1-6 玄冬
(前方が、甲一型エンシェント・ヴァンパイアのリリ・ブーランジュウ……と、後ろは同じく甲一型殭屍の琵琶行……か……フン……)
地獄忍者の目が細くなる。チァンシーとは、いわゆるキョンシーのことである。なんにせよ、同じく次元反転法を会得した高レベルアンデッドだ。
「貴様が誰であろうと、アンデッド兵器である以上、検索すればどうせすぐわかる。名乗ったらどうだ」
ピーパが腕を組みながらふんぞり返って忍者をその血走った右目でにらみつけ、意外にリリよりも甲高い、蝙蝠の放つ超音波めいた声を発した。チァンシーといえば両手を前に出してピョンピョンと飛び跳ねながら進む古代中国大陸の吸血鬼の一種だが、ここまで自由意思を持ち、自在に動けるというのは、仙人クラスの、チァンシーとしても非常に高レベルであることを意味する。
そのピーパを睨みつけ、忍者はややしばし黙っていた。
「忍が、無駄口を叩きたくないのは分かるが……」
ピーパが苦笑。腕組みを解き、同時にその手へ霊符を出した。
「人に名を聞く際は、先に名乗るが礼儀」
忍者の声は音声加工され……いや、思念通話で、男にも女にも聞こえる妙声だった。だが、こちらも意外に端正で、むしろ爽やかな声だった。
「よかろう」
リリが牙をむいてニヤリと笑い、ふんぞり返るピーパと逆に、今にも獲物へとびかからんとするネコ科の猛獣のように身をかがめ、殺気に満ちた上目で忍者を凝視する。
「我はリリ・ラヴェーラ・ド・ラモ・ブーランジュウ。製造から七〇〇年を経た、特殊兵器よ。同じ甲型でも、貴様がごときポッと出とは、わけが違うぞ」
続いて、忍者がギロリと視線を後ろへ移した。ピーパがいつでも霊符を打てる構えのまま、不遜な態度と他人を見下す顔つきで、
「……我は羅竜華……人は琵琶行などとも呼ぶ……リリ殿よりは後出だが……それでも製造より五〇〇年近く経ておる。そこらのアンデッドと一緒にしておると、後悔するのは……リリ殿と同じことよ……」
忍者が、また油断のない動きで前を向く。
(……どちらも、最初期のプロトタイプ……しかも、オリジナルか……採算度外視、制御困難な超高レベル実験体……クク……まだ稼働しているとは、よほど物持ちの良い主人に使われてきたのだろう……しかも、この波動……同時に二体使役とは……さすが……特一級ネクロマンサー……!)
「おい、貴様も名乗らぬか!!」
リリがさらに牙をむく。
「……たわけが……正直に名乗る忍がいると思うか」
「ナニぃい!?」
「……と、思うたが、骨董品に敬意を表し、名乗ろう」
「なっ……!」
「身共は玄冬」
「ゲ……?」
「ゲントー?」
聞きなれぬ発音に、二人が眉をひそめた。妙に幻惑される。言霊による思念攻撃か?
「泊瀬川玄冬だ!」
云うが、ゲントー、次元回廊内戦闘を展開。
「…チッ!」
一瞬、遅れた。
その時には、ゲントーが二人現れ、それぞれリリ、ピーパと対峙する。
「ニンジャめ、分身か!?」
「違う、リリ殿、次元複写だ! どちらも実体ぞ!」
「パラレルボディ! 器用なことを……!」
思念会話中にも、二人のゲントーが腰の後ろから光子振動刃装備の小刀を抜きはらい、斬りこむ。光子振動は、対アンデッド装備だ。肉体はおろか、霊鎖ごと切断される。
ピーパが禁呪法を用い、ゲントーの斬撃を封じた。だがリリは避けるか、次元反転で元の世界に戻るしかない。
(こやつを表には出せぬ……!)
身をよじって小ジャンプぎみに避け、高級なクラシカルドレスのスカートが切り裂かれる。
だが、体術ではゲントーが何枚も上手だ。
近接で斬撃からの捻り後ろ回し蹴りが、空中のリリへ突き刺さった。
「…げふぉ!」
脇腹を抉られ、くの字にひしゃげて錐もみでぶっとぶ。
「リリ殿!!」
他人の心配をしている場合か、とでも云いたげなゲントーの視線が、覆面と面頬の奥からピーパへ突き刺さる。斬打を禁じられた一体が、攻撃を体術へ切りかえた。半身から斜めに入って、肘打ちをくり出す。