マヌケな珍客、賢しい主人(12)
目的地まであとわずかな距離にあって、ここまでメチャデカ警報器が鳴り続けていた元凶、ナビたちをずっと追っていたのであろう八乙女狐が鳴く。
「クォーン」
純白な体毛に加え、物腰も品のあるアニマラーであるが。
データ破損を示す全身の桃紫の発光が、その危険性を発している。
サイズはミニハナが二人分といったところ。四つ足で地面に座っている姿でも、このなかで一番小柄なナビの腰下くらいの体長しかない。
ただし、お尻に生えている真っ赤な八本の尻尾を含めて全長を測れば、ナビよりもわずかに背の高い凰華やナッツよりも大きくはある。
「メチャデカッ!」
「クォーーーン!」
そしてはじまる、人型vs獣型のアニマラー同士の威嚇合戦。
先手はミニハナ。彼女が鳴くごとに、八乙女狐はその場を飛びのく。
「クォーーーン!!!」
そして怒る。なにかで攻撃されているのに、それが理解できないために。
八乙女狐は単純な威嚇として鳴いていただけだが、ミニハナは違う。
ふざけた一声に万命術の力が乗り、どこにいても精神ダメージを与える。
万命術は距離無視の完全必中攻撃。敵味方もシステム上で区別をつける。
「グゥッ!」「グワッ!」勝手に被弾しているのは縁の深い男たちだけだ。
「グッ……テメェらは下がってろ! 蛮女もどきはそのまま行けッ!」
レッドが鈍重な背負い袋を地面に投げ捨て、すぐさま前に出る。
「メチャデカッ!」
彼に呼応したわけではなく、見敵必殺なミニハナがポテポテと駆け出す。
怒り顔で両腕を挙げ、八乙女狐にメチャデカ言いながら突撃する。
「凰華、ナビ、ナッツ、キミたちは下がりながら木の裏に隠れるんだッ」
その間、フィカも背負い袋を静かに地面に置き、女性陣に指示する。
「分かっているわ。二人とも、私に着いてきなさいッ」
「え、あ、はいっ!」「やばやばやばーーー!!!」
理由は聞かずとも、すでに八乙女狐との交戦経験がある二人の言い分を素直に聞き入れて、ナビとナッツは言われるがままに走って距離を取り、凰華に木の大きさでダメ出しされつつも、一人ずつ手ごろな木の裏に身を潜めた。
「クォーーーン!」「メチャデカッ!」
アニマラー同士の戦いは現状、ミニハナが圧倒的に有利。
本場の万命術より威力が低いのか、それとも動物相手に意味不明なワードが通じていないだけかは不明だが、レッドとフィカがもらい事故の自傷ダメージを受けているように、八乙女狐も見えない醜悪な鈍器で内面を殴られており、野生動物ながら分かりやすい被撃のリアクションを見せている。
ミニハナはイエマチにいながら、壊れずとも害獣クラスの暴虐性だった。
「メチャデカッ!」
ただし、ミニハナの万命術も八乙女狐相手ではすぐには致命傷となりえない。
子鬼リスは一声で逃げ帰らせたものの、八乙女狐はアニマラーとしての格が雰囲気からして違う。極限まで精神と気分を害し続ければ、そのうち萎えてどこかに去ってくれるかもしれないが、今のところは怒らせているだけに見える。
「メチャデカッ!」
「グッ……この蛮女もどきがッ、味方にも構わず万命術かよッ!」
「クッ……仕方あるまい。これが僕たちの永遠の呪いなんだッ!」
ヒロイックに叫ぶ青年たちだが、後ろで見ている女子たちには滑稽である。
ミニハナがメチャデカと発するたびに、八乙女狐はビクッと体を震わせて後手に回った。それだけでも彼女の有用さが半端ではない。
言ってみれば、ミニハナは「声で敵の行動を邪魔し続ける妨害役のジャマー」的なもの。補助役のコンパニオンNPCとしては確実なぶっ壊れだ。
自傷ダメージと引き換えに、先手を取り続けられたレッドが牧歌的なクワで、フィカが花裂きの剣ティア・フロトゥピスで、八乙女狐を斬りつける。
キャラクター性能に物を言わせる斬撃は、白き狐の体にクリーンヒットするも、外傷はなく、手応えも薄い。クワはまだしも、命ゴイきっての強力な武器であるティア・フロトゥピスですらこのザマでは、打開は困難そうだった。
「クォーーーン……!!!」
ミニハナの万命術を受けながら、八乙女狐が不穏に力むと。
狐の足元周辺にある落ち葉が、一斉に宙に舞い上がる。
「ッ!? レッドォ! 木の裏に隠れるんだッ!」
「チッ、なんだってんだオイッ!」
愚痴りつつも足元のミニハナの首根っこを持ち上げ、元親友の助言に従う。
レッドと、彼の手元でメチャデカメチャデカと抗議しているミニハナ。
近くのフィカも、遠くのナビたちもみな木の裏に隠れてから数秒後。
「クォーーーンッ!」
無数の木の葉が、鋭利なナイフと化し、紅葉林を引き裂きはじめた。
「むきゃっ!?」「死ぬ死ぬ死ぬ!!!」「顔を出さないのッ!」
身を縮こまらせた木の裏側で、ザクザクザクザクザクザク。
とても木の葉とは思えない、硬質な物体が何十枚も刺さる音がする。
隠した体は安全だったが、背中に伝わる凶器の振動に体がキュッとなる。
「なっ……!? コイツ、これじゃあ森全体が凶器まみれじゃねえかッ!」
「メチャデカッ! メチャデカッ!」
「僕は避けきれなかった数枚で、皇束解放・セカンドまで持っていかれたッ!」
「メチャデカッ! メチャデカッ!」
「ってことは、まともに受けたヤツは早急に死体になるぜ、クソがよッ!」
「メチャデカッ! メチャデカッ!」
「だぁー! さっきからうるせえぞ蛮女もどきッ!!」
抱っこを嫌がる猫のようなミニハナの抵抗に、皇騎士は手を焼かされる。
落ち葉の乱射攻撃は十秒もすると終わり、また「クォーン」と上品な鳴き声が聞こえてきた。この攻撃は、戦闘のないイエマチで八乙女狐に設定されたアクションではない。壊れた世界で、八乙女狐が独自の力を開眼したものだ。
人よりも圧倒的に生態を進化させたアニマラー。それは脅威でしかない。
だが、システム外の成長をとやかく抗議できる者はここにはいない。
そうした恩恵を授かった結果、ナビもレッドもここにいるのだ。
「ほらいけッ! 蛮女もどきッ!」「メチャデカッ!」
レッドが投げ放ったミニハナが、また八乙女狐を追い回す。
「ナビッ、無事かッ!?」「こっちはへーきですっ!」
少し生まれた安全タイムは、仲間の安否確認に費やす。
ミニハナのおかげで敵の行動の多くを制限できており、苛烈な攻撃もしのげているが、優勢とは言いがたい。この場での勝利とは、八乙女狐に打ち勝つか、あるいは全員生存したまま渡り橋でウィンター・ネストまで逃げるかだ。
「クォォォン!」
ミニハナの存在にイラつきがピークに達し、狐が違う音色でひと鳴き。
すると空中に、深い紫色で揺らめく鬼火が出現し、ミニハナに飛んでいく。
「メチャデカッ!」
ミニハナはそれを真正面から受けて、「メチャデカァ~……」ぽてん。
クルクルと目を回し、地面に倒れて、ポンッ。姿がかき消えた。
「蛮女もどきッ!?」「やられたのかッ!?」
人気投票四位と二位のイケメンたちも、ちゃんと心配する。
「ハ、ハ、ハナリナさまぁぁぁーーーっ!?!?!?」
ナビは慟哭。リスペクトのメチャデカ絶叫で紅葉を揺らす。
「コラッ! 体を出さないのッ!」「ぐえっ!」
消えたミニハナの場所まで駆け出そうとナビが体をさらしたところで、隣の木から移ってきた凰華が、銀髪ハイポニーテールをうまいことわしづかみ。
一息に引っぱり寄せて、隣り合わせになった黒魔女を抑える。
「あの子がいなくなったのは計算外だわ。どうしましょう」
「イタタタ……むーっ、凰華っ、ハナリナさまは大丈夫なんですかっ!?」
「食べられたわけでもなしに、大丈夫よ……たぶんね」
知らないけれど、と口にしないのは保身と優しさから。
「このままだと防戦一方になるわ。それも、勝ち目の薄いね」
「渡り橋まで一気に逃げるというのはどうでしょう」
「その場合、最初に餌になりそうなのはナビではなくて?」
運動神経の鈍さは、すでに気取られている。
「じゃあ却下で」
魔女もまた、すがすがしく図太い。
勝つ見込みが怪しい以上、ここで逃げるのは最善ではある。
だが、八乙女狐が渡り橋の先まで追いかけてこない保証はない。
見た目からして寒さに強そうなだけに、冬場でも生存される危険性がある。
後方でナビたちが、前方でレッドたちが知恵を絞っていると、八乙女狐は再度いななき、先ほどの落ち葉の乱射攻撃に移った。全員すかさず身を隠すとまた、木の裏側にザクザクザクと木の葉が鋭利に刺さり続ける。
すでに相当数の落ち葉を消費したはずだが、紅葉林どころか、八乙女狐の周辺の枯れ葉もなくなる気配がない。それどころか減っているようにも見えない。
これは、オータム・ネストのテーマの一つ「落ち葉の絨毯」のせいだ。
この地では拾って蹴ってかき分けて、枯れ葉の繊細さをARL体験の足元で感じるための設計を保つべく、木々から降り積もる落ち葉と、地面から湧いてくる落ち葉という上下供給が働いており、八乙女狐には無限の銃弾が約束されていた。
「クォーン」
「狐風情がよ……おいフィカ、まずは俺とオマエであいつを引きつけるぞ」
「それで? 魔女たちを先に行かせるつもりか」
「クックク。どうなろうが、足手まといは少ねえほうが機転が利きやすいだろ」
悪ぶっているが、性根が垣間見える作戦ではある。
「悪くない。ならまずは――」
「クォーン」
その鳴き声は、もはや聞き慣れてきた八乙女狐のものだったが。
それは、予想外の方向から聞こえていた。
「おいおいおい、おい……まさかだがよ」
「クォーン」
レッドの視線の先、落ち葉の乱射攻撃をしてきた八乙女狐。
「そのまさか……らしいな。大した正念場だ」
「クォーン」
フィカの視線の先、別方向からやってきた、同一個体の八乙女狐。
「……戦闘音で呼び寄せられたか、あるいは最初から張っていたのか」
「……あの蛮女もどき、やっぱり俺の手で殺しておくべきだったぜ」
「今となっては同感だ。できれば水色服のときにな」
二人の前では気付けば、二体の八乙女狐がじゃれ合うように寄り添いあい。
無邪気に、無慈悲に、獲物を品定めしていた。




