5-2 マエストラル・コンダクター
「一年前に、南極政府の専用機がバーデーンから地球に入った記録があります」
「軍用機?」
「はい」
「それかな……軍用機なら、ゾンを運搬できるだろう」
「えっ、じゃあなに? ゾンはバーデーンで造られたってこと~?」
アルトナの問いに、マーラルも首をひねる。バーデーンなんかに、甲型アンデッドを製作できるような施設や技術があるとは思えなかった。なにせ、第十一植民星ともなれば、田舎も田舎……宇宙の大辺境だ。
「よく分かんないね」
「その、よく分かんないものを調査のうえ捕獲か、さもなくば破壊だなんて……改めて考えると、とんでもない任務だなあ~」
アルトナも背中を曲げて膝に両肘をつき、頬杖となって大きく嘆息した。
「ま、命令は命令だ……やれるところまでやってみようじゃないか」
「でも、ドミナンテは一回、見られてるから……もう潜入は難しいと思うな~……」
「アンデッドがダメなら……生身が行くか。アルトナ、潜入できる?」
「あたしがあ~!?」
顔を上げたアルトナ、チラッとドミナンテを見やった。通常とは逆に、アンデッドがサポートに回る。
泣きはらした眼で、ドミナンテがうなずいた。
「じゃー、やってみますか~」
さらにマーラルが続ける。
「ゾンの霊波振動数と出力を測定して。それを元に、霊鎖固定式対高レベルアンデッド固縛檻構築法で捕獲を試みよう」
「四点は無理よ~。たぶん、ドミナンテじゃ負荷に耐えられないわあ」
「じゃ、三点か……ま、そこはあとで考えよう」
「マスター、性能検査のほうはどうするのだ? 我が行くか?」
初めて、リリが口をきいた。
「甲には甲が基本だけど……いきりリリやピーパがぶつかれば、住民をまきこむ。検査段階でそれは、目立つね。いかに地下とはいえ、面倒なことになる。二人がサポートに回って……シベリュースにお願いしよう」
「了解しました」
「了解であります!」
トゥールーズとシベリュースが、同時に答えた。
「じゃ……明日の午前六時から、行動開始」
トゥールーズとアルトナが立ち上がり、それぞれのアンデッドを連れて、部屋を出て行った。ドミナンテは出て行く際もまだ泣いており、アルトナに手を引かれて部屋を出た。彼女達はまた違うところに部屋を手配し、アジトとしている。
マーラルと、二体の古代吸血鬼が残った。
「やれやれ……長官も人使いが荒いよ。地獄のニンジャとか、謎のドラゴン・ゾンビとか、そんなやつの相手ばっかりさせられて」
マーラルがソファに寝ころがり、愚痴を漏らす。
リリとピーパが苦笑し、席から立った。キッチンに入り、マーラルの夜食を用意する。けして、他の誰にも見せない姿だ。
「主殿は、世界で三人しかおらぬとされているマエストラル・コンダクター……ミュージアムの切り札にござる。致し方あるまい」
「……それ、たぶんシュテッタが四人目だよ」
「『目標』が?」
二体でピーパの得意な点心であるエビの蒸し餃子を用意しつつ、リリがそう云ってキッチンから顔を出した。
「まだ鑑定前みたいだから、暫定だけどね……。でも、あんなバケモノを使っておきながら、ハイゾンビ三体もいっぺんに使ったというじゃないか。甲と乙とはいえ、同時に四体は凄い。いや、むしろ難しいんだ。霊出力が違うから、バランスをとるのがね」
「へええ……」
ピーパが冷蔵庫より昼間に作り置いていてた餃子を出して、蒸し器にセットする。発電素子内蔵の電磁コンロを思念で入れ、湯を沸かした。
「シベリュースでは、荷が重いのではないか?」
腰に手を当て、ピーパもテーブルまで出てくる。
「そうかもね……そのために二人をバックアップに出すんだ」
「そうは云っても、シベリュースも歴戦……突つき方は、ドミナンテなどより分かっているとは思うが……」
リリが、ピーパへ向けて小首をかしげ、片眉を上げて見せた。マーラルがまだソファに寝たまま、
「そうだと思うけど……なにせ、相手の正体も性能も何も分かってないから。ちょっと小突いた程度で、何が出てくるかまったく分からない。僕らの想像をはるかに超えた、とんでもないものが出てくるかもしれないよ。くれぐれも、シベリュースをロストさせないように、お願いね」