絶寒(4)
騒がしい吹雪にさらされた雪山の夜が明け、気付けば朝。
眠たい目をこすって起きたナビの浅緑色の目に、白く澄んだ光が差す。
「テメェはほんとよく寝るな……」
「……むぅーん……ふぁーい」
「ほら、さっさと準備しろナビ」
寝ぼけ眼で周囲を確認。凍え山の山小屋の扉を開き、外を警戒して眺めていたレッドを除き、ほかの三人はすでに支度を整えて外にいるらしい。
モッズコートからはみ出る黒絹のローブの裾をピッと伸ばし、全身を見回して、白銀糸を束ねたような一本髪を手のひらで撫でつける。
命ゴイもイエマチも、身体や衣服についた汚れが時間経過あるいは水系オブジェクトに触れるとキレイになるところは、人類が羨ましがるポイントだ。
「んんん……もう出発するのですか」
「ああ。早朝から動いたほうが日暮れまで長えからな。おら、さっさと立て」
寝起きからスパルタだが、寝起きのバッドステータスなどNPCにはない。
「レッド、体は大丈夫ですか」
連日、お決まりの確認になってきた。
そして彼は爽やかに笑ってみせる。
「ヘッ、テメェが心配しねえでいいくらいにはな」
答えになっていないが、不安は薄れる。
パタパタと扉に近づき、山小屋の外に出る。黄色い空からの日差しが強い。
風はやんでいるが、晴天下でも雪は降っている。雨で言うところの狐の嫁入り。
寒いけど温かく冷たい。夏に雪が降れば、こうでもなるのかもしれない。
ナビに続き、レッドが山小屋から出て、丁寧に扉を閉める。外にいたナッツから元気な「おはよー」が飛んでくる。フィカは会釈だけ。彼はまた背負い袋を背負っている。そこには小屋の残り物のジャガイモを詰めているらしい。
凰華がチラリと見てくると、あいさつ代わりの「行くわよ」で旅路を再開した。
ナビは昨日の雪没夜叉の存在が気にかかり、山小屋の周辺をグルッと見回す。
けれども、怪異じみた般若面のアニマラーの姿は見当たらず。
ただ「ヤツはいねえが、油断はすんなよ」相棒も警戒している。
「冬の地主の屋敷まで、あとどれくらいの距離ですか」
「そう遠くはないわ。半日もあれば十分なはずよ」
「なら、食料は保ちますね」
ヘルプヤクの魔女の最優先は、もはやこれであるが。
「食料? ええ保つわよ。ここに胃が五つもなければね」
それは保たないと言っているも同義だった。
「こうなってから先、気付いたら移住者たちの畑もなくなっちゃったしね~」
黄色の空を見上げながら、ナッツがぼやいた。
「それは畑の実りを拝借するという意味で?」
「違う違~う。いやまあ今ならそうかもだけど、昔は移住者が野菜くれたんだー」
それらはだいたい、納品クエストによるものだ。
ゴールドスカイナーに設置されたハウジング系オブジェクトは原則、プレイヤーごとの専有オブジェクトであり、NPCはおろか他プレイヤーにもアクセス権がなく、勝手に借りたり、もらったりということもできなかった。
唯一、チームやギルドを指す大規模コミュニティ「農園」では共同利用権の開放機能が存在し、特定多数のメンバーが同じ家や畑を使用することはできた。
同時に、この機能を利用して「嫌いな人の家を勝手に解体してから農園離脱」「嫌がらせ目的の畑荒らし」などが多発した時期もあった。
だが、これらの問題もまとめて通報時の新ペナルティが適用されたことで、立つ鳥跡を濁した者たちはまとめてシーズンズ・スクエアの地下送りにされ、無味無臭なクラフト素材制作の刑に処された。結果、恐れから悪用も廃れた。
「サマー・ネストも移住者がいなくなってから、食料がひもじかったんだよー」
「? 食料生産を移住者に頼っていたのですか?」
暴言でボコってチョコをカツアゲする命ゴイの民は知らないが。
「……ネストに住む私たちの生活は、移住者の税金によって支えられていたのよ」
歯がみするような口調は、前を歩く凰華のものだった。
イエマチにはゲーム内通貨が存在した。資金はクエストの達成、アイテムの売買などで得られた。モンスター退治が存在しないため、狩りでの稼ぎといった概念はなかったが、普通に遊びながら花や野菜を収穫し、捕まえたアニマラーを放置コンテンツに送り出しておけば、不足しないくらいには貯金ができた。
プレイヤーにとって重要だったのは、リアルのふところが痛む有償通貨と、ゲーム内での物々交換のほう。無料通貨に関しては、ある程度のボーダーまで遊んだあとは、それほど大事なリソースではなくなるレベルデザインだった。
けれど、凰華やナッツたち各ネストの住人には、それらとはまるで違う感覚。
プレイヤーとはまるで無関係な設定で、命の手綱を握られていた実感がある。
「ネストでは移住者の数だけ税金が発生して、土地が豊かになった。土地が豊かになると、日々届く食材や家具も豊かになっていった。だからどのネストも必死で、醜悪なアイツらを誘致した。サマー・ネストとスプリング・ネストはその点、とくに害悪なヤツらを引き受けてくれていたわね。そのぶん、オータム・ネストとウィンター・ネストは細々と生きていくしかなかったわけだけど」
「まあねー……だから私も毎日おいしいものを食べられてたってのは、本当のことかな。でも、こうなってからはゴールドスカイナーの現状のヤバさに気付いたし、バルールカンも食料をほかのネストに分配するべきだって考えてたんだけど……その矢先にね。ほんと、なんでこーなっちゃったんだろーね」
現状と同じく、彼女らNPCの事情などプレイヤーはかけらも存じない。
移住者にうたわれていたのは「好みのネストに住んで季節を豊かにしよう」。
この一言だけだ。
その意味合いにせよ、ネスト内のプレイヤー数やハウジング数の総計に応じて、景観やコンテンツ、季節ごとの衣服や食料の品ぞろえ、NPC用の限定ファッションが開放されるなど、ゲーム的な変化のための仕組みであった。
アクティブな居住者数に連動して季節が進化する、などと称してもいい。
日本人プレイヤーの多くは四季のめぐりに準じて、シーズンごとに住み家を変える者が多かった。四季の概念が薄い海外地域の者たちの動向はまた違うが、居住地を変えることでその時々の循環と発展をもたらすシステムは受け入れられた。
これは「サマー・ネストが十万人達成! 新作水着を公開!」「ウィンター・ネストの居住者数分だけ、ツリーを増加!」といった、流動的なサービス状況を形成することが目的である。またサービス動向を変えられるのは一人一人のプレイヤーであり、自らが票となりネストを充実させるという、主体的な当事者意識を抱いてもらうための手段でもあった。実際、これらは運営的にうまくいった。
一方で、「好みのネストに住んで季節を豊かにしよう」。
この一言の解釈は、開発陣も運営陣もプレイヤーも知らないところで。
ここにいる、考えて生き延びているNPCたちを苦しめていた。
「自分たちを切り売りして、移住者たちに媚びて、日々の糧を得ようとする。今にして思うわ。どれだけ浅ましかったのかが。ほかのネストが豊かになっていくのを横目に、貧しい暮らしで糊口をしのいでいたときの汚濁のような感情は、私がアニマラーと同じ、プレイヤーたちに家畜として弄ばれ、餌を与えられる人形でしかなかった証よ。世界が見えていなかったころの自分には、反吐が出る」
税金も食料も土地の豊かさも、なにも人気のなさのネガティブな証明がゲーム内で演出されたことはない。季節のオブジェクトや食事メニューの充実さは変化したが、NPCが食事をできなかった日など存在せず、あれば逆に不具合だ。
ただ、世界が壊れ、プレイヤーの存在を認知した凰華にとって、イエマチは自分たちの自由な世界ではなく、神のおもちゃ箱だった。自分がおもちゃ側のだ。
これは皇騎士や外騎士が、万命の令嬢たちに強制的に抱いてしまう感情と同じ。「好みのネストに住んで季節を豊かにしよう」この一言の拡大解釈が、バックヤードではNPCたちにとってよりシリアスな、設定という呪いになっていた。
「生きるために移住者に……プレイヤーに頼るのが、間違っているのですか」
「さあ。人形でいられる自分に満足できるのなら、構わないのでしょうね」
「私は、万命の令嬢の皆さまが好きです」
「もう聞いたわ」
「そんな私自身も嫌いじゃないです」
「聞かなくても分かるわ」
歩みも止めず、言葉も立板に水。
「なぜ、そこまでプレイヤーを嫌うのです」
ナビには理解できない。それは悪いことではない。でも。
「ヤツらが、私たちの命をなんとも思っていないからよ」
凰華も決して悪くはなかった。彼女にとって悪いのはすべて。
「ヤツらは、私たちネストに生きる者たちを、何億人も葬り去ったのだから」
悪いのはすべて、遊んでいたヤツらだ。




