マヌケな珍客、賢しい主人(8)
「……んっ……んん……ふわぁ~……」
不眠も寝坊もないのは、NPCの美徳だ。
柔らかなベッドで、少々乱れ散らかったお布団にくるまりながら、窓際のレースのカーテン越し。浅緑色の目に差し込むオータム・ネストの朝日を浴びる。
ナビは夢を見ないが、寝ている間はとても気持ちよかった。お布団との幸せなデートのお別れしなくてはならない寂しさは、人の共感を誘うだろう。
それでも尾を引くことなく、「ん~~!」と背筋を伸ばして、一日をはじめる。ヘルプヤクの魔女は生活リズムが完璧な健康優良児なのである。
「ふぁ~……んん……? はれぇ……?」
体を伸ばしながら上半身を起こすと、妙に思った。
妙な感覚だ。妙な気がする。なにかが足りない。
「……あれっ!? ハナリナさまっ!?!?」
就寝前、枕元に滑りこんできた子猫のようだったミニハナリナが。
あたりを見回しても、どこにもいなかった。
ベッドから飛び起きて、バランスを崩して「ぐえ」っとすってんころりしつつ、誰に見られているわけでもないが取り繕うように一拍だけスン……とすまし顔をしたあと、また慌てて室内を見渡し、歩き回り、ペットの行方を捜す。
が、いない。部屋の片隅にもいない。キレイさっぱり消えてしまった。
「ど、どこにもいない……ど、どうしましょう…………っ!? そうですっ!」
一人騒がしく、ピコーンと頭上に電球をともらせて口ずさむ。
「萌ゆる落ち葉よ――招き招けっ!」
力んで唱えるも。
「…………」
アニマルポンは小気味のよい「ポンッ」の音を鳴らしてはくれず。
シーンと静まる朝の部屋で、ナビは焦燥感から涙ぐんだ。
朝から肩を落としつつ部屋を出ていったナビは、凰華にミニハナリナの行方を尋ねるべく、屋敷の大広間へと向かうことにした。
顔を洗わずとも、お化粧をせずとも、髪やスタイリングを気にせずとも、身だしなみが完璧で崩れないところもまたNPCの羨ましい特権だ。
通路を曲がったところにある広間では、ほかの四人がすでに立っていた。青年たちの足元には旅支度か、大きな荷物も見える。とがめられたわけではないが、ナビは遅刻した気がして、いそいそと小走りして近づいた。
「おはようございます」
「おせーぞ、ナビ」
それぞれの、らしい朝のあいさつを受けつつ。
金屛風が立っている窓ガラスの先は、いいお天気と枯山水。
敷き紅葉の色合いも昨日やってきた方角の庭は黄緑で、今日歩んでいく方角の庭は朱色でと二分されており、秋の地主の屋敷のぜいたくさを演出している。
「それじゃあ、ウィンター・ネストに出発するわよ」
凰華の話は早い。ナビも異論はないが、その前に聞きたいことがある。
「あの、凰華。朝になったらハナリナさまが消えてしまっていたのですが……」
ナビの発言につられ、ナッツが「え~! ほんとだ~!」と騒ぐなか、青年二人は口を開かず、無表情でありながら手元では元気よくガッツポーズ。
対して凰華は、子供に教え諭すような口調で言った。
「たぶん、アニマルポンの時間制限ね」
「時間、制限?」
「術者が招き寄せたアニマラーは、現世に数刻しかとどまれないしきたりなの」
ナビの白銀糸のような一本髪に比べて、凰華の緑と黄のツーカラーなお団子二つは動きもしない。代わりに、頬左右に垂れる姫毛が笑うように揺れる。
「でも、さっきまた呼んだのに出てきてくれませんでした」
「再度招くには、また数刻の時間が必要なの。昼間には呼べるようになるわよ」
「……なるほど、そーゆー。ありがとうございます」
事情を聞き、ひとまず安堵する。
ハナリナはただしく帰宅しただけらしい。
アニマルポンで呼び出したアニマラーはだいたい朝から昼まで、夕から夜まで、夜中から早朝までなどと一定時間しか召喚できない。
そうして一定時間の経過後は自然とフェードアウトして消失し、再度召喚するにも召喚時間制限と同等のクールタイムが求められる。
これはイエマチの事情だが、すべての移住者がアニマラーを自由にいつまでも侍らせられると、負荷を抑えた3Dモデル設計だろうと、サーバー内のキャラクターオブジェクトの総数が単純計算で二倍近くになってしまう。
そのため、サーバー負担が恒常的に増加してしまうことを懸念して制限された。ユーザビリティとしては多少なりとも不満が挙げられた部分である。
しかし、おかげでアニマラーの発生総数は抑えられ、運営サービスは安定した。危なかったのは毎年、年越しタイミングでみんながアニマルポンを一斉に利用しているときくらいだった。リアルのシーズンに合わせた行楽では一極集中の負荷への対応で済むが、年末はオールシーズン・オールネストで好き勝手に集まれるため、運営チームは毎年、年末年始もお仕事で、幾人もが涙をのんだものだ。
ちなみにALRゲームは体感コンテンツであるため、無操作状態といったものがないに等しい。プレイヤー側はバックヤード画面にアクセスしっぱなしでゲーム進行を止めることもできるが、ビデオゲームと違って体感は切り離せない。
そのため、極自然な自動ログアウト機能も「寝落ち」や「異常な心拍」など、ニューロジャック経由で人体の不自然がチェックされたときに限る。
「クスッ、また少し賢くなれたわね、黒絹の魔女さん」
鮮やかな紅葉色の西洋ドレス風な和風着物の袖を、口元へと持っていく。
涼しげな顔は大人っぽいが、蠱惑的な少女の笑顔にも見える。
「む」
それが小ばかにされているように思えて、ちょっとだけ怒る。
「……チッ、あの野郎、一晩で死んだわけじゃねえのか」
「……朝から目にしないだけ、まだマシと思いたいな」
コソコソ。高貴な騎士たちの陰口はせせこましい。
広間にいた凰華とナッツは、姿も衣装も昨日のままである。
その反面、レッドとフィカは足元に巨大な背負い袋を置いている。
袋は両肩で担げるザックのような形をしているが、問題はそのサイズ。異様にデカい。背負えば頭部も背中も覆い隠す、本格的な山登り三泊四日クラスの膨れ方。実際に背負われると、彼らの後ろ姿は腰から下しか見えなくなった。
「レッド、それは?」
「なんでも、ウィンター・ネストで必要な荷物なんだとよ。ケッ」
嫌そうに凰華に視線を振るが、お嬢さまは涼やかにプイッ。
「いえ、そっちもそうですが、その腰のは」
「ぁん? ……ああ、いやまあ、サメ野郎のときにモリもなくしまったからよ」
ナビが指さしたのは足元ではなく、レッドの腰元である。
本来、名刀「染め紅」が差されていた腰元には……クワ。
畑を耕す道具にしか見えないクワを提げた、高貴な皇騎士がいる。
毎度毎度、武器の品質が下がっては上がっては下がる男だ。
「フッ、惨めだな皇騎士十三皇」
フィカがチラリと、腰元のティア・フロトゥピスを見せつける。
「レッドくーん、ちゃんと弁償してよね~?」
モリの持ち主、ナッツもジトーッと見てくる。
「……どいつもこいつも、クソがよ」
皇騎士の誇りの儚さたるや。
戦闘要素がないイエマチには、武器どころか"武器の形状の物"も少ない。
そして凰華の屋敷で武器に見合うものは、農耕用のクワしかなかったらしい。
しかも、イエマチの畑作りは種まきと水やりだけでいいお手軽仕様のため、クワもナッツの家のモリと同じく、システム的に使えるアイテムではない。
あくまで家々を飾るためのハウジングオブジェクトであった。
「さあ、出発前から時間を潰してるヒマなんてないわ。早く発つわよ」
ついでに、秋の地主もイライラしてきたので。
「失礼、そうでしたね。では皆さん、行きましょう」
黒絹の魔女が音頭を取り、和洋中折衷の屋敷から出発する。
大広間を抜け、多国籍なのれんをくぐり、玉砂利の庭園から出る。向かって左手側には昨日抜けてきた緑黄の林、右手側にはこれからゆく紅葉の林。
木々の背の高さは大小あるが、遠くの光景も近くの風景も、茶色い落ち葉の地面と壮麗な真紅に染まった紅葉林に占められていて、先は見通せない。
「レッド、それとついでに外騎士二皇。あなたがたの体は大丈夫なのですか」
「テメェが心配することじゃねえ。余裕に決まってんだろ」
背負い袋で上半身を制限されながら、レッドがカッコつける。
「油断は禁物だ。もしも終式まで発動してしまえば、その後が厳しくなる」
忠告するフィカも、今は登山家の青年にしか見えない。
二人とも体感では、一晩経っても体力が戻った気配はない。
連日の戦闘で攻撃を受けた箇所に、引かない痛みを引きずっている。
それでも強がって見せるのが、彼らの宿命なのである。
「だいじょーぶだよナビぃ。こっちには凰華さまもいるんだし~!」
夏の元気娘がエール。ゲーム世界を彩るNPCに言っても仕方ないのだが。
秋の時節に、水色パーカーの水着サンダルの姿はさすがに寒々しい。




