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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
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桜色のレース(2)

 音も知らせもなく、忽然と姿を表した白と黒の天塔、そして碧い波。

 それは紛れもなく命ゴイの世界、サッドライク大陸を襲った天災であった。


 白い天塔は五人の真後ろ。シーズンズ・スクエアでもひときわ高度がある、透明なガラス張りの近未来風高層ビルに重なるようにして現れた。

 しかし、大きさでは白い天塔のほうが圧倒的に高く、先端が見えないほどに空高くを貫いていて、移住者たちの町を見下ろしていた。


 一方、黒い天塔ははるか遠くの地。土地勘の働かないナビにはそれがどこにあるのか分からなかったが、黒い塔の背後から碧い波が迫っている。


 サッドライク大陸で逃げていたときとは真逆の構図。

 今度は、黒い天塔がいち早く飲まれてしまう位置にある。


「なによ、あれ……二本の塔と……海? まさかフィカが言っていた災厄の……」

「……おそらく、僕らのサッドライク大陸に現れたものと同じだろう……」

 同郷からの見解を求めるように、ナビとレッドにも目線が振られる。


「確証はありません。ですが、あの碧い波は私たちの世界を食らいつくしました」

「見違えるかよ、あんな禍々しいもん。仮に違ってようが害悪の塊だッ……」

 先ほどの飢に餓える者たちよりもずっと長く、背中を追われ続けた二人だ。

 もし性質が違っていたとしても、良性なものであるとは思わない。


「えっ、なになになに。え、え、え、あれ、あれなんなのぉ……?」

「コホン。ナッツにもちゃんと話すべきですね――」


 これまで、ナビたちの理解不能な事情はフワフワと流し聞きしていた彼女だが、害意が目に見える形で顕在したことで、ようやく、正しく、混乱した。


 ナビは自身のこと、サッドライク大陸のこと、白と黒の天塔のこと、碧い波のこと。それらをあらためて伝えた。短時間では十分な理解を得られなかったが。


「…………つまり、ゴールドスカイナーめっちゃヤバいってことじゃん!!!」

 開放的なパーカー水着姿に戻った賢い少女は、要点をちゃんと捉えた。


「そう、私はこのまま死ぬか、あなたたちのように別の世界に行くかってわけ」

「どうなるかは不明ですが、生きたいのならそう思っておくべきです」


 静かに揺れ動き、ときおり明滅している見慣れた碧い波。あれがこのままシーズンズ・スクエアまで迫ってくるのならば、今すぐにでもみなで白い天塔に向かい、また違う別世界に逃げられることを願うべきだった。


 予想だにできない、信じようもない発想だが、一度は成功した実体験。

 とはいえ理解が及んでいるとは到底言えず、場合によっては渦巻きが起動せず、ゴールドスカイナーに取り残されて死を待つしかなくなる可能性もある。


 いずれにせよ、その可否を知るための早急な行動が求められていた。


「ヘルプヤクの魔女よ。僕らは今すぐにでも、白い天塔に向かうべきだ」

 背後にそびえる白の塔を指さして、フィカが宣言する。

 彼はこのなかで唯一、白い天塔をとおってイエマチにやってきた。

「碧い波が迫っている以上、予断は許されない。すぐに白い天塔に避難するぞ」

 意味や構造を理解していなくても、あれが救済の道であるとすがるほかない。


「待ってください。それではスプリング・ネストのサワカさまが……」

 食い下がるナビに、凰華が酷な事実を告げる。

「ナビ。スプリング・ネストは、あの波が現れた方角にあるの」

「むっ」

「サワカに会いにいくのは危険よ。あの子がまだ、生きているのかも分からない」

「それは……その……」


 サマー・ネストのバルールカンも、ウィンター・ネストの霜割りの君も、壊れたアニマラーによってゴールドスカイナーから姿を消していた。

 生き残っていた地主は凰華だけ。それ以前に、各ネストの住人もほぼ生存していなかったのだ。ナッツと凰華に出会えただけでも奇跡である。


「スプリング・ネストに行くのは、あなたが言う、碧い波で自殺しにいくも同然」

「ですがっ」

「それに言ったでしょう。サワカはプレイヤーじゃない。私と同じこの世界の者」

 力強いアイラインが引かれた凰華のブラウンアイに、強い意志が宿る。


「言ったでしょう。私たちとプレイヤーは違う。ヤツらにとって私たちはただのモノ。好きなだけこねくり回して、弄んで、捨てるだけの存在なの。この世界はヤツらに都合のいい遊び場だった。最悪よね。私の人生もオータム・ネストの繁栄も、すべてヤツらの手のひらのうえ。私たちは生まれたときから気付かずに服従していた家畜なのよ。あなた、そんな傲慢な神にいつまで尻尾を振るつもり?」


 ナビ以外には飛躍した論理にしか聞こえていないが、それは世界構造の真理を知る者には当たり前の事実で、凰華が思考だけで導き出した終着点だ。

 イレギュラーな事態からプレイヤーの存在や概念を知ったとあっても、そのうえでたどり着いた彼女の聡明さは、実在の人間を含めても群を抜いている。


 みな、難しい顔で口を閉ざした。皇騎士十三皇ですらいつもの悪態を吐けないのは、凰華のまなざしがそれだけ真剣で、ひどく悲痛に見えたためだ。


「凰華は、本当に、そんな自分がイヤなのですね」

 だから優しく、子供に問いかけるようなナビの声は、彼女にとっては意外で。

 思わず、心からの言葉がこぼれてしまう。


「……そうね。そう、そうなんだと思うわ。私はたぶん、プレイヤーのことが嫌いなのではなくて……クスッ。私の人生が、人格が、存在が、計り知れない者たちに好き放題されていてもおかしくはなかった、矮小な自分が嫌いなのよ」

 こぼれた自嘲の笑みに、彼女の素顔を感じた。


「だってそうでしょ? ここは私たちが生きている世界なのに、移住者たちは気安く踏み荒らしたのよ。ええ、べつに、みんな、悪意のない善良な人たちばかりだった。それはちゃんと覚えているわ。でも怖いの。もしかしたら生み捨てられていった住人のように、私もヤツらに生み出されただけの物体で、この命もあの子たちと同じ……価値を認められなければゴミ扱いされていたかもしれないことが」

 深まる自嘲と悲哀に、ナビは耳を傾け続ける。


「もし、私を生み落とした存在が、信心すべき不可視な神のように崇高であれば、馬鹿な私は簡単に騙された。でも、移住者はそこにいた。目に見えて、手で触れられる神だった。馬鹿な私はそれだけで疑ってしまう。同じ人間だと思っていた私とプレイヤーが実は明確に違っていて、それを自覚できていなかった自分が滑稽で、惨めで……そんな矮小なおもちゃが、秋の地主だなんて誇り高き人間ぶって生きていたことに耐えられないのよ。私のプライドはね」


 コネックが提供するキャラクター用の学習指導型AIは原則、「自分はプレイヤーを楽しませるAI的存在である」といったメタ的観点の自我を持たない。

 これは作中の登場人物として、架空世界にはじめから演者として生まれ落ち、その世界でリアルに生きる存在を表現するためだ。世界的人気なテーマパークを生身で演じる非現実的なスタッフの、さらに一歩先の狙いとも言える。


 ゆえに、皇騎士らもメタ的な疑問を持たず、万命の令嬢という不自然なキャストたちを、あくまでサッドライク皇国で迎えるスタッフとして、ゲームとしての世界観に即した登場人物のまま応対してくれる。

 だからナビもレッドも、万命の令嬢のことを別世界の者であると認識しつつも、「自分はこの世界の人間だ」と自己の存在意義には疑問を持たなかった。


 そこまでして成立させるのが、エンタテインメントの大事な鍵……リアリティである。リアリティはなにも、現実世界に近しいことだけを指すのではない。人間らしい感情や体感で、非現実を実感させることもまたリアリティなのだから。


 ただ、凰華はゲームの概念に、NPCのまま近づいた存在だ。

 そうして考えついた結論は哲学と言ってもいいし、真理と言ってもいい。

 彼女のアイデンティティに突きつけられたのは――誰が私を生み落としたのか?


 彼女は己も、捨てられていったパートナーのように生み出されたと思っている。たとえ「君は固有NPCとしてのハンドメイドだ」と伝えたところで慰めにもならない。厳密にはプレイヤーとクリエイターの区分けを認識できていないが、パートナー生成機能の範疇では"どちらであろうと神"であることに変わりはない。

 むしろ、クリエイターが想像した世界で、ゲームキャラクターたちだけの生をまっとうできていたら、どれだけ気持ちが穏やかだったことか。


 プレイヤーは視認でき、神の御業を行使し、存在を認識させてしまったのだ。


 ゆえにプレイヤーなる超越的な存在が介入する世界を通して、彼女はゴールドスカイナーが、移住者のような目に見える神に作られたのではないのかと至った。


 この考えを、ナビたちに置き換えるのなら。


『私はプレイヤーをお世話するためだけに生まれた、ヘルプ役でしかないのです』

『俺はプレイヤーの嗜虐心を満たすためだけに生まれた、イケメン役でしかない』


 人に似た生物として人間に作られた、などと言っているに等しい。


 難しい問題だ。リアルの人間がこれを笑い飛ばして、目を背けていられるのは、目に見えない神々や自然というものから、美しい恩恵や雄大な成長を経て、超自然的に、自ら自発的に生まれることのできた種族だと自認しているからだ。


 それがもし、自分と同じように生きている、目に見える存在に作られていたとしたら。隣にいる似た姿の人類が、こちら側ではなく神の側にいたのなら。

 あまつさえ、そういった目に見える矮小な神が、己の人生をいいようにコントロールしていたとすれば……人は、知る以前までの自己を保てるのか?

 人間の欠陥は、輝かしき不可視の信仰で覆い隠さねば、感知できてしまうすべてを矮小化して認識してしまうことだ。だから、目に見える神は信じない。


 似たような煩悶の「水槽の脳」などをはじめ、こういったSFじみた問答は古来よりあったものだが。二〇六〇年代現在、これと同じ問題が、人工AIおよびクローン技術の発達により、代替生命の自我問題として世界中で討論され続けている。


「……ぁん? なに言ってんだおまえ」

「……難しいな。理解しがたい」

「……あ~、う゛ぁ~、ふぁ~」

 ただ、ゲームキャラクターたちには難しすぎるお話である。


「……私には、凰華を納得させられる答えがあまり思いつきませんが」

 ヘルプヤクの魔女とて、凰華の苦悩に対する答えは持ってはいない。けれど。


「私たちサッドライク大陸の人間は、十三神ケルイス=ヴァリアンシーによって生み落とされ、世の女性たちが連綿と紡いでいきました。私は孤児なので、母親の顔も知りませんが。仮に万命の令嬢や、そうでない神なる者が好き勝手に作った存在が私なのだとしても、私は生きています。今こうして、好きに生きています」

 教え導くことくらいはできる。


「ケッ、なんだ、さてはおまえ、くっだらねえ話だな?」

 ナビの言葉で思考が追いついたレッドも、彼なりのエールを送る。


「凰華、おまえの言ってることも分かんねえでもねえ。蛮女のクソどものことだ、あれが神だったとしても理解はできる。納得はしねえがな。ダセえ話だが、俺もフィカも好き放題されてきたおもちゃの人形だ。でも、生きてんだ。俺は今、俺の意思で生きてる。そこに蛮女の意志なんかこれっぽっちもねえ。それすら自問して難癖つけてダダこねるんなら、一生そこで足踏みしてろ。自分で自分を生かしてることすら肯定できねえやつは、どこにいたって生きてるたぁ言えねえよ」


 その意思すらも作られたものでは……などと話が進めば永久の命題に突入してしまうが、幸いなことに、彼らは人工知能の概念は知らずにいる。


 それに強めの暴論だが、人間だろうとAIだろうと最終的にはそのとおり。

 ナビのように、レッドのように、己を己で肯定する。

 それ以上に必要なことなど、人として生きるうえではあんまりない。


「つまらないことは、自分にメチャデカ都合よく考えるのがコツだそうです」

 どこかで聞いた名文句に、レッドが笑いをこぼす。

「ずいぶんと、軟派な教えで諭してくれるものね」

「ええ、時間がありませんので」

 ニッコリと、碧い波を手で示す。あれが生存のタイムリミット。

 直球で厳しい指摘は、さすが空気を読まないだけはある。


「……そうね。語るだけ無駄だった。サワカのことならもういい、私が行くわ」

「むっ」

「私が行って、サワカを連れてくる。このうえナビに任せていられるものですか」

「凰華……」

「あなたたち、説教くれたばかりでしょ? 私にも、好きに生きさせなさい」

「いや、すでにさっきウィンター・ネストで好き勝手されたのですが……」

「忘れたわ、そんな昔のこと」


 気を取り直した凰華が意気込み、さっそくスプリング・ネストに向かおうとするも、「待つんだ凰華」とフィカは反対の姿勢を示した。

 実際のところ、碧い波がやってくる方向へと進むのは自殺行為に等しい。


 それはナビとて分かっているし、新たな考えはもうある。


「凰華の気持ちはうれしいのですが、あなたはやっぱり残ってください」

「……イヤ」

「危険なのです。シーズンズ・スクエアに戻ってこられる保証もありません」

「それはナビだって」

「いえ、大丈夫です。私にはこれがあります」


 そう言うと、魔女は黒絹のローブの内側を探り、小石を取り出した。

 手のひらにはサッドライク大陸の脱出時にお世話になった、渦巻きの鍵。


「私は今度もまた、黒い天塔から逃げようと思います」

「ヘルプヤクの魔女ッ! わざわざ危険を冒すつもりかッ!」

「幸い、黒い天塔もスプリング・ネストのほうにあるのです。問題ありません」


 碧い波は、ゴールドスカイナー全体で言うところの東南、スプリング・ネスト側からやってくる。そこには旅の目的地である春の地主、桜野サワカの屋敷はもちろん、ナビがこの世界にやってきた黒い天塔も存在しているようだった。


 フィカの経験では、白い天塔から別世界に移動する際、特殊な物品は要求されなかったというが。黒い天塔はレッドが拾った「綿花輝石」が必要だった。


 つまるところナビは「サワカに会って、黒い天塔に逃げて、碧い波からスタコラサッサ」という計画でいる。だが凰華たちを連れてしまうと、輝石が大人数で利用できるのか、そもそも違う鍵が必要だったなら、などと懸念も多く、自分都合でフィカやナッツを連れていくのは気が引けていた。

 凰華のウィンター・ネスト行きには強引についていったくせに、自分のことになると周囲に奥ゆかしい。それがヘルプヤクの魔女である。


「私はもとより、白より黒です。今度もまた、あそこを目指します」

「……キミは言っても聞かないだろうな。いい、行け。今生の別れだ、蛮女め」

「こちらこそ。今度こそ一生ごきげんよう、外騎士二皇」

 皮肉な笑みを浮かべたあと。


「ナッツ」

「な、なに」

「ここまで、ありがとうございました。おかげで、また逃げてこられました」

「え、え、え……もしかして、ナビぃ、本当にお別れなのぉ……?」

「この先は危険ですので、ナッツは外騎士二皇についていってください」

「ねえねえねえ、その塔ってので、もし私と違う世界にいっちゃったら……」

「そこはお祈りしておきましょう。また同じ、違う世界で再会できることを」


 感極まったナッツが、涙を浮かべてナビにハグ突撃する。

 が、黒魔女はどんくさながらサラリとよけて、イケズな塩対応で済ませる。


「凰華も、ありがとう。これまでたくさん助かりました」

「べつに、構わないわ」

「サワカさまのことは私に任せてください。あなたも早く白い天塔に」

「口惜しいけど……もしサワカが生きていたら、一緒に連れていってあげて」

「もちろんです」

「うれしかったわ。賢い魔女さんとお話しできて」

「私もです」

「クスッ、頼りがいはなかったけれどね」

「むっ」

 逆イケズでムッと頭にきつつも、背を折り曲げて返礼する。


 生存目的であれば、ナビもシーズンズ・スクエアに残るのが最善だが。

 でも、彼女はやりたいことを押し通す、蛮女の総統なのである。


「さようなら、ナッツ、凰華、またお会いしましょう。外騎士二皇は別として」

 目指すはスプリング・ネスト。春の地主がいるであろう春の屋敷。

 前方からは碧い波。危険が迫りくる方向への決死行。

 それでもナビは黒絹のローブを華麗に翻し、転送台のもとで手を掲げ――。


「…………あっ」

 一拍のキョトンを経たのち、鮮やかに言ってのける。

「……あのぉ、凰華ぁ。これ動かないんでぇ、あっちに送ってくれません?」

 去り際のマヌケさも、さすが蛮女だ。


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