第2話:温泉宿と夕食
温泉宿に到着したテレーゼ姉妹。
そこで、心ゆくまで温泉と心尽くしの夕食を堪能します。
車を走らせて20分ほどで、今日と明日の宿泊先である温泉宿に着いた。ここは国道から少し離れた隠れ宿的な場所で、知る人ぞ知る名宿である。
妹たちには先に宿の入り口付近で車から下りてもらって、自分は少し離れた駐車場に車を停めようと思ったのだが、テレーゼだけ1人ぼっちにしたくないからなのか、駐車場から全員一緒に入り口まで付いてきてくれた。本当に姉想いの優しい妹たちである。
温泉宿に入り、チェックインを行う。6姉妹の中で苗字を持っているのはテレーゼだけだが、全員同じ苗字で宿帳に書くことにした。古式ゆかしい冊子型の宿帳に記帳するのは、いかにも伝統ある風情が感じられて味わい深いとテレーゼは思う。あと、テレーゼと一心同体のティアナの存在は宿の人には解らないため、宿帳に名前を書けなかったことを、心の中でティアナに詫びた。
「テレーゼさん、気にしないで下さい。そうやって気遣ってもらえるだけて何よりも幸せですから・・・」と、頭の中にティアナの声が聞こえてきた。
温泉宿の女将さんに部屋に案内される。この宿に父母と3人で泊まったのは40年以上前のことで、当時の女将さんは先代の女将さんの見習いをやっていて、今のテレーゼくらいに若い容貌の女性だったと思うのだが、何と女将さんもテレーゼのことを覚えていたようだ。
父の小中学校の同級生が、後に女将さんの旦那さんになる人で当時から一緒に勤務していたことと、母とテレーゼがドイツ系女性の母娘だったため特に印象が強かったとのこと。テレーゼの外見が本来の年齢より30歳ほど若返っていることは、さほどテレーゼのことを思い出す妨げにはならなかったようだ。
もっとも、女将さんは当時の母の若々しい顔貌を思い出したらしく、テレーゼを見て「異国の美容法って凄いですね・・・」などと話していたが、強いて言うなら異国ではなく、異世界の(謎の光線)美容法(プロローグ3参照)ではないのだろうか?と、女将さんに説明しようのないことを思うテレーゼである。
女将さんに両親のことを聞かれたので、夫婦で一緒に母の故郷に帰省していることを伝えた。
あと、夕食の時間を聞かれたので、1時間後の19時に用意してもらうようお願いして、早速部屋の縁側に隣接した露天風呂に姉妹全員で入ることにする。
女将さんがいなくなったあと、アデリナとイーナが先を争うように服を脱ぎ、露天風呂の温泉に向かう。
「イーナ、頭と身体を洗った後、泳ぐぞ!」「イーナ、アデリナお姉ちゃんに負けないもん!」などと、2人で一緒に頭と身体を洗い(アデリナがイーナを手伝ってあげていた)、その後露天風呂を泳ぎ始める2人。
「あまり激しく泳ぐとのぼせるわよ」と、テレーゼ。もっとも2人の耳には届いていないようなので、このまま行くと、彼女たちはつい先日妹たち全員が覚えた活法か、テレーゼの回復魔法のお世話になるかも知れないが、できれば体調を崩す前に2人に切り上げて欲しいと思う。
「姉さん、私、姉さんの背中を流したい」と、ヘレナ。
「ヘレナ、あなた車の助手席にも長く座ってたじゃない。半分ずつにしましょう」と、カトリナが割って入る。
「2人ともありがとう。じゃお願いするわね」と、テレーゼが答える。
「あー!イーナも、テレーゼお姉ちゃんの身体をゴシゴシするんだもん!」
「ヘレナ、カトリナ、ずるいぞ!今日アタシたちのために一杯頑張ってくれたテレーゼ姉さんの身体を洗うんだからな!」と、温泉で泳いでいたはずのイーナとカトリナがテレーゼたちのところに寄ってきた。
「イーナとアデリナには明日お願いするわね。それで2人とも気分悪くない?」
「イーナは一杯泳いだけど大丈夫!」「アタシもちょっと身体が火照ったけど、大丈夫だよ」と、テレーゼ、イーナ、アデリナ。2人が温泉でのぼせなくて何よりである。念のため、脱水にならないよう水差しの水を妹たちに飲むように伝えて、温めのシャワーを浴びて全員露天風呂を出る。
露天風呂では、幸い誰も具合が悪くなることなく、部屋で浴衣に着替えた。イーナの子供用の浴衣は、入浴している間に準備されていた。
温泉入浴と、その後風に当たって、身体を湯冷めしない程度に冷やして、サウナではないが「ととのった」(何でも「ととのいへの道」は、とあるキャンプアニメによれば、近いのか遠いのかよく解らないものらしいが、全員気持ち良さが得られたのは何よりである)6姉妹は夕食を行う。
今夜の夕食のメニューは以下の通りである
・大きなマダイの尾頭付き刺身
・イカ・タコ、アワビ、キビナゴ、ヒラメなど魚介類の刺身
・ブリの照り焼き
・アラカブ(カサゴ)と島の名物である大根の煮付け
・キス、ハゼ、車エビ、島内産サヤインゲンの天ぷら
・小アジの南蛮漬け
・伊勢エビのグラタン
・ワタリガニの茶碗蒸し
・つけあげ
・魚介類と島内産ジャガイモのポテトサラダ
・タコと海藻の酢の物
・アサリの吸い物
・デザートとして、島の名物である小ミカンを冷凍したもの、島内産ビワ、唐芋のがね揚げ
といった、ほぼ全てが島内産の食材(もちろん市内産かつ県内産の食材でもある)で贅を尽くした、和食を主とした海の幸尽くしがテーブルに並んでおり、全員が目の色を変えて食事に勤しんだ。
(作者補足1:「つけあげ」とは、「薩摩揚げ」とも呼ばれる。地魚のすり身を主原料にした種を形を整え油で揚げて作る、揚げ蒲鉾の一種である。主な由来としては、江戸時代末期の開明的な藩主が他藩の産物を参考に作り上げ藩内に広めたというものと、琉球の「ちきあぎ」(つけあげ)が持ち込まれた、という2説がある)
(作者補足2:「唐芋のがね揚げ」とは、「薩摩芋のカニ揚げ」のことで、薩摩芋の皮を剥いて細切りにして数本まとめて衣を付け、油で揚げたものをカニの脚を揚げたものに見立てている。素朴な味わいで、地元では盆正月、彼岸、ちょっとした来客のもてなしなど口にする機会が多い。
あと、唐芋は唐(中国)から日本(薩摩)に入ってきた芋という意味で、薩摩芋は、その薩摩から全国各地に広がった芋という意味で、要するに唐芋=薩摩芋である。
唐芋は薩摩の漁師である前田利右衛門が、今から300年ほど前(江戸時代)に、彼が琉球(当時は彼の出身地の藩に併合され、その領土の一部だった)に訪れた際、家族へのお土産として購入した琉球絣2本と鉢植えの芋の苗2本を交換して出身地に持ち帰ったとされており、この芋が集落内で大々的に栽培され、後に、日本全土で大々的に発生した飢饉の際に、集落内での食糧確保に大きく貢献したことから、その功績を称えて、出身地には彼を祭神とした神社が彼の死後に建立され、甘藷翁(「唐芋のお爺さん」という尊称)とも呼ばれている。なお、前田利右衛門の来歴や、唐芋入手の経緯については複数の異説あり)
閑話休題。中でもアデリナは、「この緑色のものって何だ?辛い・・・舌が・・・頭が・・・」などと、テレーゼが止める間もなく刺身に添えられたおろしワサビをそのまま舐めて大騒ぎしていたが、水を飲んで落ち着いた後、テレーゼに刺身に使う醤油とワサビのことを教わって、刺身を美味しそうに食べていた。
(テレーゼさん、生の魚を食べたのは初めてですけど、とても美味しいんですね。それに、全ての料理が手が込んでいて、もちろん美味しくて本当に気に入りました)
(イーナもこのお刺身、すごく美味しくて好きなの♪)
「テレーゼお姉さん、マルクトの街では生で食べられるような魚って手に入らないんですけど、凄く良いですね」
「姉さん、ご飯と一緒に食べると、いくらでも食べられそう」と、ティアナ、イーナ、カトリナ、ヘレナ。
温泉宿の全ての料理へのこだわりもだが、特にマルクトは言うに及ばず、セフィロトでは滅多に食べられない魚の刺身は、妹たち全員に大好評であった。もちろん、テレーゼも美味しい食事だけでなく、妹たち全員が幸せそうに食事していることがこの上なく嬉しかった。
デザートに至るまで全て完食した6姉妹に、後片付けにきた女将さんはとても満足そうだった。明日の夕食は、島に隣接する市の酒蔵で作られる全国的に有名な高級芋焼酎や、それに合う料理を用意してくれるとのことで、とても楽しみである。
食事が終わり、部屋で妹たちが寛いでいたので、そっと部屋の縁側に出る。島内で醸造された芋焼酎の入ったグラスを片手に夜風の涼しさを楽しむ。
(テレーゼさんと一緒になって毎日がすごく幸せです。アデリナが、「テレーゼ姉さんは本当に地母神様の化身じゃないのか?アタシはいるかどうかも解らない女神様よりも、アタシが生きている限り、ずっと姉さんを信じる!」と、私とイーナが、テレーゼさんたちに森から連れ帰ってもらったその日の夜、丁度テレーゼさんとイーナが一緒にお風呂に入っているときに、カトリナやヘレナに話していたのを偶然聞きましたが、その気持ちが凄く解る気がします・・・)と、ティアナが頭の中に話しかけてきた。
(あの娘、そんなことを・・・本当に姉冥利に尽きるわね・・・これからも、あなたを含めた妹たち全員の信頼を裏切らないように全力で頑張りたいわ・・・)と、テレーゼ。
(テレーゼさん、無理はしなくても良いと思いますよ。テレーゼさんが私たちのために日々頑張ってくれているのは、全員が本心から解っているつもりですから・・・そんなあなたがそばにいてくれるだけで、私たちはいつでも心から笑顔でいられるんですよ。それに、あなたと一緒にいる私にも、あなたや娘や妹たちの手助けをさせてください・・・)と、ティアナがテレーゼを気遣ってくれている。
(ティアナ、無理じゃなく、自分からそうしてあげたいのよ。でも心配してくれてありがとう。あと、私のことを初めて「あなた」と呼んでくれたわね。考えてみると、私たちって、心も身体も一緒だし、ある意味結婚した夫婦以上に深い関係よね・・・自分で望んだことだけど、私はあなたを受け容れて本当に良かったといつも思っているわ)
(私も・・・アデリナじゃありませんが、女神様みたいに懐や情愛が深いあなただからこそ、一緒にいることができているんだと思います。生きている他人の身体と心に乗り移ることは、私を心底受け容れてくれたあなたでなかったら、普通は自分の魔石に心を留める以上に難しいはずですから・・・イーナもですけど、あなたに出逢えて私は本当に幸せです・・・改めて、これからもよろしくお願いしますね・・・)
(ティアナ、こちらこそ、これからも末永くよろしくね・・・風邪をひくといけないから、そろそろ部屋に戻ろうか?)と、テレーゼはティアナに頭の中で声を掛けて部屋に戻る。
部屋に戻ると、顔を赤くしたアデリナが、「テレーゼ姉さん、どこいってたんだよぉ・・・アタシずっと待ってたんだからな・・・」と、テレーゼの肩に頭を乗せて寄りかかってきた。彼女からお酒の甘い匂いが感じられる。どうやら、テレーゼが飲んでいた芋焼酎と同じ酒を口にして「できあがった」ようだ。
「アデリナ、心配させちゃってごめんね・・・」と、テレーゼは彼女の艶やかな栗色の髪(元々黒髪であるテレーゼ以外の妹は、魔法で髪の色を変えている)を優しく撫でる。
「テレーゼ姉さんにたくさん撫でられた・・・姉さんに触れられていると、アタシ、心があったかくなって凄く幸せだよ、えへへ・・・」
「そんなに撫でて欲しいのなら、遠慮しなくても、いつだって、いくらだって撫でるわよ」
「イーナも、テレーゼお姉ちゃんに一杯なでなでしてもらうんだもん!」
「テレーゼお姉さん、私もして欲しいです」
「姉さん、私も」
(私もあなたに撫でて欲しいですけど、私は妹たちを撫でる側になるのが少しだけ残念です・・・)
と、アデリナ、テレーゼ、イーナ、カトリナ、ヘレナ、ティアナ。幼女のイーナや感情豊かなアデリナはともかく、今夜のヘレナやお酒を口にしたカトリナは、普段はなるべく自重しているようだが、姉であるテレーゼに甘えたいというスイッチが入ったようだ。
いつもと少し違う様子と髪色の妹たちの頭を、代わる代わる優しく撫でながら、テレーゼは改めてこんなにも自分を心から慕ってくれる妹たちが、心底愛おしく大切だと感じていた。そんな旅先の温泉宿での夜の一コマである。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
愛娘のテレーゼたちは温泉宿のおもてなしに心底満足したようです。姉妹の関係もより一層深まったようで何よりです。
料理描写に関しては、今まで口にした島内の特産物・農産物や、以前の島内での魚釣りの釣果などを思い起こしながら綴りました。
あと、唐芋関連に関しては、小学生の頃に読んだ子供向け郷土史の本に書かれた内容が、印象深く記憶に残っていたり、仕事の関係で、以前県の農業振興の担当者との会合で話を聞いたりして、ある程度知っている事柄だったため、正直な話、追加での確認作業はほぼ行っていません。興味のあることは本当に忘れないもので、作者的にも驚いています。逆に作者は、知らない・経験していないことを後付けで調べて自分の知識として振る舞うのは正直苦手なため、記述内容が偏ったり限られることに関しては平にご容赦下さい。
この話で30話となりました。ここまで何とか続けられたのは、偏に拙作にも関わらず、読んで下さる皆様のお陰だと思っています。今後も精一杯頑張りますので、よろしくお願いします。
次話は観光2日目になりますが、温泉宿を出て島周辺の観光からスタートします。




