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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
74/81

絶寒(11)

 休む間もなく、食料すらなく、五人は吹雪がすさぶ雪山に繰り出した。

 レッドの武器にせよ、銀槍を引き抜いた直後に飢に餓える者が動き出したらマズいというオカルト的な観念から、満場一致で「そのままで」となった。


「ふ、二人とも、体は大丈夫ですか」

 ブルブルと震えながら、モッズコートの魔女が心配するも。

「……だぁから問題ねぇっての。ケッ、貧弱女が心配すんな」

「……歩くくらいなら容易だ」


 皇束スキル後のペナルティを押し隠し、平気な顔をしているが、彼らはそれ以前に低体力で瀕死の体を引きずっているため、節々の痛みは想像を絶する。

 それでも強がってみせる。それが彼らイケメンの魂の宿命だ。


 雪風の強さは今朝方、凍え山の山小屋近くで雪没夜叉が出現したときのように、すこし前の視界すらも怪しくなるほどに吹きすさんでいた。


 敵アニマラーの姿は見えないが、天候が危険なほどに悪化しているため、寒さにトラウマを植えつけられているナビとナッツは、動きに躊躇がある。

 レッドとフィカは、やはり彼女らを案じて休むべきかと勘案するが。


「スプリング・ネストはあっちの方角よ。一気に山を下るわ」

「き、危険ではないですかぁ……ブルブル」

 モッズコートの首元のファーを顔に寄せ、必死に暖を取る。

「今さら。この山じゃ、どこにいても危険よ。夜までに動くほうがまだマシ」

「で、ですがぁ……ブルブル」

 怖じ気づいたナビが一歩下がるも、ガシッ!


 ニッコリ笑った凰華が、右手でナビ、左手でナッツをつかみ上げて。

「さあ、行くわよ」走った。

「え、わ、む、むっきゃあああぁぁぁぁあーーーー!!!」

「バッちょっわっ凰華さま止まって止まって止まってーーー!!!」

 やって来たほうとは逆。下り坂になっている雪道を一気に走っていく。


「おいこらクソ女ッ! 勝手にいくんじゃ――」

 凰華の強引さに憤ったのも、つかの間。

「レ、レッドォ! マズいぞ! 後ろから敵が来ている! 走れッッ!!!」

「ぁん……? ちょっ、おい! んだありゃ!? ざけんなッッ!!!」


 状況に置いていかれた青年二人だったが、急に本気で、今にも視界から消えてしまいそうなナビたちの背中を追いかけた。その理由は背後にあり。


「グゥガァ!」「グゥガァァー!!」「グゥガァァァーー!!」

「シィッ、シィッ」「シィッ!」「シィッー!!」


 小柄な飢に餓える者、大きめな飢に餓える者、超巨大な飢に餓える者。

 その脇で、従者のように駆けて迫ってくる小粒な雪没夜叉たち。

 ウィンター・ネストのホラーな仲間たちが、雪崩となって迫ってきた。


 これはひとえに、先ほどの飢に餓える者がプログラム的に異常な動作停止をし、ゲーム的にも異常な死を迎えていることに起因していた。


 まず、ウィンター・ネストのみならずゴールドスカイナーのアニマラーは通常、移住者によって捕獲された際、その付近でリポップすることはない。

 その理由は、野生生物がポンッとプログラム処理で出現する様子をプレイヤーが目にすると、世界観への没入感が薄れ、ゲームではあるが「リアリティのある世界でゲーム的な視点を再認識させてしまう」ことを懸念してだ。


 そのためイエマチでは、移住者の視認有無をチェック項目に入れたいくつかの湧き地点を中心とし、アニマラーが捕獲されたとき、空き地点となったスペースに向かって"すでにポップ済みで巡回中している、周辺の個体を該当地点へと移動させ、アニマラーのいない場所を穴埋めする"という構造が採用されている。


 よくある定点ポップで一定範囲をうろつかせるMOB湧きではない、空き地点を生態系全体で埋めるように流動するこの仕組みにより、ゴールドスカイナーではアニマラーたちがフィールド内を活発に動き回る様子が生まれた。

 これも、全盛期のアニマラーウォッチングが盛んだった理由の一つだ。


 オータム・ネストの渡り橋から落下した八乙女狐たちも、この仕組みに則って、自分たちが開けた箇所の穴埋めのために移動していたにすぎない。

 その動きはあくまでプログラムであり、自然な生態ではないのだが。それを不自然と捉えず、野生の一面を目にしたとホッコリできるのが人の感性である。


「騒がしい男たちね、いったいな……なッッッ!?!?!?」

 愚痴った凰華が、後ろから追いついてきたうるさい青年二人を横目で見て。

 わめきながら指さしされた背後を目にして、驚愕する。


 飢に餓える者が一匹、「グゥガァ!」。

 飢に餓える者が二匹、「グゥガァァ!」。

 飢に餓える者がさらに何匹、「グゥガァッ!」。

 ついでに雪没夜叉も何匹、「シィ!」「シィ!」「シィ!」。

 そこに広がる地獄絵図に、凰華は無言で加速した。


 本来のイエマチなら、ペットを連れた移住者たちの会合でもなければ、こう何匹も、何十匹も、自然のアニマラーが同じ箇所に集まることはない。

 そうならない、そう見えないための生態系流動構造なのだ。


 だが、この壊れた世界で、壊れたアニマラーたち。先ほど白狼が倒した飢に餓える者は、今のゴールドスカイナーにおいて正しく"不死身"であった。プログラムの異常動作で、ソースコードが塗り変わってしまったせいである。

 ほかのアニマラーたちだってそうだ。フィカの言うとおり、絶対に殺すことのできない不死身のモンスターと化している……はずなのだが。


 狼と熊。壊れたアニマラー同士の戦いは、正規処理ではない形で飢に餓える者を停止させた。そしてあの黒熊は現在、冬の地主の屋敷で"死に続けている"。

 死にはしないが、銀槍が不純なオブジェクト干渉をし続け、不規則に死に続けているあの個体は現在、一定間隔で死亡……もといイエマチでいう「捕獲済み信号」を発し続けており、ウィンター・ネストはその信号に反応して、別のアニマラーで冬の地主の屋敷周辺の空きスポットを穴埋めしようとしている。


 そのため、死なないのに死に続けている飢に餓える者が、ほかのアニマラーを呼び続けてしまっている。もうまもなく、ウィンター・ネストの中央部たる凍え山の全域から、すべての壊れたアニマラーが呼び寄せられる段階だ。


 もし、あのまま屋敷にとどまっていれば、どうなっていたことか。

 構造を知らない以上、逃げてよかったなどと感想を出せる者はいないが。

 今はなによりも、この過酷な冬の大自然デスレースに走り勝たねばならない。


「はっ、はやっ、あばば、あばばばば! うぺっ!」

 走るのがヘタなナビは、口に入り込む吹雪とも激闘している。


 後ろを振り返ると、到底太刀打ちできない壊れたアニマラーたちが群体となり、さらに時間経過に応じてまだまだ集まってきて、追っかけてくる。

 最初に捕捉されてしまった時点で、全個体がナビたちへのアクティブ状態を共有してしまい、後続もすぐさま伝染して、鬼ごっこの新たな鬼に加わっていく。


 そのわんさかっぷりは、古代MMORPGの伝統芸能「トレイン」じみた光景だが、ALRの世界だろうとリアルに生きる彼女らにはたまったもんじゃない。


「お、凰華、うぺっ、ぺっ! はやすっ、はやすぎますーっ!」

「止まらないのッ! 口より足を使いなさい! ほらナッツも手伝って!」

「はいはいはーーーい!!!」


 引っぱられるどころか、いつの間にか凰華と並走していたナッツが逆サイドに向かい、ナビの右半身側に立ち、空いている右手をつかんだ。

 またしても、彼女は両サイドから引っぱられるロズウェル構図となった。


「もう最悪よッ! これで命の危険も何度目よッ!!」

 変貌した世界の悪意に、秋の地主はたまったもんじゃないと嘆く。

「私は十度目ですけどねっ! うぺっ、ぺっ!」

 なぜにマウンティング姿勢なのか、どんくさ魔女がイキり返す。


 視界もせまいなかで、恐ろしき大名行列。下り坂を死ぬ気で走っているが、雪道に強い凶悪なアニマラーたちが徐々に距離を詰めてくる。

 レッドとフィカは女三人の真後ろに張りつき、本当にいざとなったら身を挺して時間を稼ぐ意思を固めているが、まだ死にたくはないのでとにかく走る。


 冬の地主の屋敷までの道のりよりも、さらに角度のきつい斜路。

 両足が空転して転びかねない速度は、死に直面した緊張感で乗りきる。


 そうして、いくつかのまばらな針葉樹林を脇目で通りすぎたころ、降雪も斜度も段々と減っていき……次第に冬越しの花の黄緑、花枯れの冬芽の茶色、冬の終わりを告げているのか、雪割桜の淡い桃色が目に入り込んでくる。


 そして山を下りきった。いつの間にか吹雪も収まっている。

 それが季節の変わり目。五人の両目は白い橋、冬の出口。

 スプリング・ネストへと向かうための渡り橋を捉えた。


「フゥフゥ、あったわ! 春の渡り橋よッ!」

「ゼェ、し、しぬっ、ゼェゼェ……ひゅー……!」

「がんばれーナビぃ! もうちょっとあとちょっとだよーーー!!!」

「グゥッ……フィカ、オマエ、疲れてんじゃ、ねえだろうなあッ!」

「ウグッ……キミこそ、ノロマな、足手まといは、主人に似たかッ!」


 凰華とナッツ、お荷物のナビ、消耗したレッドとフィカの順に、長らく続いていた雪道から脱し、ようやく硬い地面の真っ白な渡り橋に踏み入れた。


 一瞬の安堵ののち、みなチラリと背後を振り返ると、壊れたアニマラーたちはそろそろおいとま……といったうれしいサプライズはなく、本来ではありえない渡り橋侵入を堂々と敢行し、何頭もの黒熊が渡り橋を黒々とさせている。


 背後に迫るアニマラーたちは本来の活動エリア外でも足を止めず、黒熊は爪を、夜叉は刃物を振るい、獲物めがけて大群で押し寄せてくる。

 すでにウィンター・ネストのホラー領域も抜けているのだが、彼らは生活圏外だからと規定動作でピタッと立ち止まり反転してくれることなどない。

 生物らしい挙動を優先させたいという、イエマチのいらぬお節介のせいだ。


「ヤバいヤバいヤバいぃ!!! 早くスプリング・ネストにーーー!!!」

「ナビッ! 疲れてないで走りなさい、このどんくさッ!」

「ハァハァ、ぐ、ぐんぬんぬ! ……って、凰華っ! 前っ!」

 荷物を介護していた凰華が、指摘されて前を見る。

 そこで目にしたのは、絶望だ。


「そんな、橋がない……ないですってっ!?!?」

 渡り橋の中央部。そこから先が崩れたようになくなり、空隙をさらしていた。


 ウィンター・ネストの領域を示す、真っ白な橋の地面の先には、スプリング・ネストの領域を示す、可憐な桜色の足場が続いている。だが、それもわずか数メートル程度。その先は力任せに壊されたように割れていて、地面がない。


「テメェら、なに止まって……んだッ!? こりゃあ!?」

「ッ、橋がなくなっている……のか……」

「た、たぶん夏側と同じ。深々海クラーケンが壊しちゃったんだぁ……!!!」


 橋の様子は、ナッツがサマー・ネストからスプリング・ネストへ逃げ込もうとしたときに見た状況と酷似しているようで、海の巨大アニマラーのせいだという。

 これが、夏の大海生物とご近所さんな春が被った悲劇であった。


 ポッカリ空いた足場は、40メートル近くも続いている。橋の向こう側まで行くには空を飛ぶに等しい跳躍ができないと届きそうにない。対岸には一面桃色の桜咲く幻想的な景色が広がっているが、足元は崖。急転直下で海。


 オータム・ネストで八乙女狐たちにやったように、ダイナミックすぎるエントリーで飛び込むのも一興だが。不死身の体でなければ絶えられないだろう。


「ケッ……俺らで行くしかねえな、死にによ」

「……道の一本くらい、切り開いてみせる」

 青年二人は、覚悟を決める。


「そんな、こんなことって……」「凰華っ」

 橋がない。後ろからは数え切れないほどの飢に餓える者と雪没夜叉。

 それでもレッドとフィカは持ちこたえてくれるのか。

「どうする、どうすれば……」「凰華っ!」

 否。抗えない。食われるだけ。いっそのこと八乙女狐のように海に落ちるか。

 誰もが混乱し、口を閉ざすしかない状況にあって。

「凰華っっ!!!」

 パシン。ナビの小さな両手が、彼女よりわずかに背の高い凰華の頬をはさむ。


「聞いてください。伸るか反るかです、アレを使いましょう」

「……アレって?」

「アレですよ、アレっ。アレアレっ!」

 ヘルプヤクの魔女があやふやに教え導いたのは前ではなく、右。

 そこには牧歌的な世界観に似つかわしくない、ATMのような台。


「凰華はあれで、シーズンズ・スクエアに行っていたのですよね」

「…………この土壇場で試せ、ってわけね」

「賢い人は好きですよ」

「ナマイキな女は嫌いよ」

 返事と同時に、凰華が走る。


「ほらレッドも外騎士二皇も! そんなところで止まってないで早く行くっ!」

「お、おぅ……」「く、くぅ……」

 格好つけようとしていた男たちが尻を叩かれ、イマイチな顔で了承する。

 彼らの場合、死の寸前になって矜持を見せつけるが。

 ナビは、死ぬ寸前まで逃げ続ける。その違いだ。


 後ろからアニマラーたちが間近に迫ってくるなか、凰華を先頭に五人は右手側、灰色の地面の先にある台座のほうへと向かい、全速力で走る。

 それは各ネストを行き来する渡り橋に必ず設置されていた、シーズンズ・スクエアへ向かうためのアクセス端末。プレイヤーデータを読み取って転送させる移住者専用のそれは、NPCたるナビたちには扱えるものではないが。


 このなかで唯一、大陸中央で開かれるイベントごとのために、ワープさせる演出では味気ないと、イベント当日にオータム・ネストの拠点から従者とともに歩いて渡り橋まで向かい、それもまた演出として見せ物にされていたNPC。

 システム的に転送台の利用許可を持つ秋の地主、凰華がいる。


「開かなかったら承知しないわよッ、シーズンズ・スクエアッ!!!」

 凰華が、透明なアクリル台に勢いよく五指を叩きつけると。

 台座は翠玉色の光を放ち。


「グゥガァァァ!!!」

 飢に餓える者が、大口を開いて両腕を上げ、その爪を振り下ろした瞬間。

 ポンッ……と。アニマルポンに負けないマヌケな効果音が響き。

 ナビたちの姿は、渡り橋のうえから消失していた。


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