マヌケな珍客、賢しい主人(9)
一行は秋らしい紅葉地帯を進んだ。先頭を歩いているのは凰華だ。
彼女はみなを率いるつもりはないようだが、先頭は譲らないという態度。
恭順するつもりのない上の者としてのリーダーシップを思わせる。
もとより、ヘルプ役が信条なナビはそこに異論をはさむつもりはないため、彼女の一歩後ろの位置で、従者のように着いて歩いていった。
左手側にはナッツ、右手側にはフィカ、背後にはレッドがいる。
ちょうど仲間に囲まれた中心位置なのは、魔女の護衛目的ではなく、消去法的な索敵のため。副次効果でどんくさいお姫さまを守りやすいだけだ。
「むっ、なんと美しい。世界が紅に染まっています」
水気を感じた夏の風とも違う、乾燥した風に吹かれる紅葉の姿。
サマー・ネストとも違う、オータム・ネストならではの秋の肌感。
「ふふっ、これがほんとの染め紅ってやつでしょうか」
「テメェ、ぶっ叩くぞクソガキが」
小粋な魔女ジョークは、代名詞的な刀を失った皇騎士の傷に気安く障った。
自然と整備されている紅葉と落葉の並木道を、まっすぐ進んでいく。動物の声も聞こえない。紅い葉の揺れ落ちるささめきすら知覚できそうな閑静さ。天上を望むと、朝の陽光に照らされた紅葉のふちが白く光り輝き、透き通って見える。
オータム・ネストのロケーションは大まかに二色。大陸プレートの前半分が秋前期、後ろ半分が秋後期をイメージしてデザインされている。
現実における"秋らしい光景"とは長く持続するものではない。紅葉にせよ、またたく間に消え去る瞬間の美だが、ゲームの世界はそれを永遠にする。
四方八方を桜紅葉と草紅葉に囲まれた道々。冬の備えか、ときおり赤い実をつけた草花も目に入る。ナビは右手の指先を宙に向けて、ゴールドスカイナーではすっかり役立たずとなった自慢のファアキュウの万命書を呼び寄せた。
草木の名は知らないため、抽象的に「赤い花」などと検索するが、出てくる答えは残念。そのワードのロマンチックさだけをいいように当てはめた、命ゴイで過去に行われていた凄惨な事件の名称しか羅列されなかった。
「やはりダメですか。ファアキュウの万命書がまるで役に立ちません」
書は、やはり自我はないのだが、気持ちしょぼんとしおれる。
「不思議な風景……なんだか、キレイで寂しい、とでも言うのか」
彼女が思うように秋の風景というのは不思議だ。真っ赤に染まる紅葉、ヒラヒラと舞う黄のイチョウ、絨毯のように敷かれた落ち葉の並木道。
夏季まではみずみずしい生命力を感じさせていた緑の一面も、茶や白に枯れて、落ち着いた色合いに塗り変わる。それが世界の終焉を思わせる。
季節の彩り、その移ろいが静かで激しい秋。
そこにナビは一抹の寂寥感を覚えた。
「ナビの見方は正しいわ。秋というのは、冬に終わるための季節なのだから」
後ろを振り向きもせず、凛とした背中で、凰華が口をはさむ。
「終わるための季節……ですか。なんだか余計に寂しいような気がします」
生まれからして、黒魔女は孤独に敏感だ。
「クスッ。でも、ものの見方はその人次第。私は好きよ。オータム・ネストが」
直上から永久に舞い降りる紅葉の葉が、地面に落ちた数秒後に変色する。
それを見つめる凰華の横顔は、たしかに。幸福そうに笑んでいる。
「秋が実る永さに比べれば、人の生なんて永遠。何度でも季の節を楽しみなさい」
ピトッ。不格好に顔についた落ち葉を、ナビが「むぅ」っとよける。
「淹れたて紅茶とミルクに溺れられるようなこの場所が、私は好きよ」
耳の奥をとろけさせる歌のような彼女の音色は、この場所によく合っている。
異常に見舞われることなく、どんどんと紅葉林の先へ歩いていっても、風景が分かりやすくガラッと変わることはない。けれど場所ごとのオブジェクトの配置換えが絶妙で見飽きることはなく、ゆったりと浸れてしまう景観が続く。
イエマチの公開当初、ゴールドスカイナーが広大なために、各ネストの風景は要所を除けばコピー&ペーストを疑われる地帯がいくつも存在していたが、長期サービスによる時期ごとの改修で、マップデザインは徐々に育っていった。
そこにはイエマチに携わる運営・開発のがんばりがあったわけだが。
「キキィーーー!!!」
今この世界を支配しているのは、NPCを含む人間ではない。
勝手に育って壊れた連中である。
「っ!? アニマラーですっ!」
「わっ!? やっばどこどこどこーーー!!!」
ナビとナッツが大慌て。ワタワタするなかで。
「クックク、きやがったか害獣どもがよ」
「凰華、キミも下がっていろ」
レッドとフィカが焦ることなく、速やかに前に躍り出る。
前方に騎士二人、三歩後ろに海ガール、その背後に魔女と地主が並ぶと、紅葉の木々の合間から、ミニハナリナくらいの大きさの動物が姿を現した。
動物園で例えると、小サイズのカピバラくらいの体格があるそのアニマラーは、全身のところどころにピンクとパープルの混じったまだら模様の発光を浮かべて、キキィーっと甲高い声で鳴いている。間違いなく、壊れたアニマラー。
秋の勝手知ったる和洋中折衷の凰華も、相手を一瞥で判別する。
「子鬼リスね。厄介だわ。それに相変わらず醜悪な顔」
「キキィーーー!!!」
レッドとフィカが警戒態勢にあるなか、凰華の発言を耳にし、ナビとナッツが「むむ?」「ん~?」と目をこらして対象を見つめる。
子鬼リスなるアニマラーは、デフォルメ調の体系も相まってか俊敏さを感じさせない短い手足に、クルッと丸まってフサフサな尻尾。全身のディティールは愛され小動物トップクラスのリスを想起させるのだが、肝心の顔がマズい。
怒った鬼のような顔はやけに大きく、シワシワに歪んでいて醜い。おまけに二本前歯が出っ歯になっていて、恐ろしさとマヌケさが共存している。マスコット的なかわいらしさもいっさい感じない。カピバラサイズのデカいリスが、閻魔さまの顔でキレまくっているようなその姿は、一言で言ってブサイクである。
「……あんまり、カワイくないですね」
「いやいやいや、てゆーかキッモ」
「キキィーーー!!!」
壊れたアニマラーには心がないので、女性らの心ない暴言にもこたえない。
「気持ちわりいツラしやがって。さっさと追い払うぞ」
レッドが、木の柄の先に長方形の平鍬を備えたクワを右手に取る。
「待て。あれは僕の剣でも倒せなかったんだ。それに――」
フィカは、美しき花裂きの剣ティア・フロトゥピスを青眼に構える。
「クックク、謀反して腕が鈍ったか? おぼっちゃん剣技がよッ!」
クワ男が一人で先走り、子鬼リスに飛びかかった。
二人とも背負い袋はそのままのため、後ろから見ていると長方形の物体が動き回っているようにしか見えず、対面する子鬼リスの姿も遮蔽されて目視できなくなる。ただ、ナビとナッツはレッドの強さを知るため、心配はしなかった。
けれどもフィカに続き、凰華までもが警告を飛ばす。
「皇騎士十三皇ッ! 子鬼リスには無闇に攻撃しないで!」
それは声の速度でも一歩遅く。
「遅えよ。おまえも、おめえも」
レッドのクワは、子鬼リスの脳天を的確に直撃した。
「キキィッ!?」
見た目はバイオレンスな動物虐待そのものだが、武器でもなんでもないただの飾りオブジェクトであるクワは、皇騎士十三皇の力と技しか補正しない。
それでも実力ゆえに十分な破壊力がある……かに見えたが。子鬼リスは痛がるようにのけ反るも、脳天にはキズ一つついていなかった。しかも。
「キキィーーーッッッ!!!!!!」叫んだ。
「ッッ、急になんだッ!」一歩引く。
「なんて役立たずな男……ナビ、ナッツ、今から走る準備をしなさい」
「む?」「へ?」
「ボサボサしていたら、あなたたちの頭がおやつのドングリにされるわよ」
子鬼リスが、厳めしい顔つきで金切り声を発すると、しばらくして。
「キキィーーー!!!」「キキィーーー!!!」「キキィーーー!!!」
「キキィーーー!!!」「キキィーーー!!!」「キキィーーー!!!」
前から、右から、左から、さらにはナビたちの背後から。
「キキィーーー!!!」「キキィーーー!!!」「キキィーーー!!!」
「……ぁん?」「……馬鹿が、さっそくヘタを打ったな」
「……えーやっば」「……これはまた」「……もう遅いかしら」
紅葉林の全周囲から、仲間の子鬼リスたちが集ってきて。
五人はまたたく間に、お騎士見の生け贄状態となっていた。




