第3話:廃止届
やや久しぶりに「知っている場所」(日本)に帰ってきたテレーゼ。
彼女は接骨院の現状を確認し、大きな決断を行います。
6月10日 プロローグ及び第1章の章立てを、第2章開始時に一部変更しましたが、これを後書きに反映していませんでしたので、加筆・修正しました。
テレーゼは、約2週間ぶりに日本に帰ってきた。
接骨院の入り口からセフィロトには毎日のように外出していたが、勝手口から日本には全く外出しなかったため、文字通りの意味で、彼女はやや久しぶりに「日本の土を踏んだ」ことになる。
但し、接骨院を含めた建物全体のうち、居間や自室といった居住スペースの部分は、以前の魔法による検証の結果、一応日本国内であることが解っているので、その意味では「毎日帰国している」とも言える。
(日本語って、難しいね・・・)などと、ふと思ったテレーゼである。
日本はテレーゼの生まれ故郷であり、両親も住んでいるところではあるが、セフィロトにはアデリナ、カトリナ、ヘレナというかけがえのない真友たちがいて、自分が帰って来るのをご飯を用意して待ってくれている。
今のテレーゼの気持ち的には、どちらかと言えば、日本に「来て」セフィロトに「帰る」という表現がしっくり来る気がするのだが、少し前までは思いも寄らない気持ちになっている自分自身のことを、不思議に感じるテレーゼである。
そう言えば以前、先輩同業者が結婚したばかりの頃、帰宅すると家に灯りが点いていることがたまらなく嬉しい・・・などという内容のノロケ話をたくさん聞かされたことを、ふと思い出した。
因みにその人はテレーゼより少し年上であるが、柔道整復師として何とか食べていけるまで結婚を考える余裕がなかったそうで、初婚としてはアラフィフ後半という相当な晩婚だったが、今のテレーゼには、その人の気持ちが違う意味ではあるが、強く理解できるような気がした。
勝手口から裏庭を通り建物の敷地外に出て、つい最近まで接骨院があった建物の表側に移動する。
セフィロトで接骨院の建物に使った隠蔽魔法は、こちらでは効果がないようである。
但し、隠蔽魔法の有無以外の全てがセフィロトと同じというわけではなかった。
接骨院のある建物全体はそこにあるものの、入り口の扉が壁に描かれた絵か写真のような状態で、実際には扉を開けて中に入ることができなかった。
建物が見えていて触ることもできるのに、中に入ることができないという不思議な状態であった。
入り口のそばにある壁に設置された大きな白いアクリルの案内板は、セフィロトに転移する直前に入れ替えたままで転移後もそのままであったが、こちらは「本日は終了しました」と書かれた案内板が、セフィロトと同じ表示だった・・・
今まで接骨院に通院してくれていた患者様からすれば、何のアナウンスもない上に、2週間近くも接骨院での施術が受けられない臨時休業状態だったわけであるが、接骨院の建物がセフィロトから日本にすぐにでも再転移しないのであれば、接骨院の再開は絶望的てあると、改めて痛感させられるとともに憂鬱な気持ちになる。
もっとも、奇跡的に接骨院が日本に戻ってきたとしても、今度は3人の真友たちと下手をすれば永久に会えなくなるかも知れず、その意味ではどう転んでも状況の酷さは五十歩百歩である気がする。
いずれにせよ現状では、テレーゼが後半生の全てとも言える接骨院を継続する術がないため、不本意ながら自ら廃業せざるを得ない。後述するが、廃業手続きは先延ばしができず期限付きである。本当に彼女の心情は、察するに余りあるというものである。
因みに、廃業後の通院して下さった患者様へのアフターケアであるが、接骨院が休みの日は、かねてより提携の整形外科への通院をテレーゼ自ら患者様にお勧めしていたため、ある程度託せることは不幸中の幸いである。
やはり病院と良好な関係を構築することは、非常事態においても重要であることを、改めて再認識する結果となったテレーゼである。
接骨院に関してこれを休業・廃業・再開するときは、接骨院関連の関係法規である「柔道整復師法」第十九条によると、「施術所休止・廃止・再開届書」の様式にその旨を記載して、事実発生から10日以内に、接骨院が存在する市町村の保健所長に届け出る必要がある。
テレーゼの場合、接骨院の現状を鑑み廃業することをつい先ほど決断したので、前述の書類提出が必要である。
様式は市役所のホームページからスマホでダウンロードできるので、早速コンビニに行き様式の印刷を行う。そして今日付けで「廃止届」を作成して、買い物の前に市役所に提出することにした。
コンビニは中学校の同級生の父母が経営している店が、自宅から徒歩数分のところにある。酒屋からコンビニに移行して、同時に24時間営業になって30年ほど経っているが、自宅のそばに24時間営業のコンビニがあるのは、何かと有り難く感じる。
「廃止届」の提出先である市役所と、今日買い物に行く予定のアーケード街の間は、ほぼ直線的な一本道であり双方が1キロも離れていないため、電車の到着が遅かったら、市役所から徒歩で移動しても良いかも知れない。
日々の努力のおかげで、(走るのは正直厳しいが・・・)ウォーキングであれば、連続で10キロ程度は全く無理なく歩くことができるテレーゼである。
因みにウォーキングの自己記録は10キロ68分台である。競歩ほど大仰ではないが、歩幅やペース配分や腕の振り方などを自分に最適化するように試行錯誤したり、本を読み込んだりして研究を重ねるほどに熱中した成果である。
なお、この速度が出せれば、ゆっくり走るジョガーをウォーキングで追い抜くことも十分可能であり、全盛期には部活のロードワークでゆっくり走っていた高校生の集団を、度々ウォーキングで追い抜いていたのは余談である。そう言えば、ウォーキング中に顔見知りになった高校生たちからたまに話し掛けられたが、お互いに運動しながら世間話をした彼女たちは今どうしているだろうか?
あと、もしかしたら使うことがあるかも知れないと、日本に帰る前に急遽作って用意していた、患者様向けの「廃業のお知らせ」を、中に入ることができない接骨院の入り口に貼り付けた。
自分の接骨院を、開業時には全く想定すらしていなかった理由で廃業するのは本当に辛く感じるが、日本に自分の接骨院が存在しない現状ではどうしようもないので、仕方がないと諦めるしかない・・・
最後に、今まで本当にお世話になった提携の整形外科への、接骨院を廃業したことに対する挨拶であるが、院長と顔見知りであることに加え、外見で30歳ほど若返った今の姿で会うことなど、残念ながら本人とは信じてもらえないこと請け合いであろう。
不義理なのは重々承知であるが、個人的な事情で急遽廃業を余儀なくされたことと、現状では接骨院の再開がいつになるか解らないから、という理由で既に出勤している院長に電話を行い、患者様へのアフターケアをお願いする。
院長とは、単なる提携関係のある顔見知りと言うより、リハビリテーションや介護などを含めた地域医療に関して同志に近い関係と言えるが、急な廃業に関して凄く心配してもらい、再開の際にはぜひ改めて提携を、というお話までいただいた。本当に有り難い話である。
気持ちを切り替えることにする。セフィロトと日本は体感的な時差がほぼゼロである。おかげで時間の違和感を感じる事なく、早朝から接骨院絡みのことをいろいろと片付けたが、市役所も買い物に行くアーケード街もまだ開いておらず、時間的にはまだ少し余裕がある。今から電車に乗れば、丁度良い時間に市役所に着きそうである。
そういえば同じ市内に住んでいる父母は、旅行で一緒に母の故郷であるドイツに里帰りしているため、しばらく帰国しない。
母は、前々からツークシュピッツェ(ドイツ最高峰の山で標高2962m)に行きたいと話しており、今回父を無理矢理?同行させているらしい。
もっとも、ドイツ最高峰の山とは言っても、日本の富士山などとは違って、登山鉄道やロープウェイが完備されているので、実際は日帰り可能な観光地的な場所である。もちろん徒歩での登山も可能である。なお山頂は、オーストリアとの国境になっているため数年前まで検問所があった。
個人的には写真でしか見たことがないため、父母の土産話(ノロケ話ともいう)を楽しみにしておこうと思う。
山といえば、今日は市街地に降灰がないのが幸いである。
おまけに春になると、杉の花粉や黄砂まで重なるのだから始末が悪い。幸い両方とも、セフィロトにいる間に終わっているはずである。
いくら観光資源的には、ちょっとくらいは噴火していた方が、市外から訪れる観光客のインスタ映えがするとは言うものの、せっかく3人分のプレゼントを買いに行くのだから、購入した荷物がこういった諸々に駄目にされてはたまらない。
今日だけは雨も含めて何も降らないで欲しいと思いつつ、市役所方面行きの電車に乗車した。
買い物の前に、先に市役所に行き、前述の「廃止届」を担当窓口に提出した。
廃止の理由は、流石にセフィロトに自分の接骨院が一瞬で移動してしまい、いつ戻ってくるか解らない、などと事実をそのまま書いても荒唐無稽な話すぎるため、担当者に不信感を抱かれることは請け合いである。
たとえ真実でなくても、自分の無力感を晒すようで屈辱的ではあるが、経営難で再開の目処が立たない、という理由にした。
意外にあっさりと書類を受理してもらえた。経営難の接骨院は昨今珍しくないためであろうが、皮肉な話である。
書類提出後、窓口の担当者に労いの言葉を掛けられた。賛否両論あるかも知れないが、個人的にはお役所的でない血の通った対応で、今までの頑張りが少し報われた気がした。
市役所での接骨院廃業関連手続きが一通り終了したので、テレーゼは気を取り直して、アーケード街に向かうことにした。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
現在はこの話が11話目ですが、第2章開始時に第1章の第0話を2分割して、プロローグの後半部分に組み込んだため、元々はこの話が10話の予定でした。
個人的には10話というのは最初の一里塚またはマイルストーンだと思っていました。拙作ですがここまで続けられたことへの感謝と、今後も一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。
テレーゼが接骨院を自ら終わらせる話を綴っていて、テレーゼが淡々と処理しながらも、大きな悲しみをこらえていることを痛感しました。彼女が今までの間、文字通り心血を注いで護り抜いてきたのですから当然だと思います・・・
しかし、次話で彼女は、真友の存在に本当に気持ちを救われることになります。
余談ですが、ウォーキングのエピソードは、ほぼ作者の実話です。体力が落ち始めたことを痛感した30代前半から毎日のようにやっていたのですが、だんだん歩ける距離が伸び、合わせて面白いようにタイムが伸びるのが楽しくて、健康作りも兼ねて一時期本当に夢中になりました。代償としては1ヶ月で300キロ以上歩くため、当時は運動靴がほぼ1ヶ月で駄目になりました(そこは健康に対しての対価だと半ば諦めていました)。




