第2話:大外刈と出逢い
テレーゼにまた新たな特技があることが明らかになります。そして新しい出逢いがあります。
正直な話、彼女はどれだけ逆境に強い女なんだろう?と、作者の愛娘ながら驚嘆します。
格闘の描写に関しては、作者自身が技を繰り出す動作に大幅に肉付けしていますが、筆力が足りないことについては平にご容赦下さい。
7月14日 後書きにて、テレーゼの幼少期の時代背景を若干加筆しました。
「テレーゼさん、そろそろ目的地に到着するのですが、パーティーのフォーメーション(陣形)を決めたいと思います。
基本的には私たち3人とも前衛をこなせますが、順番的には槍術士のアデリナが一番前、少し後ろに攻撃魔法と剣を使う魔剣士の私、ヘレナは斥候のときは一番前で、戦いになったら私たちの後ろに後退する余裕があるときには弓を使っての支援攻撃、その余裕がないときには短剣を持ってアデリナの隣で直接攻撃を行います。
テレーゼさんの魔法は攻撃も防御も回復も全部こなせますから、戦いでは後方に下がったヘレナの隣で最初に全員に防御魔法を掛けてもらって、その後は状況に応じて攻撃と回復の魔法、という感じです。ヘレナが後方に下がる余裕がないときは、防御魔法の使用を最優先でお願いします。
調査対象のキラーグリズリーという白銀の熊が出たら、戦闘を極力避ける意味ですぐ隠蔽魔法を掛けて、気付かれないうちに全員が一度全力で離脱します。魔法を掛ける前に木の上に逃げても、熊は木登りできますから絶対にしないで下さいね。そして、強力なテレーゼさんの隠蔽魔法の効果を活かして、遠距離から熊に気取られないよう調査を行います。こんな感じでどうでしょうか?」と、カトリナ。
「それで良いと思うわ。初めてだけどみんなよろしくね」
「正直な話、テレーゼが今日の調査目的のキラーグリズリーに気付かれる前に、隠蔽魔法さえ使えればそれだけで今日の調査依頼が終わると思う。それくらいテレーゼの存在そのものが、「破格」の一言に尽きる」
「最強の魔法使いテレーゼが、アタシたちのパーティーに入ってくれてホント頼もしすぎだよ。アタシも頑張るから」
「そんなことないと思うけど、期待に添えるよう頑張るわね」
カトリナの考えた戦術に同意を示す3人。
「目的地に着いたわ。ヘレナ、目の前の森の入り口から20歩分、中を確認してみて。あと森の中では木々が邪魔になるから、ヘレナの偵察が終わる頃に合流できるように出て来て」
「わかった」「了解」「わかったわ」
3人に偵察と合流時期の指示を出すカトリナと、即座に応じるアデリナとヘレナとテレーゼ。
(今日は私の初陣なんだからしっかりしなきゃ・・・)両手で自分の両頬を張り、自分に気合いを入れるテレーゼである。
「森の中、真ん中あたりが靄がかかってて、おまけに全体的に薄暗いからわかりにくい。もし不意打ちされたら危ない」
「ヘレナ、わかったわ。森の中で戦うのは分が悪いから、一度完全に森から出て来て」
「わかった」
森の入り口付近をヘレナとカトリナが確認しているが、よくわからないようだ。2人の偵察の間、アデリナとテレーゼも先行する二人に合流するために森に近付く。
「みんな、ちょっと待って。キラーグリズリーが!」
ヘレナは灰色っぽい自分たちよりやや小さい体長の熊が、森の奥からパーティーに急接近してくる事に気付いた。
その熊が、木の陰から四足歩行でまっすぐ森の入り口付近にいたテレーゼのほうに向かってきた。
予想以上に熊の走る速度が速く、テレーゼには今隠蔽魔法を掛けても、熊に効果があるとは思えなかった。
「「テレーゼ!」」「テレーゼさん!」
テレーゼ以外の3人が咄嗟に武器を構える。
(戦うしかない・・・)
全力で逃げろと事前に言われていたテレーゼだが、(今まで我が身に降り掛かった怪異と比べると全然大したことないじゃない!というか、あの熊に目に物見せてやるわ!!)と、覚悟を決めた。
戦いは後ろ向きへの逃走が、逆に一番命が危ないという。
天下分け目の大戦争の際に、自軍が敵に周囲を分厚く包囲された寡兵でありながら、尚も諦めず死中に活を求め前代未聞の突撃退却を敢行した、テレーゼが心底尊敬する、当時から類稀なる武勇と実直な人柄で人々の尊敬を集めていた、郷土の偉人である戦国武将に近しい心境とでも言うべきか。
いずれにせよ、彼女は窮地に追い込まれたことにより逆に血が滾り、この上なく肝が据わっていた・・・
テレーゼは注意深く熊の歩容を観察する。熊は四足歩行から立ち上がって、テレーゼに覆い被さるように近寄ろうとしていた。身長170センチの彼女より頭1つ分くらい低い体高の熊だった。
(本気で私を襲おうというよりも、まるで小熊が親熊に遊びをおねだりしているような感じがするわ・・・)と、テレーゼは3人の心配をよそに、冷静に状況を把握していた。
ここまで彼女がストイックに積み重ねてきた柔道整復師や、その前の専門学校時代や、後述の道場通いの経験が、文字通り随所に活かされている。
そしてテレーゼが自覚することがないくらいに、身体が自然に動いた。
両者の間合いが50センチほどになった途端、テレーゼは頭を低くして熊の懐に入るように突進する。
自分の身体は熊の右側に躱しながら、半身になり熊の右斜め後方に出る。
次に、左脚を軸足にして踏ん張りながら、右脚を軽く前に踏み出すように振り上げ、若干遅れ気味に右腕は、熊の頚部方向へのスイングを開始する。
そして、膝の反動を活かして自分の右下腿後面(下腿は膝から足首までの間を指し、前面は脛の部分、後面は、ふくらはぎやアキレス腱の部分を指す。この技では、自分の脚のふくらはぎ~アキレス腱の部分を相手の脚に当てる)で、熊の右脚の下腿後面を刈るように叩き付ける。
同時に、ほぼ対角線上にある右腕で、熊の頚部を右肩から生じた腕のスイングの力と、腰のキレで生じた力と、自らが熊に向かって覆い被さるような力を加えた文字通り満身の力で、前方というよりは左斜め下方(自分の右下腿の方向)に押し倒す。
つまりこの技のメカニズムは、熊の右脚を刈ることでバランスを崩させ、同時に頚部に同じ方向のベクトルを加えることで、小さな力で(それでも熊の膂力に後れを取らないように、テレーゼの満身の力が必要ではあるが・・・)熊を後方に転倒させるというものである。
これは運動学で出てくる「第1のてこ」(安定性のてこ)に近い状況で、柔道技や柔道そのものの真髄の表現として度々使われる「柔よく剛を制す」そのものと言える。
刹那ともいえる一瞬の攻防の結果、テレーゼは熊の後頭部を地面に叩き付けた・・・
(案外身体は咄嗟に動けるものなのね・・・熊に後れを取らなかったパワーもだけど、これも謎の若返り効果なのかしら?そういえば「熊殺し」という異名の格闘家って空手家だったけど、柔道でも何とかなったわね・・・)と、テレーゼ。
彼女は専門学校時代に必修である柔道の授業を受けていたのだが、座学はともかく身体を動かすことは正直不得手であった。
当時の話になるが、「同級生」の大半は高卒でそのまま専門学校に入学してきた人たちで、あまつさえ入学時に42歳になっていた彼女は、クラスで最年長であり、「同級生」との運動能力の差はそう簡単に埋められそうにないものだった。
悩み抜いた末に、専門学校の先生の紹介で、市内の柔道場の練習に卒業近くまで毎週参加させてもらっていた。
得意技を何か一つは作った方が良いという道場の先生のアドバイスで、以前テレビのプロレス番組で見た、柔道技の大外刈をベースにしたプロレス技が強く印象に残っていたことから、その原型である大外刈を自分の得意技として覚えたいと思い、道場での乱取りでは文字通りそればかり練習していた。
もっとも、技を相手に掛けるためには、事前の「崩し」が大切なので、大外刈のような大技は、いきなり仕掛けてもそう簡単に決まるものではなかったが、彼女が一番身体に染み付いた技が咄嗟の場面で発揮されたことになる。
崩しとは技を仕掛ける下準備として、動きの中で相手の体勢を崩したり、逆に硬直させる状態を生み出すテクニックのことで、先程のテレーゼは、直接的な崩しこそなかったものの、熊が立ち上がって歩き出す直前の、不安定な後脚の立位で一瞬動きが止まった絶好機に技を仕掛けていた。いわば、「歩容観察による崩し」と言える。
余談であるが、柔道技を表記するとき、例えば「大外刈り」といったような送り仮名は付けない。もっとも、テレビの放送ですら時々間違えていることがあるくらいには、認知度が低い話ではある。
熊は自分を押し倒した相手に抗う気持ちが完全になくなったのか、身体を起こすと、テレーゼに近寄って行き、母熊に甘えるように彼女の右手を舐める。
彼女が日本で住んでいた地方には熊は生息しておらず、よく解らないのだが、いかにも母熊に懐く小熊のようである。
(この子、白っぽくてモフモフだけど毛が硬いわね・・・汚れているからかな?)「どうしたの?」
テレーゼは、熊の身体を優しく撫でながら話しかける。言葉が通じるはずはないのだが、何故か離れたくなさそうにしていることは伝わってきた。
「ちょっと、ソイツ、何でテレーゼに懐いてるんだ?」
「それ以前にさっきの体術、アレ何?」
「見たこともない技でしたけど、いくら小熊とはいえ一撃で地面に叩き付けていましたね・・」
やっぱりまだ小熊のようだ。これで小熊なら、成長した熊はどのくらいの大きさになるんだろうか?
「大外刈といって、柔道という武道の技なのよ。流石に一発で決まるとは思っていなかったわ」と、テレーゼ。
但し、大外刈をそのまま仕掛けようとしても、何も着ていない熊相手には不可能であるため、今回は大外刈だけでなく、プロレスのラリアットの要素も採り入れたような技の入り方だった。
彼女が母親の転勤の関係でドイツに引っ越す前は、家族3人で夕食の時間に、テレビで放送されていたプロレスを良く見ていた。
そんな彼女がラリアットで一番印象が強いのは、不沈艦という異名を持つアメリカの元プロレスラーの文字通り一撃必殺の技で、元々プレイしていたアメリカンフットボールのハイタックルを、技のベースにしたとされている。
テレーゼが熊相手に繰り出した技は、ノーモーションではあったが、まさに彼の使うラリアット+大外刈のミックス技といえる。
閑話休題。熊との力比べ?はテレーゼに軍配が上がり、自分に懐く小熊を見ながら一息入れる彼女だった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
テレーゼは柔道整復師かつ柔道黒帯(有段者)ですから、柔道の心得があるのは何の不思議もないのですが、彼女が実践でそれを活かせるのは、本人の努力や元々のセンスの良さだけでなく、作中でも触れたように、他競技からプロレスに転向した人が使う技の入り方に、専門学校時代と言うより幼少の頃から触れていたことが大きいです(テレーゼの幼少期には、夕食時のゴールデンタイムにプロレスの試合が放送されたり、覆面レスラーが主人公のプロレスアニメが複数回再放送されるなど、格闘技が多様化しファンが分散する現代では考えられないくらいプロレス人気が根強い時代でした)。
あと、彼女は今までの人生で苦難に遭遇したとき、自力でそれを打開してきたという強い自負から、ほぼ確実に一番苛烈な打開策(打開できれば一挙に事態が好転するという理由から)を選ぶ傾向にあるようです。
正直な話、作中のような変形大外刈を愛娘のテレーゼから受けたら、体格的にはテレーゼより大きい柔道有段者の作者でも多分支えきれないでしょうし、後頭部を強打しないように受身を取るのが精一杯かも知れません。




