その日の二人(2)
「ぅぅっ……うくぅー」
全身グラグラ。脳内ユラユラ。でも生きている感覚はある。
スプリング・ネストの春の地主の屋敷にあった、黒い天塔の渦巻き。
高速グルグルの金色の道は、相変わらずのジェットコースターだった。
「むぅ……ここはどこで――」
浅緑色の目をこすりながら、頭を上げようとしたとき。
「ナビッ! 頭あげんなッ!」
「むきゃっ!」
レッドの声。横には彼の体。頭には彼の手。
上げようとしていた頭頂部が力任せにグイッと沈められた。痛い。
ナビの体感覚は、ここがゴツゴツとした地面だと教えてくれる。
お腹には硬い、岩のようなものが当たっていてさらに痛い。
「……ようやく起きたか。テメェはいつも起きんのが遅えぞ、おい」
ただ、顔面は地面に叩きつけられたわけではなく、絶妙に浮いた位置。
皇騎士がおもんばかってくれた証拠だが、周囲の光景を見られない。
「むー、レッド。いったいなんですか。いきなり失礼ですね」
「……最悪だが、寝起きで戦地ときやがった。しかも妙なもんが飛んでる」
頭を下げるように置かれたレッドの手を、首の力でズイッと押しのける。
おいこらテメェ、と言われつつもあたりを見回す。
もちろん、銀の一本髪を手で抑えながら探り探り慎重に。
魔女が見渡したこの場の第一印象は、荒れ果てた大地といったもの。
デコボコな茶色い土肌の地面。
重たい雲を浮かべる暗い曇天。
家々が半壊して崩れたガレキ。
お腹に当たっているのも、そういったガレキのようだった。
雰囲気としては、命ゴイの追放棄路から赤い空と森林を間引き、残骸の種類を変えつつも陰鬱さをプラスしたところ……といった印象。
爽やかな黄色い空になじんでいた目には、とてもじゃないが気持ちのいい場所には見えない。それにレッドが切迫している理由もまだ分かっていない。
「なにか、どこかにいるのですか」
「ああ、物陰に隠れてやがる。二人だ」
そう言って彼がまた息を潜める。ナビの両目には誰も映っていない、無人に見える荒れ果てた荒野だが、レッドが被害妄想に駆られていたり、幻惑作用に襲われていたりでもしていなければ、どこかに外敵がいるのだろう。そこは信用する。
皇騎士十三皇は、ヘルプヤクの魔女を守る最後の騎士なのだから。
「何者ですか」
「人だよ。たぶんな」
「マズい相手なのですか」
「マズそうだな。そいつらが持ってるモンがどうにも危なっかしい」
その会話の直後――ダンッ!!!
頭上を、なにか小さな物体が、高速で飛び抜けていった。
「っっ!? な、なんですか、今のっ……!?」
「チッ、カティの悔恨弾に似てやがる。とにかく速え弾かなんかだ」
「六皇カティ=フォン=プリンシュヴァリエの……たま?」
ナビの反すうには触れず、レッドが指で示す。
「見ろ。ガレキに穴が開く程度の威力がある。当たれば頭がハジケ飛ぶぞ」
「ふぁっ……」
人体を破壊するなにかが、見えない速度で飛んでくる。
それは、ヘルプヤクの魔女をゾッとさせるには十分な状況だった。
荒野に静かな風が吹きつけ、文化の朽ちたこの場から砂や塵を運んでいく。
静寂の時間。そのうち、しびれを切らしたように、男が怒鳴りはじめた。
「おうおうおう! どこ逃げやがったアンジュ・ロスのガキども!」
「ぶっ殺されたくねえなら、いい加減さっさと出てこい!」
二人の男。口調も語気も荒い。それだけで人となりが計れる。
「……レッド、もしやケンカでも売ったんですか」
「バカ言うな。たぶん、他人のケンカ現場にきちまったんだろうよ、ケッ」
この状況はどうも、黒い渦巻きのサプライズワープのせいらしい。
粗野な男たちは大声を響かせながら、ときおりダン、ダンっと鋭い音響をならす射撃をあたりに撃ち込んだ。ナビもレッドも完全に無関係な境遇とはいえ、相手方の雰囲気を察するに、あいさつにいくのは得策ではなさそうだった。
「ちっ、アンジュ・ロスの死に損ないどもが。もう逃げ帰りやがったのか」
「チッタ。このままじゃ時間のムダだ、今はジャクエルんところに戻って――」
男がしゃべり終わる直前、ナビたちの後方から新たな射撃音。
小さななにかが魔女の頭上を飛び抜けると、男の頭部に直撃する。
男は殴られたようにガクンと揺れ……いやそれは、彼の頭部を貫通していた。
「ワっ、ワイキーっ!? ゲスども、まさかまだここにいやがっ――」
仲間が急に倒れると同時に、もう一人の男が手を前に出し、武器を構える。
そして周囲を警戒しながら、近くのガレキに身を隠そうと走った。
そこに、またしても細い破裂音。明確な敵意の投射。
音が聞こえた次の瞬間、男は小さな飛来物に背中を貫通され。
そのままガレキへと倒れ込み、少しも動かなくなった。
「っ……」「んだ、おい……」
ナビとレッドは身震いした。
遠くにいた男たちは、それだけで事切れているように見えた。
「――――そこ、誰かいるのですか」
「ッッ!?」背後からの声。
レッドは気配を感じ取れなかったことを後悔しつつ、ナビの前で体を張る。
「何者だ、おまえッ」
「見たことのない背格好……私も同じことを尋ねたいものです」
相手は女性だった。茶色の髪に、高級そうだがすり切れている白い衣服。
全身のところどころが黒ずんでいて汚れているが、面は凜々しく、美しい。
「あなたがた、このようなテリトリーでなにをしていたのですか」
「おい、俺の言葉は無視か? 何者か聞いてんのは俺のほうだ」
レッドが自然と身構えるが、武器のない無手が心細い。
「たしかに。あなたが言うことも一理ありますが――」
女性が、花を差し出すような動きで右手を上げる。
「私はもう、引かないと決めたから」
彼女は、レッドの顔に小柄ななにかを向けた。
手元に収まっているのは、小さな暗い穴を備えた怪しい物体。
それがなんであるのかは、ナビにもレッドにも分からない。
けれども、それがなにを引き起こす物体であるのかは予想がつく。
先ほどの粗野な男たち。あれらをもの言わぬ物体に変えたであろう凶器。
それは、人の英知と罪悪が生んだ、「銃」というものだった。
こうしてヘルプヤクの魔女たちはまた次の世界へ。
イエマチで別れた凰華たちは……まあどっかへ。
さて、次のほにゃらら編ですが、申し訳ありません。
これまで小説を書きはじめてから一定間隔で執筆してきましたが、
これから数か月はいろいろがいろいろあって、
次章の公開予定が少々遠めになってしまいそうな気がががが……。
とはいえ、次の世界のお話は書いてみたかった内容なので
どうにか書けるようにコツコツがんばりまーす!
まあ、見てのとおり、またもや毛色が違うので、
お気に召してもらえるようお祈りしつつつつつ……。
では、またー。




