。橋の少し先にある駐車場で車を停める。
因みに、この橋は湾内の他の場所で製造されたあと、台船でここまで運搬され設置されている。テレーゼは、帰省の折に橋の設置工事中の様子を見たことがあり存在を知っていたため、今まで大きな橋を見たことがないセフィロト出身の妹たちに、橋を見せてあげようと思ったのである。
みんなで橋まで戻り、徒歩で橋を渡る。
「橋の上は風が強い・・・イーナ、手を繋ごう」「ヘレナお姉ちゃん、ありがとう♪」と、ヘレナ&イーナ。妹たちは橋の下に見える海を見て驚きつつも、普段目にすることがない景色を満喫したようである。
橋から更に3キロほど車を走らせて、道の駅で、トイレ休憩と飲み物を購入した後で引き返す。先程の交差点の手前を今度は右に曲がり(国道から県道に入る)、更に4キロほど車を走らせる。この県道は島の反対側をほぼ半周しているため、島内の道路は前述の溶岩道路(国道)(島をほぼ半周している)と合わせて、島を一周するように整備されていることになる。
大正時代の大噴火で、島と半島が(両者の距離約360m、水深約75mの海峡が20日弱で)陸続きになったことは前述したが、同じ噴火で約3mの神社の鳥居が、笠木部分(高さ約1m)を残して火山灰や軽石によって、こちらはたった1日で完全に埋まってしまうという、いわゆる「埋没鳥居」と呼ばれる遺跡がそこには存在する。
(他に「埋没鳥居」と呼ばれるものは、数キロ離れた隣の市にも存在するが、どちらかと言えば前者の鳥居のほうが、県道沿いということもあって著名である)
車を降りて全員で鳥居のそばに行く。妹たちは石でできた埋没鳥居の笠木部分を触ったり、両手を広げて鳥居の大きさを確認したり自分と比べたりしていた。
鳥居の近くには説明看板が設置されていた。そこで(妹たちは最近テレーゼを先生役として、日本語の学習を始めたばかりのため読み書きは成長途上中である)、テレーゼが元々知っている内容も追加しながら、妹たちに埋没鳥居や原因となった大噴火の説明をしてあげた。
そう言えば、幼少の頃に父に連れられて初めてここを訪れたとき、たまたま居合わせた鳥居の近所にお住まいというお爺さんから、ご自身が体験されたという大噴火や、鳥居が埋没する様子の説明を受けたことを思い出す。その経験があったからこそ妹たちにより多くのことを説明できたのだから、過去の自分にその機会があったことを有り難いと感じるテレーゼである。
「こんな凄い量の土砂に生き埋めにされたら、絶対に助からないじゃん・・・」「イーナ、怖いの・・・」「大丈夫ですよ、イーナ。見たところ今日は火山が噴火していませんから。でも初めて見ると怖い光景ですね・・・」と、アデリナ、イーナ、カトリナ。
先程の半島と陸続きになった島の話と合わせて、世界的にも有名な島の活火山のあまりの噴火活動の凄まじさに、妹たちは相当びっくりしたようだった。
鳥居見学のあと、島からフェリーに乗って対岸の港に行き、6姉妹は港内の一角にある水族館に入る。
この施設は、地元の方言で「魚」を意味する言葉が愛称の一部に用いられており、世界一大きな魚であるジンベエザメが飼育されていたり、約800種類の水生動物やイルカショーなどのイベントが楽しめる。
ジンベエザメは、成長すると全長20mにも及ぶ大魚であるが、この水族館では、全長5.5mに成長すると海に放流して、新しいジンベエザメを迎え入れるという全国でも珍しい展示形態を取っている。
地元では毎年定置網で入れ替えに足るジンベエザメが網にかかることと、大きな個体を無理に飼育して寿命を縮めるよりも海に放してあげたいという理由から、このような方法に落ち着いたとのこと。
妹たちは、セフィロトで見たこともないような大きさの魚やイルカを見て、興味津々であった。イルカショーで水しぶきを浴びたことすらも楽しそうにしていた(少し濡れた服は、ショーが終わってから、テレーゼが人目に付かないように合成魔法(火+風の「ドライヤー魔法(テレーゼ命名)」で乾かした)。
「テレーゼお姉ちゃん、可愛くて大きなぬいぐるみなの♪ありがとう♪」(イーナ、良かったですね)と、イーナ&ティアナ。
イーナは、売店でテレーゼから全長60センチほどの、大きなジンベエザメのぬいぐるみを買ってもらい、とても気に入ったようだった。
水族館の2階喫茶店で、姉妹全員で港を見ながら昼食を済ませたあと、車で海岸沿いの国道を4キロほど移動して、以前は庭園とも呼ばれていた施設(四半世紀ほど前に、複数あった呼称が正式名称に一本化されたが、現在でも地元では以前の呼称も併用されている)に到着する。
ここは、鎌倉時代より約700年間、この地を治めていた戦国大名・藩の庭園・別邸にあたる。また、庭園・別邸の他に、江戸時代末期に活躍した開明的な藩主が、ここに隣接した敷地に欧州文化を採り入れた近代的工場群を建設して、製鉄・造船や紡績事業や酒造、ガラス製品製造事業などを立ち上げ、富国強兵を推進して藩としての力を大きく向上させ、ひいては明治維新の大きな原動力となったことは、中学で習う日本史の教科書に、明治維新関連の説明で藩主の名前と合わせて出てくることが多いため、ご存知の方も多いかも知れない。
因みにこれらの工場群は、その多くが江戸時代末期に勃発した英国との戦争で、同国艦隊のアームストロング砲によって焼かれてしまう。戦争自体は、以前藩を訪れた外国の使節から「湾内の軍備は行き届いている」と言わしめた、前述の富国強兵で培った藩の軍事力により、同国の艦隊を追い払うことに成功する。その後、藩と同国は講和を結び、後に対等な関係で攻守同盟を結ぶ。そのことも前述の藩の富国強兵の成功や、開明的で多彩な人材の輩出などとともに、江戸幕府の倒幕、そして明治維新の大きな原動力となっている。伝統的に戦も外交も強い同藩の、まさに面目躍如である。
最初に庭園と別邸があるエリアに入る。ここには、全国でも珍しい猫を祭神として祀った、通称「猫神神社」(公式には「猫神社」)と呼ばれる祠がある。
ここの神社の由来は、テレーゼが深く尊敬する戦国武将が、時の権力者の意向で、朝鮮半島に次男と一緒に出兵したとき、戦に長けた彼は、陣時計として用いるために7匹の猫を連れて行ったことに由来する。
猫は明暗で瞳孔の大きさが変わるが、それを異国の地で時を知る手がかりとしたのである。
日ノ本有数の戦上手な戦国武将である父に同行した若君は、久保という名前であるが、この猫たちの中でも茶トラの猫を、自分の名前の一部を取って「やす」と名付けて、特に可愛がっていた。
この由来に因んで、地元では茶トラ猫のことを「やす猫」とも呼んでいる。
戦役が終わり、若君は残念ながら異国の地で病没してしまったが、海を渡った猫たちは、このやす猫ともう1匹が帰国した。その後、この戦国武将が連れて行った猫たちを祭神として祀ったのがこの神社の由来とされる。
その由来に肖り、毎年6月10日の時の記念日には、地元の時計業者たちが商売繁盛を願ってお詣りにやってくる。また、飼い猫の健康を祈るため、こちらは2月22日の猫の日に限らず、飼い主たちが飼い猫の写真を携えてのお詣りがしばしば見られる。
「おっ、あそこの猫、瞳が細いな・・・こっちの猫は・・・さっきの猫と同じくらいだな」「アデリナ、今は昼なんだから、夜明けや日没の頃みたいには瞳が大きくならないって姉さんが教えてくれた」と、アデリナ&ヘレナ。
テレーゼは、自身が深く尊敬する戦国武将に纏わる前述の故事を知悉していたため、神社に設置された説明看板を見ることなしに、妹たちに猫神神社の由来や猫の瞳孔のことを詳しく説明してあげた。妹たちたちにとっては、特に猫の瞳孔を時計代わりに使うという発想が目から鱗だったらしく、アデリナなどは、神社周辺で猫を見るたび、その瞳を熱心にのぞき込んでいた。
正確な時間を知ることは、冒険者稼業のみならず日常生活でも、とても重要であることは言うまでもないため、明日の買い物では妹たち全員に腕時計を購入して、合わせて時間の読み方も教えてあげようと思うテレーゼだった。
「イーナ、この可愛いお守り、テレーゼお姉ちゃんからもらったお守りと一緒に大事にするの♪」(テレーゼさん、私の分のお守りまで買ってもらって、本当にありがとうございます・・・)とイーナ&ティアナ。
庭園の、特に猫神神社や居合わせた猫たちを満喫し、今日の記念として、猫を象った可愛いお守りを全員分購入した6姉妹は、隣接する歴史博物館へ向かう。
ここは今から数年前に、産業遺構(前述の近代的工場群)が世界遺産として指定されている。産業遺構であり、同時に歴史博物館ともいえる施設である。歴史博物館は今から丁度100年前に設立され、当時の史料などが約1万点展示されている。なお入場料は、先程の庭園や別邸への入場時に一緒に支払っているため、再度の支払いは不要である。
妹たちは施設を回る中で、特に製造工程を見学できる工場で作られている、切子と呼ばれるガラス細工に見とれていた。セフィロトではガラスの道具は一部の上流階級しか所有しておらず、そもそも見ることすら少ないものらしい(カトリナの説明)。テレーゼの自宅にガラスのコップはあるものの、ここまで精巧なガラス細工は持っていない。そこで切子でできた綺麗な赤と青の2つのお猪口を購入することにした。
「このお猪口?でお酒を飲んだら美味そうだな・・・」「アデリナは調子に乗ってお酒を飲んで、すぐ酔っ払って寝てしまうから、そのくらいが丁度良い」「ヘレナは飲めないんだから、アタシのほうがマシだろ」「姉さんに未成年者は飲まない方が良いと教えてもらった。私の場合は飲めないんじゃなく飲まない。アデリナとは違う」などと、アデリナの独白にヘレナの毒舌が炸裂していた。
アデリナはこのお猪口でお酒を味わいたいようだ。ヘレナの言い分ではないが、雰囲気を味わうことも含めてお酒に弱い彼女には丁度良い大きさかも知れない。いずれにせよ飲み過ぎに注意である。
切子を購入したあと、6姉妹は施設を出て島行きのカーフェリー乗り場に向かった。
フェリーにて、妹たちが小腹が空いているようなので、昨日考えていた、フェリー内のうどんとそばを妹たちに振る舞うことにした。
「これがうどんで、これがそばか・・・どっちも美味いな」「初めて食べましたけど、どちらも美味しいですね」「15分で食べるというのは結構焦る」「イーナ、頑張って食べるの♪」「イーナ、慌てて食べなくても空間魔法で保存してあげるから大丈夫よ」「テレーゼお姉ちゃん、ありがとう♪」(イーナのために、魔力消費が激しい魔法を使ってくれてありがとうございます)と、アデリナ、カトリナ、ヘレナ、イーナ、テレーゼ、ティアナ。
テイクアウト用の器に入れてもらい、フェリー甲板で涼しい風に当たりながら、みんなでうどんとそばを食べた。全員でそれぞれトッピングなど違うものを頼んだので、少しずつ交換しながらである(イーナが食べきれなかったので、彼女のためにテレーゼは空間魔法を使った)。夕食までには、昨日と同じ時間であれば、あと2時間ほどあるので、夕食が食べられないということはないだろう。
島の港に着いたあと、昨日よりは1時間ほど早いが、温泉宿に向かうことにした。明日は買い物がメインでみんな夢中になるだろうから、今日は早めにゆっくりしたほうが良いと思い、妹たちにもそのことを伝えて確認を行う。もちろん反対意見は出なかったので、そのまま宿に向かう。
(今日も妹たちがたくさん楽しんでくれて、本当に良かったわ・・・明日はアンナちゃん一家とギルドへのお土産や、妹たち全員に腕時計や他所行きの衣服をもう1組、あとは農業関連の資材などを買わなくちゃ・・・それと、なるべく余裕を持ってお店回りをしないといけないわね・・・)と、明日の予定を考えることに余念のないテレーゼである。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
本章のテレーゼ姉妹の観光は2023年のことで、本章内の○年前という記述は全て2023年を基準にしていますので、参考にしていただけると幸いです。
テレーゼ姉妹が観光した内容は、後述の歴史スポットも含めて、作者は過去に全て行ったことがあるのですが、話にまとめると、なかなか盛りだくさんだと感じます。
本編の道の駅の記述では触れませんでしたが、ここには無料で利用できる、海にそびえる火山が見られる風光明媚な足湯があり、人気のスポットです。
また、付近には本編でも触れたもう1つの埋没鳥居や、安徳天皇が平家の落人の里とされるこの地まで逃れてきたという、安徳天皇伝承地や、関ヶ原の合戦後、友軍の大名家に匿われた宇喜多秀家が隠れ住んだ場所などが、前述の道の駅を含めて全て同じ集落内にあり、知る人ぞ知る、隠れた歴史・観光スポットとなっていますので、興味を持たれた方は足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
戦国大名や藩関連の話ですが、作者が以前、本編でも出て来た歴史博物館の館長を務めていた方と、列車での移動中(まだ4県を縦断する新幹線がない時代でした)に偶然居合わせる機会があり、その方より話を聞いたことがあります。話の内容も興味深いもので、本文中の説明のいくつかは、その時の話を思い起こしながら綴りました。
あと、もう1つ。全国的にも有名な芋焼酎ですが、これには本編で触れた開明的な藩主が関係しています。藩主の領地はシラス台地と呼ばれる火山由来の痩せた土地が大部分で、稲作に不向きな土地が多かったのですが、逆に唐芋の栽培は盛んで、この唐芋を近代的工場群で大量に消費するアルコールの原料として使用するように奨励したのは前述の藩主です。これが庶民にも芋焼酎という形で広がり、現在では晩酌のお供として県内外で広く愛飲されるようになったというわけです。
次話は、十分に観光を堪能した姉妹がセフィロトに帰宅します。




