7-1 魂魄暗示~イェブクィーフ博士
「……!?」
身をすくめ、目を見開いて息を止めるシュテッタの眼前に、低く雲間をさいて強襲揚陸艦「ハイドゥン」が降下してくる。
「フフ……なかなかドラマティックな経緯で、ドラゴン・ゾンビと邂逅したのだな……」
シュテッタの精神深層に接触しているゲントー、地獄の岩石めいた眼を細めてつぶやいた。
「いや、それとも、仕組まれた出会い、か……?」
なんにせよ、ここからが本番だ。
シュテッタの心の奥底には、まだまだ恐怖、動揺、怒り、憎悪、残忍な復讐心が入り乱れ、寄り固まって渦巻いている。
ゲントーは、慎重にそこへ近づいた。
シュテッタの負の感情の方向性を、捻じ曲げるのだ。
魂魄暗示である。
ただの催眠ではない。
次元振動を利用した魂魄子干渉により、霊鎖そのものへ術をかける。
甲二型の中でも特に次元反転法に特化した、黄泉死乃火たるゲントーならではの秘術だ。
「よいか……シュテッタよ……テロ組織『死者の国』は……コンダクターによる諜報工作機関である『ミュージアム』の……自作自演だ……全ては……お前とゾンを……いや……ゾンを入手するため……『ミュージアム』が……裏で糸を引いているのだ……全て……『ミュージアム』の仕業……なのだ……!!」
「ミュー……ジアム……!?」
シュテッタが、うなされて寝言をつぶやいた。
「そうだ……『ミュージアム』だ……『ミュージアム』を……恨め……憎め……怒れ……憤れ……憤怒せよ……『ミュージアム』と……それを操る地球人を……殺せ……!!」
「!!」
シュテッタが飛び上がって目を覚まし、荒く息をついた。
「……!?」
全身に汗をかいている。
居住用空間デヴァイスが異常体温を検知し、自動で室温を調整した。
(な……なんだろ……気分わる……)
吐き気を覚え、トイレへ行こうとしたが、立てなかった。
「イタ……!」
下腹に、抉り刺すような痛みが走った。
(え……生理……? うそお)
この時代、人類は生理痛も出産痛も克服していたが、医学の限界というか、人体の不思議というか……時々、遮断したはずの痛覚がいきなり復活するときがあった。
それにしても周期が早い。思念波で医療デヴァイスを立ち上げ、簡易診断した。
生理ではなかった。
では、なぜ……?
医療機関で精密検査を要するサインが出たが、やおら痛みが消えたので、シュテッタは無視して寝た。
7
ミュージアムの襲撃から、三週間後。
ようやく、ロンドが保管器から出てきた。
既にポルカは膝の修復が完了し、アユカと共に土木作業に精を出している。カノンも情報処理のバイトをしていた。
アンデッドの物理的な肉体損壊を修復するには、魂魄子の補充が欠かせない。アンデッド自身は、常から天然自然に存在する(かつては「気」や「オーラ」及び「生命エネルギー」又は「宇宙エネルギー」「魂の力」「精神力」「気合」などと定義されていた)魂魄子を吸収して補充しているが、あくまでパワー源や特殊効果のエネルギー源としているだけで、自己修復機能を持つアンデッドは、基本的に無い。魂魄子を保管器で回収、凝縮し、アンデッド構造体へ転換する必要がある。アンデッド構造体は人工でも天然由来でも「生きていながら死んでおり、死んでいながら生きている」という状態なので、自己増殖による「治癒」はできないが、魂魄子転換法により機械的かつコンダクツで「修復」できる。その効果を産む特殊な霊的力場は、この時代より千数百年前に魂魄子理論を確立したイェブクィーフ博士にちなみ、イェブクィーフ効果場と呼ばれている。アンデッド保管器は、人工的にイェブクィーフ効果場を発生させている。また、効果場内ではアンデッドが霊的に固定される現象も起きる。そちらの効果に特化したものが、アンデッド捕獲檻だ。
そして、その効果場の霊圧を高めてアンデッド構造体の限界を突破すると、構造体と霊鎖が粉々になり、魂魄子へ帰る。それが、アンデッド処分器である。
なお「魂魄子」という名称も、霊出力単位の「エブ」も、霊波の単位の「イフォーク」も、全てこの神話級の神秘科学者アル・キラール・トコタリヌ・イェブクィーフ博士の名からとられている。
ベリーの所有する保管器は三姉妹に対応しており、最大で三体の標準人型アンデッドを修復できた。