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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
56/81

マヌケな珍客、賢しい主人(6)

 凰華をウィンター・ネストに連れていくということは、フィカの同行も意味している。その点、レッドとフィカは思わず顔をしかめたものの、二人は一瞬だけ目線を合わせると、すぐに顔を背けつつも、なんとなしに無言で了解を示す。

 騎士とは常に、主人たちに振り回されるものとかくあるべし。


「それで、オータム・ネストの危険は八乙女狐ってヤツだけなのか」

 冷めてしまった琥珀色の茶を一気にのどに流し、元親友に尋ねる。

「いいや、子鬼リスもだ。群れで襲われれば凰華たちを守るのも難しくなる」

 対して、フィカは茶をゆっくりと口に含み、華麗に飲んでみせる。

「ケッ、ずいぶんと気弱な外騎士さまじゃねえか」

「事実を言ったまでだ、刀なし」


 八乙女狐については、真っ赤な衣のような尾をフリフリとさせ、落ち葉と鬼火を操るアニマラーだという。子鬼リスのほうは醜悪な顔をした小動物で、群れで襲われると全身をかじられてしまうとのこと。いずれもフィカの実体験らしい。


「幸い、子鬼リスは戦わなければまだ逃げられる。問題は八乙女狐のほうだ」

「強いのか」

「強いのも問題だが……レッド。キミもアニマラーとは戦ったんだろ」

「おう。楽勝だったぜ」

 よく言う。だが、これが男同士の見栄の張り合いというものである。

「フッ、楽勝か……なら、アニマラーを倒せたか?」

「ぁん? そりゃ、オマエ、倒したっていやあ、倒した……ああ倒したさ」

 レッドはオオカマキリとタイダイタルシャークを退けて、退いた。

 厳密には撃破していない。周囲の助けも含め、命からがら逃げられただけだ。


「本当か」

「なにが言いてぇ」

「僕には無理だった。このティア・フロトゥピスをもってしてもだ」

「……んだと?」

「あの桃紫色に発光するアニマラーたち。あれはおそらくだが、不死だな」

 彼は確かな手応えを持って、その事実を確信していた。


「この世界にやってきた昨日、僕は森のなかで醜い顔の小動物に襲われた。凰華に子鬼リスの名を聞いて、すぐにピンときたよ。ひざ丈程度の獣だったが、僕のティア・フロトゥピスで何度斬り続け、叩き潰し、カレス・インパクトで一掃しようとも……痛手を負ったそぶりはすれど倒れ伏せることはなかった」


 己自身を事実で慰めるように語ったフィカだが、小動物すら生物的な意味で殺せない自らの力にプライドが傷ついているのか。表情は険しい。


「つまり、あの異常なアニマラーたちは殺せねぇって言いてぇのかよ」

「少なくとも僕には不可能かもしれない。当然キミもだ、レッド」


 レッドの場合、手元にある得物が貧弱なのもあって、そこまでアニマラーを追い詰めることができなかったが。言われてみて思うところはある。

 タイダイタルシャークとの戦闘中、敵の左目をモリで貫いたにも関わらず、巨体サメの眼球は健在で、その後もピンピンして走って追ってきたためだ。


 しかも、彼らはそれ以上に不都合な事情も抱えていた。


「キミはゴールドスカイナーにやってきてから、皇束解除を発動したか」

「ああ、した」

「どこまでだ」

「そりゃ、まあ、その、弐式だが……ありゃサメ野郎が強敵だっただけだッ!」

 二式まで発動させられた、と伝えるのが恥ずかしかったらしいが。

 フィカのほうはサッパリしたもので、素直に伝えてくる。

「僕もだ。八乙女狐との遭遇時、皇束解放・セカンドまで使わされた」

「へんッ、お互いさまってか。それがどうかしたのか」

「……それ以降、皇束解放が発動できない。セカンドどころか、ファーストもだ」

「ッ、おい……おいおいおいッ、まさかオマエもか……」


 思い当たる節がある。オオカマキリに奇襲されたとき、レッドは痛打を受けて皇束解除・壱式を使わされた。次いでタイダイタルシャーク戦にて、左腕をガシガシ噛まれてしまい、皇束解除・弐式を使わされた。そこからしておかしい。


 レッドの皇束解除は体力減少に伴う自動発動、フィカの皇束解放は一行動後にファーストのみ確定発動で、以降は両者ともに体力減少に伴う発動となるが。

 戦闘時は必ず、()() ()o()r() ()()()()()()()()()()()()が決まりだ。


 なのに、ゴールドスカイナーに来てからはそうなっていない。

 一度使わされたあと、もう一度は使えていない。なにかを引き継いでいる。

 そのなにかには、これまた両者ともに思い当たる節がある。


「フィカ、どこにくらった」

 主語はないが、意味は通じた。

「……右足と左手首。それに背中もだ」

「……俺は左腕が肩まで。腹もやられてる」

 二人の青年がそれぞれ申告した部位を見比べて、暗い顔になる。

「??? どうしたのですか?」

 その様子をいぶかしんだヘルプヤクの魔女に、告げられる。


「どうやらよ……この世界じゃ戦ったあと、俺らの体は治んねえみてぇだ」

「む?」

「カマ野郎とサメ野郎にやられた部位が、今もずっと痛んでんだよ」

「なっ!? なんでもっと早く言わなかったんです!」

「言えるか。皇騎士十三皇の俺が……クソがよ」

 嫌な事実を打ち明けられた。


 ヘッドアップディスプレイすらも視認できないなか、体感だけで導き出せたのは優秀だ。事実、イエマチではレッドたちの体力を表すHPが戦闘後になっても自動回復しておらず、値が引き継がれてしまっている。なぜか?

 この世界に、そんなシステムが存在していないからだ。


 イエマチには戦闘も存在しなければ、キャラクターステータスの「HP」も存在しない。その値を命ゴイから例外的に持ち込んでいるナビ、レッド、フィカはHPを有するが、ここでは関連どころか類似した値も存在しない。


 そのため彼らのHPは今や、再利用できない有限のリソースと化していた。

 HPが減れば皇束スキルが発動するが、HPが回復しないから、もう一度はない。

 しかも両者ともに皇束スキルの二段階目は使用後。HP50%以下なのが確定。

 HPの概念を知らずとも、二人とも感覚で"半殺しな自分"が分かる。


 ある意味、ゲームとしての都合の良さをうまいこと剥奪されてしまった。


 そんな環境でも、ゲーム側が整合性を取るように被撃したぶんだけHPから差し引いてくれる現状は、これでもけっこうまだましである。

 もしシステムに考慮されず、HP自体が適用されていなければ、彼らは各ネストのNPCと同様、自前のキャラクターオブジェクトの強度だけが頼りになってしまう。たとえそれが高数値でも、アニマラーのささいな一撃で絶命するだろうが。


「えーーー!? レッドくんたち体イタいのーーー!?!? だいじょぶー!?」

「むぅ、困りましたね。この先どうしましょう」

「ハァ。案外、騎士さまって頼りにならないみたいね」

 女性陣の反応は、ナッツが一番人道的である。


「黙ってろ。こんくらいどうってことねえ。攻撃なんざよけりゃいいんだ」

「僕もそのつもりだが、八乙女狐は例外だ。あいつは落ち葉で周囲を切り刻む」

「んだと?」

「正直、見知っていなければ避けようがなかった。執拗に追ってくる鬼火もだ」


 二人ともボスクラスのため体力上限は高いが、リアルの人体のようにやすやすと回復してくれそうにはない肉体をあらためて自覚し、不安が募る。

 心配なのは己自身ではなく、彼女らを守りきることができるかどうかで。


 サッドライク皇国の騎士たちは、能力が腐っても心はイケメンだ。


「なにかほかに、アニマラーたちに抗する術はないのでしょうか」

 魔女の消去法的な思いつきに、秋の地主からアドバイスが飛ぶ。

「アニマラーにアニマラーをぶつけられるのなら、可能性はありそうだけれど」

「アニマラーをぶつける? どうやってです」

「ペットひもで捕まえて『アニマルポン』で……いえダメね。あれだけ凶暴じゃ」

 自分で言って、自分で納得されるが、ナビは気にせずツッコむ。

「あにまるぽん?」

「移住者が、自分のペットにしたアニマラーを招き寄せる術よ」


 凰華の言う「アニマルポン」とは、ペットを呼び出す専用アクションだ。

 アニマラーは捕まえさえすればペットにすることができ、タイダイタルシャークだろうが八乙女狐だろうが、周囲にはべらせて散歩させたり、サイズが適応すれば乗り物として活用したりもできる。当然、プレイヤー専用の機能である。


 それに捕獲中も「><;」顔で暴れることはあれど、攻撃してくることなどなかった本来のアニマラーならまだしも、今はそんな優しい状況ではない。

 捕獲アイテムの「ペットひも」にせよ、NPCが確保できる代物ではなかった。


「そのアニマルポンなる術は、私たちにも使えるのですか」

 かわいらしく小首をかしげる。ハイポニーテールもナナメる。

「無理ね。移住者たちにしか使えないわよ」

 秋の地主は黄緑髪の鉄壁お団子に変わり、頬に垂れる姫毛をツンと揺らす。

「む。やり方は知っているのですか」

「あら、試す気?」

「しないよりはマシかと」

「貪欲な魔女さんね」

「はいはいはーい! 私知ってるよぉ、ナビぃ」

 ハイハイハイと。ナッツが元気な挙手で割って入ると。


「呪文を唱えるんだよ。うちでは『レッツ、サマーフレンドッ!』ってさ」


 アニマルポンはALR機能を介した音声コマンドか、システム画面のコマンド選択で使用する。音声使用時は発動ワードが求められるが、ナッツが口にしたのはサマー・ネストでのデフォルトワード。語句は移住者が自由に設定可能だ。


「ふむ……れっつ、さまーふれんどっ!」

「うん、ぜんぜんダメ~~~」

「むぅ」

 黒魔女の語気には夏らしさがないのか、言の葉は世界に溶けなかった。


「でもここオータム・ネストだし、こっちだとたしかぁ、うーんと、えっと~」

「『萌ゆる落ち葉よ――招き招け』よ」

 当初は教えるつもりはなかったようだが。

 秋のデフォルトワードを忘れる不作法さに口出しが入る。

「あっ、凰華さまそれですそれ。まねきまねけー、ってやつ~」

「春なら『届いて、呼び声』。冬なら『アウターアウト』。これって常識よ?」

「まーまー凰華さま。私ってば夏に生きる女の子なんでっ!」

「まったく、これだからバルールカンのところの子は……」

 ブツブツと愚痴る。ナッツも自分を出しはじめて、凰華との距離感を詰める。


「届いて、呼び声っ!」ダメ。

「あうたーあうとっ!」ダメダメ。

 両手を胸元に寄せ、力いっぱい叫ぶナビに、凰華が呆れ顔をさらす。

「そもそもペットもなしに、なにを招くつもりなのよ」

 プレイヤーと自分たち。その境界を深く知った彼女には無駄にしか見えない。


「萌ゆる落ち葉よ――招き招けっ!」

 だから、それに一番驚いたのは、ほかの誰でもなく凰華だった。


 ポンッ。ナビの足元でマヌケな音が鳴り、モワモワと少量の白煙が立ち上る。

 スモークはすぐにかき消えて、そこには……小人だろうか? 小さな生物の影。


「ッ……!? 移住者でもなしに、アニマルポンを行使した……?」

「えーーー! ヤッバヤッバ!?!? なになになにしたのナビーーー!!!」

 驚きの意味が異なる二人の少女が目にしたのは、小人。

 膝下くらいの大きさのある、二頭身ほどの小人さん。

 アニマラーというのは人型すぎる、小人のなにか。


「え、ええ、えっ…………っ!?!?!? そ、そんな、まさか、そんなぁっっ!!!」

 思わず吃驚したナビが目にしたのは、キレイな水色。

 小人が着るノースリーブのAラインワンピースの水色。

 やぼったいアンティーク調に合わせたサンダルが、在りし日のご令嬢のよう。


「なっ……んだと……!?!? ウ、ウップ、オエッ……オゥエェッッッ!!!」

 吐き気を止められなかったレッドが目にしたのは、緑、青、紫。

 ヘルメットのようなショートボブの髪は、ツヤ少なめでクール。

 右頭から順に淡い緑、青、紫の三色でカラーリングされている。


「こ、これはまさか、あの、蛮女のッ……ウ、ウウウ、ウグゥッッッ!?!?!?」

 激しい動悸を必死で抑えるフィカが目にしたのは、銀色。

 右の目尻に、三つ葉のクローバーを模した銀色のペイント。

 デフォルメされていても、心によみがえってしまう地獄時代のトラウマ。


 ずんぐり体型で水色ワンピを着こなす、三色髪の小人は。

 目尻の三つ葉を愛らしく光らせて、静かに、優しく、ほほ笑んだ。


「クスクス」

 それは、サッドライク皇国の住人たちからすればどう見ても。

 清貧で、淑やかで、慎ましやかで。

 爽やかな春風のように、はにかむほうで。


「ハ、ハ、ハ…………ハナリナさまぁっっっ!!!!!!??????」

 ナビが命ゴイで初めて出会った万命の令嬢――によく似たなにか。

 ちっちゃなハナリナが、絶叫する彼女に笑顔を向けた。


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