マヌケな珍客、賢しい主人(4)
「名乗る必要はなさそうですが、ヘルプヤクの魔女ナビです」
「ご丁寧にどうも。思っていたとおり……クスッ、かわいらしい魔女さんね」
小気味よく、感情の意味が見えない笑い声。
「それは悪口でしょうか?」
未熟な魔女は直球だが。
「そう聞こえた? なら構わないわ。自覚は人を成長させるもの」
相手はちょっとうわて。
「ずいぶんとお高くとまってるな。地主ってヤツぁはだいたいこうか?」
相棒への嫌みを感じたレッドが、トゲのある言葉で言い返す。
「クスッ。本当に、皇騎士って言葉のイメージとはだいぶ違う人もいるのね」
クスッと小さく笑うところも、レッドのかんに障る。
「十人十色だ。てめえこそ、凰華だ? 聞かねえ語句だが、意味はあんのかよ」
「ええ、気安く話しかけないでって意味よ。皇騎士十三皇」
「……そりゃあいい。今後の距離感はないもんと思え、クソ女」
彼の過剰な反応もまた、凰華に万命の令嬢の匂いを感じてのことだ。
といっても彼女は純正NPCであり、それを感じさせるのは性格の話である。
初対面にして予想外の険悪っぷりに、ナッツは内心「ひええ~」と縮こまる。
彼女の地元にいた夏の地主バルールカンは、筋骨隆々のイケイケパリピ系な肌黒サーファー男といった風貌で、住人たちとの距離感も近かったのだが。
ナッツからすれば、ネストの地主というのはそれこそ、王に値する権力者。
気軽に話しかけてはならない、大物スターのような存在なのである。
「……僕は外騎士の崩れ拠点から、ここオータム・ネストに飛ばされてきた。目で見るものも、手で触れる感触もまるで違うことで丸一日ほど右往左往していたが、そのとき凰華に出会って、ゴールドスカイナーの流儀を教えてもらった」
場の空気の悪さに、フィカが慣れぬ合いの手でなれそめを語る。
オータム・ネストもまた移住者がいなくなってから、アニマラーが桃紫の発光を体に浮かべて住人たちに襲いかかり、サマー・ネストと同じく地獄と化した。
「あななたちはなぜ、オータム・ネストにやってきたのかしら」
表面上は友好的。だが、ナビには詰問に聞こえる。
洗いざらい話しなさい。そんな圧力を感じる。
「スプリング・ネストに行くためです」
「スプリング・ネスト? だったら逆方向ではなくて?」
「そうしたかったのもやまやまですが――」
自分がなにか粗相でもしたのか、あるいは外騎士二皇があることないこと言って嫌わせたのかなどなど。凰華からは妙に高圧的な態度を感じるが、ここまでの経緯は素直に話していく。もし敵でも、また逃げればよいと考えて。
「そう、桜野サワカに会いたいの」
「ええ」
「それは春ヌシが、あなたの好きな万命の令嬢と似ているからかしら」
ドキリ。あるはずのない心臓が鼓動した。
「っっ!?!? あ、あなたは、令嬢のことをなにかご存じなのですかっ!?」
「まさか。フィカに聞いただけよ、期待しないで」
クスッと笑う。小ばかにされているようで、妙にしゃく。
「まあ、あなたの勘は悪くはないけれど――いえ、よしておきましょう」
「もったいぶるのはやめてくれませんか」
「フフッ。素直なのね。なら、知識豊かな魔女さんでも知らないだろうけれど」
それは、ヘルプヤクの魔女には最も禁句な煽りであるが。
ナビが反撃するよりも早く、凰華は言葉を重ねた。
「あなた、"プレイヤー"って知ってる?」
「……ぷれいやあ?」
「そう。万命の令嬢であり、移住者であり、私たちを弄ぶ者たちのこと」
それは、ゲームキャラクターが認識してはいけないことで。
「私たちのことを生命とも思わない、天上の神さま気取りのゲスたちのことよ」
それは、NPCが思ってはいけないこと。
「っ、そ、それはどういうっ!」思わず食いついたナビに対し。
「さあ、まずは歓迎よ。あなたたちも疲れているでしょうから」
凰華は華麗に、するりと受け流した。
「そ、そんなことよりっ!」とナビが食ってかかるが……グゥ~~~~~。
盛大に腹の虫が鳴り、凰華にまた笑われてしまった。
秋の地主は一方的に話を打ち切り、屋敷一階の広間の奥に四人を招いた。
ナビは、手のひらで踊らされているようでプンスカと顔真っ赤。
レッドは、相性の悪さにイラついていて黙り気味。
フィカも、まったく予想外だった女たちの衝突に黙り気味。
ナッツは、秋の権力者にビビって一度も口を開かず。
家主に案内された場所には、大きな樫の木のテーブルに、アジア風の丸壺や欧風のクロスが敷かれており、足の太い椅子が何脚も並んでいた。
先ほどの大広間が応接間だとすれば、こちらはリビングといったところだ。
「そこのあなた」
凰華が目線で、ナッツのことを呼ぶ。
「ふぃぃぃ~……」
が、彼女は自分のことだと思っておらず気付かない。
「ねえ、あなたよ、あなた」
「へ、へっ!? わ、わわわ私ですかーーー!?」
気付いて、驚いて、ビビるナッツ。
「女中がいないの。食事を作るのを手伝ってもらえるかしら」
「ででで、でも私なんかで~……」
「フィカたち、サッドライクの人たちは食事を知らないのだもの。来なさい」
「へ、へい……」
力関係はファーストコンタクトで決した。
館の主はナビたちを席につかせて、ナッツと二人でとなりの部屋に行ってしまった。まもなくトントン、コトコトと物音がしはじめ、疑問に思ったナビにフィカが「あれは料理の音だ」と伝える。見るだけでおいしかった食事文化のサッドライク大陸では聞いたことのない、イケメンいじめでもないと聞けない音。
魔女の腹の虫が何度か追撃の訴えを響かせていると、しばらくして、いい匂いがするお皿をおぼんに乗せて持っているナッツを引き連れ、凰華が戻ってきた。
「野生肉も海鮮も長らくやってこないから、質素な秋の山菜だけだけれど」
いち早く席に着いた凰華に変わって、消去法的にナッツが給仕をがんばる。
料理中の会話は聞こえなかったが、海ガールはすっかり手下扱いである。
コトン。ナビの前に置かれたお皿には、ほどよい焼き目の香ばしさが鼻をくすぐる、シメジ、エリンギ、エノキダケ、舞茸、松茸のキノコソテー。
魔女には名も知らぬキノコ類は、これまた知らぬ醬油と出汁とバターの香りが立っており、てっぺんには緑色のあさつきが散らされている。
添え物はニンジンの甘いグラッセ、スナップエンドウの和え物と計三品。
これほどの豪奢な屋敷で食べるには、量も含めて質素に感じるが。
食事の快感を知ったばかりの者たちの食欲は爆発し。
「ふ、ふわぁあ……も、もらいます」
初めて見るフォークを食器と認識し、早くも一口しようとして。
「『いただきます』、ね」
「え」
「食べる前には必ず、いただきますと言うの。秋の食事の礼節よ」
「礼節……なるほど。いただきます」
水を差されつつも、郷に入れば郷に従え。
レッドを除く四人は祈りを唱和してから、キノコを口に運ぶ。
「ハムハムっ! モキュモキュっ! お、おいしいーーーっ!!!」
きのこの苦みは不得意だったが、バター醬油の魔力が魔女の脳を支配する。
レッドとフィカは言葉を発さず、食べ盛りの青年らしく数口で完食。
「ケッ……なかなか、かなり、めっちゃうめえじゃねえか」
「まったく、この世界のすばらしさを実感する瞬間だ」
ナッツだけは味も感じられないほど憔悴したか、無言で口に運ぶ。
食事は十分もしないうちに済んだ。人なら量からして物足りないが、イエマチの法則ではプレイヤーに飢餓感は存在せず、NPCにおいてもそれは"生きたキャラクターを演出するためのルーチン行動"であるため、ナビたちの空腹は厳密には生理現象ではない。食事姿を演出しろというシステムからの要求だ。
そのため量や好みに関わらず、一日一回は食事を欲するが、なにかしら一定量の食事さえすれば問題ない。移住者への世界観の演出になればいいのだ。
なお、食事要求を破ったところで死にはしないが、慢性的な空腹=「食べなきゃずっと苦しませるぞ」というプログラムがNPCたちに襲いかかる。
影響の軽重は個人差があり、レッドやフィカやナッツはそこまでではなく、凰華も「食事姿が超レア」なため腹持ちがいいが、食いしん坊判定であるナビの場合、毎日、ダイエット三日目の強大な苦痛に迫られるに近い苦しさを味わう。
「ふぁーーー……なんたる幸せ。甘い以外の概念が、ここまで暴力的だとは」
「ナビ、食べ終わったら『ごちそうさま』ね」
「なるほど、ごちそうさまです」
不服ながらも食事に満足したレッドを含む五人が、同じく唱和。
「いただきますではじまり、ごちそうさまで終わる。美しい礼節ですね」
「ナッツ、みんなの食器をかたづけてもらえる。それとお茶をお願い」
「へ、へい……」
パーカー水着姿の海ガールは、もはや過激な格好のメイドである。
「それで凰華。先ほどの話の続きなんですが」
「あら、いきなり呼び捨てとは感心しないわね」
「あなただってそうですし、私からは親愛の証です」
「なら受け入れましょう。それで、なんの話かしら」
分かっているくせにすっとぼける。
そういうところが実に、万命の令嬢たちのよう。
「"ぷれいやあ"とは、いったい誰ですか」




