3-1 出動
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出動といっても、そんな大仰なものではない。
アンデッド兵器は、霊鎖固縛檻を装備した専用の運搬機体で移動しなくてはならないが、戦後、民生品登録されたものは露天移動が認められていた。特に地下街は規制が緩い。
車庫から四トントラックを出し、荷台にゾンとロンド、ポルカが乗り、乗員席にシュテッタとカノンが乗った。シュテッタはブラウスとスカートから、薄ピンクのツナギのような上下のジャケットと頑丈な野外用の靴に着替えて、濃い茶金髪も後ろに結んでまとめていた。
カノンが行き先を思念感応でインプットし、自動で走る。強力な発電素子内蔵型の常温リニア機構で、自動車用の低出力磁力帯の通る専用道路を浮遊して走る、この時代の一般的な自動車だ。高層都市の全ての道路は専用道として施工されているので、マンオーク内ならどこでも浮遊走行できる。都市外や、都市内でも磁力帯の無い箇所では、我々と変わらず車輪で走るか、ホバー走行になる。
ゾンのような大型アンデッド兵器を運搬するにはちょっと心もとないが、それでも、トラックというだけあって、力強く走り抜ける。沿道の人々が手を振ったり、物珍しそうに眺めた。
路地から表通りに出て、そのまま高速に入る。
そして階層を突き抜け、トラン地区へ向かう。地区自体が大きく吹き抜けになっている部分もあるので、あくまで階数は目安だ。
そんな地下九二階ともなると、あまり住民もおらず、地下ながら地上のような荒野や廃墟も多い。トラン地区は、その中にあってかろうじて人の住んでいる場所だった。
高速を下り、市道に入って、リニア道路をそれる。内蔵されたファイバースポーク式の車輪が自動的に現れ、四輪車となって道を進んだ。
とたん、ガタガタと振動があった。
と云っても、往時の空気式タイヤと油圧サスペンションの比ではない。全ての振動を、複雑に組み合わさったスポークが吸収する。さすがに浮遊しているより振動がある、という程度だ。
そのまま、トラックはトラン地区の片隅にある居住区へ向かう。ちょうど、四十分ほどで到着した。
数少ないと云っても、かつて人口二千を数え、階下にある施設区の管理人やメンテナンス要員、管理用オート・ユニットの操作や調整を行っていた技術者たちとその家族の住んでいた場所だ。けして、悪くない環境だった。それが、いまや人口は百人ほどの過疎区になっていた。
理由は単純だ。
新しく、複数の居住区を複合した新区が造られ、みなそちらへ移ったのである。
いま残っている人々は、放置された居住区にあとから住み着いた、職業不詳、由来不詳のよく分からない人たちだった。
ので、本来であれば放って置かれても仕方のない人々だったが、アンデッド症だけは話が違う。彼らもアンデッドになり、倍々ゲームで増えて行くので、最初期で犠牲者をどれだけ抑えこむかが鍵なのだ。
アンデッドに食われたり咬まれたりすることにより、数万種類にも及ぶ毒物、有機無機各種ナノマシン、人工ウィルス・バクテリア等々が混合した各アンデッド固有の「アンデッド・カクテル」を体内に流しこまれる。それらは、瞬く間に全細胞に浸透すると共にゲノム及び魂魄子を操作し、人間はあっと云う間にアンデッド化する。強制的かつ物理的な組織改編の他に霊鎖が組み換えられ、「生きていながら死に、死んでいながら生きている」という特殊な形態となる。それを意図的に起こしつつ、それぞれの戦闘・特殊能力プログラムにより独自の性能や特性を持たせたものが、各種のアンデッド兵器だった。
減速し、ゆっくりと非リニア道を走っていると、
「おおい、おーい! 新しい退治屋かああ!?」
誰かが古い建物の前で叫んだ。
「居住区の人お!?」
カノンがトラックを止め、ポルカが荷台から手を振って叫び返した。
「そうだ! こっちへ来てくれ!」
道路から少し離れた古びた建物の前にトラックを回し、荷台からゾンやポルカ達が下りる。中年男性はゾンを見上げ、
「……こりゃ、すっごいのが来たなあ」
頼もしげに顔をほころばせた。
そして、乗員席から下りてきたシュテッタに、
「……え! おじょ……失礼、あなたがコンダクター!?」
「あ、はい」
シュテッタが代表して前に出る。
「一人で、このアンデッドぜんぶを!?」
「ええ……まあ」
「すっげええ……!」
男性の後から、何人かの男性や女性が現れる。年齢も様々だったが、みな、同じような作業着を着ていた。
「オレたちは、基本的に流れもんやその子孫なんだけど、いまはトランで半自給自足の生活をしているんだ。あと、放置された各種の全自動ユニットからまだ使える部品をとって、それをクズ屋に売ってる」
「えー、クズ屋さんの部品って、こういうとこから出てきてたんだ」