絶寒(6)
「シィッ、シィッ」
老婆のような背格好の般若面。右手には短く幅広の刃物。
昨晩苦しめられた壊れたアニマラー、雪没夜叉が再度襲撃してきた。
「なっ、うぷっっ!」
だが雪没夜叉よりも先に、鋭く冷たい雪風に攻め寄られる。
雪没夜叉が連れてきたように見える吹雪は、先ほどまでの晴天を一気に塗り替えてしまい、あたり一面を不穏さと冷気で覆い尽くした。
これは特殊能力ではなく、ウィンター・ネストにおけるホラー演出の一環として「ホラー系アニマラーの接近時に吹雪く」といった強制的な気候変化だ。
「ふ、吹雪がっ、むきゃっ!」
「ナビも凰華さまもっ! 早く早くこっちこっちこっち死んじゃうーーー!!!」
すぐさま駆け寄ったナッツが、二人の手を引っぱり、下がらせる。
雪没夜叉は距離を取ることなくすぐさま接近してきたが、彼女らと入れ替わるようにしてフィカとレッドが前に出て、不気味な般若面と対峙する。
「メチャデカッ!」
ミニハナも元気に鳴く。すでに交戦状態。
彼女の生態もまた、相手に近いものがある。
アニマルポンで呼び出されるミニハナリナは単純に、敵オブジェクトがいるときは汚いミニハナが、いないときは清楚なミニリナが出てくる仕組みだった。
一種の変身アニマラーのようにも見えるが、バトル中や敵対生物がいるフィールドか、そうでないかで切り替わるだけなので、実にゲーム的だ。
それゆえ、うまく使えばモンスター発見のアラートになり、そうでなければ敵をおびき寄せるだけのメガホンとなり、オリジナルと同じく扱い方によって面倒ごとの大小が変わる。ある意味、原作再現に忠実な生態である。
「シィッ、シィッ」「メチャデカッ!」
ミニハナの万命術は健在。雪没夜叉が見えないハンマーで殴られたかのようにのけぞり、踏み足を止めた。レッドも安全にナビ、凰華、ナッツを背後に隠すことができ、フィカは前に飛び出して、敵の出方をうかがっている。
青年らの立ち位置は、戦闘時はフィカが前面に立つという決まりが男同士の間で交わされていた。それというのも、レッドがすでにHPがギリギリである証明の皇束解除・終式を使ってしまい、回復の手立てがないゆえだ。
それにしては皇騎士十三皇の顔つきが不服そうなのは、性格のせいである。
「うーーー!!! さぶさぶさぶいっ!!! さぶいってーーー!!!」
夏の子ナッツが寒さにわめき立てる。
雪没夜叉が連れてきた吹雪は、素肌が痛いほどに冷たい。
「うっぷ、うぺっ、ぺっ!」
ナビは口のなかに吹雪が入り込み、品がないが必死に吐き出す。
そうするとまた、雪が開けた口内に侵入してくる堂々めぐり。
不器用さが仇となっている。
「シィッ!」雪没夜叉が高速接近。刃物を一振りした。
「クッ、視界が悪いなッ……!」
フィカはそれを、ティア・フロトゥピスでなんなく受け止める。
「メチャデカッ!」
そして確定ヒットの万命術が、雪没夜叉に刺さる。
ミニハナの万命術に対して、レッドとフィカもそろそろ耐性がついてきたのか、おぞましげな表情こそ変えないが、自傷ダメージを受ける様子はなくなった。
ただ、雪没夜叉の動きが思っていたよりも早かった。
命ゴイでは文句なしの最上位に位置するフィカの剣技でも捉えることが難しく、人とはまるで違うアニマラーの動きに、被撃こそないが矜持が削られる。
吹雪は次第に悪化し、青年らの白い皇騎士マントも景色に同化しはじめ、視認しづらくなっていった。ナッツのウサ耳ファーコートもまた、多少の乳白色の違いを捉えないと見づらくなっている。それほどまでに雪と風が猛威を振るう。
「メチャデカッ!」
ミニハナの声が雪没夜叉に届き、ダメージを与えている……はずだが。
相手は壊れたアニマラー。消耗戦での勝利は見込みづらい。
「――シィ、シィ」
さらに雪没夜叉は、相対していたフィカから一瞬で飛び離れ、吹雪のなかへ。
相手も白い装束だけに雪に隠れてしまい、姿がまるで見えなくなる。
「レッドォ! 敵が隠れている、周囲を警戒するんだッ!」
「言われねえでもッ! テメェらはちゃんと後ろに――」
警告のため後ろを振り返った、レッドの金色の目に。
「わっ」
「えっ」
「シィ」
「なッ!」
三人のはずが、なぜか四人。
ナッツの真横に、姿を隠していた雪没夜叉が現れ。
「シィッ」
「ぎゃ、ぎゃあああーーー!!! 死ぬ死ぬ死ぬぅーーー!!!」
刃物を振り下ろす、が。
モコモコ毛のウサ耳ガールは身体能力を生かして逃げた。
「オイッ! ナッツどこいきやが、グッ、邪魔すんなッ!」
「シィッ」
獲物を逃がした雪没夜叉が、すかさずレッドに斬撃を入れようとする。
だが赤髪の侍騎士はすぐに反応し、体当たりと片腕で跳ね飛ばす。
「甘えんだよクソお面がッ! って、またどこいきやがったぁ!?」
吹き飛んだ敵がまた吹雪に身を隠し、ステルス状態に入った。
「ナッツっ! どこですかナッツっ!」
「ナッツ! 早くこちらに来なさいッ!」
敵に見つかることを心配するよりも先に、ナビと凰華がナッツに大声で呼びかける。吹雪は視界を奪うどころか、聴覚をも支配する轟音の風鳴りを起こしており、近距離であっても声が届いているのか分からないほどに悪化していた。
かといって声を出すのは危険なのだが、彼女たちは今この瞬間、ナッツが雪没夜叉に襲われていないかを最優先で気にかけ、必死に声を張り続ける。
フィカも近くに駆け寄ってきて、周囲に視線を配る。トテトテと雪道に小さな足跡をつけてやってきたミニハナも四方八方にメチャデカメチャデカと叫び、ところ構わず相手の居場所をサーチしようとする。
しかし、気配を感じられない。みな視界を猛吹雪に覆われてしまっていた。
「――――ぬー……」
「むっ!」
そんな環境下にあって、そのか細い声がナビに聞こえたのは奇跡か、運命か。
「――しぬーーーっ……」
「ナッツっ!!!」急ぎ、駆ける。
「おいテメッ!?」レッドの右手は、黒絹のローブをつかめなかった。
ナビは走った。声が聞こえたほうへ。一直線であるが、方向は直感任せ。
後方ではナビをひっ捕まえようと、保護者兼皇騎士のレッドが近寄ってくる気配があったものの、すぐに何者かに止められてしまう物音がした。
おそらく、雪没夜叉が分断の瞬間を再襲撃していた。
「ナッツっ!!! どこですかナッツっ!!!」
必死に声を出す。先ほどのか細い声が、今は聞こえない。
「ナッツっ!!! ナッツっ!!! ナッツーーーっ!!!」
モッズコートからはみ出た指先が冷たく凍える。
震える段階はとおりすぎて、指が焼かれているかのように痛い。
それでも声を張った。彼女は夏の人。ウィンター・ネストに来てからはずっと、寒さを嫌がっていた。嫌なだけならいい。けど今は、それが命の危機に直面しているかもしれない。このままはぐれれば二度と再会できないかもしれない。
ここで私が見つけなければ、二度と笑い合えないかもしれない。
方向が違ったのか。判断の誤りだったのか。ナッツは見つからない。
ナビはひとまず落ち着こうと、周辺を探るべく踏みとどまると。
「ぐぎゃっ!」
「むっ!」
ちょうど切り返そうとしていた足元で、雪とは違うなにかの感触。
「ふ、踏んでる踏んでる……痛いし寒いしさぶいさぶいさぶい死ぬぅ……」
「ナッツっ!!!!」
そこには地面の降雪と同化していたナッツが、丸まって横たわっていた。
雪にうずもれた彼女を抱き起こし、体を確認する。
パッと見で外傷はない。単に外気に耐えられないようだ。
さらに全周を見渡して、仲間の位置を確認しようとするも。
レッドたちの所在は、そう遠く離れてはいないはずなのに分からない。
唯一、ミニハナのメチャデカの声だけはかすかに聞こえるが、ミニハナ自体が走り回って雪没夜叉を追いかけているせいで、声の出どころもアヤフヤ。
それよりもだ。このままだとナッツの身が危ない。
だからナビは即座に判断し、モッズコートのチャックを下ろした。
「ナッツっ! 私のなかに入りなさいっ!」
言葉的には意味不明だが、ナビは前を開けたコートの内側で彼女を包み。
力いっぱいギュッと、黒絹のローブの胸元に抱き寄せた。
「ひぐっ! つ、つべたぃ……」
「さささささぶいさぶいさぶい死ぬ死ぬ死ぬぅ……」
雪まみれのファーコートという、凶器じみた冷凍品が密着するが。
ナビはナッツを包み込んで守るように、必死に抱き寄せる。
耐えがたい寒さが、外側からも内側からも攻めてくる。ナビとて寒さに強いわけではない。そもそも命ゴイに温暖の概念などほぼなかったのだ。
それでもナッツを温めようと、自らの体温を必死に捧げ続ける。
昨晩は抱きつかれるたびに暴れ、スタミナをカツカツにするほどの恥ずかし疲れを引き起こすまで眠れなかったヘルプヤクの魔女が、自然下ではあまりにちっぽけな体温を引き換えにしてでも、初めてできた妹分に献身を尽くす。
ナッツの全身はもはや雪だるまのごとし、雪だらけ。温め方としても効果的とは言えない。けれど、やらないよりマシであることは確か。
ナビは、ウサ耳フードからはみ出たサンバイザーの下側、露出しているナッツの頬に両手を添える。冷たい。氷に触っているような感触。でも徐々に、手のひらに温かさが伝わってくる。人の温度。ナッツの体温。彼女は生きている。
やがて、自身の意識がもうろうとなってくる。不思議なことに、先ほどまで苦しかった体がなぜかフワフワと心地よく、幸せに似た充足感で満たされていく。
それを邪魔してきたのは。
「――シィ」
背後に忍び寄り、首筋に刃物を降ろそうとしている雪没夜叉と。
「ザッッッケンナッ!!! クソお面がよォォッッ!!!!!」
敵を一瞬、意図せぬ万命術スキルツリー「大声」の効果で止めたレッドと。
「メッッッチャデカーーーッ!!!!!」
味方の万命術に感化されたか、特大のメチャデカを贈ってきたミニハナ。
「シィッッッ!?!?!?」
声量に違わないメチャデカな精神攻撃に、雪没夜叉がガクッと体を落とす。
「シィッッ」
そしてすぐさま、怖じけるようにその場を走り去った。
「ナビッ! このクソバカ魔女がよッ、生きてるかッ!?」
ナビ的には意識もあるので、ええ問題ありませんが、と返事したつもりだが。
「ぇー……ぉぉ……ひゅぅ……」
まるで言葉にならず。歯をガクガクさせながらナッツの存在を訴える。
「そりゃナッツか!? よくやったテメェ! まずはとっととこっから――」
レッドが右腕でナビを、左腕でナッツを胸元に抱き寄せたとき。
「メチャデ――」ポンッ。
ミニハナの声が途切れて、吹雪のなかで、スモークとともにかき消えた。
それを最初に目にしたのは、雪没夜叉が消えたことで風が若干収まってきて、どうにか追いついてこれたフィカと凰華であった。彼らの視界に映ったのは。
「――――グゥガァァァ……」
全身剛毛。四つ足のうち、二本足で起立。黒い巨体はレッドやフィカを頭三つは超える頑強な体躯。体中に裂傷のような桃紫色の発光を浮かべているが、それとは別に、ドス黒く変色した生々しくも痛々しい血痕や傷痕が多数ある。
頭部も胴体も両手両足も、人より明らかに太い。凶悪に伸びた牙や爪は、どんな獲物であろうと一瞬で解体しかねない鋭利さが備わっている。
もし知らずに出会っても、真っ向からでは戦う気が起きようもない姿。
「――グゥガァァァ!!!」
ナビたちの不幸は、こいつと出会ってしまったことだ。
唯一の幸運だったのは、こいつを知る者がいたことだ。
「き、飢に餓える者ッッ……!!!!!」
彼女には似つかわしくない、凰華の絶叫は。
ウィンター・ネスト最凶の捕食者、飢に餓える者。
またの名を、飢えた手負いの黒熊ちゃんという、最悪の存在を呼び当てた。




