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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
71/81

絶寒(8)

「ウガゥッ!」

 黒熊の腕に嚙みついた白狼が、牙の並ぶ口元をガリガリと動かす。

「グゥガァッ!?」

 飢に餓える者は、まさか痛いのか。

 驚くようにしてのけぞり、悲痛なうめき声を漏らした。


 先頭を行く凰華の頭部が、その豪腕で切り裂かれる寸前のこと。

 みなの視野外から飛び込んできた白狼の姿。


 当の狼も壊れたアニマラーのようで、雪の色に似た白い胴体にはピンクとパープルのまだら模様が裂傷のような形状で浮かび、鈍く発光していた。


「…………セイヴッ……!」

「お、凰華っ!」「しぬしぬしぬぅー!!!」


 窮地を脱出したばかりで意識が追いついていないのか、動かぬ凰華に対し、ともかく好機と捉えたナビとナッツは、それまで引きずられていた震える体を精いっぱい前に出し、逆に凰華を引きずるようにして斜面を駆け上がっていく。


 一方、彼女らの間近に迫った飢に餓える者は、己の右腕にガシリと食らいついた白狼を振り払わんと、その場で大きく暴れはじめた。

 だが、白き狼は巧みな身のこなしで暴力の渦からサッと逃れる。

 さらに黒熊の両手両足に噛みつくべく、何度も突撃を繰り返した。


 その間、黒熊に突破されたレッドとフィカは己のふがいなさを顔に貼り付けながら、ナビたちと合流。「なんだか分かんねえが、行くぞナビッ!」飢に餓える者と相対する白狼の存在を気にしながらも、即座に撤退へと移る。


 いつの間にか、飢に餓える者の意識は青き眼の白狼に釘付けとなっており、逃げていく脆弱な人間たちの姿は眼中から消え去っていた。

 ただ一人、凰華だけは後ろ髪を引かれるようにして、背後で戦う白狼の姿を横目で見続けた。そのうち吹雪で視界がなくなり、見えなくなったころ。

 前を向き、ナビとナッツに引っぱられながらも山を登ることに専念した。


「ゼェっ! ハァっ! ひゅーひゅー、けほっ。し、死んでしまうっ……」

「いいから走れ! どんくさ魔女がッ!」

 隣で発破をかけるレッドも、皇束解除・終式の影響で動きが鈍い。


 青年二人は、死地に相対していたことでの疲労。

 凰華は、女二人を引っぱってきたことでの疲労。

 ナビとナッツは、凍える体を無理やり押しての疲労。


 全員、疲弊した体を引きずっての逃亡は限界に近いが、今は少しでも遠くに逃げなければ、あの飢に餓える者に追いつかれる可能性があった。


 追跡者の気配はない。もしあっても、背後を読み取れるほどの余裕はない。

 遭難に近しい雪山での行軍は、苦しさはリアルの人間と同様だが、パラメータと仕様に支えられたゲームキャラクターでなければ生存自体が不可能だった。


 十分、三十分、一時間……歩みがどんどん遅滞していく、終わらぬ逃走劇。

 今やウィンター・ネストの行楽ルートから完全に外れ、ただでさえ殺風景な景色が、やまない吹雪にすべて覆われている。休む場所も、目印となる場所も見当たらない。すべてを凰華の記憶に任せ、それでいて誰も文句を言わずに、ただただ足を動かして、安堵を得られるそのときまで各自の痛みに耐え続ける。


 そして、その甲斐は報われた。


「ッ、あった……冬の地主の屋敷よ……!」

「ごほっ、げほっ、うべ……ぐえぇ……」

「ナビぃ……がんばれぇ……! ゴールかもだよゴールぅ……!」


 最初は奮起していたヘルプヤクの魔女が息絶え絶えで沈み、最終的に凰華とナッツに、かの有名なロズウェル事件ばりの構図でヘルプされていたころ。

 一同の目に、小さな教会に似た、古城のような建物が映り込んだ。


 吹雪と疲労で霞む両眼では、建物の精巧な意匠が見えづらいが、色素の薄い青い屋根と灰色の壁面、屋敷の前面には白い両開きの扉が見える。

 扉は表面がボロボロで、なにかに喰い破られたような穴がいくつもあった。


 まずはレッドとフィカが一目散にたどり着き、二枚の扉を力任せに開く。

 それから凰華とナッツを引き入れ、お荷物と化したナビの背を支えながら送り込み、外の様子を確認したのち体を潜り込ませる。そして急ぎ、扉を閉めた。


「ッッ、ハァー…………クックク、どうにか助かったかよ」

「フゥ……今はそうだと信じよう」

 屋内の安全を確信すると、こわばっていた体が弛緩する。


 冬の地主の屋敷は、凰華が住んでいた和洋中折衷な屋敷とは趣きが異なり、四方八方がコンクリートじみた灰色のレンガで固められていた。

 内部は吹き抜け天井。高さはあるが二階は存在せず、部屋も見当たらないワンフロアの空間。生活臭のなさは、まさにゲームに出てくる教会のよう。


 入り口から伸びている赤い絨毯は、ボロボロにすり切れている箇所も多い。

 デザイン性の低い質素な椅子やテーブルも、温かみのなさに一役買っている。

 ただ、屋敷正面。奥の壁には精巧で美しいステンドグラスが飾られている。


 女神のように荘厳な女性が、雪降る白銀世界で、天の光を仰ぎながら、せつない表情を浮かべる絵図。そこには宗教観ないし死生観を感じさせるものがあった。


 全体的に、人によっては牢獄を想像しかねない無骨な屋敷であるが。

 ウィンター・ネストの情景としては、そう似合わないものではなかった。


「ゼェ、ゼェ……凰華、ここが、目的地、でしょうか」

「ええ、そうよ」

「げほっ……それで、霜割りの君、は」

「…………ええ」


 凰華がダウンコートを脱ぎ、椅子にかけ、西洋ドレス風の紅葉色の着物を揺らしながら一人、屋敷の奥へと進む。絨毯の毛が残っている場所は柔らかな足音だが、すり切れている箇所ではコツコツと地面を叩く、硬質な足音が響く。


 女神のステンドグラスの正面までいくと、彼女は長い棒きれのようなものを前にして立ち止まった。それまで、ほかの四人にはそれが屋敷の飾りに見えていたが、凰華の静かな背中に並んだことで、ハッと息をのむ。

 棒きれに見えていたものは、正確には金属製の槍。華美な装飾はいっさい施されていない、銀一色の長槍。オブジェに見えていた槍の直下には布。衣服。


 使い古してクタクタになった動物性の白い毛を蓄えた、温かそうな厚手の外套。

 飾り気のない黒シャツとスラックスは、持ち主の細身を表しているスリムさ。

 ほかにも、ボロくも頑丈そうなブーツや貴金属が散在しているが。

 それはどう見ても、アニマラーに襲われた者の残骸にしか見えない。


「おいおいおい、おい。もしかしてだが、ここで襲われたってのかよ……」

 知らない相手だろうに。それでも悔しそうに、皇騎士は歯を食いしばった。

「みたいね……クスッ、よくよく、不運な定めが似合う男ね」

 口は小ばかにするように笑うも、目元の憂いを隠せていない。

「ほかの人間は。ほかに住んでたヤツはいねえのか」

「いないわ。彼は孤高なの。屋敷に住んでいたのは霜割りの君と、半身の狼だけ」

「オオカミ……? もしかして、さっきの白い子ですか」

「さあ、知らない。最後に会ったのなんて、私がまだ幼いころだったもの」


 冬の地主の屋敷、ひいては冬の地主「霜割りの君」は、ウィンター・ネストにおける孤独と孤高の象徴だった。エンタメ的な難点からホラーテイストが課せられた山側には、霜割りの君と相棒のアニマラーしか住んでおらず、彼らは楽しげな冬をイメージした大陸プレート外縁部の住人たちとも隔絶されていた。


 理由は端的に、霜割りの君がウィンター・ネストの厳冬恐山を生き抜き、耐えしのぐ、狩人であったためだ。楽しく牧歌的なイエマチのエンタメ感とは打って変わるそのシリアスさはむしろ、命ゴイの皇騎士たちに通じるものがあった。

 孤高の美青年狩人、というビジュアル的な話としても。


「そう、彼、最後まで飢に餓える者と戦っていたのね」

 凰華の白い指が、銀槍を愛おしそうに撫でる。

 そこには、彼女しか知らない感情がこもっている。


 凰華の指先の動きに、深い情愛のただならぬ気配を感じた者たち……空気を読めるイケメン二人とナッツは、黙って口を閉じて、秋の地主を見つめた。

 惜しむらくは、空気を読めない魔女の存在だ。


「…………じゃがいもぉ……今日は、お夕飯、抜きなのでしょうか……」

 とても悲しそうな顔で、フィカが見捨てたらしい食料に思いをはせる。

 まだ昼すぎであるが、疲労のせいでナビのお腹が空いてきている。

「このあたりには冬野菜の花しかないはず。今日の食事は諦めるしかないわね」

「そんなぁ…………」

 ナビのすごく悲しそうな顔を見て、凰華はクスッと、たおやかに笑った。

 それで気を取り直したか……に思えたが。


「私たち、ここで別れましょう」

 彼女の言葉の意味を、正しく咀嚼できた者はいなかった。


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