8-11 次元を復元する
「位相空間転位制御プログラムを持ってるようだけど、まず、助からないだろうね……」
「そうですか……」
ピーパも、右目を細めて眼下のゾンを見やった。
「任務は失敗……いや、破壊と同等の効果に成功したから、成功……なのかな」
「ぬ……主殿……あれを!」
「……なんだって……!!」
マーラルが驚愕する。身体の半分以上もブラックホールめいた闇の中に沈んでいたゾンが、ゆっくりと浮き上がり始めた。
「ど、どうやって!?」
「まさか、時間を!?」
「いや、アンデッドにそんな能力はないよ!」
「では、シュテッタが!?」
「そう……なのか……!?」
シュテッタを探したが、暗くてよく分からなかった。
(時間を制御するコンダクターなんて……!?)
マーラル、驚愕というより、恐怖で身をすくめた。
その現象は、ゲントーも観測していた。
ゲントーは次元陥没の影響を受けずに観測するため懸命に探索した場所から、ゾンの秘密をかいま見た。
(な……なんと……!! こやつ、ダークマターを喰っているぞ……!?)
次元の底をぶち抜いて陥没・崩落させる暗黒物質効果を除くため、ゾンがそれを吸収し、あまつさえそれを自らの霊力……魂魄子へ逆変換し、それをもって次元を復元しているのだ。
(どうやって、そんなことを制御しているのだ……!?)
ゲントーが、わなわなと震えた。
「泊瀬川さん」
「!?」
ギョッとして見やると、いつのまにか同じ次元の、しかもすぐ隣にアンナデウスがいた。それにも震えあがったが、アンナデウスの表情がいつもと異なる。また、常に無差別無尽蔵に放出している憎しみと狂気と呪いの霊波動が、まるで感じられない。
「アレは……なんなのですか?」
「う……?」
アンナデウスの雰囲気も声も、まったく異なる。いつものどこか飛んだ世界に遊んでいるような夢遊の顔つきとは対照的な厳しい顔で、まるで、姿格好だけ同じの別人だ。
「泊瀬川さん……アレは、私の力を打ち消します」
「む……」
「アレは……アレは、いったい、なんなのですか?」
「う、うるさい、黙れ! 知るか!!」
「そうですか……」
観る間に鬱屈とした悲しげな表情となり、ブツブツと何かをつぶやきながら、アンナデウスは音もなく次元の奥へ消え去った。通った後に波紋が生じ、それが次元を揺らす。その揺らぎが、ゲントーのプログラムへ干渉した。ゲントーは気分が悪くなり、うめき声を上げた。アンナデウスは自らの影響も理解しておらず、攻撃もまったく制御できていない。
(フ、フラウゼナウめ……よくも、あんな狂った怨霊を使っているものだ……!)
同じ死者の国のメンバーとしても、理解に苦しんだ。アンナデウスの存在は、もう、テロリズムとか戦争とかいう代物ではない。災厄の権化だ。兵器ですらない。無意識にひたすら不幸と不運をばらまくだけの、災厄そのものだ。
そこへ、リネッテラから遠隔霊感通信が入る。
「玄冬」
「あ、ハ、ハハッ……!」
「おまえも下がりなさい」
「し、しかし……」
「ゾンという未曾有の怪物の、恐るべき能力の一端を知れただけでも収穫。今回は、それで良しとしましょう」
「ハッ……」
「貴女のお陰で、シュッテタがミュージアムに加担することもないでしょう」
「はい……」
「これからも、ゾンとシュテッタを監視、観測しなさい」
「畏まって候」
リネッテラの声が遠ざかり、見やると、ゾンもほぼ元の次元へ戻っていた。
ゲントーはゆっくりと次元の狭間へ滑りこみ、その場を離れる。
そしてすぐに、救出作業を中断していたポルカとロンド、そしてアユカが揺らめきの中に見えてきた。作業中にゾンとミュージアムの戦闘による霊波動を感じ、立ち止まっていた。
ゲントーは、まっすぐアユカへ向かって近づいた。
そして、その身体を次元ごと合身させる。