マヌケな珍客、賢しい主人(3)
声が聞こえたのは、フィカがやってきたであろう方向とも、ナビたちがきた方向とも違う。オータム・ネストの大陸プレートで言うところの外側だった。
サマー・ネストは地図上では左下のピザ。オータム・ネストは左上のピザにあたるため、方角的には西のほう。四人がいる場所から見て、道すらない方向。
「クッ……今行くッ!」
フィカが即座に、悲鳴が聞こえてきた方向へと走り出す。
「っ、レッド! ナッツ! 私たちも外騎士二皇を追いますっ!」
言ったそばからビュンッと、レッドがフィカに追いつく速さで駆け出す。
緊迫した表情のナッツも、彼らの後ろを追う。すると。
「ちょっ! は、速いです二人ともっ!」
体力自慢たちの本気走りを、どんさく魔女が必死に追いかけるはめに。
四人の進路に対して、林のなかに道はなかった。
そのため、木々の隙間を縫っては道なき道をひた走っていく。
途中、最後尾のナビが息切れしながらスローダウンしていくのを見かねて、ナッツが慌てて先頭から距離を取り、彼女がはぐれないよう目印となる中継役を買って出た。だが、それもまた距離がどんどん開いていく。先頭のフィカと後尾のナビの走力が段違いだからだ。ゆえに今度はレッドが、先頭とナッツの中継役を渋々対応することになり、結果、四人は伸びに伸びた間接のようになってしまう。
フィカは間もなく、足を緩めたレッドからも視認できないほど先に行った。
しかし、バテきったナビを数キロほど引きずったころ、白い背中を発見する。
「ゼェゼェ! ハァ! げほっこほっ! く、くるし……」
「ナビぃ、だいじょーぶー?」
年上の魔女が、年下のお姉さんに介抱される。
「フィカァッ! なんか見つけ……チッ、遅かったか」
地面に座り込んでいる元親友に、レッドは状況を聞こうとするも……やめる。
聞くまでもなく、現場の惨状はひと目で理解できた。
フィカは、皇騎士が戦闘不能になったときの片膝つきポーズで地面に座り込んでいるが、痛手を負った様子ではない。単にかがみ込んでいる。
彼の周囲には衣服。落ち着いたフレッシュさを感じさせる若草色の和風な着物、濃い紫色の半幅帯、手編みの草履などの小物がいずれも三着ずつ。
だが、そこに着物を着ていたのであろう者の姿はない。
「そいつらが探し人か」
「……そうだ。そうだった」背中を向けたままの返答。
「アニマラーに食われたか」
「違うな。裂かれたか、灼かれたかだ」
「なんだと?」
「それがオータム・ネストを牛耳る怪異、八乙女狐のやり口だ」
そう言うと彼は、足元に散在している、まだほのかに人肌の温かみを有していた若草色の着物を一つずつ手でたたみ、集めて両腕で抱える。
悲劇の場面は幸か不幸か目撃しなかったらしい。着物の持ち主、秋の地主の三人官女がこの世を去ったのはおそらく、悲鳴が聞こえたのとほぼ同時だ。
もしフィカがナビたちと出会っていなければ……という仮定もむなしい。
道なきこの場には目印がない。闇雲に走り回って探すほかなかった彼には、仮に道草を食うことにならなくても、ここにたどり着くのは不可能だった。
「ハァ、ハァ……なぜ、官女たちは声をあげて助けを呼ばなかったのですか」
ようやく呼吸が収まりはじめたナビが、疑問を呈する。
「キミは馬鹿か。そんなことをすれば、ほかのアニマラーを引き寄せるだけだ」
「むっ」
「キミのバカでかい騒ぎ声に釣られたのが僕でよかったな」
振り向きもしない外騎士の罵倒に、頭が少々加熱するも。
「それに彼女たちは凰華を……主人を逃がすためにオトリになったんだ」
「オトリ、ですか」
「万が一にも、逃げた主に危険を及ぼしたくはなかったんだろう」
三着の着物を抱えたフィカは、立ち上がると小さく「鹿ノ江、葉ノ江、小ノ江、キミたちは立派だった」とつぶやき、ナビたちに振り向く。
「もうすぐ日が落ちる。森で夜をすごすつもりでないなら、僕についてこい」
返事を聞くつもりはないのか、黒髪の白騎士が一人で歩き出した。
「むっ」「ケッ」「やった!」感謝とムカツキの割合は三者二様。
四人は来た道を戻るようにして、黄緑が散りばめられた林を抜けていく。
外騎士二皇は木々の合間をすり抜けながら、ポツン、ポツンと点在する空白地帯も利用して、足早ではあるが、ナビでもついていける速度で歩いていく。
しばらくして夕日も隠れはじめたころ、四人はもといた落ち葉の並木通りにたどり着き、さらに道なりに歩いていった。やがて日が落ち、周囲は真っ暗。それでも可視できないのは十歩ほど先の半径だけで、手元や周囲は明るいまま。
それがこの世界の法則で、不便はご法度なイエマチの仕様。
風流な秋の夜景。晩でも明るい紅葉鑑賞は、オータム・ネストの目玉の一つだ。けれど先の件から、今ここに生きている四人の心境に与える感動は少ない。
ナビも「キレイですね……」と思いつつ、口には出さずにいる。
「フィカ、あれか」「ああ、そうだ」
設定的にいまだ敵対しながらも、付き合いの長さを感じさせる言葉数で青年二人が指したのは、目前となった林の切れ目の先で、ひときわ妖艶に輝く屋敷。
全方向に張り出した屋根は、木々に負けないくらい鮮やかな紅葉色。パッと見は西洋風の洋館だが、日本の温泉宿にも見えて、そのうえ中国風の様式も垣間見えてくる、アンティークでオリエンタルな雰囲気の擬洋風建築。
黄緑色の林を抜けた先、屋敷をはさんだ対面の林もこれまでの色合いではなく、独特な紅色に染まった桜紅葉と草紅葉が、視界を鮮烈に支配してくる。
ここは、オータム・ネストにおける中心部。
黄緑色の世界と紅葉色の世界の境界線に建つ、秋の地主の領域。
「ここが凰華の屋敷だ。行くぞ」
着物を抱えた両腕に変わり、水先案内人が口だけで招く。
屋敷正面は池に、松に、玉砂利と、純和風建築の旅館の趣き。入口には扉がなく、代わりにのれんのような布地が複数枚ほど垂れ下がっている。
のれんだけ見れば日本様式であるが、布地に描かれた紋様は陰陽。布を切って細工したカットワークのほうは豪奢なレースのようで西洋チック。
オータム・ネストはゴールドスカイナーにおいて、"最も純和風スタイル"であるが、なかでも秋の地主の屋敷は文化や様式を織り交ぜ、切り貼りし、この世界独自の日洋中ビジュアルを目指すというデザインコンセプトで設計された。
この案を提案して手がけたのは、当時イヴゲームスにインターンシップで体験入社していたアートデザイン志望の現役女子大生だ。
彼女は在学中から正社員顔負けの働きで、同社デザイナーの顔役として台頭し、上にのさばる中高年スタッフたちに危機感を覚えさせ、下働きでふて腐れていた大学の先輩女性プランナーにさらなるプレッシャーを与えたとされる。
「凰華、いるか」
のれんを肩でかき分けて、フィカが屋敷内に呼びかけると。
「あら、見ない顔まで連れてきて、ずいぶんと騒々しいのね」
屋敷一階の奥から、凛とした女性の声が返ってくる。
フィカのあとに屋敷に入ったナビは、サッドライク皇城とは違うが、どことなく王侯貴族のような地位を感じさせる屋敷内を目にした。
内部は西洋風の洋館仕立てだが、天井にともる中国風の赤い吊り灯籠が空間内を朱色にライティングしている。左右の壁は全面ガラス張りで、金襴張りの屛風が視線を遮蔽しているが、隙間からのぞく庭園は敷き紅葉の枯山水。月夜の風流が合わさって、異世界ながらも異世界の雰囲気を漂わせている。
そして屋敷の奥側、遠間に主人と思わしき女性の姿がある。
緑と黄が混ざり合った二色髪。頭頂部の左右には二つのお団子。
衣服は古めかしい貴族のようなドレス風でいて、形状は着物。
声色だけでも強気な人格をうかがえるが、顔つきもそれに違わず。
ナビはその佇まいに、なんとなく、万命の令嬢のことを思い出した。
「……それは鹿ノ江、葉ノ江、小ノ江の着物ね」
「すまない。僕が間に合わなかった」
「そう。ありがとうフィカ。秋に生きるにはもう、私たちではうたかたね」
落ち着いた色相の緑髪に、まるで萌えたかのように明度なき黄色に染まった毛束が散りばめられている、ツーカラーのミディアムヘア。ネズミの耳のように、頭頂部の左右が二つの丸いお団子にまとめられている。頬まで垂れ下がっている左右の姫毛は愛らしいが、首元はスッキリしていて大人の美を香らせる。
「それで、そちらのお客さまたちは」
「僕が話した黒魔女と皇騎士、それとサマー・ネストの住人ナッツだ」
枯れた落ち葉のようなブラウンアイは、目尻に向かって暗いアイラインが強めに描かれており、勝ち気な女性の力強さを想起させられる。目鼻口の美的でハンサムなバランス感は、女性版の皇騎士といっても過言ではない。
「ということは、そちらがナビで、あちらがレッドね」
「……っ」
強気な視線で妖艶に笑いかけられて、ちょっと恥ずかしい。
鮮やかな紅葉色の着物には、秋植物の葉が立体的に刺繍されているが、鎖骨をさらけ出す蠱惑的なスクエアネックの形状もそう、両ひじから先が純白のフリルやレースを束ねたアンガジャンドで途切れているのもそう。
全面刺繍のレースが折り重なり、隙間からペティコートをチラ見せしている小悪魔チックさでいて、スッキリスタイルの膝下スカート形状もそうだが。
和服のはずだが、まるで古めかしいプリンセスラインのドレスのように映る。
言ってしまえば彼女は、中世貴族ばりの西洋ドレス風な和服を、大人の雰囲気な中国人女子大生が、色気のあるバリキャリ風に着こなしているかのようで。
「ごきげんよう皆さま。お初にお目にかかります。私は秋の地主、凰華よ」
オータム・ネストの主がニッコリと、ナビに微笑みかける。
けれど、そこには、友好以外の色も見え隠れしている。




