絶寒(1)
あたり一面が純白に雪化粧されたウィンター・ネストは、穏やかで静か。
黄色の空からユラユラと、透明感を感じさせる粉雪が降り注いでいる。
そのうえ白一色ではなく、スギやヒノキなどの耐寒性に優れた常緑樹。
赤いサザンカの花、黄色い福寿草なども点々しており、見た目はにぎやか。
ただし。
「さ、さむい、寒い……え、なんですかここはっ」
「さっむーーー! えっ!? え!? さ、さっむーーー!!!」
命ゴイと違い、体温や気温を感じられるイエマチでは、冬はとても寒い。
移住者ことプレイヤーもALR機能で気温を体感するが、それは身体の影響を加味して過度ではなく、スプリング・ネストとオータム・ネストはほぼ常温、サマー・ネストはほんのり暖かく、ウィンター・ネストはほんのり寒い程度。
味覚や臭覚と同様、あくまで人体の錯覚を利用する知覚だが、NPCは違う。
「クッ、なんだこりゃ。アイゼルのブリガード・ブリザードみてぇな冷たさだ」
人の心が分からない系イケメン、五皇アイゼル=フォン=プリンシュヴァリエのスキル「ブリガード・ブリザード」は、ブリブリと呼ばれた氷結系双剣技。
レッドは茜色の上衣と漆黒の侍袴、フィカは深青鉱石をあしらった純白のサーコート、さらに両者は皇騎士の白いマントで全身を覆っている。
黒絹のローブで上半身と膝丈を覆ったナビも、見た目的にはまだマシだが。
「ささ、さぶっ! さぶいってさぶい!!! さぶいどころか痛いっ!!!」
水色パーカーに灰色水着のハイネックホルター&ホットパンツというゴキゲンな出で立ちのナッツは、場違いどころかもはや異常者に等しい。
移住者と違い、この世界に生きて順応している姿を見せつけること自体が役目のゲーム内キャラクターたちは、気温をダイレクトに感じてしまう。
そのための設計構造はプロダクトごとの研究開発ではなく、コネックの優れたゲームエンジンが基本機能として導入してくれるものだ。
ナッツがビーチサンダルで足踏みするたび、白い地面に足跡が刻まれた。
十歩目までは記録されるが、十一歩目を残すと、一歩目の足跡が消えた。
「フィカ、荷物を降ろしなさい」
「ここでか?」
「そう言わなかったかしら?」
「分かった」
ナビに対するレッドのように、フィカのほうも従い方が身についてきた。
彼が大きな背負い袋を両肩から下ろし、縛っていた口を開ける。
「これは……衣服か」
そこには、三着の大きめな衣服が詰め込まれていた。
一つはオリーブカラー。ミリタリー系モデルのフード付き、モッズコート。
一つはホワイトカラー。モコモコウサギの毛のウサ耳つき、ファーコート。
一つはブラウンカラー。フカフカ羽毛がぎっしり詰まった、ダウンコート。
「ナビ、あなたにはこれ」「あ、はい」
魔女が黒絹のローブのうえから、渡されたモッズコートを羽織る。
それだけでファンタジー感が薄れ、印象的には現代北欧の銀髪少女と化した。
「ナッツ、これを着なさい」「さぶさぶさぶぅ!!!」
海ガールがファーコートを着込み、前チャックを閉め、ウサ耳フードを装着。
頭部のサンバイザーがイイ感じにはみ出て、視界の雪よけになっている。
「あなたたちはさっき自分でコートを焼いたのだから、諦めてちょうだい」
秋の地主はそう言って、せかせかと茶色のダウンコートに袖を通す。
格好をつけていたものの、彼女もけっこう寒かった。
凰華が準備した背負い袋には、ウィンター・ネストを踏破するための防寒具が詰め込まれていた。移住者とは違い、目に見えないアイテムインベントリに数々の物品を収納して持ち運ぶといった手段を持たない彼女らは、デジタルの住人ながら、実にアナログな方法で対処するしかないのだ。
ついでに、レッドとフィカの分も用意はあったのだが、先の八乙女狐との戦いでレッドが盾にした背負い袋の中身こそ、彼らのぶんだった。
そして総合的な判断で「必要なのは女子陣」と割り切られた流れである。
「ケッ、こんぐらいどーってこと……クシュッ」
強がるもくしゃみがでる侍騎士。音色は意外とかわいらしい。
「ふぃぃぃ~! これちょーあったか~! サンキュ、凰華さまぁ!」
ナッツの太ももから下は素肌にビーサンのままだが、問題はない。
コネックの仕組みでは、あくまで"総合的な耐寒性"が全身に適用される。
「ありがとうございます、凰華。わざわざ用意してくれていたんですね」
「気にしないで。ナビたちが動けなくなるほうがよっぽど迷惑だったのよ」
「ふふっ、なるほど」
「気に障る笑い方。好きじゃないわ」
黒魔女もとい、現代風モッズコート魔女となったナビが、ヘルプヤクの魔女限定で扱われた「贈り物による着せ替え機能」で、いろんな令嬢に毎日ヘンテコな衣装を着せられていたことを思い出し笑いしていると、凰華が歩き出した。
サク、サク。落ち葉の絨毯とはまた違う響き方のサクサク感が、ブーツの靴底をとおして足裏に届く。命ゴイでも演出的に雪は降っていたが、マップに降り積もることも、雪の感触というのも搭載されていなかったため、白く冷たいその物体に彼女の感性が刺激される。フワフワなのにミチミチ。これいかに。
銀髪に落ちた雪がスッと溶けていく光景は、自分の目では見られない。
なにも言わずに歩き出した凰華の背を、ほかの四人が追っていく。進行方向は木の柵でルート取りされた真っ白な雪道。視界の先には山のような斜面。
三角形の大陸プレートの三枚目のピザにあたるウィンター・ネストは、中央部に険しい山並みが広がっており、外縁部にいくほどエンタメ的に華美なロケーションが散りばめられている。だが、秋の地主が向かう先は山のほうらしい。
けれどナビの目的は、冬も横断してスプリング・ネストに行くことである。
「ねえ凰華。ウィンター・ネストではなにをするのですか」
秋を統べるご令嬢さまが冬を訪れた理由を、彼女らはまだ聞いていない。
「べつに。あなたたちに言う必要はないわ」
「ないって、ありまくりなんですが」
「じゃあ、そうね――」
凰華が後ろを振り返り、一言。
「ここでお別れしましょう」
大したことじゃないとばかりに言ってのけた。
「あっちをまっすぐ行けば、スプリング・ネストへの渡り橋があるわ。さよなら」
彼女のなかでは決定事項なのか、テキパキとお別れをはじめようとする。
「い、いきなりなにを言っているのですっ」
「だからナビはあっち、私はこっち。理解した?」
小ばかにするような態度も崩さない。
「ここから一人で行くつもりですか」
「そうしましょうって言ってるわよね? その小さな耳は飾りなのかしら」
気丈な顔つきに、かたくな姿勢。ナビは思わず「むっ」となるが。
「ダメだ。安全が確認できるまで、僕はついていく」
外騎士だろうがイケメンのなかのイケメンが見過ごすわけない。
「ここでいいのよ、フィカ。ナイトの性分は、ナビたちでこなしてちょうだい」
「ダメだ。アニマラーがいる以上、放ってはおかない」
「私、あなたを雇ったつもりはないけれど?」
「僕も雇われたつもりはない。ただ、僕は誰かを守る者だ」
私は殺されかけましたが、というモッズ魔女のジト目は見えていない。
けれどヘルプヤクの魔女とて、この場で別れるつもりもない。
「まずは凰華の用事を済ませましょう。スプリング・ネストはそのあとです」
二手に分かれるそぶりは見せず、凰華のそばに近づく。
心情的には、ネットリ食らいついたと言ってもいい。
「無邪気なお人よしは、ときには他人への害だって知っている?」
「知りませんでした。あとでファアキュウの万命書に追記しておきますね」
「……まったく。いらないって言ってるのに」
強気なレディはブスッとしながらダウンコートを翻し、また歩き出す。
それを諦めの合図と受け取り、ナビもフィカもついていく。
「レッドとナッツも、いいですよね」
会話に入ってこなかった二人には、事後承諾の形になってしまったが。
「ケッ」黒塗りの侍具足で雪を蹴りながら、追従。
「いいよいいよ~」ビーサンの隙間に入る雪も、体感では寒くない。
こうして一行は、冷たい冬の寄り道を選ぶこととなった。




