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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
77/81

桜色のレース(3)

 カッコつけた別れ際にして、格好のつかない流れ。

 おマヌケな苦笑いをこぼすナビに、凰華は無言でスタスタと歩み寄ると。


「ハァ、さっさと行きなさい。サワカの屋敷は白い家よ」

 それだけ言って、転送台に手を合わせると。

 ナビたちは一瞬で、シーズンズ・スクエアから春の大地に降り立っていた。


「ぐ、ぐんぬんぬ……」

 恥ずかしい。最後にキメられなかったナビが、今さら赤面を晒す。

「ボケが。ダサすぎて泣けてくらあ」

 レッドの追撃にも反論できない。


 という以前に、彼は自然とついてきていた。凰華も転送台の使い方が分かったと自負していたとおり、ナビとレッドだけをこの地に転送していた。


「レッドはよかったのですか。私についてきて」

「……しゃあねえだろうが、クソがよ」

「? そうですか」

 なにがしゃねえのかは、ナビも聞かない。

 男の子のナイーブな感情の機微にはまだまだうといのである。


 白い天塔と黒い天塔のどちらに行くか。フィカとの話し合いの段階からそうだったが、レッドはとくに異論もはさまず、ナビに寄り添っていた。

 そこは、彼がゴールドスカイナーにやってきてからの皇騎士の誓いを最優先としている証明だ。これぞまさしく人気投票四位の本領である。


「しっかし、ここがスプリング・ネストか。悪かねえな、おい」

「ですね。あれが凰華の言っていた、桜という木でしょう」


 二人が降り立ったのは、すぐ後ろで桜色の渡り橋が崩れきっているネストの端っこ。しばらく前にいたウィンター・ネストと隣接した側だった。


 目の前にはオータム・ネストの紅葉林と同じく、桃色の花を枯らすことなく永遠に散らしている桜並木が広がり、青々とした草花も交えて、爽やかな春の草原といった様相を呈している。黄色の空もなかなかどうして様になる。


 ちなみに、夏側・冬側ともに渡り橋を使えない絶海の大陸プレートとなってしまったスプリング・ネストの現状で、凰華たちまで手違いで一緒に来ていたら、シーズンズ・スクエアに戻るための転送台にたどり着くことは不可能であった。

 その点、秋の地主は最適な操作を行ったと言える。


 それと同じことだが、ナビとレッドはこれから先、転送台にはたどり着けない。そもそも使用することができない以上、碧い波に食われはじめたゴールドスカイナーからの脱出路は前方……黒い天塔しかなくなっている。


 碧い波に飲み込まれるよりも早く、桜野サワカの屋敷を探り当て、黒い天塔に滑りこみ、例の金色の渦巻きを起動し、また別の世界へと逃げ込む。

 以前は、追われながらも追いつかれないように逃げていたデスレースだったが、今回は激突する前にどれだけ距離を稼げるかのチキンレース。

 ついでに、少しでも命ゴイの仕様と違っていれば立ちゆかない、皮算用がすぎる計画であるが……それでも黒い天塔を選ばない理由は彼女にはない。


(どうせ行くなら、黒い天塔に決まっています)

 万命の令嬢いわく、ヘルプヤクの魔女は黒が似合うのだから。


「とりあえず、ネストの中心とやらを目指しましょう」

「おい、春の地主の屋敷ってのが見つかんなかったら大惨事だぞ」

「幸い、黒い天塔も同じ方向にありますし。大丈夫なはずです」

「はず、か」

「はず、です」


 ゆるやかな風に乗せて運ばれる桜の花を、銀色の一本髪に引っかけながら草原を歩み出す。例にもれず、スプリング・ネストも桜吹雪と緑草の二色だけではなく、真っ黄色に咲いたタンポポに、上品な色合いの紫スミレ。かわいらしい白のアクセントとなっているシロツメクサなどが散在しており、目が楽しい。


「なんだか、四季彩の大草原みたいです」

 すでに懐かしさすら感じる、サッドライク大陸の中央草原を思い起こす。


 通り道は散った桜が敷き詰められているが、道以外には不自然なくらい桜が落ちていない。土の地肌を晒している場所もいっさいない潔癖なデザインだ。

 実にゲームらしい表現の区分けであるが、おかげで桜のうえを歩いていけば景勝をめぐれる構造になっているのが、ここスプリング・ネストである。


「チッ、武器になるのはこんなもんしかねえか」

 歩きながら、レッドが桜の並木道に引っかかっていた桜の木の棒を拾う。

 わりと太く、頑丈そうに見えるそれが、彼の次の武器らしい。

「ふふっ、今度は木の棒ですか。情けないですね皇騎士十三皇」

「うっせえ。テメエのせいで俺は染め紅を……ケッ、もういいがよ。ケッ」


 これまでも頼りない武器をいくつか乗り換えてきた高貴な騎士であるが。

 桜の木の棒のしょうもなさは、パティシュヴァリエの泡立て器に比肩する。


 やんちゃ坊主が勇者の剣を振り回すように、頑丈な桜の木の棒を何度か振って手応えを確かめる。そうして黒魔女と侍騎士が歩く姿は春のピクニックデートのような朗らかさだが、しばらくしてお客さまが現れた。壊れたアニマラーだ。

 といっても、スプリング・ネストのアニマラーは。


「んだ、あのブッサイクなウサギはよ。歯がデカくて気持ちわりい」

「ふむ。オータム・ネストで見た、子鬼リスみたいですね」

 二人が目にしたアニマラー「歯ウサギ」は、春のブサカワマスコット枠。


「あちらは蝶でしょうか。真っ白でキレイ。シルクのハンカチみたいです」

「フワフワのハチもいるぞ。つっても、襲ってこねえみてぇで助かるが」

 モンシロチョウやミツバチといったものもいる。


 いずれも体表に桃紫の発光を浮かべていることから、これまで遭遇したアニマラーたちと同じく、二人は襲ってくるのかと警戒したが。

 どれも小動物以下のサイズ感で、歯ウサギにせよ、こちらをジッと眺めたあとすぐに走り去ってしまうなど、積極的に近づいてくるものはいない。


 ウィンター・ネストでは最初から最後まで行楽気分になどなれたものではなかったが、ナビは幻想的で居心地のいい景観に、気分がまったりしてきた。

 そのまま進んでいった先、桜並木の片側がなくなった道には清流が流れており、散って水面に浮かぶ川桜が春のなんたるかを感じさせてくれる。


「うむむ、オータム・ネストとスプリング・ネストで拮抗します」

「なんの拮抗だよ」

「もし私が移住するのなら、どっちがいいかで」

「移住者気分かよ」

「立場的には似たようなものですし、ふふっ」


 なお、移住者たちの居住地選びは風景のほかに、ネストごとのファッション感も大きな選択基準だった。プレイヤーアバターの衣装は現実的なものから非現実的なものまで、コネックの標準搭載オブジェクトやそのアレンジも含めてよりどりみどりに用意されているため、場所と衣装の嗜好で左右されていた。


 基本は風景や気温に即した肌面積のファッションではあるものの、例えばスプリング・ネストはどちらかというと「ファンタジー寄りな衣装」、オータム・ネストは「リアル寄りな山衣装」、ウィンター・ネストは「コートや民族衣装」などのトレンドがあり、それらは公式アイテムやユーザークリエイトアイテムの流通、一握りのインフルエンサーの影響などで変遷していった。


 サービス開始から終了まで、ずっとまったく変わることなく不変の流行であったサマー・ネストの「アグレッシブな水着」にせよ、細部の造形やナッツのような重ね着、パレオや小物のアクセントはその時々で時流があったものだ。


「俺ならこっちだな。サッドライク大陸みてぇで嫌いじゃねえ」

「むー、でもオータム・ネストも捨てがたい。凰華の家もステキでしたし」

 イエマチが提供されていたころは、こんな会話もされていたのだろう。だが。

「……考えるのも悪かねえが、碧い波を前に言ってもむなしいだけだぜ」

「……無粋な。まあ、そのとおりですが」


 チラリと目線を上げる。桜の花が舞い散る風景は美しいが、その先で。

 黄色の空と、碧い波とが、この世界を二色に分けている。


 気が滅入る光景だが、生涯二回目とあって心持ち余裕はある。

 打開策も経験済み。方法も分かっている。できるかは分からずとも。


 碧い波の動きはゆっくりだった。地理的にはまだスプリング・ネストの到達前、大陸プレートの外海付近にとどまっているようにも見えると、転送台での去り際、お隣さんのサマー・ネストに長年住んでいたナッツが目測で言っていた。

 急ぐ必要はあるが、焦る必要はない。そう思っていると。


「――――グルルルルゥ……」

 愉快なアニマラーたちも、うららかな春の獲物に引き寄せられたらしい。


「ッッ! お出ましだ、下がってろナビッ!」

 頼りない桜の木の棒を突き出し、相棒を片手で下がらせる。


 獲物を品定めするような目つきは鋭い。しなやかに動いている胴長の四足歩行。全身の体色は、黄色と茶色の間の子のような中間色に、黒いしましま模様。それとピンクとパープルの違和感しかない破損証明書も浮かべている。

 四足の先端には、スプリング・ネストの朗らかな光景にはまるで似つかわしくない、飢に餓える者に匹敵する凶暴な爪。一言で言えば、大きすぎる猫。


 二人の知識にはないが、それはトラと呼ばれる動物で。

 「夢楽園のガーデンタイガー」と呼ばれるアニマラー。

 不幸にも、スプリング・ネスト最大の目玉アニマラーだ。


「レッド、もう一度聞いておきますが、体のほうは」

「さっき回復した……が。コイツ次第じゃ、話が変わるな」

 シーズンズ・スクエアに寄ったおかげで、HPも全快している。

 ただ、先ほどまでガキ大将のように得意げになって振っていた桜の木の棒では。


「グルルゥ……ウォガアアァァァア!!」

 リアルにデカい大型トラの前では、気休めにもならない。


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