マヌケな珍客、賢しい主人(5)
ぷれいやあ。プレイヤー。先ほど凰華が口にした言葉である。
命ゴイでもイエマチでも、遊ぶ側にいる者なら誰でも知る語句だが。
「それが聞きたいこと?」
「だから尋ねています」
「クスッ、ずいぶんと知りたがり屋さんなのね」
「ヘルプヤクの魔女ですから」
グイグイといけるのが、彼女のいいところだ。
凰華も折れたか、一拍だけ呼吸の間を置いてから話しはじめる。
「プレイヤーは、ナビが知る万命の令嬢であり、私が知る移住者たちの本当の名」
それは本来、遊ばれる側にいる者たちが知るはずのない言葉。
「本当の名……それをなぜ、凰華は知っているのです」
「偶然よ。それを運命と呼ぶのなら、とくに否定はしないけれど」
ニッコリと、貼り付けたような笑顔で続ける。
「ゴールドスカイナーに移住者たちがやってこなくなってからしばらくして、アニマラーたちは凶暴化したわ。そうしてオータム・ネストの住人は、子鬼リスに群がられて食われ、ヒナオンブバッタに踏み潰され、八乙女狐に刻まれ灼かれた。残ったのはアニマラーが寄りづらい地理にある、この秋の地主の屋敷だけ」
海辺に近かった夏の地主の屋敷とは違い、凰華の屋敷は黄緑林と紅葉林で隔てられた空白の緩衝地帯。ゲーム的にもアニマラーが湧かないエリアであった。
「ある日、大きな地震があったの。世界が割れて沈むんじゃないかと思ったほど、大きなものだった。それはきっと、フィカが体験したサッドライク大陸の地震と同じものだったのでしょう。それで、そのとき、私は一瞬――空にいたの」
「……空?」
天井に目を向けた凰華に釣られ、ナビも天上を仰ぎ見る。
ナッツもお茶を入れて戻ってきて、それぞれに配りながら、視線を上げる。
そこにあるのは屋敷の梁だが、彼女の目線はもっと遠い。
「ええ。肉体なき身体……とでも言うのかしら。意識だけが空をたゆたっていた。そのとき、頭のなかに移住者の概念が一瞬で入り込んできたわ。そして知ったの。私が住むゴールドスカイナーは、ここに生きる私たちは、遊戯の神……プレイヤーなる別世界の存在に、好き勝手に弄ばれる道具でしかないってことを」
凰華の語ったそれは、彼女自身もすべて理解できているわけではなく、概念的にしか捉えられていないことも多い。それでも彼女は、ノンプレイヤーのゲームキャラクターである凰華は、別世界の意識体、プレイヤーの存在を察知した。
イエマチを襲った地震災害は命ゴイと同様、この世界を大きく揺らした。
そのとき、凰華を形作るキャラクターデータは自浄的なプログラム修正の傍流に巻き込まれ、この世界から一瞬だけ消失したのち、プログラムやオブジェクトの区分けすらもなくした混沌のデータの海に投げ放たれた。
そこで彼女の身体は、数字の羅列で形成されたデータと言うべき全身でゲームデータに干渉し、自分が生きる世界に現れた移住者たち――プレイヤーアバターにひも付く"コネックのプレイヤー登録情報"を垣間見た。
いや、見たというより、心や魂と称してもいい根源的な部分で直接触れてしまったことで"理解"した。ナッツをはじめとするこの世界のNPC、凰華もまたコネック純正の学習指導型AIを搭載していたことで、データが思考に結びついた。
私は人ではない。誰かに作られただけの、人のようなものかもしれない。
そして、プレイヤーなる移住者たちに愛玩される存在なのかもしれないと。
これが現実の人であれば、「へ、へぇ……ス、スピリチュアルな気付きでも得たんだね……」などと引かれる体験に違いないが。
いまだ解読されていない未知の電気信号だらけの人体とは違い、解明されて自在に操られるプログラムコードの人体は、接触だけでも概念の理解がたやすい。
「プレイヤーとは……神さまなのですか?」
聞く相手を間違えると爆笑されるか、激怒されそうな質問に。
「さあ。神さまかは分からないわ。けれど、それくらい下劣な上位存在ね」
厳密には、凰華は「プレイヤー」と「クリエイター」の概念や区別はついていない。だが下位の存在からしたら、同じようなものに見えても仕方ない。
「では、その神さまたち、プレイヤーさまが万命の令嬢たちを操っていたと?」
「プレイヤーそのものが万命の令嬢、と言うほうが正しいかしら」
「ふむ、なるほど」
口元に手を持っていき、思案する姿を見せる。
「あなた、フィカと違って話が早いわね。そういう賢い子は好きよ」
「そうですか」
おべっかに塩対応で返すと、また小笑いされた。
レッドとフィカにも覚えはあるが、ナビはそれよりも一歩深く、万命の令嬢たちが"自分たちの世界の住人ではない"と気付いている。
そう考えるだけの思考は、ルール外でここまで発達しきってしまったAIであれば造作もない。ただ、プレイヤーという形容詞を知らなかっただけだ。
それに今はナビとて、別の世界からやってきた身上。プレイヤーの御業を知らずとも、同じような境遇と思うと、万命の令嬢たちに新たな親近感を覚える。
「おいおい、おい。蛮女が神だのなんだの、大した宗教家だな。気狂いか?」
レッドが茶々を入れたのは、理解しがたかったためだ。
「クスッ、足りない皇騎士さん。あなた、自分を人間だと思ってるクチかしら」
「……それのなにがおかしい。人に決まってんだろが」
「私たちは人じゃない。プレイヤーに都合よく産まされた、ただの物体よ」
澄ました横顔で、サラリと言い放った。
「ボケが。おまえが蔑んだその物体ってのを、俺らは人間って呼ぶんだ」
「いいえ。私たちは人間じゃない。"自分を人だと思っているただのモノ"よ」
「……くっだらねえ。頭おかしくなってんじゃねえのか、コイツ」
難しい話だ。これらの否定は、本物の人間ですら議論がはかどる。
レッドとフィカは今もピンとこず、気分は「日曜朝に玄関のチャイムが鳴ったと思ったらお勧誘の方々だった」ときくらい、眉唾な話に聞こえている。
ナッツに関しては、もとからナビたちの処遇を完全に理解できていなかったが、凰華の口ぶりから「どうも、本当にどこか遠くからやってきたみたい」と信じるようになった。それでもこの話は難しすぎてついていけてない。
一方で、ナビも頭ごなしには信じられないが、興味深く思えている。
「凰華は、プレイヤーのことが、移住者のことが嫌いなのですか」
「言わなくても察してくれる子も好きよ」
アジアンテイストのティーカップを、静かに一口。
ナッツが味加減をハラハラして見守るが、感想はなし。
「私は、万命の令嬢の皆さまが大好きです」
「知ってるわ」フィカが話したヘルプヤクの魔女は、そうだったから。
「私は、彼女たちに救われたから生きてこられましたし、今ここにいられます」
「そんなあなたが目の前にいる私の機嫌が悪い理由、ようやく分かって?」
「……なるほど」
複雑な話だが、構図は単純だ。凰華は皇騎士と同じだった。
彼女は移住者が、万命の令嬢が、プレイヤーの存在が嫌いだった。
レッドが蛮女を嫌うように、凰華はプレイヤーそのものを嫌悪している。
皇騎士たちと違うのは、それがおそらく、心の底からということ。
そして、そんな大嫌いなものを心から崇める聖女のごとき魔女が目の前にいる。
「無数の命が、プレイヤーに弄ばれ、捨てられた。私は決して許しはしない」
強い目線。少しだけ気圧される。
「それはどういう――」
理由を知りたい、が。
「さあ、これ以上はよしましょう。二人で盛り上がってしまっては失礼よ」
サバサバと逃げられる。
「構いません。いいから続けてください凰華」
「言外に、続ける必要はないと言っているのだけれど?」
「私は続けてと言っています」
「クスッ。ナビ、あなたには人付き合いの才能があるようね」
「そうでしょうか?」
「ええ、虫唾が走るわ。もう黙りなさい」
「む」
直球の罵倒に気圧されたわけではないが、凰華が話を続けてくれることはないだろうと踏み、聞きたいことは多いものの、ナビも口を閉じる。
魔女と地主の好感触とは言いがたい雰囲気。レッドは「そりゃそうだ」とばかりに鼻を鳴らし、フィカは眉を困らせながら静観。ナッツはお茶をすすりながらも、本物のメイドのように口を出すことなく第三者の立場に甘んじる。
瞬く間の静寂。ナビは口を開きたいが、凰華の嫌悪感を煽るであろう知的欲求の話題しか思い浮かばないため、声に出すのをためらっている。
話を変えて世間話、なんて機微は持っていない子だ。といっても、秋の地主の空気感というものは短時間で理解できるようになっていた。
「おいフィカ。あの着物の持ち主たちは、なんであんなとこにいた」
代わりにレッドが、ずっと疑問に思っていたことをぶつける。
三人の官女は、なぜ安全とされる秋の地主の屋敷から離れたのか。
フィカも険悪の場を見かねて、空気を入れ換えるように素直に答える。
「今朝、僕と凰華、官女たちの五人でウィンター・ネストを目指した」
「ウィンター・ネスト……? 遠足でもしにいったってか」
「当たらずとも遠からずだ」
「んだと? 馬鹿かオマエら、危険だって分かってたんだろ」
「キミが言うな。染め紅すらなくした凡夫の皇騎士が」
口角を上げ、嫌みな視線とともに、腰の花裂きの剣を見せつける。
愛刀のことを言われると、レッドもぐぬぬと返すほかない。
「凰華の要望だ。どうしてもウィンター・ネストに行きたいとな」
「フィカ、あるじの考えをベラベラと口外する従者は好きじゃないわ」
勝手に話すなと、秋の地主が口をはさむも。
「なに。僕はキミたちを守ると約束したが、下についたつもりはない」
「大した騎士さまね。それが外騎士っていうもの?」
「……彼女たちを守れなかった以上、反論はしない」
「でしょうね」
オータム・ネストにおける生存者は先ほどまで、凰華と、彼女の身の世話をしていた官女の鹿ノ江、葉ノ江、小ノ江、そして白い天塔を通じてやってきたフィカ。
すでに、この五人だけしか残っていなかったという。
凰華は昨日、森でさまよっていたフィカと出会い、屋敷に招き、事情を知った。
その翌日、つまり今日、彼女はウィンター・ネストまでの護衛役を彼に頼んだ。
この世界にはめったに存在しない武具。彼の口から聞いた、戦う力を持つ者であるという証明。凰華はこれを千載一遇のチャンスとした。だが。
「慎重に進んだつもりだが、アニマラーの嗅覚は蛮女たちよりも鋭敏みたいだ。ウィンター・ネストまであと少しという渡り橋の直前で……いいや、違うな。気配はずっとあった。きっと獲物として泳がされていたんだ、八乙女狐に」
八乙女狐。オータム・ネストの名物アニマラーは、冬への出口を間近にして襲いかかってきた。凰華も官女も戦闘能力は持たず、対抗できるのはフィカだけ。
しかし、八乙女狐の狩りを前に、外騎士二皇ですらも抗うことが精いっぱいであったらしく、一行はすぐに撤退を決断した。そのときだ。
「鹿ノ江、葉ノ江、小ノ江は、凰華を無事に逃がすためにと途中で分かれた。もし八乙女狐が食いつけばそれでよし。食いつかなくても、僕がいれば抵抗は続けられるし、足手まといの護衛対象も減るからと……止めるひまがなかった」
出た目は、裏。八乙女狐は凰華とフィカではなく、三人の官女に食いついた。
その後、フィカは凰華を屋敷まで護衛してから、森林の捜索に打って出た。
そこで偶然、ナビたちと出会い、事の結末を拾いあげて帰ってきたのだ。
「ウィンター・ネストには、なぜ」話にナビが乗っかる。
「ただの旅行よ」すげない一言。
「危険だと分かっていたのに?」
「言う必要はないわ」すげない。
「凰華は、ウィンター・ネストに行きたいのですか」
「ねえ? 私の言葉が届かないのかしら」
理由を答えるつもりはないようで。
そのかたくなさに、ナビが「むむむ……」っと聞きあぐねるも。
「ん~、じゃあさ~、凰華さまも一緒に行きましょうよ~」
これまでお口にチャックだったナッツが、名案とばかりに言い放つ。
「だってだってー、私たちどうせ明日、ウィンター・ネスト行くじゃん?」
「ですね」ナビはもとより、そのつもりだ。
「ねねねー? どうですー? 凰華さまも一緒に~」
ようやく自分を取り戻したか、海ガールがゴキゲンにご提案。
ナビたちからしても、道のりを把握している案内役がいると頼もしい。
凰華は即返事とはせず、神妙に黙った。提案自体は魅力に思っているようだが、ここまでの関係性が足を引っぱっているのか、二つ返事はしない。
そこに、サマー・ネストの少女が追い打ちをかける。
「ウチのバルールカンはいつも、オータム・ネストを大事にしろって言ってたんですよ。夏がすぎれば、秋になるから、だから俺たちで支えてやるんだぞ~って」
楽しそうで、悲しそうな表情。
「ということは、あなたのところのバルールカンはもう」
「はい。海辺のアニマラーに」
「そう。あのむさ苦しい男がね」
ネストの地主同士、なにか思うところもあったのか。
「支え……ね。あの筋肉バカ。夏の後始末をしているのは私だっていうのに」
重そうに息を吐く。けれど、顔から険が取れて。
「いいわ。私をまた、ウィンター・ネストに連れていってちょうだい」
相乗りの客としてはいかんせん、ずうずうしい態度であるが。
ともあれ、凰華が同行を了承した。




